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とにかく、復讐者アラストール地獄ゲエンナから出ちまった... という

ことだ。


「パイモンや ベルゼブブに

地獄ゲエンナの別口が 地上と繋がった恐れがある” と

海底火山噴火の事を報じると、パイモンは

三層の奥まで攻め込んでいた ウリエルを呼んで

二層から 巨大な火球を落とした。

三層のウリエルも、同じように 聖火を突き上げて... 」


大爆発か...


皆に無言で見つめられる ヴェッラが

「二層と 三層の境の半分が無くなった」と

申し訳なさそうに言った。


「半分? 地獄ゲエンナって、どのくらいの広さ?」と

ジェイドが聞くと、ボティスが

「そう広くはない。この国の九州や四国くらいの面積だろ」と 答えた。 そんな でかいのか...

この学校の敷地くらいかと思ってたぜ...


「ベルゼブブや パイモン等は、二層と 三層で

地獄ゲエンナの悪魔や 牢を逃れた異教神と争っていたが

俺は、ウリエルを探した」と、ヴェッラが 報告を続ける。


「ウリエルは、ゾフィエル等 天の軍や

地獄ゲエンナ 四層から下層の者等と共に、三層の奥で

アバドンを追い詰めていた。

アバドンの背後には、白い蝙蝠翼を開かれ

赤い鎖に巻かれた アラストールがいた。

その背後に 暗闇の穴だ。別口だと思う。

アバドンの足の下から這い出る影蝗が憑いた悪霊達が、別口の穴に吸い込まれていっていた。

影蝗は、天使には憑けないようだった。

悪魔であっても、アバドンに直接 触れられなければ 憑くことはないようだったが、用心のために

ゾフィエルが、四層から下層の地獄ゲエンナの悪魔たちを後退させた」


シェムハザの魂は飲んだが、まだ目を覚まさない

ヘルメスの周りに しゃがんだまま 話を聞く。


「ウリエルや ゾフィエルの前に

地獄ゲエンナ 一層から 三層の支配者達が立った。

アバドンが 金属の翼で、一層の支配者 ポエナの首を

刈り落とした」


は... ? ボティスや シェムハザも無言だ。

オベニエルのことがぎって 苦い気分になる。


ポエナの頭が 床に落ちると、二層と 三層の支配者と

ウリエルたちを分ける障壁が建った。

奈落の牢に張られているような 透明の膜だ。

ウリエルの聖火も通さない。

アバドンは、ポエナの胸から 浮き上がった鍵を手にして、嘲笑った」


七層、永久とこしえの滅びの鍵の ひとつだ...

鍵を見て、ウリエルや ゾフィエル等は

障壁に触れるのを戸惑ったようだ。

七層が開かれることに近づくのはマズい。


「でも、透明の障壁は 爆破された。

一度では破れず、立て続けに 爆発が起こった」


ギリシアの冥府神、ハーデスだろう。

大暴れしてるっぽいよな。


「ウリエルたちも呆気に取られている間に

パイモン等が到着し、爆破で白く濁っていた障壁に、パイモンが 迷わず地界の炎を投げ拡げて、

吹っ切れた様子のウリエルが 聖火を撃ち込んだ。

大爆発が起き、障壁は破れたが

赤い鎖を解かれた アラストールが、別口の穴から地上へ排出され、アバドンや 二層 三層の支配者の姿はなかった」


すぐに パイモンの軍が別口に突入して

アラストールを追い

ウリエルたちは ベルゼたちと、地獄ゲエンナで アバドン等を捜している... ということだ。

オレらが観た 二回目の噴火は、この時のものだろう。


師匠が「御苦労」と、ヴェッラに

ハニーアムリタと バルフィを振る舞った。

甘いに甘いだが、ヴェッラは ひと息ついている。


「ヘルメス、起きないね」


ヴィシュヌは、腕に ヘルメスの上半身を支え

心配そうに見下ろしている。

長いバサバサの黒睫毛が 女性的に見えた。

シェムハザと場所を代わった 四郎が

ヘルメスの胸に手を置いて 癒やしている。


「悪霊に捕まってたんなら、気枯けがれかもな」と

言った 朋樹に、「神なのに?」と 聞くと

「相手の悪霊も 神レベルだったんじゃねーの?

ヘルメスを捕まえられるんだからさぁ」と

ルカが言う。


朋樹が試しに 気枯れを癒やす青蝶の式鬼を打ったが、ヘルメスは目覚めなかった。


「なにか 印は?」と、ジェイドに聞かれ

ルカが ヘルメスを見る。

「狭いんだけどー」と 言うので、四郎が立ち

群がっていた オレとトール、ボティスも少し離れて、シェムハザに コーヒー、師匠に バルフィを貰った。


「うーん... 前には何も なぁ... 」


ヘルメスの 額や顎の下、胸を見た ルカが言うと

ヴィシュヌが ヘルメスを自分の肩に凭れさせて

背中側を見させている。


ボティスに「お前等」と言われ

ハッとした ジェイドと朋樹が

「ごめん、ヴィシュヌ」「代わるよ」と動いたことで、オレも ハッとした。


「いや、大丈夫だよ」


ニコッとして返してくれて、師匠も頷いているので、いいのだろう。

師匠、ずっと居たみたいに 馴染んでたし

「戻る間に ヴィシュヌに聞いたが... 」つってるけど、榊やロキ、トールに マルタバを渡して

細かい部分を説明してもらっている。


ヘルメスのシャツをめくった ルカが

「ん?」と 一度 手を止め、うなじの方から シャツの中を覗く。「ある。うなじの下だし」と

仕事道具入れから 天の筆を出して、印を出した。


「アバドンの印章だ」


シェムハザが ゲンナリした顔で言った。


「何故 印章が... ?」と、ヴィシュヌの顔が曇る。


あ...  まさか...

皆、同じことに思い至ったらしく

顔を見合わせていたが

「影蝗か?」と、ボティスが口に出した。


「印が出たのなら、消えるのでは... ?」


四郎が言う。ボティスに「泰河」と呼ばれ

コーヒーのカップを置いて、ルカと 場所を代わる。


白い焔の模様を浮き出させた右手の指で

アバドンの印章に触れると、印章から 黒い炎が浮き上がった。


「消えてねぇんだけど... 」


もう 一度 触れてみようとした時に、ジェイドが

「... “光は やみの中に輝いている。

そして、やみは これに勝たなかった”... 」と

ヨハネ 1章5節を読むと

黒い炎と印章が消滅し、ヘルメスの両耳から

ぽたり ぽたりと 影蝗が落ちた。


うわぁ... と 思っている間に、朋樹の足下から

水色の葉がついた 赦しの白蔓が伸びて、影蝗に巻き付いていく。

全部の影蝗を取り込むと、白蔓は 一カ所に纏まり

小さな木になった。


「影蝗は、出せるのか?」


マルタバのパックを持って、こっちに近付いてきながら ロキが言った。

オレの上から ヘルメスを覗き込んでいる。


ヴィシュヌの肩に凭れさせていた ヘルメスの身体を起こし、仰向けになるよう オレが支えていると

ブロンドの髪の下で 瞼が開いた。

グリーンの眼で オレやロキを見て、ヴィシュヌを見ると「俺から離れた方がいいよ... 」と

暗い声で言う。


「四層で 審判者ユーデクスに会えて、六層の 恩寵グラティア

ハーデスが 地獄ゲエンナから弾き出したんだ。

爆破しまくってたけど」


暗い声のまま続ける ヘルメスは、オレの腕から

身を起こすと、狭い中で立ち上がり

「ごめんね」と ヴィシュヌとオレの間を通って

距離を取った。


「三層で、ハーデスが アバドンを吹き飛ばした時に、アラストールに接近したんだ。

アラストールは、赤い鎖に巻かれて

俺等... というか、“ロキに復讐を” と、アバドンの配下になった 一層から三層の支配者たちに 迫られていた」


「なんで、俺だけなんだ?!」


ロキが 抗議しているが、奈落のアバドン戦で

一番活躍したのが ロキだからじゃねぇのかな?

けど ボティスは

「“腹の子が邪魔だ” と 踏んだのかもな。

キュベレが」と 言った。


そうだ... アバドンも キュベレに使われてるんだよな。本人が望んで だけどさ。

私怨や私欲だけで動いている訳じゃない。

駅前の広場で、皇帝が ロキの子を喚び出したことも、キュベレは知っているのだろう。


「ハーデスが、支配者たちも吹き飛ばした。

三日月鎌ハルパーで 赤い鎖を切ろうとした時に

後ろから アバドンに項を掴まれた。

ケリュケイオンを ハーデスに投げて、とっさに

“アラストールを ロキの元へ 連れて行ってやる!”

と、嘘をついた。

“だから 鎖を切ろうとした” と、苦しい言い訳で

時間稼ぎをしようとしたんだ」


ため息をつく 暗いヘルメスに

師匠が ハニーアムリタを振る舞う。

「ありがとう」と 受け取り

一口 飲んで、深い息をついた ヘルメスは

「ハーデスの気配は、すぐ近くにあったけど... 」と、続きを話し出した。


「わざと 見当違いの場所を爆破して、俺とアバドンの様子を見ていた。

その内に 一層から三層の支配者たちが戻ったから

そいつ等の相手をする事になったけど。

アバドンの声は、掴んでいる オレのうなじから聞こえた。“本当なら 受け入れろ” と。

影蝗のことだ と、すぐに分かった。

“本当でなくとも 産み付けてやるが” って

舌を見せて笑った。先が針みたいになってて... 」


四郎の時の 首抜けの人たちを思い出した。

影蝗は、自分で受け入れるか 産み付けられるか か...


「“アバドン!” と怒鳴る ウリエルの声がして

事を早く済まそうとした アバドンは、一度 閉じた口から、また舌を出した。

悪霊たちも うじゃうじゃ湧いてきてて。

アバドンの、“口を開けろ” って声がした。

それだけは無理だった。

目眩がしたけど、最終戦争ラグナロクの時に シェムハザがした事を思い出したんだ。

自己催眠。仮死状態になれば、操られることはないかも... って。先に 自分に術を掛けて

“受け入れるよ。口じゃなければ” と 答えると

うなじに突き刺さるような痛みが走った。

遠退く意識の中で、項からだった アバドンの声が、頭の中からした。“地上で働け” って。

ああ、影蝗を憑けられた... と 眠りについて

気づいたら、ここに居たんだ」


「何故、ケリュケイオンを ハーデスに投げた?」


トールが聞くと、ヘルメスは

「取られちゃ敵わないし、俺が やられても

ハーデスが 脱出 出来るだろ?」と

師匠が差し出す バルフィを摘んだ。


「きっと もうすぐ、頭の中に声がするはずだ。

こうして、いとも簡単に ロキに接近してる。

自分でも知らない間に、素知らぬ顔で ここに戻ったんだろ?

意識が はっきりしている内に 話しとくよ」


話し終わった ヘルメスは、腹を鳴らした。

「ちょっと食べて 緊張が抜けると、お腹 空くよね」と、師匠からマルタバのパックを受け取り

「あぁ、そうだ...

今 話した事で、そろそろ木になるのかも。

三日月鎌ハルパーも失くしちゃったし」と

フォークも受け取っている。


「お前は、あそこから出て来た」と

ボティスが テレビを指した。

画面には、もくもくと上がる噴煙が映っているが

アコたちが伸ばした 黒い鎖は見当たらなかった。


「何あれ? 海底火山?」と、テレビに眼を向けた

ヘルメスに

「確かに、影蝗は憑けられてたね。

ルカ達が出して、その木に取り込まれたよ」と

教えた ヴィシュヌが、オレらの間にある

小さな白い木を指した。


「本当に... ?」


ヘルメスは、“信じられない” と言った顔で

オレらを見回したが

うなじに アバドンの印章があってさぁ」

「影蝗が落ちると、目を覚ましたのです」と 聞き

何より、ヴィシュヌが言った ということに

信憑性がある と感じたらしく

「なんで、すぐ教えてくれなかったの?」と

ほっとするやら 怒りたいやらだ。


「お前が話し出したからだろ?」

「蝗 抜いて 目ぇ覚ましたから、安心したしな」


ボティスや ロキが言い返すと

「“まぁ 待て” とか止めて、すぐに教えてくれても

いいだろ?」と、本気でムッとし出したが

「よく無事で戻ってくれて! 本当に良かった!」

「おかえり、ヘルメス!」と言う ジェイドや朋樹に オレやルカも続き、四郎や榊も 手を取ると

「ん... アラストールは出しちゃったけどね」と

今度は 落ち込み気味に言った。


「いや、ユーデクスと グラティアは 奈落に居るし

七層を開くことは 阻止 出来てる」

「良くやってくれた」


ヴィシュヌや シェムハザが労うと

「おっ! そうか、良かった!」と 笑い

あっさりと機嫌を直した。後 引かねぇよな。


「ハーデスも 喚び戻したら どうだ?」と言う

トールに

「うん。でも、二層や 三層の支配者のことを

気にしてるから、どうなるか見届けてから戻ると思うよ」と 返し、一応

「ハーデス」と 喚んでみている。


「あっ。今、何か跳んだ」


ルカが テレビを観て言い、ヴェッラが

「見てくる」と 消え、すぐに戻った。


「噴煙の近くに浮いてた」と、ヘルメスに

三日月鎌ハルパーを渡す。

ハーデスの返事だな。まだ戻らねぇのか...


「あったんだ! 良かったぁ」と

三日月鎌ハルパーにカバーを掛け、腰に下げる ヘルメスの隣に、ミカエルとアコが立った。


「ミカエル、アコ」「おかーり」

「海底に 奈落のゲートを開いたのか?」


「いや。悪霊たちは、海底で 黒い木になった」

「赦しの木の枝を近くに挿したら、地界の鎖ごと

取り込んじまったし」


噴煙が上がる 地獄ゲエンナの別口の場所は

アコが喚んだ ボティスの軍が見張るようで

「透過を渡してきた」と、別の透過タブレットを

ボティスに渡した。

何か変わりがあれば、テレビの番組が変わっても

これで確認することが出来る。


「アラストールは、パイモン等が追っている。

捕縛を逃れた悪霊について、全体に報告。

見つけたら 捕縛。木になる可能性が高いけど」と

朋樹に言った ミカエルは、ヘルメスに向き

「おかえり」と微笑った。

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