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「最初の麦酒の瓶がある儀式の場が

何故 日本なのか って理由は、はっきりしたね」


穏やかに言う ヴィシュヌに

「そうだな。天に居る 聖子を贄に差し出させるのは、現実的じゃない」と ボティスが答えた。


獣が降りた地でもあるが

キュベレが日本ここを選んだのは、贄として望む

四郎が居るからだろう。


ガスコンロやシンクが付いた テーブルに取り寄せられた マドレーヌやメレンゲクッキーを摘まずに

不安そうな顔を見合わせている リョウジたちに

アコが

「落ち着いてきたんだったら、もう寝るか

別の教室に移動した方が良くないか?

まだ 話は続きそうだから。

もし不安だったら、俺が 一緒に居るぞ」と

勧めてみているが、リョウジが

「いえ、あの... 」と 遠慮がちな声で

「居ても いいですか?」と 聞いた。


「四郎や、あの イヴァンって子に

関わる話ですよね?」と、高島くんも言う。


「よく解らないことばかりだし

おれらが 何か出来る訳じゃない ってことも

分かってます」


高島くんが言った後に、真田くんが

「でも、四郎と 友達なんで」と

真面目 というか、一生懸命な顔を アコに向けた。


「話の邪魔に ならないようにします。

四郎や イヴァンって子が どういう状況に置かれているのか、全部は解らなくても 一緒に居た方が...

何ていうか... 」


リョウジが、考えながら話すと

「四郎が心配なんだよな」と 朋樹が代弁し

「こうして話を聞いておけば

“何も出来なくても、四郎の話は聞ける” ってことかな?」と、ジェイドが聞いた。


「そうです!」と、リョウジが答え

高島くんや 真田くんも頷く。

四郎は、嬉しそうな 巻き込むのが心配そうな

綯交ないまぜの表情だが、現世の四郎に こういう友達が出来たことが嬉しかった。


「クラスメイトだからな」


いい顔をしているが、少年ロキが言うと

なんとなく薄い。

埴輪はにわ 思い出しちまって、感動も薄れたぜ。

少年姿から戻ろうとしねぇし、ひとり制服だしさ。


「眠たくなったら、ちゃんと言うようにね」


ヴィシュヌが言い、ミカエルも頷いてみせると

「はい!」と返事をした リョウジたちも嬉しそうだが、四郎も ホッとした表情かおになった。


「しかし、アバドンが夜国に渡り

地獄ゲエンナに入った事で... 」と、シェムハザが話しを戻す。


地獄ゲエンナの悪魔の半数程は、寝返ったと見ていいだろう。皇帝ルシファーに忠実な者も、影蝗を憑けられ

使われている」


「だが、ベルゼや パイモンの軍に加え

楽園マコノムの軍も出ている。

普通に考えりゃあ、地獄ゲエンナの降伏だが... 」と

ボティスが、めずらしく メレンゲクッキーを摘む。やたらに小さく、蛇のような形のやつだったので、菜々が絞ったものだろう。

かわいいよな。見るだけで落ち着くぜ。


「けどさぁ、アバドンが入ったからって

ベルゼ達には勝てねぇんじゃねーの?

地界と天の連合軍みたいなもんじゃん」


ボティスの隣でマドレーヌを食っている ルカが言うと、「“キュベレが ついていなければ” な」と

トールが腹を鳴らした。

シェムハザが レンガステーキを取り寄せる。

あれだけ筋肉ついてりゃ、燃費 悪ぃよな。


「そっか... 」と 返したルカの真後ろ、至近距離に

ドレッドのヴェッラが立った。

ルカの後頭部に ヴェッラの胸が当たったらしく

振り向こうとしたが

「俺 だって」と、ヴェッラに頭を掴まれた。

ルカが奇声を発する前に、ボティスが

「声を預かる」と 黙らせる。


「なんだ?」


「パイモンが、地獄ゲエンナの周囲に火を放った」


ボティスだけでなく、ミカエルや ヴィシュヌも

無言で見つめているので

落ち着かなくなった ヴェッラは、アコに視線を移して

「動きがなくて、待ち切れなくなったようだ」と

報告を続けた。


地獄ゲエンナは、地界から遮断されてるんだろ?」


ミカエルが確認すると

「そう。目視も出来ない。

周囲と同じ 荒野にしか見えないけど

地獄ゲエンナがあるはずの場所” を 包囲している。

パイモンは 周囲に火を放ち、火の範囲を狭めながら、遮断の術を解かせる気でいる」と 答えた後

「その場所に地獄ゲエンナがあるのは 間違いないが

火の範囲を狭める度に 悪魔の遺体が大量に出る」と、ルカの頭にある手の指で トン トン とタップし始めた。

ミカエルに見られているのが 落ち着かねぇようだ。


「何故?」

「遺体について、何か 推測は?」


シェムハザや ヴィシュヌに聞かれ

「ベルゼが言うには... 」と、今のところの推測を

話す。


「秘禁は、“秘す術” を禁じるものだ。

地上だけでなく、地界にも及んでいるけど

“術” で 地獄ゲエンナを隠しているのではなく

悪魔の肉体や霊を使って、地界と遮断する障壁を作っているのではないか?... と」


「ならさぁ、最初の瓶がある儀式の場所が

なかなか見つからないのも、それ?」


頭を トントンされながら、ルカが聞くと

「恐らくは。地上の儀式の場所については

パイモンが、“影人の木か根で 隠しているかも” と

言っていた」と、ヴェッラが返した。


「それなら いずれ、カインとアベルの 赦しの木で

儀式の場所は判りそうだね。

赦しの木が囲み込んでいて、別の山に朱い鳥居が見える場所だ」


ヴィシュヌが簡単に言うと、本当に 何でも簡単な気がしてくるから不思議だよな。


地獄ゲエンナには、ヘルメスや ハーデスが潜入していることも、分かっているのか?」


ミカエルに聞かれた ヴェッラは

「勿論。アラストールの事だろう?

ヘルメス等は、まだ戻っていない。

アバドンや 地獄ゲエンナの奴等の気を引く意味もあって

火を点けた」と 頷き

「でも 障壁を取り除くのに、地界の精霊火だけでは弱いようだ。

ゾフィエルが、“天の炎を降ろせば?” と... 」と

遠慮がちにうかがった。


「天の炎? 聖火か?

でも俺は、四郎から離れる訳にいかないぜ?

ルカも狙われてるし」


ミカエルが返し、マシュマロを食うと

ヴェッラは、遠慮がちなまま

「天の炎を扱う者なら、他にも... 」と 口籠る。


天の炎って... と 思い出しかけた時に

ミカエルが マシュマロの手を止め

ジェイドが「ウリエル?」と聞いた。


「よりによって かよ」と、朋樹が眉をしかめ

オレの眉間や眉上に力が入ったが、そうだ。

ウリエルは、罪人の罪を炎で浄化する。

旧約時代、堕落したソドムとゴモラを焼き

街を顧みたロトの妻を塩の柱にした 御使いのひとりも、ウリエルだという話がある。


「ウリエルに頼め って?」


マシュマロを摘んだまま、ムスっとした顔になった ミカエルが、ヴェッラに眼を向け直すと

「ゾフィエルが言ってた... 」と、申し訳なさそうに頷いた。タップしてた指も止まっている。


「ウリエルか... 」

「ウリエルはなぁ... 」


ボティスとシェムハザ、オレらも揃って渋い顔になり、「何かあったのか?」と トールに聞かれ

「ウリエルは、キュベレを起こそうとしててさ」

「サンダルフォンに利用されてたみたいなんだけどー... 」と、ルカと二人で

過去、ウリエルと やり合ったことや

エデンで ミカエルが殺りかけたことを

簡単に説明した。


「そんな事で迷ってる場合なのか?

キュベレを起こそうとした って、もう起きちまってるんだぞ?」


トールとレンガステーキを食い、強制的に 四郎たちにも食わせていた 少年ロキが言うと

「あいつ等は、地上を支配しようとして

キュベレを起こそうとしてたんだぜ?」と

ミカエルが返す。


「あいつ等?」と聞き返す 少年ロキに

「ウリエルと、半身のサリエル。

サリエルは、ベリアルの城に囚われてる」と

アコが補足した。


「どうして、地上の支配を?」


ヴィシュヌが不思議そうに聞く。

「結局は サンダルフォンに利用されていたんだろうけど、二人が キュベレを起こそうとしたのは

“地上支配”... つまり、異教神殲滅や人間の支配をしようとしていた ってことだよね? 何のために?」


「さぁ」


ミカエルは、ムスっとしたままだが

さすがに ヴィシュヌ相手なので

「療養が長かったし、しっかりとした理由は聞いてないんだ。人間の罪を焼いてて、嫌になったのかもしれないけど」と 静かに答えている。


「でも、ミカエルが 地上勢力こっち側にいることも

四郎の守護者だってことも 分かってるんだし

下手なことはしないんじゃないかな?」


ウリエルを地獄ゲエンナに派遣することを 遠回しに勧めてみている ヴィシュヌの言葉で、ウリエルが

ミカエルと地上に戻ろうとしていた 蘇りの四郎を

ジェイドの教会に降ろした... と 聞いたことを思い出した。


ウリエルは、四郎が 過去、一揆勢総大将として

立っていたことを知っていたらしく

“もう立てるなよ” と、ミカエルに言い

サンダルフォンから隠すように、四郎を降ろした。

サンダルフォンに付き纏って監視している... とも聞く。


「ウリエルが 信用 出来ないのなら、すべては話さずに、“ヘルメスとハーデスが囚われた” として

地獄ゲエンナの障壁を取り除かせるのは どうだ?」


トールも勧めているが、確かに 地獄ゲエンナの障壁が取り除かれれば、アバドンや地獄ゲエンナは 天やベルゼたちの軍を相手にすることになるので、ヘルメスたちが動きやすくなるだろう。


「天使召喚円」


ミカエルが ジェイドに言った。

ウリエルを召喚し、地獄ゲエンナに向かわせるようだ。

ボティスやシェムハザは 複雑そうな顔だ。

オレらにも わだかまりと不安が残っているが、仕方ねぇよな...


「ウリエル」


ミカエルが喚ぶと、天使召喚円上に

臙脂がかったブラウンのショートヘアに、ブラウンの眼の男が立った。エデンで見た ウリエルだ。

膝丈の天衣の上に 黒い甲冑。腰につるぎ

黒い脛当ても付けている。

高島くんや真田くんが 目を見開いているが

アコが「超能力でワープしたんだ」と

誤魔化しにならねぇ説明をして 肩を竦めた。


『ミカエル』と、呼んだ ウリエルは

すぐに ヴィシュヌやトール、ロキに気づき

『何事だ?』と 聞いている。

エデンで会った時と 同じ印象だ。

口調は穏やかだけど、好戦的なヤツだと見て取れる。攻撃性を隠しきれていない。


地獄ゲエンナが何者かに乗っ取られ、ギリシアのヘルメスとハーデスが 囚われた。

地界と協力して事に当たっている。

ゾフィエルと合流し、指示を仰げ。他言無用」


『話が まったく見えないが。父や聖子には... 』


「聖子に報じてある。

父には、すべての結果が出てから報じる。

ウリエル。誰が命じたか わかってるよな?」


『天の軍総帥、偉大なる大天使ミカエル。

“神の如き者” だろ?』


「わかってるじゃないか。

ミカエルのめいは 父のめいだからな」と

ボティスが鼻で笑い

「使命は絶対だ、ウリエル」と シェムハザも茶化している。

ウリエルは、キュベレの目覚めのために

配下の天使を使って、シェムハザの妻アリエルの魂を狙ったことがあった。


『聞こえんな、虫ケラ共』


うわぁ...  悪魔には そうなのか...

オレらにも 一切、眼は向けねぇけどさ。

「聞こえてるじゃねぇか」と呟く 少年ロキも

無視された。


「俺に言った?」


ヴィシュヌだ。笑ってねぇし。

トールも、ナイフやフォークを 皿に置いた。


『まさか。俺は、異教神を 悪魔と見ていない。

父に歯向かい、人間の女に惑うような間抜けにしか... 』


ミカエルが差し出した秤を見て

ウリエルは『冗談だ、ミカエル』と 笑い

『では、エデンを経由して 地界へ降りる』と

召喚円から消えた。

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