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「特に何も起こらなかった」


復讐者アラストールの白い木の下、グラウンドで見張りをしてくれていた 悪魔たちは、ヘルメスが消えた場所に

何かの魔法円を敷いていて

「ヘルメスの気配なら 少しする。生きてることは

確かだ。でも居る位置の見当はつかなかった」と

ボティスに報告している。


魔法円の上には、ルカと ジェイドが喚んだ

琉地と アンバーだ。


今日も シェムハザの城に居たので、土産に琉地が

マドレーヌ入りの紙袋を 三袋、咥えて持って来てくれた。もう ほとんど城の子だな。

一袋は ヴィシュヌと居るトールたちに

一袋は シェムハザたちと居る四郎に回ったが

ミカエルの近くに居るオレらも 一袋もらう。


琉地は、地面に鼻をつけて 匂いを嗅いでいるが

アンバーは、持参した七色糸の端を 朋樹に渡した。


「ヘルメスが、半式鬼に付けろ って言ってたんだろ?」


皇帝に会釈をして ソファーを立った朋樹が

腰に巻いた仕事道具入れから 半式鬼の札を出した。

糸を付けた札に息を吹くと、朋樹の指の上で

片羽の蝶となる。


「追わせるぜ。戻り誘え」と 蝶にめいを出すと

片羽の蝶は指を離れ、くらりくらりと ぎこちなく羽ばたいて 琉地の前にとまり、地面に沈んで消えた。


「おい... 」と、皇帝の隣に座った アマイモンが

朋樹に呆れた眼を向けるが、ジェイドが

「まぁ、当然 こうなるだろうね」と、火に油を注ぎやがった。どうすんだよ...


「いやでも、糸 あるんで」


琉地の背中に座り、真剣な顔で七色糸を伸ばしていく アンバーを指して、朋樹が言い訳しているが

ヴィシュヌも

「でも、地面の中だと 見えないね。

アンバーも、地上じゃないと 糸は追えないだろう?

黒い根に捕まる恐れもあるし、キュベレに繋がるとしたら 危険過ぎるから、ティトとサヴィにも頼めないし」と 言っちまった。


「アンバーには、糸の場所が分かるよ」


ジェイドも ソファーを立ち、琥珀色の眼を半眼にして集中している アンバーの白いたてがみを撫でた。

シェムハザに つつかれた四郎が

「失礼 致します」と ソファーに座り

紙袋のマドレーヌを勧めている。慣れてきたよな。

皇帝も ニコっとして、一個 取ってるけどさ。


「どうにか、糸を可視化 出来んのか?

蝶と糸が辿り着いた時に移動されたら 事だろう」


ケリュケイオンが辿り着いた時点で 移動されるんじゃないか?」と、トールが赤眉をしかめたが

「いや。ケリュケイオンを見ても、オーロを認識出来ん。

ヘルメスも隠れ兜で見えん。

向こうは “嵌められた” と思うだけだろ」と

ボティスが返している。

けど、片翼の蝶と糸がバレたら

こっちから追ってることも バレちまうか...


ミカエルが「可視化なら、息で出来るかも」と

言ったが、皇帝が

「キュベレが お前の息などを感知すれば

必ず 移動するだろう」と、マドレーヌを口にし

シェムハザから 珈琲を受け取った。


「じゃあ、どうするんだよ?」


ムッとする ミカエルにも、エッグタルトが取り寄せられた。

ハッ と 半眼にしていた眼を上げたアンバーが

糸を伸ばしながら よたよたと飛び

ボティスに抱かれている 狐榊に、七色糸を差し出している。

エッグタルトに反応したのかと思ったぜ。


「むっ」


狐榊が頷き、伸びている糸に ふう... っと

黒炎の息を吹く。


「えっ? 榊?」

「糸、焼け切れねーの?」


糸に絡む細い黒炎も 地中へ潜って行ったが

琉地も顔を上げる。額に手を置いたルカが

「黒炎の匂い、辿れるって」と、琉地を撫でた。


「そうか、それなら

消えて 移動出来るか 出来ないか で

分けた方がいいね」


黒炎の匂いを辿る 琉地を追う方法だ。

オレらは、バス移動するしかないが

「でも、四郎とロキが 手に入ってない って バレたら、また狙って来るだろ?

根を消せるルカもだけど、今は鍵を持ってる ルシフェルも狙われるぜ?」と なり、分かれ方を話し合う。


「だいたい、全員行く必要があるのか?

狙われる者は エデンに居れば良いだろう」


アマイモンの言うことは 尤もだが、ルカが

「オレ、エデン入れないんすよ。人間だし」と

言い、皇帝は「囮だ」と あっさり言った。


「こちらに集中させねば、地上の壊滅が早まる」


注意を引くのか...

エデンに居る恩寵グラティアが無事なら、地獄ゲエンナ 七層が開かれることはない。

けど 狙うものが地上に無ければ、キュベレは

地上の破壊を始めるかもしれない。


「場所が特定出来たら喚べ」


皇帝は、ソファーを立つ気はなく

「俺も 一緒に居るよ」と ヴィシュヌ、

シェムハザと アマイモン、地獄ゲエンナの悪魔対策に

四郎とトール、ロキも残って、後で移動することになった。


「着替えていけ」と、シェムハザが仕事着を取り寄せる。

オレらと 一緒に、バスで琉地を追うのは

ボティスと狐榊、ミカエルだ。

四郎が抜けているが、いつもの感じだな。

ホッとするぜ。


「アンバーは?」と ジェイドが聞くが

「糸を伸ばし終えるまで、俺が抱いていよう」と

シェムハザが、琉地の背中からアンバーを抱き上げた。


新たに取り寄せられた ソファーに、ヴィシュヌや

トール、ロキも座ったが、皇帝の眼は ロキの腹に

釘付けだ。相変わらず、見方がすげぇ。

ヴィシュヌがいれば 大丈夫だとは思うが、ルカも

「産気づかねーかな?」と、心配し

「視線で か?」と ボティスが笑った。


「じゃあ、行くぜ?

琉地、まず駐車場から見える範囲に居ること」


ミカエルを見上げ、しっぽを振った 琉地が

白い煙となって消える。


「シェムハザ、天空霊。

移動する時まで解除しないこと」と

ミカエルが ソファーの周りに天空霊を降ろさせ

「ルシファー、またね」

「ロキ、なるべく リラックスしとけよ」と

多少 無理も言い、駐車場へ向かう。


「聖みげる、ボティス。兄様方」


四郎だ。早々と仕事着に着替えている。

「調理実習室に参りますので、其処まで共に... 」と ついて来て

「なんだよ、寂しいのかよ 四郎」と聞く ルカに

狐榊の頭を撫でながら「少々」と答えた。


「ぅラァ!」

「あっ... 泰河! 痛い、痛いですって!」


ヘッドロックしてやったぜ。かわいいよな。


校庭には、相変わらず 姉ちゃんが立っていて

じゃかじゃか霊が憑依はいり、姉ちゃんの背中に手をつける サムに不道徳を抜かれ、じゃかじゃか飛び立っていく。寝癖も相変わらずだ。


「あ、ありがとー」


姉ちゃんは サムの配下から受け取ったパックを開け、たこ焼きを食いだした。心配ねぇな。

「よう、姉ちゃん」

「オレら、ちょっと出てくるわ」と

四人で 一個ずつ たこ焼きを摘んでいくと

「ハンフンヒハッタ!」って怒った。

多分、“半分になった!” だな。


調理実習室の窓にも寄り、朱里に

「ちょっと出てくるけど、もう沙耶ちゃんたちと

寝とけよ」と言うと

「うん、いってらっしゃい」と 頷いた後に

「寝てるけど、待ってる」と 微笑った。


学校外周の囲いの壁は 崩されたままで

校門だけが残っていた。

グラウンドにあるような 水色葉の白い木が

目の端に入ると、内臓が縮むようになる。

ジェイドは、前を向いたまま通り過ぎたが

四郎が立ち止まり、顔を向けた。


「どうした?」


小声で聞くと、白い木を見つめたまま

「いえ... 」と答え

「では、後程。私は 調理実習室に寄って

グラウンドへ戻りますので」と 挨拶に片手を上げる。

何かが気に止まったようだが、何なのかはわからない といった感じだ。


「おう」「後でな」と 手を振り、駐車場に着くと

琉地が バスの隣に座っていた。

ルカに呼ばれると 立ち上がり、狐のような尾を振っている。


「うん、ちゃんと居て えらい」


ミカエルが 琉地の頭を撫で

「最初は どっちの道?」と、駐車場前の道路を示して聞くと、白い煙になった琉地が消える。


駐車場から見て右側の道に 白く凝って顕れ

右折方向に タッタと歩いて見せた。

駐車場を右に出て、すぐに また右折か。

二車線の道路へ続く道だ。


バスに乗り込み、琉地の指示通りに向かっていくと、先の交差点に顕れた琉地が 左折方向へ タッタと歩いた。


「ふむ。実際は直進するのであるようだが

赦しの木が塞いでおるようよ」


「あっ、そうか。榊は 琉地と、ある程度

思念で話せるんだよな」


助手席から ルカが後部座席に振り向いて言ったが

狐榊は無言だ。

車内ミラーで見てみると、L字の座席のコーナーに収まり、少し鼻を上げて ツンとしている。

まだ “狼犬となど... ” という葛藤があるみてぇだな。怖いだけで 嫌っちゃいねぇんだろうけど。


琉地と狐榊の案内通りにバスを走らせ、一の山を越える。

朋樹の実家や神社、オレの実家も越え

ショッピングモールや飲食店が並ぶ 二車線の道を

通って「ガソリン入れとくか」と セルフのスタンドに寄り、順にトイレも済ませる間に、ジェイドと朋樹がコーヒーを買っておいてくれた。


道沿いに居た琉地が、白い煙になって消え

ルカの前に凝って顕れ、頭を撫でられているが

人化けをしてカフェオレを飲む榊は、澄ました顔をしている。

「琉地」と呼ぶ ボティスが抓られてるけどさ。


「ここ、川本さん家がある集落の近くだよな」


朋樹が、道路の先の橋を見て言った。

橋を越えた先にある民宿には、世話になったことがある。

前に 仕事で来た時は、緑が綺麗な道だったが

白線で区切られた狭い歩道と 外灯の向こうには

木々の間のところどころから 派手な色の枝が覗いていた。


「皇帝の神社のとこだろ」


コーヒーの缶から口を離して言った ボティスに

ミカエルが「ルシフェルのかよ?!」と

聞き返している。皇帝の神社... 天津甕星あまつみかぼしの社だ。


「でも、鳥居は石で建てられてたよね?

イヴァンが見た鳥居とは違う」


ジェイドに頷いた ルカが、琉地に

「糸の黒炎の匂いが続いてんのって、どっちの方向?」と聞き、頭を撫でていた手を止め

思念を読んでいる。


「あっちの方っぽい」


琉地の頭に片手を置いたまま、ルカは

缶コーヒーを持った手で 集落の奥の山を指した。


「モレク儀式の山の方?」


しゃがんで聞いた ミカエルに、琉地は ピスピスと鼻を鳴らしたが、榊が

「... オーロや杖を巻いておる黒蔓は、地中を ゆっくりと進んでおるようであるの。

巻きつかれぬであっても、赦しの木の根を警戒しておるのであろうよ」と 琉地の答えを代弁した。


つまり、奥の山の方へ進んでいるが

オーロやヘルメスたちも まだ移動中で、儀式の場所には到着していない ということだろう。


バスに戻ると「代わるし」という ルカに運転を任せ、助手席に乗り込んだ。

琉地の案内に従って、バスは橋を渡り

川沿いの緩やかな登りの道を走って、民宿の前を通り過ぎる。


「暗いは暗いけどさぁ、影ないと道路も川も 妙に明るいよな。ニセモノの夜って感じするし」


「そうだな。夜の枝の影とか好きなんだけどな」


右側に気配を感じ、フロントガラスから 右に顔を向けると、ブロントの髪が眼に入った。

運転席と助手席の間に顔を出した ミカエルが

「ちょっと、そこで停まれよ」と

機嫌の悪い声で言う。


「そこって?」

「神社か?」


「他に何があるんだよ?」


皇帝の神社っていうのが 気になるんだな...

「どうする?」と、朋樹の声が聞くと

ボティスが「五分」と ため息混じりに答えた。


ミカエルは「人間の気配もする」と言うが

神社に避難してた人じゃねぇのかな?

神社の石段の横の空き地には、三台の車が停まってるしさ。


バスを空き地に入れると、ミカエルの後について

二階建ての家くらいの高さの 急な石段を昇る。


「あっ、こんばんは」

「どうも... 」


階段を昇りきると、木造の社の前の広場に敷いた ブルーシートの上に、思ったより人が居た。

社の両端に座っている人たちも居る。

全部で 十五人くらいか?

結構のん気に酒を飲んでいたようだ。


オレらが避難しに来たと思ったのか、黒い仕事着ツナギの集団が異様だったのか

「こっち側、まだ座れますよ」と 場所を空けてくれているが、階段の下から ボティスが現れると

なんとなく静かになった。


「スーツの者等は 居なかったのか?」


あっ、そうだ。悪魔たちが居たはずなんだよな。

ゴールドの眼で見回す ボティスに

「あ... さっきまで いらっしゃったんですけど... 」

「“周辺の民家を見回って来るから、まだ神社から出るな” と 言われて... 」ってことだ。


「ふーん... 」


ミカエルが 古い社を見つめ

「ゴシンタイってやつ、あるのかよ?」と

ブルーシートを回り込んで、社に近づいていく。

追った方がいい気がするので ついていく。


「私共は、一の山の麓の神社の者なのですが

こちらの管理も任されていまして... 」


朋樹が 誤魔化しにかかる間に、榊が幻惑を掛け

飲んでる人たちを ぼんやりさせると

ミカエルが社を開けた。


「鏡だ」


「ミカエル、触るなよ。皇帝の声が漏れんよう

ハティが 術を掛けている」


ボティスが止め、ミカエルも見ているだけだったが、鏡が ひとりでに台座から落ちた。


「えっ?」


すぐ後ろから覗く ルカが

「ゴト つったぜ? 割れてね?」と 言っている間に、板の床に立った鏡が ぐるぐると回転し始め

社の端まで進んで来る。


「あっ」

「ちょっと... 」


落ちる... と 手が出ちまって、両手で鏡を掴むと

鏡面から光を発した鏡が消えた。

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