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マユちゃんが通話を終えた。

「うん、行けたら... 」と、曖昧な返事を返して。

 

「アリエル」


ミカエルが、召喚円も敷かずに喚ぶと

ブロンドの長い髪に 藍の眼のアリエルが立つ。

長い天衣。背に純白の翼。どう見ても天使だ。

見惚れている竜胆ちゃんたちに 優しく微笑んだ。


「状況は?」


地獄ゲエンナの悪魔は潜伏中のようね。

私の軍の 一部は、パイモンの応援に回したわ。

復讐者アラストールは 南太平洋で消え、海中も捜索中よ」


「うん」と、アリエルに頷いた ミカエルは

「学校に戻らない未成年者が、公園にいる。

護衛についていた悪魔も見当たらない。

アコ達と共に調査と対処を。

何かあれば、すぐに喚ぶこと」と 命じている。


護衛の悪魔は行方不明だ。

アコや アマイモンの配下... 悪魔だけに行かせるのは、危ない気がするもんな。

「わかったわ」と、ミカエルに答えた アリエルは

「行きましょう」と アコ達と消えた。


『ミカエル?』


白蔓のワニから ジャタの声。

「ジャタ。皆に繋いで欲しい」と

ミカエルが話す間に、ヴィシュヌが

「他にも こうして誘われている子が居るんじゃないかな?」と、マユちゃんの手のスマホを指す。


「見回りに行って、配下等にも注意を促すか」


ボティスが言い、トールと椅子を立った ロキが

「お前等は、講堂にいろよ。

友達が無事に戻ったら、教えてやるから」と

竜胆ちゃんたちに グミの袋を渡している。


「涼二等と共に

“戻らぬ者から 連絡が入った際は、周囲におられる警備の方々の前で通話を行う” よう 呼び掛けて参ります」


四郎が言うので、ミカエルとヴィシュヌ、ヘルメスに 手を振って、オレらも視聴覚室を出たが

階段を降りて すぐに、シェムハザに会い

「先程の男だが... 」と 話を聞く。


「“目覚めると 辺りは暗闇だったが、何かが腕に絡み付き、自分を見ている 光る青銀の眼に気付いた”

ようだ。根になって地中に居た女達だろう。

それからは、どういう意味かは、よくわからんが

“辺りの暗闇は 白くなり、自分に絡む黒い根の先に

女の胴体と顔が見え、自分を どこかへ引き込もうとしていた”... と」


だが、根とは逆の方向から

自分を引く 別の強い力... ルカとトールの雷と

戻るように呼ぶ声... ゾイの声に 助けを求めると

視聴覚室で目を覚ました ということだ。


「影を隠し、学校へ連れて来た経緯を話すと

“シャドウピープルが出なくなるまで、学校に居たい” と言う。

“影を取り戻せば、もう重ならん” という話はしたが、不安なようだ。地獄ゲエンナの悪魔等の事もあるからな。ゾイが体育館へ案内している」


シェムハザの話に「そうか」と返した ボティスが

「学校に戻らん者が居る」と、説明を始めたが

「先に見回っておこう」と トールに促され

トールとロキは 武道館、朋樹とルカが 校舎を回り

ボティスとシェムハザに 講堂を任せると

オレとジェイドで 校舎の外周を回る。

四郎は「グラウンドに おります」と消えた。


スニーカーを履き、入口の前に立っていた悪魔に

戻っていない子たちと 行方不明の悪魔のことを話すと、難しい顔になって「拡めておく」と

何人かの名を喚び、集まって話し始めた。


「まだ、カレーの子たちも いるね」

「そうだな。暗くなったけど、遅い時間じゃねぇもんな」


「確かにね。どんどん聞いて、注意を促して

みんなで気をつけるようにしてもらおう」と

校舎の壁に凭れて話している子たちに まっすぐに近づいた ジェイドが

「こんばんは。友達で 学校ここに戻って来てない子は

いる?」と聞くと

「えっ?!」と、ビビられちまった。


構わずに、しゃがみ込んだ ジェイドは

「いないかな?」と 神父顔で優しく聞いているが

半袖のTシャツなので、派手な腕が剥き出しだ。


「あ... えーっと... 」

「あの、この学校の生徒じゃないし

二人で来ているので、わからないです... 」


「そう... もし、他の友達から

公園だとか 学校の外に誘われるような連絡があったら、外には出ずに 近くの大人に話してね」


“わかったかな?” という ジェイドの笑顔に

二人が 迷いながらも「はい... 」と 返事を返す。

立ち上がったジェイドと 地面に敷かれた砂利の上を歩き出し

「男子で これじゃあ、女の子は厳しいよな」と

言うと

「泰河のヒゲのせいだろうね。全体的に アレだし」と 軽く息つきやがったが、どう見ても おまえだろ。


けど、言い返すのも面倒くさいので

「榊は、ボティスたちと回るかもな。

講堂は 女の子ばっかりだしさ。朱里たちに手伝ってもらうか?」と、スマホを出そうとしたが

調理実習室は すぐそこだ。窓 ノックすりゃいいか。


「泰河」


「あ?」


調理実習室の方へ 足を向けると、ジェイドは

「前に、召喚部屋で話したことだけど」と

足を止めていた。


これ、ニナのことだよな? 「おう」と待つと

「今は、望みがあるかも ということが嬉しいだけで... 」と、いきなり本心だ。

「も?」って 言っちまった。


「でも、葛藤することも あると思うんだ」


「おう... まぁ な」


「そういう時は、また 話を聞いてくれないか?」


何で オレなんだ?

「おう」って頷いたけどさ、話 聞いても

大したこと返せねぇと思うんだよな。


表情に出ていたようだが

「ルカは 近過ぎるし、朋樹はヒスイと付き合ってるし」の後に

「泰河とは、一番 遠い気がするから」とか言いやがって「えぇっ?」って出た。

オレからすると、ルカよりは ちょい遠いか? くらいのもんだったぜ...


「ちょうどいい距離 って言い方も出来るけど」と

フォローでもなく、ただ 言い

「話しやすくもあるし」と、だんだん自分でも

“何で 泰河なんだろう?”... と 答えが見つからず

考え出しているように見えてきた。えー...


「まぁ、なんでも聞くからさ」と

調理実習室に顔を向け直すと

「この件が 無事に終わったら」と、また続ける。


「バリに誘ってみようかと思って」


お? 「ニナを?」と、つい振り向くと

「そう」と 眼を逸した。

オレに照れるんじゃねぇ。


「おう、行って来いよ。

教会の地下から行けるもんな」


なんか ニヤけそうになって、今度こそ 前を向く。

「うん」つってるけどさ。

しあわせそうで、ほっこりするぜ。


「おまえは 行かないのか? 朱里ちゃんと」


「あ? おう、落ち着いたらな」


朱里とバリか... 仕事抜きなら楽しいだろうな。

いつか ゆっくり旅行か何か... とは

ずっと思ってるんだけど、なかなか な...


室内の蛍光灯の灯りで、四角く切り取られたような窓の ひとつをノックすると、シイナが顔を見せ

「あ、泰ちゃん」と 窓を開けた。


「よう。もう、カレー食ったか?」


「うん、おいしかった。沙耶さんと ゾイちゃんは

今からだけど」と答えた シイナは、室内に向き

「朱里ちゃーん、ニナも ちょっと」と呼んだ。

二人が来ると、ジェイドが ニナに片手を上げる。

どっちも照れやがってさ。

真似してやろうかと、朱里と眼を合わせたが

シイナに睨まれた。からかい厳禁なんだよな。

曲げかけた肘を伸ばした。


調理実習室のカレーは、ほとんど配り終わったようで、自主的な手伝いの女子校生たちも

調理台付きテーブルに着いて、カレーを食っている。


今からカレーの沙耶ちゃんたちには悪いが、窓際まで来てもらって

「学校に戻ってない子が居てさ... 」と

事情を話すと

「それで、榊ちゃんが呼ばれて行ったんだ」

「公園に集まってる子たちは 何してんの?」と

ニナやシイナが 心配そうに眉をしかめているが

「調査中なんだ」と、ジェイドが答え

女の子たちに注意してもらえないか と頼んだ。


「うん、いいよー」

「校舎と外に分かれる?」


快く手伝ってくれることになり

「私は 調理実習室に居るわね。珈琲や お茶を配ってくれてる 女の子たちが居るし、火も心配だし」

と、沙耶ちゃんは残る。

ゾイは、カレー 食ってから 講堂の手伝い。

シイナは「最初に シロちゃんたちんとこに行って

校舎で 朋ちゃんか ルカちゃんを手伝おうかな」と

気を利かせ、オレが朱里と、ニナは ジェイドと

回ることになった。


朱里たちが動き出すと、ジェイドが

「靴のロッカーまで迎えに行こう」と誘う。

入口なんか すぐそこなのにな... と考える オレと違うよな。

廊下から出てきた 朱里と ニナに

「いつもと違うことで疲れてるとこ、ごめんね。

でも ありがとう。助かるよ」だしさ。


ジェイドたちが 校庭を回るので、オレらは

四郎たちが居る グラウンドに出てみる。


「公園に行っちゃった子って、昨日 ニュースで

やってたみたいに... 」と、朱里は 口に出しづらそうだが、地獄ゲエンナの悪魔たちがやらせた 飛び降りのことを言っているのだろう。


「たぶんな」


海底火山の噴火口... 地獄ゲエンナの別口 から出て来た

悪霊かもしれねぇけど、何かが憑いているか

催眠を掛けられてるか は、確実だ。


「大人でもダメだけど、まだ未成年の子に

何かさせようとするなんて... あっ、女の子」


朱里が見た方向、体育館と校舎の間には

女の子が 二人居て、二人で居るのに

どちらもスマホに夢中だ。

動画を観ているようで、近づくとスマホから 話し声がし、別々のタイミングで笑っている。


「こんばんは」と、朱里が声を掛けると

「ぅ わっ」「えっ?」と 驚かれた。


「お友達で、学校に戻って来てない子っているー?」


朱里が聞く間に、オレらの後ろを通ろうとする

男子三人に「よう」と 声を掛け、同じように質問したが

「あぁ、なんか 一年にも聞かれたんですけど... 」

「おれらが知ってるヤツは、戻って来てますよ」ということなので、四郎たちにも聞いたであろう

「じゃあ もし、学校の外に誘うような連絡が入ったらさ... 」と、注意を促しておく。


「さっき、スマホ出しただけで、警備員さんに

“電話か? メッセージか?” って言われて... 」

「ビビリました」

「何かあるんですか?」


説明に躊躇し

「その連絡が、友達からだけじゃない恐れがあって、誘いに乗ると ヤバいんだ」と

自分でも よく解らねぇこと言っちまったが

「えっ!」「行くと ヤバいんですか?」

「なんか怖ぇ... 」と 通用した。

出来た子たちで良かったぜ。


朱里も「なんか危ないかもしれないらしくてー」と説明しているが

「やばっ」「怖くない?」と 通用している。


「そう。だから、連絡が入った時点で 警備員さんたちを呼んでから、電話を取るなり メッセージを開くなり して欲しいんだ」


「はい」

「わかりました」


よし。手を振って グラウンドに出ると

真ん中より右寄りの方に、男子が固まっている。

四郎たちと、別の子たちだ。10人くらい。


「四郎!」と 呼ぶと、リョウジや高島くんが

こっちに振り向いた。

別グループの子の ひとりが スマホを持っていて

画面と話しをしているが、その子の背に

四郎が 手を添えている。


リョウジが駆け寄り

「戻ってないヤツから、電話が掛かってきて。

“公園に来い” って言うから、相手に

“ビデオ通話にしてくれ” って 交渉してるところです」と言う。勝手に進めて 危ねぇよな。


けど、催眠については

「電話の相手に誘われてる時に、ぼーっとした顔になってたけど、四郎の “きよくなれ” で治りました」ってことだ。すげぇ...


四郎たちに近寄りながら

これは、誰かにも観てもらった方がいいんじゃねぇか?... と、ミカエルを喚ぶ。

すぐに立ったので「今さ... 」と 小声で事情を話した。


「また公園から電話が?

アリエル達は、様子を見てるってことか?」と

ミカエルはブロンド眉をしかめたが

四郎の後ろから スマホを覗く。

画面は、真っ暗だ。

向こうが カメラレンズを隠しているのだろう。


「... だから、公園で何するんだよ?」と

四郎に付き添われた男子が スマホ画面に言うと

『だから、パーティーだって』と、ふざける声が 返ってきた。


「どんな? 面白そうなら行くけど」


画面が黒くは無くなった... が

『見える?』と、カメラが外側に切り替わった。

四郎たちと同じような歳くらいの男の子や女の子が ニヤニヤと笑っている。


『悪魔狩りだよ』


その周囲を、腕や足が木になり、地面に根を下ろす護衛の悪魔たちが囲んでいた。

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