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「何だ? 知り合いか?」と、オレらが居る 廊下へ

出て来ようとした アマイモンが、いきなり消えた。


「あれ?」

「えっ、外に居るじゃん」


校門に入ったところで止められた バイクの近くに

移動し、姉ちゃんの前に立つと

姉ちゃんの後ろに サム... サマエルが出現する。

いや、姉ちゃんに憑依はいってて 出ただけ なんだけどさ。


「ミカエル、サマエルだ」と 報告して

とりあえずルカと階段を降り、外へ出た。


黒スーツの悪魔たちに囲まれている バイクの人に

ルカが「はるさん」と 声を掛けた。

「知り合いだし、大丈夫」と、悪魔たちに散ってもらっている。


「おう、ルカ」


あぁ、この人 あれだ。会ったことある。

ルカが バイクの整備を頼んでて、

夏に 一の山の裏っ側... 朋樹ん家の神社や オレの実家がある場所で 野外イベントがあった時に

何故か、ぬらりの爺ちゃんを乗せて来た。

顎ラインの髪の中の眼と視線が合って 会釈すると、微笑って返してくれた。


「今日も 爺さんが、暗くなってから

山に向かっててさ... 」


ぬらりの爺ちゃん、あっちこっちに ふらふらしてるよな。

はるさんこと、神谷 春人はるとさんの話によると

ガレージを閉める時に ぬらりの爺ちゃんを目撃し

声を掛けると『神社に行こうかとのう』と言う。

爺ちゃんは 朋樹の神社に参拝しようとしていたようだ。


『神として祀り上げられた 巫女さんがおるのよ』


それ、獣を喚んだ っていう 神童じゃないのか?

鎌倉時代くらいに 古代ヘブライ語... 皇帝が予言したという言葉を話し出して、神社に獣が降りて

その頃、悪事を働いていた賊の血を焼いた... と

朋樹ん家にある巻物に書いてあった。

その神童... 巫女は、朋樹の神社の小社が建つ場所に祀られている。


『さっき、お茶を頂いとった宅のあるじ

影人とやらが入って、黒い木になりかけたのよ。

したら、伸びてきた 桃色の木の根に、あっという間に取られて 桃色の木になってのう。

わらしが、泣いて泣いて... 』


人里で暮らす爺ちゃんも、桃太や浅黄に 話は聞いていて、あちこちの家庭でテレビのニュースを見ているため、どんな事が起こっているかは知っている。

桃太や悪魔たちと 一緒に、公園に赦しの枝を挿す作業もしてくれたようだ。


『黒い根や木になって、沈んだり燃えたりよりは

赦しの木になる方が いいかしらんが

どちらにしてものう... 』


小さい子が泣く姿を何度となく見た 爺ちゃんは

『いっそまた、件の獣か何かが降りて

影人を 一掃してくれんか と思うてのう』と

バイクの後ろに正座をして、はるさんの背中に語った という。


獣を喚んじまうと、影人どころか

重なった人ごと消しちまうからな...

祈りに行った爺ちゃんにも、申し訳なく思う。


「それで、俺も 手ぇ合わせて出たんだけど... 」


『はる じゃないか』と、大して話したこともない

サムに止められ

『山の向こうに戻るのか? 凪も頼む』と消え

『タクシー 予約したら、“30分以上かかる” って

言われちゃって』と言う 姉ちゃんを乗せ

ここまで運んでくれたらしい。


「マジで?」

「すんません、本当に」


「いやいや、全然」と返した はるさんに

「影人 つーか、シャドウピープルに突っ込んで

来てなかった?」と、ルカが確認すると

「おう。なんだ、ほら... 」と 言いづらそうなので

「リリ班?」と言ってみた。


「そう。重ならない って本当だったから」

突っ込んだらしく

「神社の周りにも、あいつ等いっぱい居たな」と

影人たちを指し

「でも、人が居ない道路にも出て来て

学校こっちの方に向かってたように見えた」という

情報をくれた。


「助かるし! コーヒー 飲む?」と

ルカが調理実習室へ案内する。


で、姉ちゃんだ。


サングラスを掛けたサムは、アマイモンや ミカエルに「サム」「何しにきたんだよ?」と 両側に立たれている。ちょっと外れて立つ 姉ちゃんは

後頭部の髪に寝癖をつけて、何束かを膨らませたり 跳ねさせたりしていた。

さっき ヘルメットを脱いだのにさ。

ついでに、パーカーにジョガーパンツ。スニーカー。部屋着にパーカー引っ掛けました って格好で

女っ毛はゼロだ。もう 29なのにな。


「お父さんが、リリって言ったみたいで」


うちの父ちゃんは、出張が多い。

前にサムが、“梶谷家にも影人が出たが

俺が憑依して 重なりを防いだ”... って 言った時

父ちゃんは リリって言ってねぇんだ... と 掠ったが

遅ればせながら リリ班に加入したようだ。

姉弟の会話としては 流すとこなので「おう」と流す。


「お母さんは ツンツンしてんのに、サムが

“おめでとう、一安心だ” って 逆撫でちゃって。

居心地悪いから、透樹とうきん家に行って

空いてる朋の部屋で寝てたんだけど... 」


透樹 というのは、朋樹の兄ちゃんだ。

大人が寝るには早い時間だが、姉ちゃんは別に

規則正しい生活をする人じゃない。よく寝る。

ただ、寝たくなって寝た だけだろう。


サムは その間、配下の報告を聞いたり

『少し出てくる』と 動いたりもしていたようだが『泰河等の所へ行く』と、姉ちゃんを起こした。


『うん、行ってくれば?』と、また寝ようとする

姉ちゃんに憑依し、ベッドから足を下ろさせて

外に出した。で、ここに居る。


「聖霊が注がれているようだな」


サムが言ったことで、アマイモンとミカエルの間の空気が、やや悪くなった。

一応 話し合いは終わったけど、それで揉めてるからな...


姉ちゃんに 小声で

「なんで 連れて来られたんだよ?」と聞いても

「さぁ?」だしさ。

「コーヒー飲む? 朱里も居るぜ」と 調理実習室へ

連れて行く。


調理実習室には「おっ、どうも」と

少し嬉しそうに 沙耶ちゃんからカップを受け取る

はるさんと、女子高生等の相手をしている 朱里、

視聴覚室の前から移動していた リョウジたちが居たが、暗く沈んだ顔だ。


「あっ、凪ちゃん」


朱里に名前を呼ばれた 姉ちゃんが

「おはよ」と 片手を上げる。寝起きだもんな。


沙耶ちゃんに「これ、姉ちゃん」と 紹介して

リョウジたちの方へ寄ってみると

「なんか、言い合いになってたみたいだったから

移動したんですけど... 」と、リョウジが言い淀み

「イヴァン、来たんですか?」と 高島くんが聞いた。

後で 四郎に説明させるのもな... と

「おう、少しな。催眠を掛けられてるみたいだった」とだけ話した。


「四郎、まだ 忙しいんですか?」と 気にしているが、骨髄採取中 とも言いづらい。


「客が来ててさ。

ちょっとまだ、抜けられねぇかもな。

オレも、姉ちゃんが来たから 下りただけだからさ」


朱里と姉ちゃんの方を見た リョウジが

「本当に、泰河くんの お姉さんなんですか... ?」と、疑問の表情になったが

「おう、姉ちゃんだぜ。なんで?」と 聞き返すと

「いえ、泰河くんと 雰囲気が違う気がして... 」と

遠慮がちに言った。


姉ちゃんは 今、朱里に笑顔を見せているが

他人目で見てみると、どっか 気だるげ というか

どよ... っとした空気を滲み出させている。

けど、いつも あんなだしな。


「泰河くん、ちょっと いいかしら?」


沙耶ちゃんだ。

リョウジたちの傍から、沙耶ちゃんがいる

コーヒーの缶が並ぶテーブルへ移動すると

「あの、お姉さんに... 」と、姉ちゃんの憑依霊のことを気にしているようだ。

今日も大量に憑依はいってるみたいだな。


「ああ、それさ... 」


姉ちゃんには、50人まで憑依出来ることを話すと

沙耶ちゃんは 無言でオレを見つめた。

“それでいいの?” という眼だが

「サムが 霊から罪を抜いて解放するみたいでさ」と、開いた窓の外、ミカエルやアマイモンと話している サムを指すと

沙耶ちゃんは「そうなの... 」と 話は諦めた風に

姉ちゃんにも コーヒーを運んでくれている。


暗い顔の リョウジたちを気にして、はるさんが

「四郎の友達?」と 移動してくれている。

「ルカは すぐ戻ってたよ。なんか忙しいんだろ?」と、オレにも気を使ってくれたので

リョウジたちや 朱里に

「後で下りれたら、また下りて来るからさ」と

手を振り、視聴覚室へ戻ることにした。




********




窓際では、トールとヴィシュヌが

ミカエルたちや 影人たちの様子を窺っていて

四郎は まだ、骨髄採取されている。


ゲートの向こうでは、皇帝と恩寵グラティア審判者ユーデクスの様子を見ながら ワインを飲み、地面に座る 道化ニバスからは

ノジェラが話を聞いていた。


「姉ちゃん、サムに連れて来られたのか?」


視聴覚室に入ると、四郎の近くに居る 朋樹が

こっちに向いて聞くので「たぶんな」とだけ返した。何で連れて来られたのかは わからねぇし。


ジェイドが ボティスに「採取が早くないか?」と

心配そうに言っているが、ボティスは

「急いでるからな」と、二本目の注射器を ジェイドに渡し、門の向こうへ持って行かせた。


「起こして大丈夫なのかな?」


ヘルメスが 四郎の脈をとってみているが

大丈夫そうなので、閉じている瞼を覆うように触れ、瞼を開かせている。


目覚めた四郎は、すぐに起き上がろうとし

「あぁ、まだ横になってた方がいいんじゃないの?」と ヘルメスに止められたが

「... いえ、御気遣い無く。済んだのですか?」と

長テーブルの上に上半身を起こした。


ボティスが「採取はな。気分は?」と聞くと

「大丈夫です。眠らせて頂いたのですね」と

しっかり答えているので、心配は なさそうだ。

ヴィシュヌが「アムリタ?」と

四郎の手に ホットアムリタのカップを取り寄せてくれている。


ヴィシュヌに「有難う御座います」と 礼をした

四郎は「骨髄液の効き目は... 」と、近くに居る

ボティスやヘルメスに聞いた。


「臓器や血管、皮膚も再生されている」


顔にも 赤色髄を注入された審判者ユーデクスは、傷も塞がり

衣類に付いた血も シェムハザが消していたので

門の向こうの テーブルの上で、眠っているように見える。


ボティスの答えを聞き、審判者ユーデクスを見た四郎は

「良かったです」と 一度 表情を緩め

「イヴァンにも、効くでしょうか?」と

また 心配そうな表情に戻ったが

「恐らくな」と 頷かれたので

ようやく アムリタのカップを口に運んだ。


「ソゾンの半魂は片付いたけどさぁ

落ち着かねーよなぁ」


視聴覚室の後ろで、作り付けの棚に寄りかかり

目を覚ましそうにない審判者ユーデクスの方を見ながら

ルカが言う。審判者ユーデクスの半魂も消滅しちまったもんな...


地獄ゲエンナは、どうなっているだろう?

一層と 二層の支配者は失われ、三層の支配者も

アバドンの手の内だ。

七層を開かせず、どうにか事態を食い止めたとしても、立て直しには時間が掛かるだろう。


「ん?」


ルカの顔に 何かの光が反射する。

廊下側の窓の外が 青く明るくなった。

空が裂けるような音。青い火球だ。


グラウンドに墜ちる という瞬間に

廊下に移動した ヴィシュヌが、手のひらを

窓ガラスにつけた。

爆発音が響き、衝突で校舎が震える程だったが

窓ガラスは 一枚も割れていない。


続けて、恐ろしい数の流星が 空から注ぐ。

空中で急停止した流星たちは、背に黒い翼を開き

氷のような槍を持っている。パイモンの軍だ。


グラウンド 一面を、赤黒い炎が覆う。

ブロンドの長い髪に 細い肩の後ろ姿、パイモンが立ち、グラウンドの中心... 青い火球が墜ちた場所に、赤黒の炎の柱が立ち上がる。

炎柱の中には、黒いケープマントの男が居た。

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