112


空に立ち昇る 赤黒い炎柱の中の男は

黒いケープマントの下に 鈍く光る黒い金属製の鎧に黒兜。首鎧が口元まで覆っている。

右手には、バカでかく黒い炎型の刃の双頭槍。

復讐者アラストールだ...


「トール、ヘルメス。ロキの元へ」


ヴィシュヌが消え、グラウンドの炎の中

パイモンの背後に立った。隣には ミカエル。


校内の あちこちから騒ぐ声が聞こえる。

「アコ。アマイモンの配下と共に 人間の守護。

お前は 沙耶夏等と居ろ」と ボティスが命じた。

朱里や リョウジたちが掠めていたので、少しホッとする。


「ようやく お出ましか」


アマイモンが廊下に立ち、シェムハザが 青く光る人型の天空霊を降ろし、グラウンドと 校舎や体育館を区切る。オレらも廊下に出た。


「大いなる鎖は?」と、誰に聞くともなしに

ルカが言ったが、隣に並んだ ジェイドが

「眼が... 」と 復讐者アラストールを見つめながら呟いた。

黒兜と首鎧の間から覗く 復讐者アラストールの眼は、青銀に光っている。


影蝗か... ? いや、影人が重ならなければ

眼の色は変わらない。

影人が重なっているのなら、奈落で アバドンが抜けたように、大いなる鎖を抜ける恐れが高い。


境界者ロキを 渡してくれ』


炎の中で 復讐者アラストールが言う。

これだけ距離があって、天空霊や パイモンの炎、

首鎧にも遮られているのに、耳の傍で話されたように はっきりと聞こえた。


パイモンが 上げた右手を握ると、炎の柱が ぐっと

押し狭められていき、復讐者アラストールの胸や脚、双頭槍を巻く鎖となった。

赤黒く燃える鎖からは、呻き声や悲鳴のような声がこぼれている。


「炎で焼いた悪霊を吸収した鎖だ。

パイモンのめいに背けば、炎に囚われたままだ」という ボティスの説明に、誰も何も言えなかった。

悪魔だよな、パイモン...


「やれ」


“ロキを渡せ” という 復讐者アラストールに対しての

パイモンの答えだ。

両手に 氷のような槍を握る悪魔たちが、空中から

復讐者アラストールに突っ込んで行く。


怨みの声をこぼす炎の鎖の中で、復讐者アラストールの黒い甲冑が カッと光った。


突っ込んだ悪魔たちが 弾き飛ばされ、何とか空中で 体勢を整える。

「地面に着いたら、焼かれちまうもんな... 」と言った 朋樹に顔を向けた。

グラウンドの炎は、配下を詰めるためなのか?


ひでぇ... と 配下たちに同情したが

「いや。地獄ゲエンナの悪魔たちを避けているのだろう」と アマイモンが言ったので

「成る程」と頷く四郎と同じに 納得した。

地獄ゲエンナの悪魔は、地の下から上がってくるもんな。


「けど、結果的にさぁ... 」と、ルカが 心配そうに

グラウンドを見つめる。

地面の炎が高さを増し、体勢を整えた悪魔たちも

高く浮き上がる。

突風が吹くような音がして、床や窓ガラスが カタカタと揺れた。

グラウンドの炎が螺旋に巻き集まり、その赤黒い炎の竜巻が 復讐者アラストールを包む。

朋樹の炎の鳥の式鬼と ルカの風の精霊でも

同じようなことが出来るが、規模が違う。

“ここが地獄だ” と聞いても、疑いなく信じるだろう。

赤黒に ゆっくりと螺旋を巻く炎の直径は 10メートル程、見上げ切れない高さの大竜巻だ。


「竜巻を起こしたのは、パイモンの息だ」


息 って...


「天空霊が居なければ、校舎どころか

熱気だけで 街ごと焼かれている。

地上という事もあり、かなり抑えているが... 」と

いう ボティスの説明が耳に届くと、朋樹も ルカも

「おう!」「完敗っす!」と、もう清々しいツラだ。

人間オレらって、無力だよな。平原ヴィーグリーズでも思ったけど

邪魔にならねぇようにしねぇと。


ゴオ... と 低音の唸りを上げる 炎の竜巻の中で

赤黒く煮えたっているような鎖の下、炎刃の双頭槍の右腕に 力が込められたのがわかった。

締め上げる鎖に反発し、鎖を切ろうと鎧の腕を震わせる。


鳥の鳴き声のような悲鳴が、竜巻の音の間に聞こえた。鎖に囚われていた悪霊の叫びだろう。

右腕から胴体に巻いている鎖を切った 復讐者アラストール

黒い炎刃の双頭槍の片刃で 竜巻を切り裂く。

下になった方の片刃で 地面を突くと

解けた竜巻は 元の炎となって、地面の炎の上に

波紋のように放射状に広がった。


指輪をチャクラムにした ヴィシュヌが

パイモンの背後から 人差し指で復讐者アラストールを指すと

チャクラムが 炎を切り裂きながら 真っ直ぐに

復讐者アラストールに向かう。

復讐者アラストールが 双頭槍でチャクラムを受ける間に

超人的な脚力で ミカエルが跳び、復讐者アラストールの前に立った。ミカエルの周囲だけ 炎が地に沈んでいく。

チャクラムは真上に急上昇し

ミカエルの剣の先は もう、復讐者アラストールの首鎧に当たっている。


復讐者アラストール。奈落へ連行する」


ミカエルの剣が光り、切っ先を首鎧の口元まで

動かすと、首鎧が割れ落ちた。

「えぇー... 」と言っちまったが、アマイモンが

「天の剣だからな。また、地界の武具では

ミカエルの炙りに対応 出来ん」と 教えてくれた。

地獄ゲエンナの支配者の鎧でもか...


剥き出しになった首を炙られ 煙を上げる復讐者アラストール

炎型の黒い双頭槍の刃を 地面に突き刺した。


二階に居ても、地を突かれた衝撃を感じ

次に、何かが ドッと突き上がってくるような揺れを感じる。揺れは断続的に続き、硬く重い物が崩れる音が 周囲から響き出す。


「アマイモン」


耳朶にアンクが浮く アマイモンの配下が立ち

「塀が破壊された」と 報じた。

学校を囲む塀の事のようだ。


地獄ゲエンナの奴等が 地中からやりやがった。

今、応戦しているが... 」


地獄ゲエンナの悪魔って、強いんだよな...

ボティスに「ジェイド」と 呼ばれ

ジェイドが動こうとしたが、凄まじい音と共に

青白い雷が 周囲を真っ白に輝かせた。トールだ。


アマイモンが「全員、退かせろ」と 配下に命じ

耳朶のアンクに触れた配下が「建物内に退却」と

仲間にめいを出した。

「ミカエル、炙り」という ボティスの声の後

すぐに 爆音のような音。

グラウンドの炎の向こうや 窓中が真っ白に輝く。


廊下から視聴覚室へ戻り、窓から 校庭側を見てみると、校門や 学校の敷地を囲む塀が破壊されていたが、地面には トールの雷に打たれた 地獄ゲエンナの悪魔たちが倒れ、ミカエルの炙りの光に焼かれていた。


大きな破壊音や 立て続けの落雷に、校舎中から

騒ぐ声や 不安げな声が聞こえてくる。


「ボティス」と、イゲルが立ち

「聖堂の外塀が破壊された」と報告した。

アマイモンの配下も次々に顕れ

「寺院の外周を囲む塀が... 」「教会もだ」と

同じ報告をしている。


「入って来た... 」


隣に来て、窓の外に眼をやったままの ルカが言った。影人たちだ。


「なんで?!」

「塀が無くなって、境界が 曖昧になったからか?」


境界が曖昧になると、どこまで入って来れるんだ? 校舎まで入れるのか... ?


あちらこちらから 影人に気づいた人たちの悲鳴が聞こえ、「一人でも多く抱え上げろ!」と

アマイモンが命じ、配下たちが消える。


ゴッ と、炎が吹き上がる音。

振り返ると、グラウンドには 炙りの光の上に

赤黒い火柱が立っていた。

炙りから逃れた パイモンが、窓に背を向け 滞空している。ブロンドの長い髪。三対の黒い翼。


「なめやがって... ミカエル、貫け!

魂が離れなければ、鍵も離れん!」


突風の音。赤黒の龍のように猛火が巻き上がる。


「ミカエル!」と、ヴィシュヌの声。

ヴゥン... と 炎の中をチャクラムが突き上がり

何か 黒い物が飛んだ。パイモンが 右手に受ける。

黒いガントレットの左腕... 復讐者アラストールの腕だ。


「ミカエルは?!」と 廊下へ走ろうとして

一瞬、何も見えなくなった。

視界は すぐに戻ったが「泰河!」と 朋樹が

オレの背後を見ている。影人だ...


白い焔の模様を浮かした右手で 影人に触れて消す。校舎内に出た。まずい。

一人でも... と、廊下に出て 一階へ向かう。

「おい、泰河!」と呼んだ ルカは、ボティスに

「お前は狙われる恐れがある」と止められている。


階段を降りる前に 窓の外に視線を移す。

ミカエルは無事だ。

剣は復讐者アラストールの首に付けたまま、復讐者アラストールが動かした 右手の双頭槍を、白く輝く円形の盾で受けていた。

復讐者アラストールの足下から 赤黒に巻き上がる炎は、ミカエルには 纏わらず、きよらかさが より際立つ。

こんな時でも 安心 というか、精神が安定し

焦りが静まっていく。


一階の廊下には まだ、影人の姿はない。

アコが居てくれているし、朱里は重ならない と

分かっていても、つい 調理実習室から覗いちまった。


「おっ... 」


アマイモンや ボティスの配下だらけだ。

調理実習室に居た リョウジたちや 女子高生たち

は、催眠で寝かされ、肩に担がれている。

沙耶ちゃんは 起きているが、アコの左肩に座らされ、「降ろしてもらえないかしら?」と 頬を真っ赤にしていた。

「ダメだ」って言われてるけどさ。


影人に重なられない はるさんと朱里は

沙耶ちゃんに気を使い、校庭側の窓から 外を見て

「じりじり 寄って来てるなぁ... 」

「でも、講堂には 近寄れないみたいだよね?」と

影人たちを見ている。


あれ? 姉ちゃんは... と、床から少し浮いている

悪魔たちの間を縫って探すと、アコが気付き

「凪なら、サムが連れて出たぞ」と、校庭を指した。


「おう」「泰河くん」


朱里たちも気付いたので「よう」と 近付き

調理実習室に影人が出ていないかを聞いたが

「いや、ここには まだ」

「近付いて来ては いるんだけどー」ってことだ。


近付いて来てる って、視聴覚室には顕れたからな...  不安にさせるから 言わねぇけど。


リョウジや女子高生たち... 重なれる人間が寝かされてて、悪魔に担がれて 床から浮いてるから

影人が混乱して出ねぇのか?... と 考えながら

窓から外を見ると、破壊された校門と この校舎の間に立っている 姉ちゃんと サムが見えた。

何してるんだ?

校舎に向かってきている影人たちの ど真ん中だ。

まぁ、今日も姉ちゃんには 何十人か憑依してるみてぇだし、重なられることは ねぇもんな。


... 待てよ

なら、なんで 視聴覚室に出たんだ?

重なられるヤツは 一人もいねぇのに。


「あっ!」という 朱里に向くと、影人だ。

何 真隣に居やがるんだよ?... と 苛つき、右手を

額部分に突っ込んで消す。金切り声が耳障りだ。


「外の奴等が入って来たんじゃなくて

そこに湧いたぞ」

「うん。俺にも そう見えた。

でも影人は、だいたい忽然と湧くんだ」


はるさんと アコに頷き、窓の外に視線を戻すと

ますます数を増した影人たちは、オレを見ていて

背筋を怖気おぞけが登る。

目鼻のない影なのに、どうしても そう見える。

意識が向けられている という感じだ。

オレの近くに出るのか... ?


けどもし そうなら、校舎内に居るべきじゃない。

「他の教室も見て来る」と、後ろのドアの方へ

足を向けると

「まだ、“校舎内に出た” って報告は ないぞ」と

アコが言う。


「そうか... 」とだけ返し、なんとなく 誰の眼も見れずに、後ろ側のドアから出た。

途端に ゴオ... という巻き上がる炎の音。

グラウンドの音が 各教室内に聞こえづらくなるよう、悪魔たちが誤魔化しているようだ。


何で オレの近くに... と 考えながら

来客用スリッパから 靴に履き替える。

今まで まったく、そんなことは...


「... 復讐者アラストール、アバドンの支配を退しりぞけろ。

その復讐は 正当なものではない」


靴に踵を入れ、グラウンドの方を見ると

窓や入口は 青く光る天空霊に遮られてはいるが

ヴィシュヌの背中の向こうは 赤黒い炎が渦巻く地獄だ。

復讐者アラストールを説得している 真珠色のミカエルという光が無ければ、ただ 絶望を感じていただろう。


「アバドンは、天使の血を飲み 繋がれていたが

地下牢からの脱獄を企て... 」


あ と、口にする間もなく

身を包む炎の中、復讐者アラストールの双頭槍の下の炎刃が

地面から離れ、下から ミカエルを狙った。

簡単に盾で受けているが、一瞬 間が空く。


ミカエルと 復讐者アラストールの右側に、何かが落ちた。

ヴィシュヌが消えて移動し、グラウンドに立ち昇る炎が消える。


『罪は 罰となって還る』


距離を感じさせず、耳の傍で聞こえる声。

ヴィシュヌが抱き上げたのは、ダークブロントの髪に白い肌。

肘から先と 右膝から下、指を失い 左の膝下を砕かれ、千切れかけた足をぶら下げている イヴァンだった。


境界者ロキを 渡してくれ』と、声が言った。

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