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どうなったんだ... ?


変形が始まった見張りの三人や

それに反応して 地面から伸び上がった黒い根は

白い人... それぞれの先祖の霊と共に

赦しの木に取り込まれてしまっている。


「でも、燃えてはいないね」


根元から三本に分かれ、それぞれが直立する幹の

枝に広がる 水色の葉に触れて、ジェイドが言う。

そうだ。燃えてしまうことは阻止出来た。

このまま、内側から燃えなければ... だけどさ。


「うん、良かった。

影人が融合しているとしても、先祖霊が 元々の霊に触れた事が関係しているのかもしれない」と

ミカエルも木に触れたが

「だけど、障壁に穴は開けないとね」と

ついでのように ヴィシュヌが言い

「ふむ。燃えぬであったからの」と 榊も付け加えた。 さっき、ちょっと感動したのにさ...

けど、そうだよな。最初の問題に逆戻りだ。


「ヘルメスたちは?」


ボティスが聞くと、ルカが 琉地の頭に手を載せ

「... うーん、匂いは ここでするから

やっぱり、障壁が開くのを待ってるっぽい」と

そのまま 琉地の頭を撫でる。


「ボティス」と、アコが立った。

「麓で道路は通行止めにしたぞ」と 報告し

「イゲルや ジャタ蔓から聞いたと思うけど

入れ替わりの場を幾つか見て来た」と 続けた。


「黒い木の出火は、ハティたちの錬金で抑えられてはいるけど、まだ次々に重なった奴が来てる。

止めると内側から燃えてしまうのも変わらない」


「アコ、それなんだけど... 」


ミカエルが、三本に分かれている巨木を示し

ここで起こったことを聞かせる。


「“生” に気付かせる事が肝要となる。

重なり切った者が 先祖霊に気付いて

霊で霊に触れる事が出来たら、燃える事を抑えられるかもしれない」


「すごい。拡めておく」と頷いた アコは

「だけど、“人間として生きる” と気付くには

ヴィシュヌがやったように、神の声が必要なんじゃないのか?」と、ヴィシュヌに眼を向けた。


「影人と重なり切った本人が 真我アートマンに気付かないと

先祖霊と通わないんじゃないのか?

実際、地上に降りて、自分の子孫を探してる霊たちもいる」


アコは さらっと言ったが、真我というのは

個の根源だ。オレなら オレ自身の認識。

真我それは 宇宙原理と同一である とするのが ヒンドゥー教で、それすら 無 と知る... 無我 なのが仏教だ。同じ事を言ってる気もするんだけどさ。


「影人が絡んでなければ、人間同士の霊... 他の人間や 先祖霊だけで、本人が真我アートマンに気付けたかもしれないけど、夜国の “完全” に乗っ取られた状態だろ?」


影人が融合してしまった人に、本来の自分の真我に気付かせるには、こっち側の神の声が必要ってことか...


「守護天使等に命を出す」と ボティスが口笛を吹き、空気が揺れた。


アコは「ジャタに、各界にも伝えてもらう」と

ミカエルや ヴィシュヌに許可を得ると

「でも、報告は もう 一つある」と 残念そうに続ける。


「入れ替わりの場の燃焼も抑えていて、海底や湖底の冷却もしているけど、地面が沈んでいってる」


「は?」

「どういうこと?」


つい ルカと聞き直したが

「そのまま。黒い木や根が燃える 入れ替わりの場所の土地が、円形に沈み出してる。

ガルダがシューニャしても 効果なかったし」と

肩を竦めた。


世界樹ユグドラシルの神界や 地界の入れ替わりの場所には

影人と重なった奴が入ってないから、変化はないんだ。

オージンや黒妖精デックアールヴたちも人間世界ミズガルズに降りて調べてるけど、今のところ 抑えようがない。

ハティは、“ラファエルやパイモンに協力を要請したい” って言ってるけど、パイモンは地獄ゲエンナをみてるだろ?」


困ったよな...

地獄ゲエンナも警戒が必要だ。ベルゼも居てくれてるけど、ウリエルの聖火に相乗効果を起こせるのは

パイモンの炎だけだし。

ベリアルは、アスモデウスやベリトと 地界全体を見ててるし」ってことで、神々も いっぱいいっぱいだ。


「そうだ」と、オレらに向いた アコは

「スサは 海中で、地獄ゲエンナから溢れた悪霊を斬りまくってて、日本の入れ替わりの場所には 月夜見キミサマが行ってるし、柘榴や霊獣たちも 消火にあたってる」と 教えてくれた。


月夜見キミサマ、頑張ってくれてるよなぁ。

スサさんもだけどさぁ」


ルカに、朋樹と 二人で頷き

「最初は、“俺も配下は降ろしている。手は出せん” だったのにな」と 返すと

「でも、教会に降りたのも 月夜見キミサマだったからね」と ジェイドが言い、こんな時に なんとなく和む。


「入れ替わりの場は、変形して燃えちまったヤツらの 先祖霊達も集まって囲んでる。

霊達も神々に祈ってるんだけど、どうにも出来ないだろ?

月夜見キミサマは 自分が幽世カクリヨから降ろした霊達に 応えられなくて つらそうだった」


そうか... そうだよな...

霊達の目の前で、子孫の人達が燃えていってるんだ。月夜見キミサマも何も出来ねぇのは きついよな。

ミカエルもブロンドの睫毛を臥せている。


「ルシファーには?」


シェムハザが アコに、皇帝には相談したのか を

聞いたが

「アマイモンの副官が相談してるとこ」らしい。

「とにかく、霊のことを ジャタに拡めてもらいに行って来る」と アコが消えた。


「ハティが気にするのなら、大地が沈むのは

かなり 良くない事なんだろうね。

俺等は、こっちに集中するしかないんだけど」


ヴィシュヌに ボティスが頷き

「“キュベレが造った蛇女ナーギーの障壁” ではあるが

場所を考えると だ」と言い、朋樹に眼をやった。

狐榊が耳を立てる。


「えっ? 月夜見キミサマほこか?」


あぁ、黒蟲の時、一の山の結界に

ヒビ入れてもらったよな。

翡翠の数珠で 崖の結界を囲み、三つ又の矛を投げて 数珠を切ると、侵入出来る裂け目が開いた。

月夜見キミサマは日本神だ。支配者とかじゃねぇけどさ。


日本の国土で起こること... 今の場合なら、異教神が施した障壁にも 介入する権限がある。

地界の四方位の 一つを治めるパイモンが、地界にある地獄の障壁を崩せたのも、この権限の行使が通用するから... ってのもあるだろう。


「でも、派手な やり方だったよね」

「あれだと 中のヤツらにバレるんじゃねーの?」


「だが 黒蟲の時は、二重結界に裂け目を入れていた。ミカエルが聖火で炙り崩すよりは マシだろ?

榊」


ジェイドや ルカに答えた ボティスに 腕から降ろされ、「ふむ... 」と人化けした榊が 界の扉を開いた。


「あっ、皆さん」


けど、開いた扉から顔を出したのは 柚葉ちゃんだけだ。


月夜見キミを喚べる?

入れ替わりの場の事で忙しいかもしれないけど

障壁の場所が判明したから、穴を開けて欲しくて」


ヴィシュヌが頼むと、柚葉ちゃんは

「月さまとは、白尾ちゃんが 一緒に居るので

喚んでみますね」と、扉の内側から消えた。


明るい草原の幽世の中で、別の扉が開く。

月夜見と居る白尾が、入れ替わりの場所から

扉を開いたようだ。


「柚葉! ハサエルも出ておる!

“良い” と言うまで開けるな と言うたであろう!」


緊迫した月夜見キミサマの怒鳴り声が聞こえる。

「ですが、障壁の場から皆さんが... 」と答える

柚葉ちゃんを、向こう側の扉から飛び込んだ白尾が 覆うように抱きしめた。


「あれ、闇靄か?」


朋樹が眉を顰めた。幽世には、向こう側から

墨色の靄が入り込んできている。


ミカエルが扉の前へ移動したが

「ならぬ」と 榊が止めた。


「入れ替わりの場に降りた霊達の 無念の念であろう。お前に炙られるなどすれば、霊ごと霧散しようよ」


狐の姿に戻りながら 幽世の扉の中に立った榊は

墨色の靄を黒炎で焼き払う。

月夜見キミサマは、入れ替わりの場所で

あの靄を 常夜とこよるに送っているようだ。

靄が染み入ると、霊たちが悪霊になっちまう。


月夜見キミ、ごめん」


狐榊の頭を撫で、幽世へ入っていった ミカエルが

向こう側の扉の前に立って

「俺が月夜見キミを喚ぶように頼んだんだ」と

こっちの状況の説明を始めた。

向こう側から立ちのぼり 入り込もうとする墨色の靄は、ミカエルの前で霧散して消えている。


「柚葉! 弓と黒矢を持て!

てる者がつがよい」


「はい」と、返事をした 柚葉ちゃんが

蒼白い星の河の畔の大樹へと走る。

向こう側の扉の前に立つ ミカエルの右肩の上から

霊符のような札が舞い込み、ゆるゆると揺れ靡きながら 狐榊も越え、白い三つ又の赦しの木の隣で

停止した。


空中で見えない何かに貼り付いた霊符は、すう っと溶けるように無くなり、溶けた場所には

“壱” という文字が 翡翠の色に光っている。


「この文字をればいいの?」


ヴィシュヌも 幽世に声を掛けたが

「白尾、戻れ!」と 命じた月夜見キミサマ

白尾が「はい!」と返事をし、ミカエルに

「ごめんなさい」と断って 脇を通り過ぎて出ると

「閉じよ!」と 怒鳴る。

ミカエルの鼻先で 向こう側の扉が閉じて消え

月夜見キミ... 」と ヴィシュヌが呟いた。


「すみません... 」


でかい黒弓と矢を 引きずるように持って来た柚葉ちゃんが、オレらにまで謝るので

「いや、オレらこそ」

「危ない目に合わせるとこだったし」

「扉を開ける前に 月夜見に話を通すべきだった」と、こっちも謝る。


「ハサエルも出てるのか」


ハサエルは、ウリエルの代わりに月に居て

信徒の魂を迎えている天使だ。

ミカエルが弓矢を受け取る間に、ボティスが指笛を吹くと、空気が揺れる。

狐榊の頭上を 幾つかの光の珠が通っていった気がしたが、幽世の中に 白い翼の天使たちが立った。

守護天使たちのようだ。


「柚葉の護衛」と、ボティスが命じ

ミカエルと狐榊が幽世を出ると、こちら側の扉も閉じられた。


「あの文字を射ればいいみたいだね」


気を取り直した ヴィシュヌが

翡翠色に光る “壱” の文字を指差したが

「でも、つるが無いぜ?」と ミカエルが言う。


「何?」


ミカエルから シェムハザ、ヴィシュヌ、ボティスと 黒い弓が渡っていくが、朋樹たちと顔を見合わせちまった。弦、普通にあるしさ。


「いやいや」

「全然あるじゃん」


ボティスの手にある弓の弦に触れて見せたが

眉をしかめられ、シェムハザが

「人間にしか見えないのか?」と 弦に指をやり

真横に通過させちまった。


「えぇっ?!」

「... でも、弦は切れてないね」


人間でなければ 見えないだけでなく

触れられもしないようだ。


「バラキエルも?」


ミカエルに聞かれた ボティスは

「ある気はするが... 」と 狐榊に眼をやった。

「むう... うっすらと」と言う榊が 前足を出したが

弦には触れられない。


「見えて触れられたとしても、和弓は独特な形状をしている」


「じゃあ、朋樹だね」


シェムハザに頷いたヴィシュヌが、当然のように

朋樹を指し、ボティスも 朋樹に弓を差し出した。

「矢には触れられるのに」と、ミカエルも渡す。


「え? オレ、てんぜ」


あっさりと返した 朋樹に、非難の視線が集まったが、ジェイドが

「どうして? 神社では 神事で弓もやるじゃないか」と、代表して責めた。


「うち、お弓は やってねぇし。

神事でやるとこも、地域から選出された射手が

やると思うぜ」


うん、朋樹の神社では見たことねぇしな。

けど こんな圧ある視線の中で、よく言ったよな。


「なら、泰河」


指してきた ミカエルに「何でだよ?!」と 聞くと

月夜見キミの準神使だから」と 訳わからん答えだ。


「ルカは?」と振ると

「弓なんか触ったことねーしぃ」

「僕もだ。憧れはあるけど」と ジェイドと下がりやがった。オレも触ったことなんかねぇよ...


「とりあえず やってみろよ。

お前、普段 ピストルは撃ってるんだしよ」


朋樹の適当意見だ。

ピストルとは全然違うじゃねぇか。

しかも、撃ってるのは オレじゃねぇ。

死神ユダなんだよ。


「リラックスだ、泰河」


シェムハザが輝きながら、背中に手を宛ててきて

ボティスの眼に圧されて、弓を受け取る。

ミカエルから 矢も受け取ったが、これ、どうするんだ?


「... こっちだったって」


お? 誰だ?

声と足音 というか、歩く時に踏まれる小枝の細い音や 草同士が擦れる音が近づく。


「そう? ま、さっきは 回って戻っちゃったけど。

あれ?」


木々の間から現れたのは、男 二人だ。

一人は ソフトモヒカンで、一人は 右側だけサイドを派手に刈り上げた 長い黒髪に、顎からツノピアス。


キヨじゃないか」


ジェイドが、半刈り上げの顎ツノに言っているが

ボティスは、もう 一人に「ビリー」と言った。

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