125


「鳥居、あるじゃねぇか... 」


皇帝に質問された ロキも、イヴァンを視た 沙耶ちゃんも、“別の山に 朱い鳥居が見える” と言っていた。助手席に座っている 朋樹が「あの鳥居だ」と

言った。朋樹も、ロキは視てるんだよな。


「じゃあ、この山に居る ってこと?」


隣に座るルカが 琉地を喚ぶと、後部座席のテーブルの上に 白い煙が凝って 琉地になった。

琉地の頭に手を載せた ルカが

「ここ みてーだし... 」と、自分で答える。


「あの山は、モレクの時の山だ」


ボティスが

「貸別荘などとは、逆の位置が見えている」と

顎で 向かいの山を示した。


なら この山は、オレが まだ大学に行ってた時に

師匠と修行した山じゃねぇのか... ?

けど、あの鳥居は見たことはない。


「おっ。モレクの山なんだったら

あの神社は、“狐女コメ様” の 神社なんじゃねーの?」


あぁ、なんか聞いたな。

モレクの山の キャンプ場の管理室に居た 尾刀ビトウくんに。

狐女様は 荼枳尼ダキニ天じゃねぇか?... と考えられるので、祭られるなら 一般的には寺だ。

あの神社が神仏習合の時からあるんなら

稲荷権現として祭られてるかもしれんけど。

または、祭神が宇迦之御魂神に変わってるかもな。いや、狐女様じゃねぇかもしれねぇけどさ。


「オレ、この山 初めて来たんだよな。

いや、通り抜けたことはあるんだけどよ。

少し手前に トンネルがあって、そこなら通ったことがあるから」


朋樹の言葉で、ん? となった。

師匠と修行した場所は、そのトンネルを抜けて

また少し登って、脇道に入る。

そうか... ここは あの山の トンネルの入口側を通り越して登ってるから、見えるものも違うんだ。


「こんな近くに居たのか... 」


ボティスと L字座席のコーナーに座る榊の間から

身を乗り出し、窓の外を見た ジェイドが

「でも 四郎を狙ってたんだから、そんな遠くには居ないか」と 言い添えた。


オレもだけど、ルカも ジェイドも寝起きだし

落ち着いてねぇんだよな。

起きたら 着いちまってたしさ。


「ミカエルは、気配でバレてねぇの?」と 聞いてみると

「極限まで気配は消してる。

でも、キュベレが ずっとこの山に居たんなら

俺が ここに居ようと 学校に居ようと

気配の感じ方は 大して変わらないと思うぜ」ってことだ。

ミカエルにしろ 皇帝にしろ、元々 存在が でかいので、この程度の距離なら

“近くに居る” と認識されるようだ。


「神殿の向こう、夜国に居るんなら わからないだろうけど。

俺も キュベレの気配は感じないし

だいたい、お前等も普通にしてるだろ?」


あっ、そうだ!

キュベレが近くに居たら、嫌悪感で寒気するんだよな。リリ班だから。

今 キュベレは、神殿の向こう側だ。


「とりあえず 降りるか」


ボティスがドアを開けた。なんか緊張するぜ...


山中の休憩場所のような 小さな駐車場には

オレらのバスの他にも、車が 二台 停まっていた。

何の用で こんな所に停めているんだ?


無人なのが また... と 気になりつつも

「皇帝たちは 喚ばねぇの?」と 聞いてみると

「まだしっかりとは、場所を特定してないだろ?

この山の中腹のどこかなのは確かだけど」と

ミカエルに返された。そうだよな。


「ヘルメスたち、今 どの辺?」


運転席から降りた ミカエルは

ボティスに続いて降りた 琉地に聞いたが

「この辺りで ぐずぐずしてるみたいだぜ」と

ルカが答えている。


「あぁ、あれのせいか」


助手席を降りた 朋樹が、こちら側には来ずに

道路側へ歩き出した。


駐車場から道路を渡った ガードレールの向こうの森に、まだ消えていない外灯にも 枝を絡めている

赦しの木が生えている。巨木だ。


「何とのう... 」


琉地を避けるためか、狐に戻ってバスを降りて

一度 すぐにバスに飛び乗った榊も、朋樹の元に走り、巨木を見上げている。

オレらも 道路を渡り、近くへ行ってみた。


高さは 4メートルか5メートルくらいだろう。

ただ、不格好というか いびつというか...

身を捻じりながら伸びている 藤色の幹の巨木に

グレーと 抹茶色の木 二本が絡んでいて

それぞれが伸ばした枝からは、クリーム色や 黒、ブルーグリーンの葉を繁らせている。


元々ここに生えていた木も飲み込んでいるようだが、何人 取り込んだら このくらいの太さの木になるんだ?

大人 二人で囲んで腕を回しても、お互いの手は届かないだろう。

それだけ 重なり切った人が ここに来たのか...


狭い歩道に入りきれず、道路で琉地の頭を撫でる

ルカが

「ヘルメスたちは、この木の下を通ってるっぽい。根が入り組んでるんじゃねーの?」と言う。


「入り組んでる って、他に赦しの木は... 」と

ジェイドが 木の周囲を見回したが

「いや、地中にさ」と 朋樹が言葉を濁した。

“黒い根があるんじゃねぇか?” と 言いかけたのだろう。

黒い根 と聞くと、ニナがよぎる。

ジェイドの前で話しづらいだけでなく、オレらも

口に出すのは つらい。


影人が融合した女の人が、地中に沈んで 黒い根になる と知ったのは、イヴァンが 半魂で学校に来た時だった。

影人のことが わかってから だいぶ時間も経っていたし、下手すれば ここに多数の女の人が沈んでいて、黒い根が儀式の場を囲んでる恐れもある。


黒い蔓や ヘルメスたちが、この下で ぐずぐずしているのなら、地中に沈んでいる黒い根に赦しの木の根が絡み、黒い蔓の行く手を阻んでいるのだろう。


この木の向こう側に儀式の場所があるとしても

見た目には ただの森にしか見えず、正確な場所を知るのは難しい。

蛇女ナーギーの障壁が囲んでいるからだ。


歪な巨木から「今日、秘禁が切れる」という

ミカエルの声に振り向いた。

ミカエルもボティスも、普通に車道に立っている。


「秘禁が切れるまでに しっかり場所を特定して

神殿が移動 出来ないように囲い込みたい」


秘禁が切れたら、今より簡単に隠れられることになる。キュベレたちだけでなく、影人と重なり切った人たちを隠すことも可能だ。


「しかし、“囲い込む” と言うても

夜国から 別の儀式の場へ移動するのではなかろうかのう?」


首を傾げた狐榊に

麦酒ビールかめがあるだろ」と、ボティスが言った。


「キュベレ等は、最初の瓶の場所に居るが

瓶に触れるのは地上の者のみ とみえる。

ケシュムの儀式の場にも、イヴァンが取りに来た。

移動するのなら、儀式に出た人間が 瓶の回収に

神殿から出てくるはずだ。

その前に こちら側で瓶を奪い、儀式の場を囲い込む」


「瓶を捨てて逃げたら?」と聞く ジェイドには

ミカエルが「逃げないだろ」と返している。


「儀式の瓶は、夜国と地上を繋ぐものだ。

儀式をしなけば、地上側に神殿が建たない」


「じゃあさぁ、瓶 取って、キュベレは夜国に閉じ込めとけば いいんじゃね?」


おう?!


「どう?」と聞く ルカに乗り

「それでいいじゃねぇか! 瓶さえ取り上げちまえばさ... 」と 盛り上がりかけたが

呆れ顔のミカエルとボティスの視線に射られた。


「そういう訳には いかないんだよ。

“悪意” が 消滅するのは、最後の審判の時だ。

それまでは、人間の魂の成長のために

基本的な “善” と “悪” の 概念は必要なんだ。

悪という概念が無くなれば、善悪の概念も消失する。人間の法の上でも、悪が裁かれず

善良な者が虐げられるようになる恐れもある。

父が自らの悪を抜き出したように、人間も自らの悪を抜き出して捨て去るべきだ」


なので、悪意そのものである キュベレは

「審判の時までは、天に眠らせて

善悪の概念を失わないために必要」らしかった。

麦酒の瓶を回収して、地上と夜国の繋がりを断ち

キュベレを天に戻すしかなさそうだ。


「キュベレが、神殿から出て来なかったら?」


ジェイドが 新たな不安材料を投げかけたが

ボティスが「囮を買って出た者がいるだろ?」と返した。皇帝か...


「キュベレとしても、夜国に閉じこもる事など

本意じゃあない。天に戻される事もだが。

天や地上、夜国も 自分の下にくだす。

影羊や四郎は、そのための生贄だ」


夜国からは影羊、地上からは 天の預言者である四郎を捧げさせて、どちらも手中に収めるためだもんな。


影人と重なった人が、黒い木や根に変形しちまったことを考えると、もう 聖父の被造物を作り変えて 略奪している。

あとは 生贄を捧げさせることで、それを聖父に認めさせれば、地上の支配者は キュベレだ。


すでに影羊を捧げた 夜国にしても

ソゾンの身体に残る魂と 夜国の神が融合したのなら、半分は こちら側の神になった といえる。


「囲い込みか... もし、黒い根が儀式の場所を

蛇女ナーギーの障壁ごと囲んでいるなら... 」


朋樹の足の下から 水色葉の白い蔓を伸び始め

ガードレールを潜り、巨木に巻き付き出した。

「おっ、意思が通じるようになってきてんな」と

自分で驚いているので、白い蔓は 巨木や根を感知して出た訳ではなく、朋樹の意思に応じて出てきたのだろう。


「地中の根を探せ」


朋樹が命じると、白い蔓は 巻き付いた巨木の幹から二股に分かれて 片方が地面に向かい、更に 地面で左右に分岐して潜り出した。


「おぉ」「すげーじゃん」と、ルカと 白蔓見学をする。朋樹の足の下から ぐんぐん伸びて、地中に飲み込まれ続けている。


「けど これさ、地中で黒い根に絡んでも

地上に居るオレらには、黒い根が どこにあるのか

わからねぇよな」


口出しすると、朋樹は シラケた顔を向けたが

白い蔓に

「根の位置で芽吹け」と 新たなめいを出した。

巨木の左右に 白い芽が伸び、それが新たに白い蔓となって 水色葉を広げながら地面を這う。


今 芽吹いて蔓が這う場所から、少し離れた場所にも白い芽が伸びて蔓になり、最初に地中から伸びた蔓と絡み繋がった。

また少し離れた場所に出て... と繰り返し、水色葉の白い蔓が 地面に線を描いていく。


「かなり 拡がっていっておるのう... 」

「右寄りの円になっていくみたいだね」


水色葉の白蔓の線は、ガードレールの向こうの森の中、儀式の場であろう場所を囲み込んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る