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清は、朱里や姉ちゃんも知り合いの美容師 兼 週末のみ クラブDJだ。ジェイドに負けず うるせぇ肌。

ビリーさんは ベーシストで、朱里とも清とも知り合いだが、何故か ボティスとも何かある。

けど、まさか ここで知ってる人に会うとは...

しかも、早朝から なんか濃い ぜ。


「何してんの?」


清に 先に聞かれちまったけど

こっちが聞きてぇよ。


「新種の植物の調査だよ。

もしかして、近くの寺に 避難してた?」


ヴィシュヌに「えっ!」「アタリ!」と

二人共 目を丸くしているが

「えっ? リリ班じゃねーの?!」と

ルカが口を滑らせた。


「あぁ、噂の?

うん、ビリーは リリ班らしいんだけど

俺、今、決まったコ いないからか

リリって言ってないみたいでさ。

実は、まだハツコイの子を引きずってて」

「いつまでも こんなだからさ。見たままだよね」


笑ってるけどさ。ツッコむ気にもなれねぇよ。

っていうか、初対面の ヴィシュヌやミカエル、

シェムハザにまで臆さねぇのが 地味にすげぇ。


「駐車場に、車 置いてる?」


清に軽くチョップしながら、ミカエルも聞く。


「あっ! やっぱり、駐車場あった?

うん、置いてるよ」

「良かった、こっちで合ってた。

“幻の廃寺” に避難してたから、帰れなくなったかと思ったよ」


師匠の寺には、そういう噂があるのか...

朋樹が「幻の?」と聞くと

「そう。“三日キャンプして探しても見つからない”

って人もいて。噂、知らない? 昔からあるよ」

「俺らも、5年くらい前に探した時は無かったんだけど、昨日は あってさ... 見つけた時は 興奮したよ。鳥肌立ったしね」と 楽しそうだ。

避難 っていうより、オカルト寺探しだよな。


「そうか。だが、シャドウピープルの脅威は

今のところ、一応 去った」

「一の山の向こうの カトリック系の高校も 避難場所になっていたが、凪とサム、朱里が居る。

朝食と珈琲も出る」


シェムハザと ボティスが勧めると、清が

「おっ、いいねぇ。“高校” っていうのが また。

俺、カトリックなんだよねぇ」とか言った。

マジかよ... ミカエルが 二度目のチョップだ。


「ん? それ、カッコいいね」


ビリーさんが、オレの手にある弓に眼を止めた。

で、「上下、逆だよ」って言われちまって

「あ、そうなんすね... 」って、顔 熱くなったぜ。


「これ、どうしたの?」


ビリーさんは、感心した表情で

「うわ、ちょっと待って... これ、材質 何?」と

弓を見つめ、ごく自然に手に取った。


「俺、弓やってるんだよね」


何?!


「本当か? ビリー」

「これ てる?」


「うん、ビリーは 剣道も長いよ。意外だろ?」


答えたのは 清だったが、ビリーさんは

ヴィシュヌが指した 空中の “壱” を見て

「距離 近っ! でもこれ、何? 光ってるよね?」と 首を傾げている。


「気にするな」


シェムハザの輝きと 甘い匂いが増し、清が シパシパしたらしい眼を擦る。早朝だしな。

気持ち ぼんやりしたビリーさんに、黒矢を渡してみた。


「おっ、姿勢いい!」

「クールだ」


背筋を伸ばしたビリーさんが 矢をつがえて

弓を引くと、空気が緊張した。

“壱” を見据え、あっという間に矢を放つ。

すげぇ...


黒矢が命中した “壱” が、翡翠の光を放ち

空間に 翡翠色のヒビが入っていく。

黒矢だけでなく、ビリーさんの手にあった黒弓も消失して、「あれっ?!」となっているが

「そうしたものだ」と、シェムハザが輝いた。


「これ、どこ... ?」


清が、開いていくヒビの中を凝視する。


「なんで、この中だけ 景色が違うの?」

「向こうの、あれ、泉... ?」


「すまん、ビリー。助かった」


ボティスが言い、ヴィシュヌが

「ルシファー、四郎。トール、ロキ。

障壁が開いた」と 喚び掛ける。

榊が 清とビリーさんに、幻惑を掛け始めた。


アバドンの背骨を持った 皇帝と四郎が立ち

続いて トールと女子ロキも立つ。

トールは仕事着だけど、女子ロキは妊婦服のままだ。心配だよな...


白い三つ又の赦しの木の前に座って、地面を見つめていた 琉地が立ち上がり、翡翠のヒビに近づいていく。


「速やかに 山を降り、学校へ向かうと良い」


榊の言葉を聞いて「うん、そうだね」「珈琲」と

歩き出した 清とビリーさんに

ミカエルが「加護」とクロスをつけた。


二人と 少し距離が空くと

ジェイドが四方位の天空精霊を 召喚円に降ろし

シェムハザが喚んだ 青い光の天空霊が、その外周を囲む。


空間を開く 翡翠色のヒビの幅は、大人が二人程度... トールも通り抜けられるくらいの大きさになり、胸に射られた傷を持つ女が 三人顕れ、地面に倒れた。腰から下は 蛇の形をしている。蛇女ナーギーだ。

ミカエルが 剣で炙って 灰にしている。

夜国のヤツらが犠牲にならなくても、蛇女ナーギーたちは

犠牲になっちまうのか...


琉地が、するりと ヒビから入り

ヴィシュヌが続く。


「ふん... 」


皇帝が「アンバーは、ミカエルの妻と居る」と

ジェイドの髪に触れ「ヘルメスは?」と聞いた。


「まだ 黒蔓と地中だ」と答えた ボティスと

ボティスの腕に抱かれている 狐榊、シェムハザも

障壁の中へ向かう。


さんみげる、兄様方」


「おう」「四郎」


やっと合流出来たのが嬉しいのか、四郎は笑顔だが、頭に手を置いたミカエルに

「ひとりで動かない事」と言われて

「はい」と、表情を引き締めた。

頬のラインだけでなく、表情も より凛々しくなったよな... こんな時だけどさ。

瞬く間に成長していく。


「どの様にして障壁を開けたのでしょう?」と

聞く四郎に、「開けたのは ビリーなんだ」と

ミカエルが 小声で説明しながら、二人も翡翠の裂け目を抜けた。


「トール」

「ロキ、大丈夫なのか?」


「よう」と 微笑ったトールは

ジェイドに「神父」と 女子ロキを寄越した。


「腹ん中で 赤子が動いた時に、ルシファーに触られてな。

ルシファーは、ミカエルのクロスに手を焼かれ

微笑っていたが、ロキは固まっていた」


皇帝、ロキの子 気にしてるんだよな。

ルカが「動いたんだ」と 眼を丸くすると

女子ロキは「当たり前じゃないの。生きてるんだし」と 返したけど、動いたのか... と オレも感動しちまう。腹 蹴ったりしたのかな?


「でも、今は また寝てるみたいなのよ」


丸い腹に両手を置く 女子ロキに、朋樹が

「ここで待機した方が 良くねぇか?」と 言ってみているが

「何 言ってんのよ」と ウインクしやがった。

けど、今回ばかりは 心配だぜ。


「足元、見えづらいんじゃないか?」


ジェイドと 朋樹が、女子ロキを間にして

翡翠の裂け目に入った。

オレは トールと、ルカに 何かが近づかねぇように

気をつけるべきだよな。

仕事道具入れに あると分かっている ピストルを

右手で触れて確認して、翡翠色の裂け目を通過した。


障壁に入って すぐの場所は、木の無い広場のようになっていた。

沙耶ちゃんが視て言っていた、イヴァンが よく

独りで居た場所だろう。


障壁の内側から見ると、外側の森には

黒い霧が薄くかかっているように見える。

死んだ世界 という言葉が浮かんで、打ち消す。


「儀式の場も、無人だね」


先へ歩いていた ヴィシュヌが、木々で隔てられた

奥の泉を指した。


儀式で湧く、三日月形の泉だ。

ケシュムの砂の奇岩の中で見たものよりも

小さな泉だった。


木々に囲まれた泉、三日月の中に神殿。

神殿の前には、麦酒の瓶を置く場所と、燔祭用の祭壇。何かを燃やした跡がある。

麦酒を置く台の前には、黒い足跡。


「瓶も無い」


あっさり言った ヴィシュヌの声に、衝撃を食らわされた。マジかよ...


「もう神殿は建って、夜国に移動してるからね」

「けど ケシュムでは、神殿も瓶もあったよな?」

「まだ、他の人を夜国へ迎えるための 儀式をしていたからじゃないのか?」


「だが、また儀式が行われるのであれば

瓶と司祭も顕れる」と言った ボティスに

「儀式は、影人と融合した者達が 夜国へ入るためにやるんだろ?

融合した者達は 今、入れ替わりの場に向かってるし、先祖霊が降りたから、もう重なられる事はない」と、ミカエルが返したが

「贄の儀式は?」と、ボティスも返した。


贄の儀式... 夜国の完全と “真なる神” である キュベレの子に、こちら側からの贄である 四郎を捧げる儀式か...


「例えばだ、父への贖いや崇拝の燔祭であれば

人間が、“地上から 天の父に向けて” 儀式をする。

天で行う訳じゃあない」


燔祭の煙が 地上と天を繋ぐ。

夜国と地上を繋ぐこの儀式も、夜国... 神殿の向こうで行う訳ではなく、ここで行うんじゃねぇの? ってことか。


「琉地」


地中の匂いを嗅ぎ進む琉地を、ルカが呼んだが

琉地は 木々の間から、儀式の場へと侵入する。


障壁の中には 赦しの木がない。

重なった人たちの変形が起こらないせいだろう。

黒い蔓に引かれる ヘルメスやオーロを妨げる赦しの木の根もなく、黒炎の匂いを追う 琉地は

もう 泉の前だ。


「これさぁ、もうそろそろ 神殿から

儀式のために出て来んの?

夜国の民とか キュベレとかが」


泉の水の上を歩き出した 琉地を見つめながら

ルカが言うと、また緊張してきちまった。


「瓶、取り上げてからの方が

嬉しかったんだけどな... 」


珍しく 朋樹も及び腰だ。

仕事道具入れの霊符に手を伸ばしている。


「ぬう... 神隠しも掛からぬからのう」


狐榊は、四郎や女子ロキを ちらちらと気にしているが

「しかし、天空霊の結界内に限られましても

消えて移動なども出来ますし」と 四郎が返し

ミカエルも「どっちにしろ、エデンも開く」と

神殿の上を指した。


「あんな所に開く気なのか?」と 驚いて聞く トールに

「うん。出て来るまでは見つかりづらいだろ?」と 頷いている。


本当に 神殿の上にエデンのゲートを開いた ミカエルが

左腕を伸ばして ゲートを指差すと、艶のないゴールドの鎖... 大いなる鎖が ゲートの中に顕れ

円を描くように ゆらゆらと回りながら滞空した。


ミカエルの許可が無ければ エデンに立ち入ることは出来ないが、「念のため」と 階段は下していない。

もし、聖父の肋骨であるキュベレが、エデンに侵入 出来てしまうとしても、大いなる鎖に捕縛されるだろう。


滞空する鎖の向こう、エデンの草原には

イヴァンや 他の子供たちの姿は見えず、甲冑を着けた天使たちが控えているのが見える。


「俺も あの上に居ようかな。ヘルメス 心配だし」


ヴィシュヌが消えて、神殿の上に顕れた。

エデンのゲートの前に 胡座をかくと、指輪を外して

チャクラムにし、頭上に滞空させている。

全然、隠れようとしてる訳じゃねぇんだよな。


「もう少し 寄るか」


仕事着のベルトに 小さくして提げていたミョルニル

手に取り、前に出たトールが 木々の間を抜けた。


「シロウは神殿の裏に」


ミカエルに言った 皇帝も、ボティスやシェムハザと 木々の間まで進んだ。


「聖みげる、兄様方。では」と 四郎が消えると

ボティスの腕から降りた 狐榊が走り、神殿の裏へ向かった。シェムハザも消える。心配だもんな...

ロキやルカも狙われているので、ミカエルは

オレらの傍から離れられない。


けど、皇帝もやばいんだよな。

「行くぜ?」と オレらを連れた ミカエルも

結局 皇帝の近くへ移動する。

トールの でかい背中が心強いぜ。


泉に近づいた 皇帝は、アバドンの背骨を水につけ

水面に広がっていく波紋を見ている。

ボティスが 泉に小石を蹴り入れ、ついでに術を掛けたのか、ぶつかった 二つの波紋の形が ドクロになると、“ふふ” って顔を ボティスに向けた。

いいけどさ...


「あ... 」


ルカの視線を追うと、琉地が 神殿の前の 燔祭用の祭壇の前に座った所だった。

琉地の前に、地面からオーロが顔を出し

祭壇に、卵 二つを吐き出している。

四郎の血と、ロキの血入りの卵だ。


地面から伸びた 二本の黒い蔓が、卵に巻き付くと

オーロは また地面に潜り、琉地は白い煙になって

浮き上がり漂っている。


神殿から人が出て来た。

顔や腕に浮く 黒い血管。水色の蝙蝠翼...

地獄ゲエンナの悪魔だ。そうだ、こいつ等も居たんだよな...


また 一人、二人と、全部で 四人出て、一人が

「これは?」と、煤けた祭壇の上の卵を睨み

一人は、泉の右側の畔に立つ オレらに気づいた。


ミカエルが剣を握る間に、気づいた悪魔の顔の皮膚が パン! とはじけた。皇帝だ...


皮膚を失った悪魔は、黒い血塗れの自分の頬骨に触れ、剥き出しの眼を左右に動かしている。


「下衆共め」


顔の皮膚を次々に弾けさせた 他の悪魔たちも

呆然と立ち尽くした。

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