94


地獄ゲエンナから開いたのか?」


じゃあ、噴煙の中の黒い色のものは...


「報告は まだ何も... 」


「見て来るよ」と、ヴィシュヌが消え

「俺も。必要なら 軍を喚ぶ」と アコも消えた。


ミカエルも腰を浮かすが、シェムハザが

「狙って来たら どうする?」と

ルカやロキを視線で示す。


「津波は... ?」という 朋樹の 一言で

ゾッとしたが

「いや、発生しても 陸地にまで到達しないだろう」と トールが答えている。


「ヴェッラ」


ボティスが喚ぶと ドレッドのヴェッラが立ち

「ウリエルや パイモン等は 交戦中だ。

ヘルメスも まだ出て来ていない」と 報告した。


「あれは?」


ボティスが指す テレビ画面には

海面からの噴煙の中に 立ち昇る黒い滝。


「海底火山の噴火?」と ぼんやり答えた ヴェッラは、以前 一の山に 奈落の別口が開いたように

地獄ゲエンナの別口に思い当たったのか

「いや、地獄ゲエンナは まだ火に包まれている。

天や地界の軍が到達したのも、まだ 二層まで... 」

と 答え

地獄ゲエンナの下層から 地上と繋いだのか?」と 呟くと

「パイモンに話して来る」と 消えた。


地獄ゲエンナと繋がったとしたら、あの黒いやつは 何なんだ? 悪魔なら そのまま出て来るだろ?」


ロキが クルフィで画面を指しているが

黒い滝のようなものは、噴煙の上で 放射状に空に拡がっている。


「悪霊や囚人?」


簡単に言っちまった ジェイドにも

お... ってなったのに、ルカが

「影蝗 とか?」って 言いやがった。


おまえ... と 睨んでやると

「いや、だってさぁ

ベルゼや パイモンだけじゃなく、ウリエルや ゾフィエルも居るのに、別口が開いたコトに 気付かねーのは おかしくね?

もう地獄ゲエンナ内部にも攻め込んでんのに

“何かが地上に出た” って 気付いてない ってことだろ?

影人って 気配ねーじゃん。

影蝗も そうなんじゃねーの?」と

ますます言葉を失わせる。

ボティスや ミカエルまで無言だ。


「その影蝗を “悪魔に憑依させる” ってことか?」


トールが確認する。

「いや、“影蝗だったら” ってコトだぜ?」と

ルカは焦っているが、オレは脱力しちまったぜ。

地上に居る悪魔たちは、アマイモンの配下だ。

アマイモンの配下が憑かれたら、影人と重なられ放題になる。


「だったら、なんで パイモンたちには

憑けないんだ?」


ロキだ。


「おう、そうだよな! 地獄ゲエンナにいるのにさ!」と

思わず 力いっぱい 口 挟んじまった。


「影蝗は、アバドンが直接 憑けるか

憑けられる悪魔の同意が必要なんじゃないか?」


クルフィ片手に話し出した シェムハザにも

“そうそう” と 頷く。頼む。そうであってくれ...


「広場で会ったマレドには、影蝗が憑いていた」と、ボティスも話す。片手にはクルフィ。

これ、すげぇ溶けにくくて硬いんだよな。

さすが暑い国の冷菓だ。クリーミーで美味いけどさ。


「だが、アバドンのめいに抗うことは出来ていた。

アバドンが直接 憑けたとしても

手足のように使うことは出来ん という事だろう」


「では、何故 影蝗を憑けるのでしょう?」


四郎が聞くと、ミカエルが

「アコが校内放送したように

影蝗を憑依けた者に 一斉伝令をする事」と答えた。

明け方、地獄ゲエンナの悪魔たちが

地上から 一斉に引いたもんな。


「それと、言うこときかない奴の処刑」


マレドは、黒い鉱石のような 影人の木になった。

オレらに アラストールのことを話したからだ。


アバドンに乗った悪魔には、影蝗は 都合が良いだろう。離れていても めいがわかるし、自分たちの状況も アバドンに伝わる。

けど、マレドのように 無理矢理 憑けられた悪魔は

反逆がバレたら処刑だ。敵わねぇよな...


「なら、あの黒いやつは 何なんだ?

煙じゃないことは確かだぜ」


朋樹も クルフィで画面を指す。

影蝗じゃない ってことで、安心しちまってたぜ。


「影蝗憑きの悪霊かも。

ハーデスじゃなく、アバドンに着いた奴等」


悪霊って、霊だよな?


「堕ちたもの全般だ。死んで 悪魔に堕ちた霊。

悪魔そのものを指すこともある」と、ボティスが言った。人間の霊だけとは限らないようだ。


「影人が重なると、元の霊の情報が残っていても

“完全”って奴と 同体になる。

肉体のない霊に 影蝗を憑けさせても

近い状態になるのかもしれない」と

ミカエルが言う。


「肉体がない分 気付きづらいんだと思う。

現に 俺等も、こうして目視しても 判断がつかなかった。下手すると 影蝗入りの悪霊は

元の悪霊よりも 気付きづらくなってるのかも」


だから、パイモンたちも気付いてないのか...

交戦中だし、余計だよな。


「悪霊を放って 何を... と 考えられる?」


「人間を病にする。主に精神的な」


シェムハザに ミカエルが答えた。

「普通、悪霊なら」って 付け加えてるけど

影蝗がついてなくても、地獄ゲエンナに収監されてなきゃ

そうなんじゃねぇか?

地上で それをしたから収監されてたんだろうし。

「むぅ... 」と 小声で唸る榊は、肩身が狭そうだ。

狐も人に憑いたりするもんな。


「悪霊... 霊の場合だと、俺は斬れないぜ?」


「えっ?!」

「なんでだよ、ミカエル」


「人間の魂を量るのは、公判の時だけだから」


ミカエルが あっさり答え、トールも

「神族であってもならん」と 頷いている。

「肉体を離れた魂は、然るべき場所へ行く」


「公判で量っても、悪霊を 七層の永久とこしえの滅びに

投げ込む権威があるのは、父だけだし」


そうか... 朋樹や ジェイドも四郎も、神の名のもと

祓って送るだけだもんな... 今更だけどさ。


「祓魔みたいに、人間の身体から出るよう

命じることは出来るけど」


命じる... か。

アバドンの影蝗が憑いてて、ミカエルのめいに従うんだろうか?

アバドンを裏切ったら、悪霊も木にされるのか?


「影蝗が憑いてるんなら、きくかどうかは わからない。炙って 強制的に出すしかない」


身体から出しても、今の状態だと 地獄ゲエンナには送れねぇし、またすぐ別の人間に憑くだろう。

悪霊が吹き出しているのは、結構 マズいことなんじゃねぇの?


テレビ画面の中では、噴煙の上に拡がった黒いものが 空を覆い出している。

スタジオのキャスターには それが見えないらしく

『津波が到達するということはないようです』と伝え、安堵の表情を見せた。


「けどさぁ、悪霊は 誰に憑くんだよ?

アマイモンの配下が入ってんのに。

リリ っつった人に憑いても 影人とは重なれねーんだし、あんまり意味ねーよな」


チャイを飲み干した ルカが、シェムハザに

コーヒーを貰いながら言うと

「私共のような 未成年者でしょうか?」と

四郎が言った。


「だが、悪魔等や守護天使等が 優先して見張りについている。

影人の居る場で、憑いた悪霊が抜けたとしても

影人が重なることは難しいだろう」


ボティスに シェムハザも頷いているが

「“悪霊が憑いて病になること” 自体な... 」と

朋樹が眉をしかめた。


今みたいに、ボティスや ミカエルたちと仕事をするまでは、人に憑いた人霊や獣霊を祓ったりしてた。

憑かれると、異常に食ったり 食わなくなったり

奇声を発する、異常な行動を取るなどして

実際に身体も病気になり、亡くなってしまうこともある。


「悪霊を捕らえたとしてもだ、地獄ゲエンナには送り返せん。奈落行きか? 木に変形しなければ の話だが」


テレビから『これは... 』と、キャスターの声。

海中から 無数の黒いものが伸び上がってきている。地界の鎖だ。アコが軍を喚んだらしい。


噴煙の上には、仁王立ちの人が浮いている。

ヴィシュヌだ。

ヘリコプターから撮っているのか、ドローンなのかは分からないが、噴煙の全景がフレームに収まる程 離れているのに、ヴィシュヌと分かるところが すごい。神って違うよな。

悪霊たちは、ヴィシュヌに近付けないようだ。


「後で 記憶操作だな」と シェムハザが言い

「とりあえず奈落に」と

ボティスに答えた ミカエルが、奈落のゲートを開きに行くために 席を立った。


「鎖が止まったぞ」


トールの声で、ミカエルが 画面に向く。

無数に伸び上がる鎖は、噴煙の上に拡がった 悪霊たちに届いていない。

チャクラムが 噴煙の周囲を大きく周回しているが、ヴィシュヌは 右手を開いて こちらに向けている。手のひらを向けた方向に アコがいるんだろう。“待て” だ。


噴煙の中を昇る 黒い悪霊の滝が

ヴィシュヌの目の前、同じ高さまで上がった。

三人の悪霊が、十字架に掛けたかのように

両腕を真横に上げさせた誰かを抱え持っている。


「人... ?」と ルカが眼を細めたが、すぐに

椅子から腰を浮かしかけた。 ヘルメスだ...

空に拡がった悪霊たちが、パラパラと地上へ散らばっていく。


「“邪魔をすれば ヘルメスを殺る” ってことか?」


ヘルメスを抱える 三人の悪霊たちを、他の悪霊たちが 下から支え、ヴィシュヌより上の位置へ持ち上げて行く。

ヴィシュヌが 拡げた手のひらの 右腕を下ろした。


「アコ、捕縛」


ボティスが出すめいに ギョッとしたが

ヴィシュヌが『ガルダ!』と 師匠を喚び

黒い鎖が伸び上がる海面も噴煙も ゴールドに染まる。

シューニャ』という 師匠の声。

ヘルメスを抱えた悪霊や 噴煙の中の黒い滝までもが ゴールドの炎に輝いた。


輝く炎の向こう側で、ヴィシュヌが 顔の横に上げた右手の指を 回すように動かした。

チャクラムが ヘルメスの下の悪霊を両断する。


「え?」「切っちまったぞ!」


ロキと 一緒に、ミカエルや ボティスに眼を向けると、「脚だから」「そう。脚を失っただけだ」と

言っているが、いいのかどうかは答えねぇ。


ヘルメスに飛び込み、ゴールドの炎に巻かれる悪霊ごと左腕に抱えた ヴィシュヌは、黒い鎖の間を縫って 噴煙の前に羽ばたいてきていた 神鳥の姿の師匠の背に着地し、今度は「ナガ・バンダ!」と喚ぶ。 画面からヴィシュヌたちが消えた。


噴煙の中のゴールドの炎は 薄れていくが

海の中から 白い鱗を輝かせる龍が現れ、噴煙を螺旋に巻きながら昇っていく。

ナガ・バンダ... 一度、ジェイドのオーロが これになった。天界へ霊を導く バリ ヒンドゥーの龍神だ。


噴煙を螺旋に巻いた ナガ・バンダが、天に昇り消えると、黒い悪霊から 人の姿になった霊たちも

天に昇り消える。

海中から伸びる 地界の黒い鎖は、師匠の炎から逃れた悪霊に巻き付き、海の中へ沈んでいく。


「海底に 奈落のゲートを開いてくる」と

ミカエルが消え

ヘルメスを抱えたヴィシュヌと おかっぱの師匠が

「ただいま」と、黒板の前... 左右上部に 一台ずつ取り付けられているテレビの間に立った。


シェムハザが、床に降ろされた ヘルメスに近寄り

「生きてるな」と、手のひらに青い炎... 自分の魂を分け、ヘルメスの口元に寄せる。


椅子を立った 四郎、ボティスやトールと 一緒に

ヘルメスの様子を見に行こうとした時に

「あっ... 」と、朋樹が言った。

視線は テレビに向いている。


無数の黒い鎖が 悪霊を海中に引き込む中

再び 爆発的な噴火が起こった。

噴煙の下から 赤黒いマグマが噴き出し

青い星が ひとつ、打ち上がったように見えた。


「アラストール... 」と、ボティスが呟く。


続いて、黒い翼に 氷のような槍を持つ大量の悪魔たちが マグマと共に噴き出し、空へ突き上がっていく。パイモンの軍だ。


ドレッドのヴェッラが、ヴィシュヌの隣に立ち

「“別口が開いたかも” って、報せたら さ... 」と

自分の斜め上にあるテレビの画面を 見ずに指す。

『追え! 逃したら 全員 燃やすぞ!』と脅す 鬼司令の声がした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る