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カレーを食い終えると、視聴覚室へ戻り

コーヒーをもらった。

四郎たちは、『他の友達と話してきます』と

別の校舎へ行っている。

ヴィシュヌや ボティスたちは、ここで ニュースを観ながら食べたようだ。


その間も 天使たちや悪魔たちが、地獄や地上

アラストールを追う パイモンたちの現況報告に来ていたらしいが、これといった でかい変化はない。


ロキとトールも ミカエルに連れられて戻っていたが、長テーブルの上には、レンガステーキや べベッゴレン、ルンダンの皿が並び

「カレーのおかわりは、三回にしといてやった」と、まだ 肉を食いまくっている。


「もう暗くなっちゃって。早いよね」


長テーブルに頬杖をつく ヘルメスが、窓の外を見て言った。視聴覚室ここから見えるのはグラウンドくらいだ。


グラウンドは、校舎の灯りのせいもあってか

ぼんやりと白く明るい。

散歩なのか フェンスの近くを歩いている人たちや、サッカーボールで遊んでるヤツらがいて、

ピクニックか何かのように レジャーシートを敷いて座り、まだカレーを食っている人たちもいる。

ここに戻る途中、階段に座って食ってるヤツらもいたしな。


「俺さぁ、どのくらいの間 外に出ない方がいいのかな? 秘禁が切れるまで?

それとも、この件が片付くまで?」


退屈そうな ヘルメスに

「ハーデスが戻ったら、隠れ兜を借りたら?」と

ヴィシュヌが返した。


「あっ、そうだよね。

見えなきゃ 行方不明になっとけるし」


頬杖を解いたヘルメスを見て、シェムハザが

「そうだ。余分な影人ごと消し、保健室で眠ったままの者がいる」と

取り寄せたマドレーヌの皿を ミカエルに渡した。

そういや いたな...

クラブで重なられた人だ。

影人を消したショックで、本人の霊は 地の下にある自分の影の中で 眠っているはずだ。


ケリュケイオンがないと、霊を導けねぇの?」と聞くと

「まぁ、あった方が確実だけど、導けないってことはないと思うよ。ケリュケイオンは、別界に移動するために要るやつだし」らしいので

「では連れて来よう」と、シェムハザが消えた。


5分ほどで戻った シェムハザは、男を抱きかかえていた。男の腕には アルコール綿が貼られている。


「床に寝せるしかないかな」


オレらが仮眠を取った時に転がされていたマットが、教室の後ろの作り付けの棚に立て掛けられていたので、それを広げ、男を寝かせてもらった。

ヘルメスが 男の隣に胡座をかき、トールを呼ぶ。


トールが 腰に提げたミョルニルを取ると、キーホルダーくらいの大きさだったミョルニルが ハンマー大になった。

男の頭の上の位置に胡座をかくと、身体から発した雷をミョルニルに帯電させている。


男の胸の上に手のひらを載せた ヘルメスが

「いいよ」と言うと、トールが帯電させたミョルニル

男の額につけた。祝福だ。


「起きた... けど、やっぱり何かに引っ張られてる。地中の根かな?」


「どうするんだ?」


トールに聞かれた ヘルメスは、ルカを見た。

前の時は、ヘルメスの手の下から 男の胸の間に

赤い雷が出たんだよな。


「あっ」


朋樹の足の下から 水色の葉がついた白い蔓が伸び

横になっている男の下へ潜り込んでいく。


「何なんだ?」

「根を押さえてるんじゃないのか?」


ミカエルに「次」と言われた ルカは

「えー... 雷 出んのかなぁ?」と、男を覗き込もうとして ヘルメスの肩に手を載せた。

男の胸から ヘルメスが手を浮かせると

間を赤い雷が繋ぎ、トールの青白の雷が絡む。

バチ バチ... と 線香花火が弾けるような音が鳴っている。


「出たし」

「で、どうするんだ?」


「うーん... 前の時は、ケリュケイオンで 地上を突いて

自分の肉体に気付かせたんだけど... 」


「グミでも食わせてみるか」と

ロキが オレンジ色の粒を摘んだが、

ハッと ひらめいた顔になった ミカエルが

「ファシエル」と ゾイを呼んだ。


「はい」と顕れた ゾイに

「霊を肉体に戻したいんだ... 」と 短い説明をし

「導いてみてほしい」と 頼んでいる。


戸惑っている様子のゾイに

「地上に棲む エデンの天使だから。大丈夫」と

ミカエルが 言葉で背中を押す。


「そうだな。エデンの記憶は、すべての者の中に眠っている。アダムとエバの記憶だ」


シェムハザが言っているのは

アダムとエバが犯した原罪が 遺伝子によって人類に引き継がれたように、楽園エデンの記憶も引き継がれている... ということだろう。


ゾイは、ヘルメスの向かいに しゃがむと

男に「あの... 戻って きてほしいです... 」と

話し掛け、男の胸から立ち昇る赤い雷と

ヘルメスの手から下る トールの青白い雷に指で触れた。思い切ったよな...


心配した ミカエルが、咄嗟に ゾイの肩を掴んだが

二色の雷が消え、瞼を開いた男が ガバッと起き上がり、「おっ... 」「落ち着け」と

ヘルメスと トールが男を宥めている。


「目覚めたな」

「影も戻った」


男の下には影が戻り、朋樹の足の下から途切れた白蔓が 床へ潜っていく。


「... 女が」


男は、混乱して 声を震わせ

「土の中に、女が居たんだ... たくさん...

腕や脚が、黒い根になっていて... 」と

ヘルメスや トールに訴えている。

やっぱり、影人と重なって 根になった女の人が

影の中の霊を引っ張るようだ。

“土の中に” という言葉で、あの白い森が過ぎる。


... けど、頭や胴体が 人間の形をしていたのなら

地中に潜って間も無い ということだろう。

まだ 変形し切っていない。


涙ぐむ男に頷く ゾイが、背に手を当てて癒やし

正面にしゃがんだ ミカエルが

「もう大丈夫。戻ったんだ」と 男の手を取ると

ミカエルの碧い眼を見た男から、恐怖感が薄れ

興奮が鎮まっていくのが わかる。


「まずは白湯を」


シェムハザが取り寄せた 白湯のカップを

ゾイが受け取り、男に飲ませ

「保健室で話を聞こう」と、支えて立たせている。

「ありがとう、ファシエル」と 笑顔のミカエルに

「はい」と 照れたゾイと、シェムハザが

男を連れて 視聴覚室を出た。


「戻せて良かったよね。ミカエルの妻がいなかったら、あぶなかったけど」


明るい顔の ヘルメスに

「“導ける” って言ってたのにさぁ」と

ルカが言うと

「そうなんだよね。“根が邪魔しなきゃ” って話」と返し、「ん?」と 下に視線を落とした。

男を寝せていたマットから、白い木の芽が出てきている。


「これ、さっき 朋樹から伸びた蔓?」


ヴィシュヌが聞くが、朋樹は

「そう... かな?」と 自信無さげだ。

もし そうなら、地中にいる 黒い根の女たちを取り込んで、こっち側に伸びてきた... ってことか?


「ティトか サヴィに見させたらどうだ?」


ティトかサヴィ... 元 奈落の蟷螂頭の悪魔、

現 パイモンの配下だ。


ロキが そのまま「ティトかサヴィ!」と 喚ぶと

「はい」と、ブロンドの髪にグリーンの眼の

サヴィが立つ。


「重なった人を戻したんだけど... 」


朋樹が説明すると「見てみますね」と

笑顔で消えた。


廊下から、開いているドアをノックする音が聞こえ、ルカの妹の竜胆ちゃんが 顔を覗かせている。

その後ろには、竜胆ちゃんの友達 二人。

いつも 一緒に居る子たちだ。


「ここに居る って、聞いたから」と 言い訳のように言った 竜胆ちゃんは、ヘルメスたちに会釈しているが、「なんだよ?」と ルカが聞く。


「もう暗くなってきたけど、戻って来てない子が居て... 」


ルカの対応に 多少ムッとしたようだが、

「“明るいうちに戻って来る” って言ってたし

メッセージ入れても、読んでないから気になって... 」と、ジェイドの方を見て言っている。


「何人か戻ってないみたいで、他の子も同じように話してたから、言っといた方がいいかな って

思って 来たんだけど」


「うん、えらい」


ミカエルが答え、ヴィシュヌも

「ありがとう。助かるよ。入ったら?」と

笑顔で言うと、機嫌を直した竜胆ちゃんは 少し微笑い、友達と 一緒に入って来て

「あの、学校からの行き帰りには、警備員さんが

ついてるはず ですよね?」と 確認した。

そうだよな... 何か ヤバい気がする。


「そうだ。別の者に様子を見に行かせる。

戻らん者の名前は?」


ボティスが聞き、ロキがグミを勧める。

「わかってるだけで... 」と 竜胆ちゃんが

グミを取りながら話す間、

前に 竜胆ちゃんとカフェに来た ミサキちゃんが

「今、男子には シロウくんたちが聞いてみてます」と、朋樹に言った。

朋樹ファンなんだよな、この子ら。


隣で もうひとりの子が、オレらに気を使ったのか

「これ、皆さんで... 」と、紙袋を渡してきた。

ジェイドに向いてるけどさ。

「ありがとう」と ジェイドが受け取ると、ルカが

「マユちゃん家、和菓子屋さんなんだよな」と

言ったので、ヴィシュヌが反応して笑顔になった。紙袋の中身は、レモンゼリーと水羊羹だ。


廊下に出た ボティスが「アコ」と喚んでいる内に

四郎が顔を出した。


「聞いておられると思いますが... 」


学校に戻らない男子生徒は、22人で

「いずれも他校の者です」という。

キリスト教の信徒ではない可能性も高い。


廊下で アコが消える。

「様子を見に行かせた」と ボティスが戻った。


「戻りました」


「わ!」「え? どこから... ?」と

竜胆ちゃんたちが言っているが、ティトの声だ。

トールの背後から顔を見せたが

「いや、元々 居たよ」と、ヘルメスが微笑った。

「そうだっけ?」「いたかも... 」となっているので、術で誤魔化しているようだ。


ティトは

「白蔓が 黒い根に絡まり、覆い出しています。

その木の芽は、蔓から伸びていました」と

マットから生えた 白い木の芽を指し

「今まで、アケパロイや 二人一体を取り込んだ

赦しの木にしか注目していませんでしたが

こういう木の芽もあるかもしれないですね。

その場合は、こうやって黒い根を取り込んでいるのでしょうし、ラファエルや 世界樹ユグドラシルに報告して

探してみます。

また何かあったら喚んでください」と 消えた。

急激に赦しの木も増えたし、忙しいんだろうな。


赦しの木が、黒い根も取り込んでるんなら

根も 女の人の形に戻るのか?

けど、赦しの木とも融合しちまうんだよな...


「ボティス」


今度は、アコが戻って来たが

竜胆ちゃんたちには 気にならないようだ。

ヘルメスの誤魔化しで ぼんやりしている。


「護衛につけてた配下達ごと 行方不明だ。

今、探させてる」


やばいよな... 護衛の悪魔を どうにか出来るんなら

地獄ゲエンナの悪魔が絡んでいる ということだろう。


「ボティス」と 別の悪魔が顕れたが

耳朶にアンクが付いている。アマイモンの配下だ。


「サマエルが居る神社を担当しているが... 」と

左手の甲を出した。黒い印章が浮き出す。

サマエル... 姉ちゃんに憑いているサムの印章らしい。


「神社って、朋樹ん家?」と 口を挟んだルカに

「そうだ」と返した悪魔は、ボティスに向き直り

「神社に戻らん未成年者がいる」と 報告した。


こっちと同じだ。けど、アマイモンの配下は

「また、戻らん者から 神社に避難している者に

連絡が入り、神社から出ようとする者もいる」と

続けた。


「鳥居を越えた者を引き止め、何故出たか を聞くと、“呼ばれたから” と。

友人からの電話で呼ばれたようだが、催眠に掛かった眼をしていた。

俺等では解けなかったが、サマエルが解いた」


「“解けなかった”?」と、ミカエルが聞き返すと

悪魔は頷き

「呪力の問題だ。天使なら解けるだろうが... 」と

説明している。


天使になら簡単に解けるが、この悪魔の呪力より

術にけた悪魔が 催眠を掛けているので、この悪魔には解けなかった。

サムは上級悪魔だ。サムと同等程度の呪力を持つ悪魔にしか解けない... ということだろう。


「朋樹、ジャタを」


朋樹の足下から白蔓が伸び上がり、ワニの顔の形になっていく。他の場所でも同じようなことがあるのかを聞くようだ。


「あ... 」


和菓子屋さんの子のマユちゃんが、掛けていたポーチから スマホを出した。

流行っているのか、どこかで聞いたことがあるような歌が着信を報せている。

仕事ばっかで疎くなってきたぜ。


画面に表示された画像と名前を見た マユちゃんは

「戻って来てない子からです」と 言った。


「出てみて」と勧めた ヴィシュヌの後に

「スピーカーに出来る?」と、ジェイドが聞き

ロキには「静かにね」と注意している。

ロキは 肩を竦めて返したが、まぁ大丈夫だろう。


「はい。どうしたの? まだ 学校に来ないの?」


マユちゃん、いきなり話すな... と 思ったが

「さっきメッセージ入れたのに」とも言っている。

そのメッセージへの返信はなかったみたいだな。


相手の子は、少し黙っていたが

スマホからは、でかい声で笑う 男や女の声が溢れている。

「リコ?」と マユちゃんが 相手の子を呼ぶと

『... 公園に居るんだけど、来ない?』という女の子の声に、何故か ゾッとした。


「公園? どこの?」の聞く マユちゃんの視線が

ふわりと浮いたようになり、ミカエルが 背に手を当てる。

催眠に掛かってしまったようだが、マユちゃんは

掛かったことにも 解けたことにも気づいていない様子だ。


『駅の近く。散歩するコースがあるとこ』


遊歩道がある でかい公園だ。

ボティスが アコと アマイモンの配下に眼をやると、二人は頷いたが、ミカエルが “待て” と口を動かす。

外から「どこへ行く?」と、誰かが 誰かを止める声がする。


「学校にいないと、危なくない?」と

電話の相手に 竜胆ちゃんが聞くと

『“危ない” って... どうせ みんな死ぬのに』と

鼻で笑う声が返した。

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