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「ラップは?」

「あれ? もう無いか?」


「沙耶さん、鮭はフォークで ほぐす?」

「骨を抜いて、一口サイズに分けて欲しいの。

ありがとうね」


朝6時。

調理実習室で、朝の おにぎり作りの手伝いだ。

朝は 割と涼しくなってきた。


使い捨てビニール手袋を嵌めた ルカが、テーブルに並べた茶碗に ラップと海苔を敷いていき

朋樹が 海苔の上に、塩を振った ご飯を しゃもじで入れていく。

オレは 箸で昆布の佃煮を載せていく係をし

四郎は 種を抜いた梅干し。ジェイドは 鮭。


「ラップ越しでも熱いよな」と、どんどん握っていき、四角の でかいケースに詰めると

「お前は体育館。お前は 向こうの校舎」と

アコに指示され 悪魔たちが運ぶ。


沙耶ちゃんと ゾイは「こっちは高校生用よ」と

唐揚げを揚げまくっているが、榊が つまみ食いしちまう。見ただけでも、もう5つ目だ。

ちゃんと寝たのか寝なかったのか 分からねぇ女子高生たちが、ミートボールや温野菜、トマトやパプリカのマリネ、煮物などを、小カップや紙コップに注ぎ分けている。


「おはよー」


朱里だ。簡単に顔を描き、眼鏡をかけていた。

「早いな」と 言うと

「うん、自然と眼が覚めたけど

シェムハザさんが起こしてくれたのかもー。

“お前も手伝って来い” って出されたからー」らしく、リョウジたちは「まだ寝てたよー」で

「大人の神様たちは、お話し合いしてる」ようだ。


昨日は あの後

『成長期だから』と、四郎も寝かされた。


オレや ルカも、シェムハザに寝かされたが

寝てる間に ミカエルに癒やしてもらって

睡眠時間は2時間だった。

起きると、朋樹とジェイドも戻って来ていて

オレやルカのように、視聴覚室の床に寝かされていた。下にマットは敷いてくれていたが、何かと 扱いが雑だよな。


空き袋を 二つ、長テーブルの上に置き

3袋目のグミを開けていた ロキに

『シイナと ニナは?』と 聞くと

『沙耶夏等と寝てる』と 答え、ジェイドに変身した。


『グミを買って、すぐに学校へ戻ったんだ。

影人だけじゃなく、地獄ゲエンナの悪魔が出ても困るし』と、水色のグミを 口に運ぶ。

ジェイド姿で、ジェイドから聞いたか 読んだか... の事を話すらしかった。


『おう』『で?』


シェムハザから、蜜柑水の青い瓶を受け取って

ルカと 話しの先を促すと

『それにしては、視聴覚室ここに戻るのが遅かったな』と、ボティスも入ってきた。

ジェイドと朋樹が戻ったのは、ついさっきのようだ。


『そう。朋樹とシイナが

“誰かが校舎の外に出ていないか チェックする” と

言って、校舎や講堂などの外周を回ることになったからね』


指に摘んだ 黄色のグミを見つめて、肩を竦めた。

『ぽいよな』と言う ルカに

『食べる?』と グミを渡し

『それで僕は、ニナと並んで 見回りをしたんだけど... 』と、ピンクのグミを食って 黄昏る。

頭に エステルを載せた ミカエルも『うん』と

相槌を打った。


『こっちを見ようともしなかったから

“僕は、君の事が かわいいと思っていて”... と

話してみて』


『おおう?』と 眼を丸くするルカの声に

『のっ!』という榊の声が重なり、朱里の隣で

狐頭が上がった。起きてたのか...


『言ったんだ』

『ようやくだな。他の男と どうこうだろうと

言っちまってれば良かったんだよ』


ヴィシュヌや トールまで入り

アコと シェムハザも

『でも呪術医ジゴロの呪詛の影響を気にしてたからな』

『ジェイドからすると、あれはあれで

見たくなかっただろうしな』と 話し出した。


ふう... と、ジェイドっぽく ため息をついた

ジェイドロキは

『ニナは いまいち、僕が本気で言っているとは思ってなかったようで

“あっ、黙っちゃって ごめんね” と言ったから、

“付き合った男と居た君を見ると、胸が痛んだ”

って 言ったんだけれど... 』と

また ため息をつく。


『そこまで ため息ばっか つかねーし』

『ちょっとクドいよな』


オレらを無視した ジェイドロキは

『“それだけが原因じゃないけど、リリトにからかわれて 寝たりもして”... 』と続け、空気を凍らせた。


『“まぁ、ひとりで忙しかった。

君に打ち明けていれば、振られた で済んでたのに

いろんな事を考え過ぎてしまって。

だけど、自棄ヤケになると、まだ こんなバカげた事をするのか... と 自分で解ったり

何かを強く感じることが 懐かしかったりもして

悪い気分ではなかったんだ。

それで、もし君が、僕に抵抗が無ければ

以前のように、君と話せたら って思っているんだけど”... 』


5秒程だったのか、もっと長かったのか

皆 無言だった。

ジェイドロキが 黄色のグミを取り出し

見つめて ため息をつきやがったので、なんとなく

全員が苛ついた。空気が変わったのを機に

『ニナは、何て?』と、聞いてみる。


ジェイドロキは、オレに顔を向けると

今度は ニナに変身し

『私... 』と、眼を潤ませた。


ロキなのに『おぉ?』と 動揺し、謝りかけたが

ニナロキが、ふい と眼を背け

『あなたに、普通に扱われたくない... 』とか言う。  やられた...


『ほふ おぉ... 』と、榊が妙な吠え方をし

『えらい! 頑張った!』と、アコが立ち上がる。

胸に手を当てていたルカに肘が当たり、ルカは

呆けたまま『痛た』つった。

寝起きだったしな、オレら。


また ジェイドになったロキは

『なんて返していいのか、すくには わからなくて

とりあえず 名前を呼んだんだけど... 』と

オレらに固唾を飲ませ、グミを摘む。


『はぐれてた 朋樹とシイナが、戻って来たんだ。

“誰もいねぇな。見張りの悪魔しか” って』


グミを食う ジェイドロキに

『それで?』と、ヴィシュヌが聞き

『どうして戻って来たの?』と 続けると

『僕が腰抜けだから』と、肩 竦めやがった。

もう少し 真似のバリエーションが欲しいところだ。


『まったくだ』

『ニナは、ちゃんと言ったのに』

『朋樹や シイナが戻ったところで

それが 何だというんだ?』


ボティスや ミカエル、シェムハザにも非難され

元の姿に戻った ロキは

『元々、ニナが 気まずそうにしてることに

気を使ってもいたからな。

“自分の態度に、どこか 気持ちが出ていて

ニナに気を使わせてるんじゃないか?

それなら きちんと話して諦めて、リセットしよう”

... ってな。

自分に気がある とは、思ってもみなかったんだ。

他の男ばかり見てるニナを 見てきてるから』と

空になった グミの袋を、長テーブルから 指で弾き飛ばした。

当然、オレかルカが 拾って捨てる係だ。

ルカと眼が合う。


『どっか ぼんやりもしてるだろ?

ジェイドにとっちゃ、ニナの発言は 晴天の霹靂ヘキレキだ。

ニナが言った時、ジェイドは

“どういう意味だろう?” と、ぼんやり思って

“勘違いはしたくないから聞いてみよう” としたんだ。同時に、教会を思い浮かべてもいる。

“僕は神父だ” って、ブレーキもかかってるな』


『ブレーキか... 』と、トールが眉をしかめたが

『けど、いい方向に向き出しちゃいるよなぁ』と

グミの袋を拾ったルカは 明るい顔だ。

そうだよな。

ニナの気持ちが 実は自分に向いてた ってことが

分かったら、呪術医に会いに来たニナや、しょうもねぇヤツに引っ掛かった事を思い返しても

今までとは 少し違う印象になるだろう。


寝ている ジェイドと朋樹を癒やし

『ファシエルに話してくる』と

頭にエステルを載せた ミカエルが消える。


シェムハザが、蜜柑水の青い瓶を回収し

コーヒーを取り寄せてくれた。

窓の外が白み出し、飲んでいる内に 腹が鳴ると

『朝食の支度を手伝って来い』と 指を鳴らす。

朋樹と ジェイド、四郎が目を覚ました。


それで、調理実習室で

おにぎり握りまくってんだけどさ。


「あたし、卵焼き作ろうかなぁ。

フライパンある?」


朱里が 女子高生たちに言うと

「ありますよー」「あっ、私も作りたい!」と

何人かが 別の調理台に散らばり出した。


「そういえば、ミカエルはー?」


新しいラップを開けながら ルカが聞くと

「エステルにお花をあげる って 言ってたよ」と

ゾイが答えている。


「花壇などは無いのですが... 」と

窓から校庭を見下ろした 四郎が

「アコが鉢を... 」と、言葉を止めた。


「どうした?」


昆布のパックを置き、窓の外を見に行くと

外塀の向こうに、色が溢れていた。


「えっ... これ、赦しの木だよな... ?」


道路の歩道、家と家の間、家の中からも

ピンクやオレンジ、カーキにシルバー、紺や赤の幹を伸ばし、赤紫や黄色、白に青... 様々な色の葉を茂らせている。

校門の前に居る ミカエルとアコも

鉢の花をエステルに やりながら、外塀の向こうを見ていた。


「一晩で?」と、ルカが言うと

「いや。コンビニに行った時は、ここまでなかった。だいぶ増えてはいたけどな。

朝の短い時間の間にだろ」と、隣に並んだ朋樹が言った。


「世界中で、このようになっておるのでしょうか... ?」

「どうだろ?」

「気になるな」


アコが呼んだのか、ミカエルの隣にシェムハザが立ち、アコと二人で 校門から出た。


鉢を持った ミカエルとエステルが消え

「おはようございまーす」と

リョウジや高島くん、真田くんが入ってきて

「手伝いますよー」「おにぎりっすか?」と

女子たちに 寝癖の髪を笑われている。


「泰河くんたちは、お話に行った方が いいかもね」と、沙耶ちゃんが言ったが

廊下に顕れた ミカエルが入ってきて

「今、アコたちが見に行ったから。食事の後に」と、オレらを止める。

急に 皆で出て行く事で、“何かあったのか” と

リョウジたちや 女子高生たちが不安にならないように 気を使っているようだ。


「じゃあ、おかずのカップを配りに行こうか?」


焼鮭を 一口大にしていた ジェイドが、フォークを

高島くんに渡し、「そうだな」と

朋樹も 真田くんに しゃもじを渡した。

それから、腰に巻いた仕事道具入れの スマホが入っている場所を 軽く叩いてみせている。

視線は 窓の外がだ。

外に出て、写真を撮って送る... ということらしい。


ミートボールや温野菜のカップを 四角いケースに詰めた 二人が出て、しばらくすると、オレのスマホが鳴った。ビデオ通話だ。隣から ルカが覗く。


『やばいぞ』という 朋樹の声。

隣に立っている ジェイドの腕が映り込んでいるが

朋樹が、歩道から生えている 赤い木の幹に

スマホを近づけた。


『... た すけて』という、微かな声。


木の幹の裏側に スマホを移動させている。

幹には、男の顔があった。額には 別の二つの眼。

黒い木に変形する前に、赦しの木に飲まれたのか... ?


『木から声が聞こえて、顔が出てきたんだ』と

ジェイドが言った。

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