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「ニュースを観たか?

先程のことは、多数の場所で 同時に起こっている」


沙耶ちゃんやゾイの寝具の準備をしていた シェムハザが、視聴覚室に顕れた。

「遅かったな」と言った 少年ロキに

「ディルに喚ばれ、一度 城に戻った」と答えている。


「フランスでも、同じように

“リリと言った者は死ぬ” と言わされ

5階の窓から突き飛ばされた者がいる。

落ちた者は俺が受け止め、地獄ゲエンナの悪魔は

アシルとベランジェが始末した」


アシルとベランジェは、シェムハザの城に居る悪魔だ。城には、ロキの兄のビューレイストも居る。


「たが、フランスだけで 7人だ」


「は... ?」

「同時に何人も ってこと?」


「現場で、アマイモンの配下に会ったが

イタリアやスペインでも、同じ事があったようだ」


話している側から

『... 現在、判っているだけでも

ロシアで 5名、アメリカで 8名、カナダで... 』と

ニュースでも 同じことを言い始めた。


「けど、リリトの息を解かせる って

リリトが了承しねーのも 分かるんじゃねーの?

“ミカエルが 皇帝やリリトに命じろ” ってこと?」


ルカが聞くと

「または、“助かりたければ 私を崇めろ” だろ」と

ボティスが言った。


「“私”?」


キュベレか?


榊や朱里越しに ゴールドの眼を向けたボティスが

「アバドンに決まってんだろ」と、鼻を鳴らす。


「影人と重ならん者とは、自分が契約して

魂を総取りするつもりなんだろ。

“助けてやる” と 騙してな。

地獄ゲエンナを支配するには、相当の呪力がいる。

幾ら キュベレの力添えがあろうと

地界や天も相手をすることになるからな。

“働ける” というところを見せん限り、自分も

黒い根にされかねんからな」


アバドンは、影人と重なっている。

でも、人間じゃなくても、そういう恐れはあるのか?


それを聞いてみると「されてたじゃねぇか」と

少年ロキが吐き捨てて、奈落で見た

ヴァナへイムの兵士たちの遺体を思い出した。


「恐らく、魔女イアールンヴィジュルたちも 根にされたんだろうな」


トールが言っているのは、世界樹ユグドラシル平原ヴィーグリーズから消えた 鉄の森の魔女たちだ。


「... イヴァンに、影人が ということは?」


ずっと黙っていた四郎が、思い切ったように聞いたが

「いや。“贄に” と指されてる。考えにくい。

イヴァンは、“地上からの贄” であるはずだから。

影人が融合していたら、地上の贄にはならない」と、ヴィシュヌが返し

複雑そうではあるが、ホッとしている。


「お前達は、そろそろ横になったら どうだ?」


シェムハザが、四郎も含めた 高校生組に言うが

少年ロキが「焼かれた悪魔を見た挙げ句

ニュースも観ちまってるからな」と 肩を竦めた。

リョウジの父ちゃんは、“リリ”って言っちまってるしな...


それに気付いた ボティスが

「リリの息が掛かった者に優先して、守護天使が着いているだろう。地獄ゲエンナの奴等が狙っているのも分かったからな」と話したが、不安だよな。

朱里も暗い顔だ。


「リョウジ等は、体力や気力 共に

お前や四郎のようではないだろう?

このまま起きて考える方が 精神的にも良くない。

一度眠れば 多少は落ち着き、見たものと自身との距離は空く」


シェムハザが 心配そうな顔で言うと、リョウジが オレを見た。

“もう 寝た方がいいですか?” と 気にした顔だ。


「もし、イヴァンの事で何かあったら

喚んで頂け... もらえますか?」と

四郎が聞くと、ミカエルが頷いている。


本当なら、四郎は 話し合いに出た方がいいと思うけどな。狙われている立場だしさ。


「決まったな。ディル、ベッドを四台」


ベッド取り寄せ って、すげぇよな。

ルカん家のベッドも、シェムハザの取り寄せらしいけど。

四台のベッドが、視聴覚室の後ろに並ぶ。

横向きに 二列だ。


「ここで寝れるんですか?」と、リョウジが聞いている内に、シェムハザが指を鳴らし

四郎を除く 三人と、何故か 朱里が寝かされた。

そういうことか。


「よし、運べ。

不安な上に 眠れんなど、体力を奪うからな」


トールや ルカに手伝ってもらって、全員 ベッドに運んで寝かせていると

「ニュースとかで、見ちまうとさぁ... 」と

リョウジを抱えたルカが 眉根を寄せる。


「“リリ” って言っちまってる人たちは 不安になるよなぁ。

実際に、何人も飛び降りさせられちまって」


世界中で、影人に 訳のわからん植物に

憑依に 飛び降りじゃあな...


天使たちが地上に居なかったり

アマイモンの配下が憑いてなかったり... だったら

もっと混乱してたんだろうな。

すぐ、“どこどこの国の陰謀” とか よくわからん説も出たりするしさ。

ベリアルの契約相手に権力者が多い ってことも

混乱を押さえている 一因には なっているだろう。

憑依や 赦しの木に関しては、さっき始まったことだし、どう対処しようとするかは 分からねぇけど。


朱里の腹に リネンのブランケットを掛けていると

榊が「ふむ... 」と 狐に戻り、ベッドに登って

朱里の隣で長くなった。

腰に付けた仕事入れの中で、スマホが鳴る。

朋樹か? と 思ったが、敷島だ。おんぶ岩1。


「よう」と 通話に出ると

『あ、うん』と もぞついた返事を返し

『梶谷くん、憑依症候群の事は知ってる?

大変な事になってるけど、何か掴んでないの?』と、硬い声で聞く。


「いや、どういうか... 」


アマイモンの配下で影響が出てる人もいるけど

飛び降りに追い込んでるのは、地獄ゲエンナの悪魔だからな...


『“リリ” って言ってたら、シャドウピープルには

重なられなくても、本当に... 』


「いや、違う。影人側の奴等がやってるんだ」


『カゲビト側って、シャドウピープル側?

どういうこと?』


そりゃ 解らねぇよな...


『梶谷くん、さっきのニュースは 観た?

あの事で不安になった人たちから、たくさん

コメントが入ってきてるんだ。

何か情報を持ってるんなら... 』と 話を聞きながら

説明に悩んでいると、ロキが スマホを取って

オレに変身した。


「影人と重なった奴を使おうとしてる奴等がいるみたいなんだよ。それが、魔術集団らしいんだ。

“術を掛けて 飛び降りをさせてる” って聞いてさ。

でも、言葉が効く。

オレのツレは、それで助かった。術に抵抗出来る。“主の祈り” を 載せておいた方がいい」


『本当に?』と 興奮した敷島に、泰河オレロキは

「本当だ。影人に重なられると、融合して破裂したり、木や根になったりするのもな」と 返し、

敷島が絶句している内に

「また連絡するからさ。すぐ載せておけよ」と

通話を終えた。


「ビデオ通話じゃねぇんだし、声だけで良かったんじゃねぇか?」


スマホを受け取り、四郎と 左側の席に座りながら言うと「声だけ変えたりは出来ねぇんだよ」と

普段ロキの姿に戻って、トールと座っている。


「御言葉は いいかもね。

俺等も、祈りや真言が聞こえたら

配下に向かわせるようには しているけど」


ヴィシュヌが言い、ミカエルも頷く。

「機転が利かれることで」と、四郎もロキを褒め

「イヴァンは、御言葉を知っておるのでしょうか?」と、誰にともなく聞いた。


「知ってるだろう」

「ロシアの半数は、正教会じゃないのか?」


トールや シェムハザが言っているが、半数か...

知らなくても おかしくない気がする。


日本は、神道や仏教を信仰している人が多いが

家に仏壇があるから だったり、本人は意識していなくても 住んでいる地域の神社の氏子となっていたり だ。

それで 数に入っている分もあって、本人に聞くと

“無宗教” と 答える人も少なくない。


ロシアにも、無宗教と答える人が 一定数いるようだし、スピリチュアル... 精神的な事を大切にしたり、精神の成長に重きを置いたりするけど

宗教には入っていない という人もいるようだ。


だったら、聖書を読んだことがなかったり

主の祈りを知らない、聞いた事はあるけど そらんじることが出来る程 覚えていない... という恐れもあるだろう。


オレが、まったく知らなかった聖書に触れて

主の祈りや 他の詩篇の幾つかを覚えたのは

仕事が きっかけだ。

そうでなかったら、聖書を読んだり 聖句を覚えたり... ということは なかったんじゃないかと思う。


「どうだろ? オレん家、カトリックだけど

かろうじて 主の祈りは言える... って感じだったしなぁ。母さんが 毎日 祈るから」


オレの隣で、平然と言い放った ルカは

ミカエルに 手招きで呼ばれてチョップされ

四郎からは “嘆かわしい” という視線を送られた。


「いや、今は ちゃんと

言葉の意味とかを ジェイドに聞いたりしてるし

芽生えてはきてるんだぜ? いろいろさぁ。

雨 降っても、“天でも”... とか 思ったりもするし」


リラちゃん か...

リラちゃんは、楽園で雨を降らせることが出来るみたいなんだよな。


レヴィアタンに嵌められて自殺をしてしまったけど、親戚の小さな子が助かるように... と 願ってのことだった。

ミカエルたちは、神殺しの罪を犯した リラちゃんの家系と、レヴィアタンの契約を断ち切り

リラちゃんを天に上げてくれた。

ルカは そのこともあって、余計に 関心が深まったのだろう。


「けど、イヴァンが 主の祈りを知らなくても

おかしくねーんじゃね? ってハナシ」


「だとしたら、イヴァンには 抵抗する手段がない

ってことになる」


ヴィシュヌが言うと、四郎の顔が曇ったが

「だが、贄には 四郎を指している。

“差し出せ” と 交渉してくるはずだ。

四郎を拐うのでは意味がない。

地上こちら側が了承して差し出さんと、神に捧げる ということにはならん」と、ボティスが言った。


「どの様に 交渉されましょうか?」


四郎が聞くと、長い机を歩くエステルを 何気なく追っていた ミカエルの眼が 動きを止める。


「さぁな」と返した ボティスも、警戒した眼を

四郎に向け

「天に在る 父や聖子に交渉 という訳にはいかん。

ミカエルに交渉を持ち掛けてくる と 考えられるが」と 見つめたままで言う。 なんだ... ?


「お前、“贄を買って出て イヴァンを助けよう” って、考えてないか?」


ロキが 口を挟むと、“まずい” という表情かおになった 四郎が、ロキに視線を向ける。


四郎に変身したロキは「やっぱりな」と

四郎の顔で言った。読んだようだ。

自己犠牲で イヴァンを救おうと考えたのか...

けど、考えそうな事だ。


「ならんぞ」


シェムハザに言われた 四郎は

「ですが、イヴァンを救い出す確実な方法は

私と交換される事であると... 」と 返しているが

「四郎を取って、イヴァンも解放しなかったら?」と、ルカが言った。


「そのような... 」と、愕然としたような

憤りを覚えたような顔で、四郎が ルカに向くと

「なんで? 相手は根っから悪魔なんだぜ?

リラん家だって、騙されて何人もやられたんだし」と 答えている。

それも充分 考えられるよな...


「だいたい、そんな交渉に応じる必要は 何もないんだ。犠牲を払う必要がない。

贄については、“羊を差し出した” という 向こう側の言い分に沿って考えてみたけど

こちら側としては、地上を

夜国やキュベレに捧げるつもりはないから。

ただ、拘束されている イヴァンを救い出す... というだけだからね」


ヴィシュヌが はっきりと言い

「交渉に応じたら、地上が 夜国やキュベレに屈した ってことになるぞ」

「あっては ならん。お前を 向こうに渡せば

地上全てを渡すということを 了承した となる」と

アコや トールも言う。


イヴァンと引き換えに、四郎を渡すことはしたくない。

地上全体という でかいものも 掛かっている。

けど、四郎は そのために

自分の意志や心は 押し殺すことにもなる。


「イヴァンは必ず救う。勝手な事はしないこと」と言った ミカエルに

「はい」と返事をする 四郎の横顔を見る。

過去、一揆勢総大将として立った時も

こんな風だったんだろうか... と、複雑になった。

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