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「あれから、飛び降りは出させていないが

飛び降り動画を撮らせようとしている奴はいた」


「アリエルの軍や アマイモンの配下と連携し

リリトの印がある者を狙う 地獄ゲエンナの悪魔と やり合っていたが、明け方になると 地獄ゲエンナの奴等が 一斉に引いた」


視聴覚室に戻り、おにぎりや 唐揚げを食っている。悪魔や天使たちが 報告に顕れた。


「一ヵ所、儀式の場所が割れた。タイの森だ。

明け近くに 影人と重なった青銀の眼の者等が 森へ入り、儀式の場の周りを囲み出した」


「影人と重なり切って、見張っていた者等か?」と確認する ボティスに、スーツの悪魔は頷き

「どうして今まで、儀式の場が見つからなかったの?」という ヴィシュヌの質問には

「キュベレ等といる蛇女ナーギー等が 障壁にされていた」と 答えている。


地界から 地獄ゲエンナを遮断している障壁は、悪魔の肉体から作られているようだが、儀式の場の障壁は

蛇女ナーギーたちから作られているようだ。

悪魔や蛇女は使い捨てか...


「障壁は、崩すまで 肉体それとは気付けない。

無人の森にしか見えなかったが、青銀の眼の者等が 森へ入り、一区角を囲み出し、一斉に黒い根や木になった。

赦しの木の根が迫る前に、黒い根は地中に沈み

黒い木々は内側から燃え、森を焼いた」


燃えている 黒い木々の内側は、太い柱のような白い靄が 立ち昇っているのが見えたようだ。

儀式の場だったのなら、蒸発した三日月形の泉だろう。


「森の外側へも延焼したが、術で 地表に地下水を引き上げて 大規模な火災は防いだ。

赦しの木の根も走ってきて 地中の黒い根は押さえられたようだが、ジャタの島から運んだ枝も挿すと、急成長した枝が 焼け焦げた黒い木々を取り込み出した。

取り込まれる黒い木々の内側には、蛇女ナーギー等の焼死体が転がっていた」


更に その内側に、窪んだ場所... 干上がった泉の跡があり、祭壇の隣に倒れた麦酒ビールかめ

「この瓶は、砂になって崩れ消えた」という。


「神殿が建っていたと思われる場所には、砂の山が出来ていた」


「“もう終了した儀式の場所” って印象だな」と言った ロキに

「それなら、夜国から影羊が与えられ、儀式をしていた者等は 神殿から夜国へ行った... ということだろう」とトールが返す。

ロキは、真隣に座るトールと眼を合わせ

「そうなるよな」と頷き合った。


「ボティス」と、別のスーツの悪魔が立ったが

ミカエルの前にも 翼を背負った天使が立つ。

エデンから降りた アリエルの配下だ。

翼、目眩まししねぇままだと目立つよな。

榊と朱里、沙耶ちゃんたちは、調理実習室で食事を済ませるようで、四郎やリョウジたちも 他の教室で友達と食べるらしいから、視聴覚室ここに居るのは オレらだけ だけどさ。


「イギリスで 儀式の場が見つかった」と

悪魔が報告し

「ブルガリアでも」と、天使が報告している。

どちらも、“もう終了の儀式跡” という感じで

黒い木々が燃え、蛇女ナーギーの遺体が出た ってことも

同じだった。


「儀式の場から 引き上げてる... って風に とれるね」


報告や話し合いの邪魔にならねぇように

ジェイドが小声で言う。片手には 鮭のおにぎり。


オレら四人は、真ん中の列に座る ミカエルたちから見て 右側、前後ろ 二列に分かれて座っている。

朋樹とジェイドの前に座る オレとルカは

後ろ向きに長テーブルに座り、椅子には足を載せ

朋樹たちと 向き合っているが、シェムハザが居たら 行儀で叱られたことだろう。

けど、前後ろだと話しづらいんだよな。


「秘禁が掛かってから、蛇女ナーギー 派遣したんかな?」


ルカは昆布だ。さっき食ったけど 美味かった。

あれ、オレが入れたやつ... という小さな満足感がある。


「そうなんじゃないか?

それまでは、天使避けや悪魔避けで済むしよ。

“秘禁が掛かったから、蛇女ナーギーで儀式の場所を隠して

さっさと影羊を与えて 儀式を終わらせた”... って風にも思えるよな」


朋樹は梅干し。ついでに、オレは鮭。

「邪魔される前に儀式を完成させた... ってことか?」と聞き、おかずカップのミートボールを摘む。美味い。


「そうなのかも。赦しの木のことにも気付いてるんだろうし、赦しの木で儀式の場が割れる前に

儀式を完成させて、夜国ニビル人を 神殿から夜国へ移動させたんじゃないか?」


「ニビル人?」と、ジェイドに 一応 確認すると

「影人と重なり切った人」という 予想通りの答えだ。


「こっちの対処に合わせて、向こうも儀式を早めた ってことになるね」

地獄ゲエンナの奴等も 地上に出してきたもんな」

「でも、引き上げさせたみたいじゃん」


「なら、次の手に出てくる ってことか?」


何気なく言うと、「“次の手” って?」と

ジェイドに ミートボールのカップを取られた。

唐揚げや卵焼きは、ロキや ミカエルに取られちまったし、煮物 食うかな。


「広場で、マレドって悪魔が言ってたことなら

地獄ゲエンナから 罪人の悪魔や異教神を放つ”?」と

梅干しのを食い終わった朋樹が 昆布のやつを手に取りながら言うが

地獄ゲエンナの 一層から六層の支配者の霊に結び付いた鍵で、七層... 永久とこしえの滅びの場所を開く” とも言っていた。

とんでもねぇけど、ヤバ過ぎて想像もつかねぇ。


「けどさぁ、アバドンは

まず、アラストールに復讐させる予定なんだろ?

奈落やオレらに」


プチトマトのマリネ 摘んで、ルカが言うが

「ウリエルも降りてるし、天と地界の連合軍次第じゃ、地上に出ては来ないんじゃないか?」と

ジェイドが おにぎりのラップを、空になったミートボールの紙コップに入れた。


アバドンは、まだ 現実的に想像出来る。

ヤバい ってな。奈落で見てるしさ。

復讐者アラストールも やべぇんだろうな...

ヘルメスや ハーデスが、アラストールを解放出来たかどうか にもよるけど

地獄ゲエンナ内部の状況が分からねぇのがな...


「食べないのか?」と、オレの手にある 煮物カップの鶏肉を見て ジェイドが聞いたが

「食うに決まってるだろ」と

“バカじゃねぇか?” 風に 鼻で笑って返すと

「でも、鶏肉を避けて食べてたじゃないか」と

まだ言うので、「楽しみに取っといたんだよ」と

これ見よがしに食ってやった。さもしいよな。


オレらが さもしい間も、天使や悪魔が顕れ

「ドイツで... 」「メキシコで... 」と

儀式跡発見の報告が続いていた。


「儀式の跡地に、目を向けさせようとしてるのかな?」


煮物カップから 蓮根を楊枝で刺して

ヴィシュヌが言う。

和食が好きらしく、煮物ばっかり食っている。


「今度 ファシエルに、肉じゃが作ってもらおうか?」と言った ミカエルに、笑顔で頷き

「急に これだけ儀式の場所が見つかれば

調査のために そっちに人員を割くことになるし、

目で見て把握するために 俺やミカエルも見に行く... つまり、バラけさせようと思ったのかな?」と、蓮根を口に入れた。


「四郎のことは、いずれ 交渉してくる... とすると

ロキ狙いか ルカ暗殺か?」


ボティスが 物騒な事を言い、トールが

「それもあるだろうが、地獄ゲエンナで何か動きがあった

とも 考えられるな」と、梅干しに赤眉をしかめている。


「とにかく、儀式の跡地で 何か分かったら

また報告」


ミカエルが、天使や悪魔に おにぎりを配り

それぞれを戻らせた。


『... 突然、世界中に出現した 新種の植物により

各交通機関にも支障が出ています。

一夜 明けた 今日は、このように... 』


テレビには、日本だけでなく

世界中の街の様子が映し出されている。


『... 山中の森の中にも 新種の植物が生い茂っている場所は見つかっていますが、どの国でも人の生活地域に より多くの植物が... 』


道路の真ん中や歩道、駅のホーム、空港。

ビルの壁や窓にも のめり込み、住宅地の道路標識や 公園の遊具などにも 絡んで 一体化し

不自然な色で彩っていた。

交通は全線ストップ。会社や学校も休みだ。


『... 各国の研究機関も総力を上げ、究明を急いでいます。形は 現存する植物に似たものが多く、また 今のところ、葉や幹から 有害な物質の検出等も報告されていませんが、成長速度や 非常に特徴的な色などについては 現存する植物とは異なり... 』


「外で見た、あの木の顔 さ」と 言ってみると

「まだ何とも言えない」と、ミカエルが言った。


校門から出た 朋樹とジェイドが、ビデオ通話の画面に映した 赤い木の幹には、人の顔があった。

額には、本人のものとは別の 二つの眼。

重なり切る前に 木に取り込まれたのか

“たすけて” と言った あの言葉は、影人ではなく

本人の霊の言葉だ。


朝飯の支度の手伝いをしている リョウジたちや

女子高生たちを不安にさせるのも... と

四郎には調理実習室に残ってもらい、ミカエルと

ルカ、ゾイと 一緒に、木を見に行った。


ゾイにも 額の眼が見え

『しっかりと本人の意識があります』と言う。

影人の霊の方が眠っている というような状態のようだ。


... となると、名前を聞いて 分離固定が出来ない。

霊は、身体の中で分離している状態だ。

もう 分離固定している状態なのか?


けど、分離固定した後に ルカが印を出す時

額の眼は、いつも閉じていたはずだ。


『印は ないぜ』


ゾイと場所を変わって しゃがみ、木の顔を見た

ルカが言った。


『たすけて』という 男の声が聞こえなくなり

『瞼が閉じた』と、ルカが言う。

額の眼を見るために 場所を変わったが

オレが見た時は、額の眼も閉じていた。


ミカエルが 木の男の顔に触れ

『生命はあるけど... 』と、ブロンドの眉をしかめた。『生気が植物に似てる』という。


ジェイドに天使召喚円を敷かせると

『ラファエル』と 喚んだ。

ラファエルは 水色に瑠璃色の風切り羽の翼を背負って 円に顕れたが、学校の外塀のおかげで

学校の中からは見えなかっただろう。


『これは?』と、隣に しゃがみ込んで

赤い木の顔を確認する ラファエルに

『さっき見つけたばっかり』と ミカエルが

簡単に説明し

『開けて見せれる?』と 木に聞くと

木は、赤い幹を開いた。

男の下半身は、赤い幹と 一体化している。


『あの店の白い赦しの木も 観察を続けてるんだけど、透過で内側を見ると、融合した 二人の女性が

赦しの木と融合し始めてるんだ』


なら、赦しの木に取り込まれると

影人ごと 赦しの木になっちまうのか... ?

ラファエルの目の前で、赤い木が 幹を閉じていき

男の顔までを樹皮で覆っていく。


『まだ観察が必要だね』と

ラファエルが、難しい顔で立ち上がり

『他にも見つかったら、俺の名前を呼んで。

配下に向かわせて 調べさせるよ』と

召喚円から シイナの店のバックルームへ戻っていった。


『ロキを呼んで、奈落に行かないと』


影人と重なった人の解消、分離固定と印消しの朝出勤だ。


『呼んできますね』と、ゾイが消え

『朋樹とジェイドは 四郎に着いておくように』と

めいじたミカエルは、赤い木の隣に 奈落のゲートを開くつもりのようだ。


天の言葉で 両開きの巨大な石の扉を顕現させ

扉に手のひらをつけると、扉 一面に彫られた文字が 放射状に光り拡がる。

隅まで 文字が光り切ると、扉が消失し

内側の闘技場には、天狗アポルオンと ボティスの配下

ノジェラが立った。


『よう、奈落だろ? ゾイに言われた』と

ロキも顕れたが

『今日は、必要ないかもしれない』と

天狗が言い

『何か事態が動いているだろう?』と

ノジェラが言う。


『昨夜から、重なった という報告が

一件もないんだ』と、天狗が言った。


それで、奈落には行かずに

調理実習室から おにぎりや おかずを貰って

視聴覚室に戻ったんだけどさ。

急に 重なった人が出なくなった... って

アマイモンの配下が憑いてることとか、未成年を中心に宗教施設に避難してもらっていることが

功を奏しているのかもしれねぇけど

明け方までは 地獄ゲエンナの悪魔たちも地上に居たんだ。

重なった端から 赦しの木が飲み込んでるのかもしれねぇよな...


「ボティス」


ドレッドの悪魔が立った。ヴェッラだ。


「障壁が除かれて、地獄ゲエンナが顕現した。

総攻撃を開始したが、アラストールだけでなく

三層までの支配者の姿も 確認 出来ていない」


「囚われているのか?」と聞く ボティスに

「まだ... 」“分からない” というように 首を傾げ

「四層と六層の支配者は?」と聞く ミカエルには

言いづらそうに「地上へ逃れた」と答えた。

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