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「よし。麦酒ビールかめを回収する」


車道の真ん中に立った ミカエルが

凛々しい顔で説明を続ける。


「まず、蛇女ナーギーの障壁だ。

どうにか障壁を感得して、一部に穴を開ける。

パイモンが地獄ゲエンナでやったように 焼き崩しながら進んだら、侵入がバレるから」


大まか過ぎる計画だよな。ここまで来てさ。

「“どうにか”、な... 」と 朋樹も繰り返した。


「もう、ヴィシュヌたちも喚ぶし」と、朋樹に

ブロント睫毛の碧い眼を向けた ミカエルは

「瓶を回収したら、瓶はエデンへ。

そして儀式の場を囲い込み、ルシフェル... 地獄ゲエンナの鍵をちらつかせる」と 頷いてみせた。


何だろう? 子供の計画っぽく聞こえるぜ...

わかりやすいけどさ。本当に大丈夫なのか?


「儀式の場を囲み込むために、今

この白蔓の範囲を囲み込んでおくことだが... 」


ミカエルの隣で、ボティスが眉間にシワを寄せる。

囲み込む手段... ジェイドの天空精霊や シェムハザの天空霊が、影人に通用するのか 疑問だからだろう。


「影人だけの状態なら、無理かもしれんよな」と

朋樹が言った。

そうなんだよな... 影人には、こっちから触れることが出来ない。

天空精霊や天空霊も すり抜けちまう恐れがある。


「けど、キュベレとか 夜国ソゾンとかになら有効なんじゃねーの?

とりあえず、目的は キュベレを移動させねーことなんだし、出来る手でいくしかなくね?」


琉地の両前足を両手に取っている ルカに

「ふむ。ヘルメスや オーロの事もあるしのう。

黒蔓が赦しの根を掻い潜り、敵方の前に着き、

引いておったものが “四郎やロキではない” と知れる前に、囲い込みの支度はした方が良かろうの」と、狐榊も同意を示した。


「じゃあ、円は ルーシーで敷こうかな。

夜国の神が融合したソゾンなら、この白蔓で 捕縛出来そうだし、キュベレも 大いなる鎖で捕らえられそうだけどね」


ジェイドの発言に、明け方の空気も止まったが

「... それも念頭に置くけど」

「天空精霊や 天空霊は、“消えて移動” の防止だ」と、ミカエルと ボティスが仕切り直した。


「じゃあ、ジェイドは円敷きだけど

バラけるのは危ないから、みんなで行く」


「しかし、些か悠長ではあるまいか?」


琉地を避け、朋樹とジェイドの間に入った狐榊に

ミカエルは

「うん。これの間に、ヴィシュヌたちに

蛇女ナーギーの障壁を調べてもらう」と 答え

「ヴィシュヌ、たぶん場所が判った」と喚んだ。


「本当?」


ヴィシュヌが立ち、隣に シェムハザも立った。

車道にさ。二人も 仕事着だ。

ジェイドに眼を向けた シェムハザが

「アンバーは皇帝が抱いている」と言ったのには

和んだけど。


「おっ。精霊召喚円は、シェムハザに頼めるじゃん」と言う ルカに、ジェイドが笑顔で頷いているが、心配になって「車、来ねぇかな?」と言ってみると、ボティスが アコを喚んで

「通行止め」つった。簡単だよな。


「この白蔓の内側か... 」


ガードレールに近寄った シェムハザが言い

「ヘルメスたちは、この木の下くらい」と

ルカが 赦しの巨木を指差している。


「じゃあ、蛇女ナーギーの障壁の穴あけかな?」


状況を見て 理解してくれるから、説明 楽だよな。

けど ヴィシュヌは

「どうやったら 障壁が わかるかな?」と 続けた。


蛇女ナーギーって、ヒンドゥー系じゃないの?

シェーシャや ヴァースキのような」


シェーシャも ヴァースキも、インド神話に出てくる蛇神 というか、ほとんど龍神だ。

バリでは、アグン山に移動した アジ=ダハーカの封が解けた時に、七つ首のヴァースキに会った。


ジェイドは、“そっち系の蛇なんだから、ヴィシュヌなら 気配か何か わかるんじゃねぇの?”... と

オレらの問いも代弁して聞いたが

「いや、全然 何もわからないよ。

本当に この山なの? って思うくらいだし。

キュベレが造った障壁なら、天使の方が 何かわかるんじゃないかな?」と

バサバサ睫毛の中のブラウンの眼を ミカエルに向けている。


「いや、こいつは わからん。

術は からっきしだ」


ボティスが答え

「ガルダは どうだ? 蛇男ナーガ蛇女ナーギーを食べるだろ?」と 聞き返したが、

「ガルダも、地上中から 儀式の場所を探してた。

わからないから 報告に来なかったんじゃないかと思うよ」と、指輪を外して チャクラムにした。


ヴゥン... と 音が鳴らし、水平に浮いている それの下に立てた人差し指を回し、白い蔓が囲んだ儀式の場を周回させる。

この人、いきなり こういうことするんだよな。

アジ=ダハーカの封の扉や、冥界ニヴルヘルの入れ替わりの場所に建ってた家のドアも ノックしてたしさ。


「ヴィシュヌ。気づかれたら、ヘルメスが... 」


ミカエルが言いかけたが

「あ、見張りがいるね。ケシュムの儀式の時みたいに。ごめん、ミカエル。話の途中に」と

指で チャクラムを喚び戻した。


「見張り? 障壁があっても 必要なのか?」


美眉を顰めながらも コーヒーを取り寄せてくれる

シェムハザから タンブラーを受け取りながら

「ありがとう。一箇所だけにしか居ないんだけど

どうなんだろうね?」と、駐車場に チャクラムを回している。


「元々 結界で区切られてる場所があって

そことの境に 三人いるよ。

まだ秘禁が効いてるから、結界内も隠されてないけどね」


“元々”... ? 師匠の あの寺じゃねぇのか?


「寺すか?」と 聞いてみると

「そう。知ってる お寺?」と返され

「多分すけど、師匠の... 」と 話してみる。


「あー、なんか聞いたことある。

アスラが魔像に閉じ込められた時に どうこう... って。天狗アポルオンの時かな?」


駐車場の上に チャクラムをぐるぐる回しながら

答えた ヴィシュヌに、朋樹が

「そんななんすか?」と 突っ込んだが

「“ここしばらく アスラを見ない” ってことは

そう珍しいことでもないんだ。

像に閉じ込められたり、何処かで囚えられたことも 一度や二度じゃないし。

アスラ族やラーヴァナ、その時の場合なら ガルダ... まぁ、他の者が話してもダメだったら、俺やシヴァが出向くけど」ということらしく

「こういう小さい結界寺院は、皆 世界中に持ってるからね。秘禁で効果が失われて、誰の結界かまでは わからなかったよ」ってことだ。


「それなら、そのお寺に避難してる人もいるんじゃないか?」


ジェイドが言い、駐車場に停まっている無人の車

二台に眼をやって示した。


「えっ、危なくね?」


朋樹も「儀式の場に近過ぎだろ」と頷いているが

「けど、寺までの道はあるんだぜ。

舗装はないけどさ」と、口を挟んでみる。

ここに来るまでに通り過ぎたっていう トンネルを通って、向こう側から脇道に入れば、あの寺までは すぐだ。


「うん。でも、この森を突っ切った方が近いかもしれない」


ヴィシュヌに言われて、へ? って顔を向けると

朋樹がスマホを取り出し、現在地の航空写真地図を出した。


「... うん。寺みたいな建物は写ってるけど

泰河が言ってる脇道は、森の木の枝が被ってて

見えねぇな。この地図 見て、車で来たんなら

この駐車場に車入れて、森を歩いた方が近い」


そうなのか... なら、この車の人たちが

あの寺に居るって恐れが濃厚だ。


「見て来るよ」


ヴィシュヌが チャクラムを指で喚び

指輪に戻して、嵌めようとしていると

朋樹の足の下から 新たな白蔓が伸びて立ち上がり

ワニの形を作っていく。ジャタだな。


『入れ替わりの場所より、報告が入った』


けど、蔓ワニから発された声は渋く

「オージン」と、ミカエルが言っている。


『影人に重なられた者共が集まり、鉱石のような

黒い木や根に変形を始め、赦しの木を喚んでいる。赦しの木に包まれるそばから燃え出している... とのことだ』


朋樹たちと 眼を見合わせる。

考えられることではあったんだよな...

赦しの木も燃えちまうようだ。

世界中に火を点けるのが目的なのか?

大災害になっちまう。


森林火災は、あっという間に燃え広がって

なかなか 消火 出来ない。

膨大な熱と蒸気によって 火災積雲が形成されたり、火災旋風が起こったりすれば尚更だ。

積雲の下は突風が吹き、落雷させることもある。

火災旋風... 火の竜巻の温度は1000度を越え、秒速

100メートルで移動する。


「対処は?」


ミカエルが聞いている間に

「ボティス、ミカエル」と イゲルが立ち

ヴィシュヌに会釈をして、蔓ワニと同じ報告を始めた。


『ヴァン神族による 冷却、地下水の汲み上げ、天候を操れる者が 風を止ませ 豪雨を降らせる... などしているが、地中の黒い根も燃えている。

地中火も起こり、消火まで時間が掛かるようだ。

また 湖や海底にも、重なった者等が入水して沈み込み、赦しの木が追って包んだが、同様に熱されている』


そうだ、湖や海も入れ替わりは起こっていた。

入水って... ゾッとするし、ショックだ。

海底や湖底から熱されるのも やばいんじゃねぇか?

大量に積乱雲が形成することは 目に見えている。


『ハゲニト』


皇帝の声だ。地界に居る ハティを喚んでいる。


『ベリト、ザガンと共に

燃える木や根を包む 赦しの木を、泡に変えろ』


「泡消火剤か」と、朋樹が蔓ワニを見た。

少ない水に加える 石鹸の消火剤のようだが

石鹸の成分である脂肪酸イオンは、消火使用後

地中に含まれるカルシウムやマグネシウムと結合するので、環境に負荷がかかりにくい。

で、ベリトやザガンも錬金術が使える悪魔だ。


「ザドキエル」


ミカエルに『うん、聞いてるよ』と 声が答えた。

ザドキエルは エデンに居る。


第一天シャマイン、ガブリエルと連携し、天候の調整。

海底の入れ替わりの場には 低温の海水と循環して

湖底の熱された赦しの木には 氷を張り続けること」


すげぇ...

天と地界で、高温や嵐は だいぶ抑えられそうだ。


「ガルダ」と、ヴィシュヌも声を掛けると

師匠の声が『うむ。天部界だ』と 返ってくる。


「火災で発生した水蒸気を仰いで、均一に薄められる? 地上の生物に有害なガスは シューニャで解いて」


師匠は 一人でか... 「大変くね?」と 眉をひそめた

ルカに頷いたが、師匠の声は『うむ』と応えた。


『我々も 入れ替わりの場の付近に居る 生物等を

安全な場所へ誘導する』

『人霊が降りたことにより、今のところ 影人等は引いているようだが、くれぐれも油断 無きよう』

『何かあれば 互いに報告を』


様々な声の後、蔓ワニがほどけ、通信は終わったが

入れ替わりの場で 変形して燃えていく人たちのことを考えると、苦く重い気分になる。

どこでも大変だけど、入れ替わりの場所って

日本にもあったよな...


「では、周囲に円を敷きに行って来よう」と

指を鳴らして 全員のタンブラーを消した シェムハザに

「俺も行くよ。見張りの人たちが気になるし

ガルダの結界寺に誰か居るかもしれないし」と

ヴィシュヌが付き合うことになった。

コーヒー、まだ入ってたんだけどな。


「見張りに見つからないように」


ミカエルが注意すると「うん、気をつけるよ」と

片手を上げて消えたが、大丈夫なのか?

もし見つかったら、“何してるの?” とか

話しかけかねん気がするぜ。


「火災のことは、もうニュースになってるね」


スマホでニュースを見ながら、ジェイドが言った。オレもアプリを開いてみると、火災のことは

速報で出ていた。全世界で 一気に だもんな。


“火の不始末など、人為的な要因があるとしても

一斉に というのは 不可解”... とか

“ヘリコプターで現場に駆けつけると、何故か

現場には すでに消火活動にあたっている人々が”... とかも 書かれているが

“天変地異か?” という文字も見える。


ついでに、おんぶ岩たちのオカルトサイトは

ほぼ、“ご先祖様による奇跡” で 持ち切りだったが

“人体発火現象を起こした人に遭遇した” という

書き込みもあった。

火災の話に塗り変えられるのも時間の問題だろう。


「ワフッ」と 琉地が短く吠え、ビビった 狐榊が

「何じゃ!」と、クリームの体毛を逆立てた。


ルカが 琉地の頭に手を載せたが

「... ヘルメス等が、ちぃと移動を始めたようであるの」と 長い鼻をつんと上げて、榊が澄ます。

歩き出した琉地の後について、オレらも

赦しの巨木の右側から 森へ入った。

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