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「ヘルメスを追う」


ケリュケイオンとオーロ、ヘルメスが 地中に沈み消えた。


グラウンドには、復讐者アラストールを包んだ水色葉の白い木以外 何も無いが、悪魔たちに見張りを任せると

一度 視聴覚室へ戻り、ヴィシュヌやアマイモンに

四郎とロキの血を イヴァンの血と交換したことや、イヴァンの血の卵が 黒い蔓に潰されたことを話した。


隣の教室から移ってきていた トールが

『イヴァンの卵を潰すとはな』と キュベレたちを蔑むと、ロキが『クソ野郎よね』と 肩を竦めたが

皇帝に『ふん... 』と 相槌を打たれた。

丸い腹に視線を落とされたので、トールの背後に隠れて グミに専念することにしたようだ。


ボティスと シェムハザが頑張ってくれていて

イヴァンの腕や脚は、無事についていた。


まだ眠る イヴァンの隣で、四郎が 天に感謝を祈り

調理実習室に居るリョウジたちに 報告しに行った。

すぐに、一階で喜んで騒ぐ リョウジたちの声が

二階の開いた窓から聞こえてきて

オレらまで 気も顔も緩んじまったぜ。


半魂が消滅してしまった 審判者ユーデクスは眠ったままだ。


審判者ユーデクスにしろ 恩寵グラティアにしろ、地上や奈落に居させるのは危険だろう。

アバドンのように 影人と重ねた神か何かを 送り込んできたら... 』


『肉体に欠損がある場合... これは、“半魂や 魂そのものが離れる恐れがある程の” ってことだけど。

または 半魂を失った場合、神々であっても 影人が重なれることが わかったからね。

審判者ユーデクスは、重なられる恐れもある』


でも、奈落に黒い根が伸びてきたように

地界や異教神界にも 伸びてくる恐れがある。

だからといって、天に... という訳にもいかない。

皇帝が言った、“サンダルフォンが キュベレの影響下にある恐れ” があるからだ。

厄介だよな... “天に幽閉” が 一番安心なのにさ。


『エデンしかない。

エデンなら、俺の許可がなければ 入れないし』


ため息混じりに ミカエルが言った。

ミカエルは、天の第四天楽園マコノムだけでなく

失われた地上の楽園、エデンの支配者でもある。


『イヴァンも エデンに居た方がいいと思う。

エデンには、アクサナや ライーサ... ソゾンの子供達や、ヴァン神族の子供達が居る』


子供たちは、ソゾンによって洗脳されていて

ヴァン神族の子供たちも、幻覚花ゲムレイド幻覚茸ゲムライダで薬漬けにされていた。

治療と保護のために エデンに居る。


エデンには、記憶を司る天使 ザドキエルと

地上で赦しの木の調査をしている ラファエルの配下たちが居るが

『楽園からも配下を降ろすし、ガブリエルにも

軍の派遣を要請する』ということだ。


『万が一 ってこともある。

黒い根の対策には、赦しの木が有効だから

エデンの 一部にも植えないと』


エデンに赦しの木か...

オレ、エデンに入り込んじまったこと あるんだよな。

白い乳の河に シャボンのような液体雲、バカでかい虹に、白い鳥や白い揚羽蝶。柔らかな日差し。

澄んだ空気まで輝いているようだった。

けど、花々や果樹... 大地は 地上と同じ色で

それに 親近感を持って 安心もした。

まぁ 今は地上も、赦しの木で すげぇ景観だけどさ。


『ルシフェル、それも預けろよ』


ミカエルは、取り寄せられたソファーに足を組む

皇帝の手にある アバドンの背骨を見て言ったが、

ジェイドと朋樹を両脇にはべらせた 皇帝は

『サンダルフォンが、エデンに降りる お前の配下を使った場合... 』と 聞かない。

骨、離さねぇんだよな。


『俺が こうして お前と居れば、骨も 五層の鍵も

お前の管理下にある事と同じだろう』


ミカエルは、ボティスや シェムハザに眼を向けたが、二人は 両手を開き、肩を竦めて見せている。

ジェイドや朋樹だけでなく、オレとルカも

床や天井に視線を逃しちまった。

すまん、ミカエル。口 挟めねぇ。


『ミカエル、ヘルメスが心配だ』と

ヴィシュヌが入ってくれたので

白いアーチのエデンのゲートを開いた ミカエルが

ザドキエルたちに、イヴァンと 審判者ユーデクス恩寵グラティアを預け

『楽園の配下と ガブリエルの軍を配備。

赦しの木の枝で 周囲を囲んでおくこと』と命じ

グラウンドへ戻ったところだ。


「むう... 」


復讐者アラストールの白い木の下、ボティスの片腕に抱かれた 狐榊が、ヘルメスが消えた地面を見ている。


榊は、視聴覚室を出たところに居て

『露さんが参った故』と、シイナのベッドを

前足で指した。


各霊界から先祖の霊が降り、それぞれの子孫を護ってくれている おかげで、影人の重なり防止や

悪霊を追い払うなどしてくれていた 霊獣たちの

手が空いたようだ。


『露さんは、天照大神の神力を授かり

人心を照らし回っておったのよ』


すげぇ... 二つ尾、三毛の猫又 露は

神も降ろすことが出来る 巫女猫でもある。

けど、そこまで出来るのか...


露が居ると、シイナは涙を流さず

穏やかに眠れていた。

『そろそろ、沙耶夏や朱里も呼んで

寝らせようと思ってるよ』と言っていた ゾイも

シイナと 一緒に居てくれている。


調理実習室に顔を出すと、アコや はるさんと共に

浅黄や桃太も居て、つい

『おお、浅黄!』『桃太じゃん!』と

軽く はしゃぎ、沙耶ちゃんから

『さっき、イヴァン君のことを視てみたのだけど... 』という話を聞いた。


『神殿 なのかしら?

砂岩で出来たような、四角い建物の中に居たようよ。灯りはないわ。だけど、隅々まで見える。

身体は 白いシーツの上に寝かされているのだけど

イヴァン君は、他人の身体の様に 横たわった自分を見てる』


イヴァンは、呪術セイズで 身体から半魂が抜けていたが

ブロキ茸... 世界樹ユグドラシルで半魂を抜くための茸や 術で

仮死状態にされていたようで

『斧で 膝から下を切断されてしまった時も

何が起こっているのか、よくわかっていなかったようなの』と、沙耶ちゃんは 瞼を臥せた。

切断をしたヤツは

『顔や手に、黒い血管が浮いてたわ』というので、地獄ゲエンナの悪魔だろう。


『横たわるイヴァン君の奥の壁には、霧が かかったような 白い森が重なっているわ』


夜国だ。

反射的に視線を落としちまったが、ルカが

『その森に、誰か居た?』と聞いた。


『ええ。たくさんの人たちよ。

湖の畔で、藍色のローブを着て フードを被っている人を中心にして、お酒を飲んでいるみたいだったわ。

ローブの人の前には、草編みのカゴの中に

白い布でくるまれた 赤ちゃんが居て... 』


周囲で酒を飲んでいた 男の 一人が立ち上がり

藍色のローブのヤツと 赤ちゃんの前にかしずくと

石のナイフで手首を裂いた。

赤ちゃんの上に手首を出し、血を滴らせる。

赤ちゃんは 自分を包む白い布から両腕を出すと

男の腕にしがみついて 手首の血を啜り始めた という。


『腕を離した 赤ちゃんは、二歳か 三歳くらいの

大きさに成長していたわ。女の子よ』


イヴァンの妹、キュベレとソゾンの子だろう。


血を吸われた男は 砂のように崩れ落ちたようだが

『周囲の人たちは、女の子の成長を喜んでいたわ』らしく

『草編みの籠に座った女の子の前に、別の男性が進み出てきて、両手で抱え持った 草編みの大皿を差し出したのだけど... 』

何かの内臓だったようだ。


『背骨を遺された方のものね』と いうことは

アバドンの肋骨の中身か...


『その、“藍色のローブ着たヤツ” って、男?』


朋樹が聞くと、沙耶ちゃんは

『顔は見えなかったけれど、肩幅も広かったし

男性だと思うわ』と 頷いた。


『ソゾンの身体の方?』と言う ジェイドに

四郎が『藍のローブが木藍もくらんで染めたものであれば

儀式の司祭なのでしょうか?』と 聞いている。


ってことは、ソゾンの身体には

だいぶ前に 影人... 夜国の神が重なっていたのか?

あれ? けど...

『おかしくねぇか?』と 口を挟んだ。


『ソゾンの身体に残った魂に、夜国の神が重なってたんなら、何のための儀式なんだよ?

神を喚ぶためにやってたんじゃねぇの?

司祭が ソゾンで夜国の神 なら、もう神は居るじゃねぇか』


『えっ? 儀式ってさぁ

重なった人を夜国に迎えるため なんじゃねーの?

ケシュムで儀式してた人たちは、影羊もらって

夜国に行けて 嬉しそうだったじゃん』


ん? 隣に居る ルカと眼が合う。お互い無言だ。

そうだよな...

でも やっぱり、司祭 イコール 夜国の神 ってのは

違う気もするんだよな...


『まぁ、その辺は はっきりしねぇけどよ。

まずは その儀式の場所を探さねぇとな。

神殿の外、地上こっち側は見えた?』と、朋樹が

沙耶ちゃんに聞く。


『外は森ね。湖があったわ。

この湖は 儀式で湧いた湖のようで、三日月形よ。

湖の向こう側には、また木々が覆っているけど

少し開けた場所があるわ。

でも、山頂ではないみたい』


やっぱり、どこかの山の中腹だな。

湖は 儀式で湧いたのなら、元々 湖がない山だ。

とは言っても、この辺りの山の ほとんどには

湖がない。


『朱い鳥居は?』と 朋樹が聞くと

『ええ、別の山に見えるわ』ってことだ。


『日本のものだと思うわ。

でも、そう大きい鳥居じゃなくて... 』


特徴的でもない ってことか。

イヴァンたちは、儀式の場から 儀式の場へと

夜国を通って移動しているようで

今 居る場所も、“日本の森” としか見当が付かない。


『イヴァン君は、湖と木々の向こうにある 開けた場所に行って、他の山や 眼下に広がる街を見るのが好きだったみたい。

影のかたが重なっていなかったからか、彼は 独りで居ることが多くて、他にすることもなかったようなのだけど。

眼下に見えた街は、この街じゃないわ。

彼が独りで居た開けた場所から 神殿までを、薄暗く黒い霧のようなものが遮っているの。

下半身が蛇の姿の女性たちと 影の方たちから

作られたものよ』


地獄ゲエンナを隠した 目隠しの障壁だ。内側から見ると

薄い影の壁のようになっているようだ。

夜国のもの... 影人と、地上のもの... 蛇女ナーギーを混ぜて

夜国でも地上でもない場所として区切っているのだろう。


『一度、その黒い霧に 隙間が空いていたことがあって、イヴァン君は 半魂の状態で学校に来てるわ。不自然な隙間を 怪しんではいたようだけど

寂しくて耐えられなかったのね』


ロキやトールと話し

“助けて” と、四郎に言った時だ。


『それからは、同じ場所へ行ってみても

隙間が空いていることはなくって。

仮死状態にされてからは、半魂の意識も 夢を見ているようにされてしまってるわ。

半魂のイヴァン君のことを、誰かが 後ろから抱きしめてる。白く細い腕で... 』


イヴァンは、その腕の人を

“マーマ”... と 認識したらしい。キュベレだ。

キュベレは、飲み込んでいる イヴァンの母親の姿や 匂いを使い、思念を送ったようだ。


『彼女は、“寂しい思いをさせて ごめんなさい。

でも本当は、こうして ずっと 一緒に居たのよ。

イヴァン、私の息子。やっと気づいてくれたのね。これからも ずっと 一緒よ”... と

後ろから回した腕の指で 頬を撫でたの。

イヴァン君は、泣いていたわ』


“お友達に、さよならを言って

マーマと 一緒に行きましょう。

さぁ、時間がないわ”...


自分の膝から下が 斧で切断される様子を

ぼんやりと見た イヴァンは

“シロウに 言わなくちゃ”... と、学校に現れた。


沙耶ちゃんに 礼を言うと

朱里やリョウジたちとも 少し話して

校舎を出た。

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