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「ウリエルは 何で、エデンを経由するんだ?」


少年ロキが聞くと

「天から地界へ降りるには、地界への門を通ることになる。エデンから地上に降りて 地界へ入れば

天に 地界へ出向いたことがバレないから」と

ミカエルが答えた。

ウリエルは、当然 キュベレ絡みの件 だと分かってるんだよな。


「エデンには、子どもたちだけ?」と

ヴィシュヌが聞いている。


そうだよな。神人の子や ヴァナへイムの子たちが居るはずだ。

けど、ラファエルの配下や ザドキエルも居るようなので、詳しく話を聞いてから 地獄ゲエンナへ赴くのだろう。


地獄ゲエンナの方は、とりあえず

ウリエルに任せてみるしかないね」


ヴィシュヌが、ミカエルやボティス、シェムハザ、なんとなく納得がいってない オレらに

「ベルゼや ゾフィエルも居るし、ミカエルや 俺等の目があることも分かってるのだから」と

気を使って言った。

「内輪揉めしてる場合でもないしな」と

トールも頷く。

考えても仕方ねぇし、オレらも頷いたけどさ。


教室の引き戸が開き、沙耶ちゃんと ゾイが戻って来たが、話し合い中だと察して

「まだ みんな、寝てはいないんだけど

外には出ないように、悪魔の方々に見張りを お願いしたわ」と、すぐに出ようとしたので

「隣の教室にベッドを取り寄せよう」と

シェムハザが席を立つ。

ゾイの頭の上に居たエステルが、白い揚羽の羽で羽ばたき、ミカエルが差し出した手に乗った。


シイナやニナ、朱里も、沙耶ちゃんたちと寝ることになりそうだが、ゾイや 榊もいる。

心配はないだろう。

狙われている ロキやルカ、四郎と離れてる方が

いいんだよな...

けど リョウジたちは、何か起こってからでないと

四郎と離れる気はないっぽい。


「今、外の状況は どうなってる?」

「報告は何もないが... 」


ミカエルや ボティスが、守護天使や悪魔を喚び

話を聞いているが

『奈落の木が増えた』

『宗教施設に 人間が溢れ返っている』らしく

場所によっては『融合を見て 混乱している』

『至る場所でエクソシスムが行われている』という。

ただ『儀式の場所は、まだ ひとつも見つかっていない』ようだ。


「人間の眼から見ると、どうなんだろう?」


「テレビはある?」と、ヴィシュヌが聞くと

四郎が「視聴覚室や 多目的室に... 」と 答えたので

教室を移動する。


同じ棟の二階へ上がり、視聴覚室へ入るまでに

廊下の窓から外を見ると、校門から入って来る人たちが見えた。

ぼんやりとして見えるが、アマイモンの配下が憑いて、歩かされている人たちだろう。

ボティスの配下の悪魔たちが対応し

憑いていたアマイモンの配下が抜けたところで

学校にいることに気付いた人たちは、催眠で眠らされている。


視聴覚室に入ると、スクリーンに向かって

三列で並んでいる 長いテーブルの真ん中辺り席から、「泰河くん」と 朱里が振り向いた。

隣には 榊。前の席には、シイナと ニナ。

スクリーンには、日本アニメの映画だ。


「見回りから 戻ってたのか?」


「ふむ。悪魔等が “代わる” と申した故」

「戻ったら、お話の邪魔になるかと思ってー... 」


普段、ジャズバーで奏者をしている 朱里にしろ

ボンデージバーのシイナや ニナにしろ

夜型の生活をしている。まだ眠たくねぇんだな。

すっかり打ち解けてもいる。


「高校生が まだ起きてるじゃん」と

学校で、ヴィシュヌやボティスに負けず劣らず

異質なオーラを放っている シイナに言われ

面識のない 高島くんや 真田くんは

「あっ、はい」

「すみません」と たじろいでいるが

ニナが「留学生?」と、少年ロキに 目を止めた。


「そう。でも、お前には 一度 会ってるぞ」


「え?」と、キョトンとする ニナに

「教会の前だ。俺は妊婦だった」と言い

ジェイドと腕を組んでみせている。


「いや、解らねぇだろ」

「今、女子化 出来ねーんだしさぁ」


あの女子ロキと、少年ロキじゃ

まったく別人だ。結びつくはずねぇよな。

ニナも困っているが、ロキは いきなり

ニナに変身してみせた。

サロンを巻き、プルメリアの花飾りを髪に飾った

バリ島の時のニナだ。かわいいぜ。


「えっ?!」

「どうなってるの?!」


「すごくない?」と 眼を丸くする朱里の背後で

シイナと ニナが 席を立ち、

オレらの後ろから 高島くんたちも気にしているが

変身は刺激が強いだろう。超能力じゃ済まねぇ。

「未成年には早い」と 見せないようにしておく。


「あの妊婦が、俺だ」と、今度は シイナになり

「あれから、こいつと話したのか?」と

砂色ビキニの朱里になって、腕を組んだままの

ジェイドを指した。

朱里になる場合、砂色ビキニは絶対なんだよな...


「何を話すんだ?」と、ジェイドの方が聞くと

「子どもの父親が お前かと、疑わせようと思ったんだ。話す機会になると思った」と

ブロンドの髪に虹色眼の 普段ロキになった。

女子ロキが 男子化したような雰囲気なので

ようやく ニナが

「え... ? 本当に、あの時の妊婦さん... ?」と

オレらに 眼を向ける。


「父親が僕だとは、普通 思わないんじゃないか?」


ジェイドが言うが、朋樹と眼を合わせた。

...ニナは、“もしかして” ってくらい

思ってそうだったよな?


「自信がない女が 不安定な時は、なんでも疑っちまうんだよ。そうだろ?」


結構な言い様だが、雰囲気に押されて

ニナが頷く。


「よし。じゃあ、今 話して来い。

なんかこじれてんだろ?」


「拗れる って、何も... 」と言う ジェイドに

ルカが後ろから蹴りを入れ

「朋樹と その女も行って来い。俺のグミ買いに」と命令する ロキに「おう、行って来るわ」と

朋樹が すぐに返事を返す。

「バスで行くか。シイナ、ニナ、来いよ」と

ジェイドも 引っ張る。笑顔で 手ぇ振っといた。


ジェイドの腕を離したロキは、もう 少年ロキに戻っている。ニナも シイナに引っ張られていき

「あたし、邪魔じゃない?」と

困った顔になった朱里が、榊と残ったが

「ニュースを観るだけだから、全然」と

ヴィシュヌが コーヒーを取り寄せてくれた。


“いいの?” という顔の朱里に頷くと、榊が

「ふむ。ここに、りもこん とやらがあるが... 」と

オレに差し出してきたので

受け取って アニメ映画を停止し、テレビにして

朱里の隣に座る。

ボティスが 榊の隣、右側の列に ミカエルとヴィシュヌ、左側に少年ロキを含む 高校生が座り

ルカとアコ、トールが オレらの後ろだ。


「うわ、のんきに深夜ドラマじゃん」

「ここはCM」と、チャンネルを変えていくと

奈落の派手な木々... 赦しの木々が 画面に映った。


『... 世界各地で、急成長する木々が見られ

人を飲み込む とも噂されています。

現在も 様々な機関で調査は続いていますが、変わった色の木々には、絶対に近寄らないよう... 』


どこかの交差点の前で撮られているが

歩道橋の階段の中程まで オレンジの枝を張り付かせている木や、ビルの中に半分が同化して 二階の高さまで枝を伸ばしている 紫や カーキの幹が映されている。


画面が 唐突にスタジオに切り替わり、キャスターが

『... 今、新しい情報が入りました。

憑依症候群とおぼしき方が、歩道橋から飛び降りた と... 』と、緊張した面持ちで告げた。


「えっ?!」

「アマイモンの配下が憑いた人?」


『... 目撃された方の話によりますと、歩道橋の上で、突然 見えない何かと揉み合うような動作を取られ、“やめろ!” と叫び、背中から落ちた ということです... 想像し難い状況のように感じられますが、詳しい事が判り次第... 』


「いや、地獄ゲエンナの奴等じゃないのか?」


ボティスが苦い顔で言う。


「アマイモンの配下が憑いていない者を襲って

落とした... って事か?」と

背後からトールの声。


アマイモンの配下が憑いていないのは、リリトの息が掛かっている人だ。

影人が 重なる事が出来ない...


「“重なれなければ こうなる” って 言いたいのか?」


アコも硬い声だ。重なれなければ... って

リリトが適当に 息 掛けてて、本人には選びようがなかったのに、どうしろって言うんだよ?

しかも、リリトの息が掛かってなけりゃ

影人と融合して 夜国か、黒い木や根になるか だ。


「俺等に対して言ってるんだろ?」


長テーブルを歩くエステルから、こっちに視線を動かした ミカエルが言った。


「“影人と融合出来ない者は処分する。

リリトの息を解け” ということだ」


ミカエルが言い終えた時

『... また新しい情報が入りました』と

テレビからの声。


『“8階建てのマンションから、人が飛び降りた” との事ですが...

“真下ではなく、駐車場の中央付近”... ですか?

マンションから離れた位置に 人が落ちてきた、との事で、目撃された方は “ベランダから投げ落とされたように見えた” と...

こちらも、詳しい事が判り次第... 』


ニュースを読むキャスターも困惑気味だ。

読んでいい内容なのかどうか... という迷いも見える。


「召喚円。アリエル」


ジェイドが居ないので、ボティスが 白いルーシーで 天使召喚円を描き、アリエルを喚んだ。


召喚円が光り、アリエルが円に立つ。

高島くんや真田くんが、“また?!” という風に

眼を見開いているが、無言で頷いておく。


「地上にいる地獄ゲエンナの悪魔の殲滅。

そそのかしじゃなく、人間に直接 手を下している」


ミカエルが、傾いた秤を示して 命じると

頷いたアリエルは

『守護天使達にもめいを頼むわ』と

ボティスに言って、円から消えた。


「皇帝とハティに報告を」と、アコに命じた ボティスが、指笛を吹くと 空気が動く。

「アリエルに従え」と命じていると

『... 中継が入っています』と、またニュースだ。


画面が スタジオから中継先に変わり

どこかのマンションのベランダが映し出された。


下から見上げるように映されているが

5階か6階か...

大人の胸の下くらいの高さのベランダの塀に

男が立ち、両手をベランダの天井につけていた。

顔にはフィルターが掛けられている。


『... 先程、憑依症候群と思われる方々が運び込まれた模様を お伝えした、病院の裏手にあるマンションです』


憑依症候群... アマイモンの配下が憑いて

影響が出てしまった人たちのことをやっていたようだが、オレらがテレビを観る前だろう。

画面の中のリポーターは、興奮気味に

『ベランダの男性の部屋には、鍵が掛かっており

男性は、“自殺ではない” と 叫んでいたようですが

錯乱したという程の様子も見受けられず... 』と

早口で話している。


「これ、今、本当に... ?」と

片手で口元を覆った朱里が、小さな声で言った。


ベランダの塀に立つ男が『リリだ!』と 叫んだ。


男は『助けてくれ、頼む... 』と、誰かに懇願した。背後の暗い室内に、悪魔が居るようだ。


息を吸い込んだ男は

『... リリに殺される!

リリと言った奴は、みんな死ぬんだ!!』と

また叫んだ。


「アコ」


ボティスに呼ばれた アコが消え、右側の席に居た

ミカエルも消える。


画面の中では、ベランダの塀に立つ男が

背中を蹴られたように、胸や腹を突き出して

ベランダから飛び出した... が、黒い何かが 落下する男を掠め、男を抱えたアコが リポーターの後ろに立った。


ベランダには、ミカエルの後ろ姿。

暗い室内に片腕を伸ばし、誰かを掴んでいる。


『いいや。リリと言った奴は、影人と重ならないぞ。騙されるな』


アコの声に、リポーターが振り返った。

画面が白くなる程の白い閃光。

ミカエルが、悪魔を焼いている。


『屈するな。神に祈れ。必ず届く』


アコとミカエルが戻り、画面の中の閃光が薄れると、リポーターの背後に座り込み、自分が立たされていたベランダを見上げる男が 泣き出していた。

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