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日があがってきて、ずいぶん明るくなったが

杉の森の中は 道路より薄暗い。


影がないので、色の濃淡もなく

... “第四の御使が、ラッパを吹き鳴らした。

すると、太陽の三分の一と、月の三分の一と、

星の三分の一とが打たれて、これらのものの三分の一は暗くなり、昼の三分の一は明るくなくなり、夜も同じようになった”...

黙示録 8章12節を彷彿とする。


「これさ」


朋樹がスマホの地図に目を落とし

「師匠の結界寺の方に向かってるぜ」と言った。

つまり、ヴィシュヌが向かった 見張りがいる方向だ。


「ん? わざわざ回り込むってことはさぁ

蛇女ナーギーの障壁は 地中にも張ってあって、ヘルメスたちも 開けてもらわないと通れない ってこと?」


ヘルメスたち というか、黒い蔓には

“贄の四郎とロキ” だと判断されてるんだろうけどさ。

ルカには、ボティスが「そうかもな」と返し

ミカエルも

「イヴァンが半魂で出る時も、“障壁に隙間が空いていた” んだろ?

出入りする者を警戒してるんじゃないか?

贄を追うことは、向こうも考えるだろうし」と

答えている。


仲間であっても、隙間からしか出入り出来ない ってことか。

こっち側から障壁に穴開けて、中の奴等に気付かれねぇのかな?


琉地を先頭に 地中のヘルメスたちを追い、白い蔓の周りを回り込む。

「円は終わった」と、甘く爽やかな匂いがして

背後にシェムハザが立った。


「ヴィシュヌは?」と聞く ジェイドに

「“寺の方から入って様子を見る” といっていた」と 返しているが、琉地が立ち止まり

狐榊も「むっ」と 耳をそばだてる。


「... から、あの寺は 俺が管理してるんだ」


落ち着いた聞き心地の良い声。ヴィシュヌだ。

朋樹が小声で「寺に誰か居たのか?」と聞いたが

「いや... 」と、ボティスが ため息をつく。

たぶん、見張りの奴等が話相手だな...


「ちょうど 寺の結界と障壁の間なんだろ。

オレ、行って来るわ」


朋樹が声の方へ歩いて行き

「儂も様子を見るかの」と、榊も狐のまま

後を追う。


琉地も 地中の黒炎の匂いを辿り、少し先に向かったが、まだ神隠しも掛からないので 大人しく待っていると、ヴィシュヌに「どうした?」と 掛けた

朋樹の声が聞こえた。


「この辺りは うちの寺の土地だって言ってるのに

何をしてるのかも話さないし、退こうともしないんだ」


ヴィシュヌが話すと、朋樹が「はぁ?」と

呆れた声を出し

「あんたたち、こんな時間に こんな所で何してるんだ? 今 退かないと通報するぞ」と 詰め寄っている。


見張りのヤツ等は、ヴィシュヌを見ても

“ヴィシュヌ” だと分からねぇみたいだな。

ケシュムの儀式の場に居たヤツ等は、影人と重なり切っていても、ヴィシュヌが名乗ると すんなり信じていた。信仰心の差だろう。


「人を待ってるんだ」


早朝の森の中での言い訳としては苦しいが

何か言わなくてはならないと思ったのか、別のヤツの声も「あんたたちこそ、朝っぱらから... 」と

ごちゃごちゃ言い出した。


勤行ごんぎょうを終えたところだ」

「掃除の時間なんだよ」


作務衣も着てねぇのに、掃除 ってなぁ。

寺の管理者にも見えねぇよ。


「どこか別の場所で待てばいいだろ?

だいたい、こんな所で待ち合わせなんか... 」


朋樹の声が途切れ、木々の間から 狐榊が顔を出した。


「幻惑が効いておる。参るが良い」


「あっ、幻惑なら効くんだ」

「そうか。隠すものでなければ、術は効くからね」


ルカとジェイドに「ふむ」と頷いた 狐榊は

背中の毛を立てて 地中の匂いを嗅ぐ琉地の近くを

ふい と通り過ぎ「良し」と褒めたボティスの腕に落ち着いた。


まだ匂いを嗅いでいる琉地に代わって ミカエルが先頭になり、二人が見えると

「ヴィシュヌ」と 軽く咎めるように声を掛けた。


「うん、ごめん。寺を見に行こうと思ったんだけど、先に こっちに寄ってしまって。

顕れたところが、見張りの すぐ前だったんだ」


微笑って 首を傾げてみせているが、確信犯だろうな。絶対、密偵には向いてねぇしさ。

話しゃあ早ぇじゃねぇか ってタイプだ。


見張りのヤツらは、幻惑に掛かって ぼんやりと立っていた。

20代後半から30代前半くらいの 普通のヤツらだ。

眼は青銀。下はジーパン、上は半袖のTシャツ。

山に居る格好でもないが、影人に重なられてから

めいを聞いて ここに来たのだろう。


「お前達は、何をしておる?」


ボティスの肩に 片方の前足を掛け、見張りたちを振り返った形で 狐榊が聞く。


三人共が同時に 青銀に光る眼を上げたが

逆神さかがみの子を待っている」と答えたのは

その内の ひとりだった。


「“逆神”?」


ヴィシュヌが聞き返したが

ボティスと シェムハザが 眼を合わせている。


「逆神って、“逆さ”? “huhi”?」と

ジェイドも聞き、朋樹やルカも 男に眼を向けた。

“フヒ”... 何か聞き覚えがある気が...


「父の名の逆読みだ」


ミカエルが言って、ようやく 皇帝の深層から浮かんだという ヘブライ語の予言を思い出した。


“救い主の降臨を願う。

唯一の神、あなたに愛されたものに安住の地を。

初め、そして終わりは、神聖な働きにより

融合し 一つとなる。

私は、存在に有る者。神が生まれる。

火をつけ根絶する。私に光の印を。

神。いと高き力で救いを。祝福が成就される”


前に、朋樹の部屋で聞いた ボティスの推測では

最初は祈願、次が獣の発生、それから その力を使う者... ということだった。


“初め、そして終わりは、神聖な働きにより

融合し 一つとなる”

“始め”... 物質と反物質が生まれるところで、“終わり”... 双方が出会って消滅するところとすると

反物質と出会っても消滅しなかった獣の発生を言っている と 考えられる。


けど 皇帝は、この予言は、“声はしなかった”

“ひとりではなく、複数の恐れ”... とも言っていて

“光の印を と、望むのは誰だ” と聞いていた。


そうなると、悪意として 聖父から抜き出され

光である言葉を知らない キュベレなんじゃないか?... とも推測出来る。

この場合、“始め” である聖父と

滅ぼされるはずの悪意 “終わり” である キュベレが

ひとつに戻って、新しい神となる。


今の状況で言うと、まず 聖父を自分キュベレの下にくだ

聖父との立場の逆転する。

もし、後に融合する と 目論んでいるとしても

聖父の被造物を支配するのは、聖父ではなく

キュベレとなるだろう。


“火をつけ根絶する。私に光の印を”... の後

予言の最後に出てくる “神” が、“huhi” だ。


「父の名の逆読みは、父の暗号としても使われた」と説明する ミカエルに、ボティスが

「だが 父は、予言の最初に “唯一の神” として出ている」と補足した。

なので “huhi” は、新しく生まれた別の神だろう。


でもこれは、ヘブライ語... 地上の言葉での予言で

“地上側から見て” のことだ。


「今、この見張り達が言っている “逆神” は?」


ルカが、一応 確認する といった感じで聞くと

「夜国から見ると、地上側おれらとは逆で

正当な神は 自分達の神である “完全” だ。

“逆神” は 聖父の事を言ってるみたいだね」と

ヴィシュヌが答えた。


“逆神の子” は、天... 聖子が示した四郎だ。


「子を どうするのだ?」


また狐榊が聞く。


「新しい神の子となる」


“新しい神” って、夜国ソゾンか?

それなら、“完全” って言い表しそうだけどな...


「ほう。新しき神 とは?」


「完全と この世界の子だ」


「あ?」と、ボティスが つり上がった眉をしかめ

「“この世界” だと? キュベレが生んだ子か?」と

聞くと、男は「まことなる神だ」と頷いた。


「逆神の子が捧げられることによって

この世界も、完全と 真なる神の物となる。

逆神の子の骨肉は 真なる神と融合し

血は 大地へ」


儀式の場では、羊の血が撒かれ、肉は焼かれた。

けど、“骨肉は融合する”?

つまり、四郎の骨や肉は キュベレの子が食って

血は大地へ... 儀式の場に撒くつもりだったのか?

それとも 夜国に?


「逆神の子は、お前達が 神の元へ連れて行くのか?」


シェムハザが聞くと、男は首を ゆるりと横に振り

「子を通すのが仕事だ。

逆神の子、境界者と その孕み子を通すために

蛇を焼く火となる」と言った。


「蛇を焼く? 障壁のことか?」


ミカエルが聞いても、男は答えなかったが

「逆神の子等が着けば、根と結ぶ」とは 言っている。


“火になる”、“根と結ぶ” が

今までのように、影人が重なり切って 変形後

木になって 燃えた人たちと同じ とするなら、

四郎たちの血を引いている黒い蔓が ここまで来ると、それがスイッチとなり

地中の根が 男たちに伸びて、アケパロイや 二人一体に変形する男たちから 生気を吸う。

その後、木になる男たちは 内側から燃える。


その火で 障壁の蛇女を焼き、隙間を空けて

四郎たちを通す... ということ か?


「一人通すためだけの事に、何人も焼くの?」


ヴィシュヌが聞いているのは、男が三人居るからだろう。

四郎を通すために、一人が燃え、一人の蛇女ナーギーを焼く。四郎と ロキ、お腹の赤ちゃんで、男三人と

障壁の蛇女ナーギーが三人。

根も燃えちまうのなら、女も三人。


「幾人だろうと、我々は ただ 一つだ。

肉体も 魂も。すぐに お前たちも」


幻惑が掛かってても この答えなら、本心だな。


「それは、自分で望んだこと?」


ケシュムの時のように ヴィシュヌが聞いた。

男たちは、青銀の眼で ぼんやりと

ヴィシュヌを見つめている。


「天草 四郎 は、知ってる?」


ぼんやりとしたままの男たちに、ヴィシュヌが

「逆神の子は、その子だよ」と 続けると

「... 歴史上の人物だ」

「とうの昔に死んでいる」とは答えた。


「蘇ったんだよ。

また、君たちの この国に」


青銀の眼が生気を帯びたように見えた。

幻惑上だからなのか、“ヴィシュヌ” という神の言葉だからか、すんなりと信じたようだ。


「彼の 束の間の命は失われても、永遠の命は失われなかった。

その神に無理矢理 彼を捧げたところで、彼の命は失われない。

彼の中には御国があり、彼は御国に居るからだ」


黙っている男たちに、ヴィシュヌは

「自分の命を考えた事は?」と 聞いた。

「“生” の実感は?」と 続けて聞くが

男たちは答えられないでいる。


「生きるとは、肉体を存続させる事ではなく

心の事だ。

泣いた事、笑った事。悔しかった事や 安堵した事。恋をした事。誰かを傷つけた事。誰かに感謝された事」


「琉地... 」と、隣で ルカが下を向いた。

琉地は 地中の匂いを辿り、もう 境である ここまで来ていた。

ヘルメスたちを引く黒い蔓が 地面からざわざわと伸び、男たちの足に触れる。


「父や母を見上げたことや

誰かと 手を繋いで歩いた事は?」


黒い蔓が 男たちの爪先や踵から 足首に伝う。

黒い根も伸びてきたとしても、ルカが 赤い雷を喚べる。 けど、変形しちまうのか... ?


「誰かを想った事は?」


一人の男の首が 肩の間に埋もれていく。

二人の男の頭同士が近づいた。


「誰かに 愛された事は? 思い出せる?」


地面の枯れ葉や小枝の間を這うような音がした。

障壁を巻き、朋樹の足の下からも伸びる 白い赦しの根や蔓だ。男たちに向かっていく。


『... うと、ゆうと』『あきちゃん』

『のりたか』


誰かの声。すぐ近くからだ。

ルカの背後に立った白い人たちが、男たちの方へ

歩いた。


『覚えてるかい? お前の爺ちゃんだ』

『大人になったなぁ』『また会えるなんてねぇ』


変形し始めている男たちを、白い人たちが抱きしめる。中には、見上げて抱きつく形になっている人もいる。


「“もう 一度、生きたい” と 思わない?」


地中から ざわざわと黒い根が伸び出したが

ミカエルが ルカに手のひらを出して、赤い雷を喚ぶのを止めた。


また顕れた白い人たちが 男たちの足元にしゃがみ

黒い根に触れている。


赦しの木の白い根や、朋樹の足下から伸びる蔓が

男たちを白い人ごと包んでいき、黒い根と それに触れている白い人も包んだ。


根や蔓に包まれながら、「生きたい」と

男の一人が言い、白い人の背に腕を回したが

三人と白い人を包み込んだ白い根や蔓は、背の低い歪な巨木となって、水色の葉を枝に広げた。

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