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「... 悪霊憑きだ」と、ミカエルが小声で言い

四郎の後ろから 画面を注視している。


「いくら 悪霊が憑いてたって

悪魔に抵抗 出来ねぇんじゃねぇの?」


力では、まず勝てない。

護衛の悪魔たちは、なんで公園まで ついて行って

影人に重なられてるんだ?


「よく見ろよ。木になった腕や脚は 黒くない。

術だ」


... 本当だ。悪魔たちの腕や脚は、普通の木の幹の色だ。

影人が重なった訳じゃなく、腕や脚を 木にされている。


「なら、憑いた悪霊が 術を掛けたのか?」


腕や脚を 木に? 錬金じゃねぇの?


「悪霊だけじゃなくて、悪魔もいるんだろ」


悪魔も って...

ハティ以外にも、錬金が出来る悪魔は いる。

けど 数は少ない。あと 二人か三人くらいだし

ハティやベリアルクラスの上級悪魔だ。

それは地界の悪魔で、地獄ゲエンナの悪魔のことは

よく知らねぇけど...

錬金が出来るのなら、ハティやベリアルくらいのヤツが 地獄ゲエンナから出て来てる ってことか?


アコや アリエル、アマイモンの配下の姿は、

画面の中の見える範囲には いない。

「多分、相手を見極めてるところだ」と

ミカエルが言うが、画面から見えない位置が

気になって仕方がない。


腕や脚を木にされた悪魔たちを見て 呆然としてしまった男の子は、四郎に背を擦られ、なんとか

「何 やってるんだよ?」と 掠れた声を出した。

他の子も画面を覗き、唖然としている。


『すげぇだろ?』


「悪魔狩り って... 」「警備員さんたち... ?」と

スマホを覗いた周りの子たちも 恐る恐る聞く。


『悪魔だよ。こいつら、おれたちを騙してるんだ』と 画面の向こうで答えた男の子は

『だから、半分 木にしてやったんだ』と

突然 けたたましく笑い出した。


半分 振り返り、自分の背後に居る ミカエルに

横顔を見せた 四郎は、笑い声に紛れるように

「... 恐らく、まやかしでしょう」と 小声で言う。


「悪魔の方々や 私共にも、“手足が木になった” と

見せ掛ける 催眠を掛けておるのです。

実際のところは、変化しておらぬ と みえます。

奇術の類で御座いましょう」


「四郎、言葉」と、リョウジに注意され

ハッしているが

背に手を添えられている スマホの持ち主の男の子は、笑い声にショックを受けているようで

四郎が言ったことは よく聞こえていないようだ。

画面の向こうでは、他の子たちも 大声で笑い出した。高島くんや 真田くん、朱里も 青い顔になっている。


四郎が言うように、奇術だとしたら

あの場に居る悪魔たちも、オレらや ミカエルすらも、その術にハマっている ってことだ。

実際に変化させていないとしても、天使に通用する程の術の腕がある。


「どうして気付いた?」と聞く ミカエルに

四郎は

「悪魔の方々... 人達は、一言も話していないだけでなく、眼も動かされていません。

強い暗示に掛かっているように見えます」と答え

“御覧下さい” というように、スマホの画面に視線を戻した。


贋だ と思って見ると、ぼやけてはいるが

木に見えていた 腕や脚が、本来の形で見えてきた。四郎、すげぇよな...


だが、笑い声の異様さに圧倒されている 他の子たちには、四郎の言葉の意味が頭に入らず

「そんな事、おまえたちに 出来る訳ないだろ?

何があったんだよ?」

「本当にヤバいって... 学校に戻れよ」と

震えを抑えた声で 言っているが

まだ 狂ったような笑い声が続いている。


『ヤバい って? どこに居てもヤバいだろ?

どうせ皆 死ぬんだよ。木になったり 破裂したりしてさ。ほら見ろよ、胴体も木になってきたぜ。

絶対に動けない』


オレや ミカエル、四郎には、虚ろな顔をした悪魔たちが立っているだけ にしか見えないが

他の子や リョウジ、高島くんたちには

「腹が... 」「胸まで幹に... 」と

ますます木になっていく様子が見えるようだ。


『ここからは、動画を撮って 配信する』


「動画?」と、ミカエルが眉間に 軽くシワを寄せた。


『お前らも見とけよ』


画面の向こうで、別の子もスマホを取り出し

撮影を始めたのが見える。

通話相手の男の子が 友達にスマホを渡し

ケツのポケットに差していたらしいナイフを手にした。古い革の鞘には、何かの焼印と赤い石。

柄もシルバーだ。

あんなの、高校生が持ってんのか... ?


「誰か わかった」と、ミカエルが言った時

男の子がナイフを振り上げ、悪魔の幹を切り付け出した。


『見ろよ、木なのに 赤い血が出るんだ』


画面の中では、あざけからかうような歓声が上がった。


『下級悪魔なんか 何にも怖くない。

上がいなけりゃ 大した事も出来やしないんだ』


切り付ける度に 幹から赤い血が滴る。

ミカエルに眼をやったが、黙って見守っている。

周囲の狂笑に、引きつるような声や しゃがれた声が混ざり始めた。くらい悪霊たちの声だ。


『... なのに俺をバカにした眼で見やがって!

口には出さなくても知ってるぞ!』


画面の中では、ナイフも 男の子の手も血塗れだ。

『その眼も抉ってやる!』と

木化していない顔の眼に ナイフを突き立てた時

四郎とスマホを持つ子の間に入った ミカエルが

「ニバス」と呼んだ。


画面の中の男の子の手が止まり、でかい動物が

上から降って来た。

白く輝く毛並みをした牝ライオン、アリエルだ。

笑い声が止み、全員が固まる中

アリエルは、ナイフの子に横から飛び掛かり

地面に倒すと、左の前足で ナイフの子の胸を押さえつけた。


また降ってきた二人... アコと アマイモンの配下が

『よし』『動くなよ』と

片腕を軽く上げ、地界の鎖を喚び出した。

地面から伸びた黒い鎖が、立ち尽くす男の子や女の子たちに絡み付いていく。

撮っていた子の手からスマホが落ち、画面が暗くなったが、アマイモンの配下が拾ったようで

アコが映った。


『ずっと上から見てた』と

アコが、拾ったナイフで 空を指す。


『影が出来ないから、気づかなかったのか?

それにしても注意が足らない。

上手くいったと思って興奮してやがったな?

だから お前は、道化のままなんだ』


アリエルに押さえつけられている男の子に憑いた悪魔は 何も返さないが、単に ビビって話せないようだ。


アコが 自分とアマイモンの配下の下に防護円を敷き、『ミカエル、頼む』と 画面越しに言うと

ミカエルが消えた。


「あれ... ?」

「ミカエルさんって、今 ここに居た人のことだよね... ?」


マズいが、オレも四郎も 誤魔化す術とか使えねぇ。

朱里も何も言えず、男の子の手のスマホの方を見ていたが、画面から真珠色の光が溢れた。


ギャア という、鳥か獣か... といった大量の声が響く。『ニバス。お前は量れるんだぜ?』という

ミカエルの声。


『ハティ、客を送る。多分、影蝗付き』


アコの声。

真珠の光が薄れていくと、地界の鎖に捕縛された冥い靄の人影のような悪霊たちが、鎖に引かれて 地面に潜って行くのが見えた。

ハティって、皇帝の城に居るんじゃねぇのかな?

アマイモンやベリアルも居るんだろうけどさ。

なら、アコは皇帝の城に 悪霊を送り付けるのか...


悪霊が抜け、ぼんやりとした顔で立っている子たちが、まだ うっすらと残る真珠の光の中で 空を見上げた。ミカエルが居るのだろう。

何人かの子は、眼を潤ませた。


木にされた と 催眠を掛けられていた悪魔たちも

炙られて術が解けたようで、煙を上げながら 焦って防護円を敷いている。


ナイフで切り付けられた悪魔だけが、顔以外 木化したままだ。


スマホを持つアマイモンの配下が何かを言うと

切り付けられた悪魔は、木の人形となって

地面に転がった。

朋樹の人形ひとがたのようなものだったのか...


『逃げようとすれば、あなたの喉は半分になるわ』


人型に戻っていた アリエルが、赤いピエロ? の

両腕を後ろに回させ、手首を握っている。

ピエロは男で、背はアリエルよりも低い。170センチくらいか?

サンタ帽の先が三つに割れて垂れた赤いフードを被っている。トランプのジョーカーのような帽子だ。フードは ケープコートに繋がっていて、ギザギザの裾は胸の辺り。中のシャツやブリーチズ、

フリル付きの長い靴下や、爪先が尖って巻いたショートブーツも赤い。

眉は無く、緑色の睫毛。右の眼の下に青い涙のメイク。両端が下がった黒く薄い唇の口。

道化なのか... ?

こいつが、ニバスというヤツのようだ。


アコがナイフを拾い、鞘に収め

『アバドンのめいか?』と 道化ニバスに聞いた。


『天使に捕まっても黒い木にならない ってことは

影蝗は憑いてないな』


アマイモンの配下が言い、アコや ミカエルたちに

『皇帝の城に連行するか?』と 聞いているが

『催眠が厄介だからな』と、アコの眉間にシワが寄る。護衛の悪魔たちが全員やられてたもんな...


『そいつには話を聞く。

俺が連行すれば 問題ないだろ?』


ミカエルの声がして、ゴールドの蔓が降りてきた。ミカエルの手首から伸びる簡易的な捕縛の蔓だ。簡易的 といっても、下級悪魔には とても抜けられないだろう。

道化ニバスは、俯き気味のまま 緑睫毛の眼をキョロキョロさせていたが、ゴールドの蔓に巻かれると

諦めた顔になった。


『お前等は 学校へ戻ること。俺と 一緒に』


放心状態の未成年の子たちに アコが言うと

怖かったやら 安心したやらで、何人かが また泣き出してしまった。

『私も付き添うわ』と、アリエルが微笑んでいる。


ゴールドの蔓に巻かれた道化の カールしたショートブーツの足が 宙に浮くと

『泰河、四郎。子供たちを校舎に入れて

先にヴィシュヌたちに報告』と ミカエルの声。


「わかった」と返したが、こっちも放心状態だ。

シェムハザを喚ぶと

「とりあえず、全員 校舎に... 」と頼んで

指を鳴らしてもらい、四郎に 説明と朱里を任せ、

朋樹に電話しながら ジェイドとニナがいる校庭へ走る。


校舎と体育館の間を走り抜けると、校門の近くに

二人が立っているのが見えた。

ジェイドが立ち止まったらしく、ニナは ジェイドを見上げている。


藤棚の近くに居た 護衛の悪魔二人が

「なんだ?」「どうした?」と 近付こうとし

ジェイドに 手で制された。

地面から 青白い蝙蝠翼で身体を覆うように巻いた

地獄ゲエンナの悪魔たちが伸び上がって来た。

翼の第一指には シルバーの角。

顔には 細い木の枝のような黒い血管が浮く。


ニナを腕で背後に払い、護衛の悪魔に任せると

仕事道具入れから聖水の小瓶を取り出し

「父と子と聖霊の御名の下に 汝等 地獄ゲエンナの者共に告ぐ」と 蝙蝠翼を開いた すぐ近くの悪魔に 小瓶の中身を ぞんざいに振り掛け

「今すぐ地の底へ帰れ!」と、額を按手した。

ジェイドの手の下から煙が上がり、他の悪魔が

後退りをする。


スマホを仕舞うと、ピストルを握り

護衛の悪魔に下げられながら ガタガタと震える

ニナの隣を過ぎ、死神ユダを喚ぶ。

温度のない闇が背に立ち、右腕に巻いていく。

地獄ゲエンナの悪魔たちの眼が オレに動いた。


一人 二人と撃つ間に、死神ユダ

『 ... 何をしに来た?...  』と

悪魔たちに問う。


「... 羊を渡せ」


羊... 四郎のことだ。

こいつ等が交渉に来た ってことか?


死神ユダが 答えた悪魔に銃口を向け、オレに引き金を引かせた。

その隣のヤツ、後ろのヤツと立て続けに撃つ。

交渉は嘘だ。何しに出て来やがった... ?


『 ... 地上に這い出ただけで 極刑に値する...  』


死神ユダが続けて撃つ間に

「... “初めにことばがあった。

言は神と共にあった。言は神であった”... 」と

ジェイドがヨハネを読む。


「... 羊飼いでありながら、皇帝の情人である とは

本当か?」


額を押さえ付けられる手の下で、悪魔が言った。

肌に浮く血管のように 黒い口内が見えた。


「... “この言は初めに神と共にあった”... 」


「穢れた罪子め。

お前の言葉など 天に届くものか」


「... “すべてのものは、これによって できた。

できたもののうち、一つとして これによらないものはなかった”... 」


死神ユダが撃ち続ける。

悪魔たちは、なんで反撃しようとしないんだ?


「... “この言に命があった。

そして この命は人の光であった”... 」


「歓べ! 皆 助かるぞー!!」


突然の空からの声だ。

接近してくる赤い色が眼に入った。

ミカエルのゴールドの蔓に巻かれ、吊り下げられている 道化ニバスだ。


「見えるか?! “神の如き者”!

偉大なる大天使ミカエルだ!!」


校舎の窓が開き「ミカエル?」

「本当に 天使の?」と 騒ぎ出す声が聞こえてきた。何か おかしい。

死神ユダ地獄ゲエンナの悪魔を撃ち続ける。もう幾らも残っていない。


「... “光は やみの中に輝いている。

そして、やみは”... 」と読む ジェイドの声に

「今 叫んでいる道化あいつの声は... 」という

地獄ゲエンナの悪魔の声が重なり

「人間にしか聞こえないんだよ」と嘲笑わらった。


「ミカエルだって!」

「本当に?!」「すごい!」

「助かった!!」

「こんなこと、もう終わるんだ!」


校舎の入口から 人が溢れ出てきた。催眠だ。

「どうした?」「戻れ」と、護衛の悪魔たちが止めているが、上靴やスリッパのまま

「ミカエルだ!」「ミカエル!」と駆け出して来る。


異変を感じた ミカエルが、空中で止まり

吊るした道化の蔓を引き

「何をした?!」と 問い詰める。

死神ユダが ピストルを下ろした。

地獄ゲエンナの悪魔は、もう ジェイドに額を掴まれたヤツだけだ。


「待て!」という 四郎の声。

「出てはならない!」と、校門にいる オレの前に立ち塞がった。


ジェイドに額を掴まれている悪魔が、ジェイドの首を掴んだ。

身体中から煙を吹き出し、肌に浮き出た黒い血管は破れ、黒く濡れている。

道化を連れたまま急降下した ミカエルが

悪魔を斬首し、首を落とした。

地面から 黒い影が伸び上がる。影人だ。


「止せ!」「校舎へ戻れ!」


護衛の悪魔たちが、駆け出して来る人を押し止めようとし、ミカエルが ジェイドの首を掴んだままの悪魔の指を 炙って開かせる。

右腕に白い焔を浮かせると、隣に立った影人を消す。耳をつんざくような金切り声。

「シロちゃん!」と ニナが隣を走り過ぎ、四郎を押す。地面から顕れた影人と重なった。

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