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「聖火を 十字架に?」

地獄ゲエンナから 悪魔を送って来たのか?」


校舎、調理実習室に戻ると

ヴィシュヌと シェムハザ、アコも戻ってきていた。

沙耶ちゃんたちは、まだ 見回りをしつつ

女の子たちに捕まって話したり、講堂や 他の教室の見学もしているようで

実習室に居るのは、男子の見回りから戻った 朋樹とジェイド、リョウジたちだ。


さっきの十字架を見てしまったことで

リョウジや 高島くん、真田くんも

かなりショックを受けてしまっているので、

ヴィシュヌが アムリタを振る舞い

ミカエルが癒やし、今は アコが同じテーブルに着いている。


幻視 って言われても、生々しかったし

実際に悪魔が燃やされちまったもんな...

記憶を消した方がいい と思ったけど

シェムハザは『この件が終わったら』と

曖昧に薄れさせるだけで、今は消さなかった。

悪夢を見た時のような感覚で残している。

『危機感を薄れさせないため』だそうだ。


「“贄を” と... 」


四郎が硬い声で言った。


イヴァンの姿を 燃やした... ということは

“イヴァンを贄にした”... ?

いや、灰になった悪魔は

『神は、地上こちら側からの ニエを “望まれている”』と

言っていた。


「オーロは、まだ戻っていないよ」と

ジェイドが言う。


白い腹にゴールド鱗の蛇、オーロは

イヴァンに巻き付いている。


「もし イヴァンに何かあったのなら

オーロは戻って来ると思うんだ」


ジェイドと 眼を合わせた四郎は、少し落ち着いたように見えた。

赤い空の下、白い十字架に 四郎が蘇った時

ジェイドが読んだ聖句を聞いて、嬉しそうな顔になったことを思い出した。


「イヴァンの姿形の前、黒い影靄では

四郎や 聖子をかたどっていた」


シェムハザが取り寄せてくれたコーヒーのカップを取った ボティスが

「“聖子や四郎でなければ、イヴァン” という

印象だったが」と 口に運ぶ。


“贄”... 黒い影羊 を

神殿を通して、こちら側に送った 夜国の神が望む

燔祭の贄は、“聖子か、聖子が示した四郎” で

そうでないなら... こちら側、聖子や四郎を渡さないのなら、イヴァンにする ってことか?


冷たくも見えるほど厳しい表情で カップを口に運ぶ ミカエルの隣で、ヴィシュヌが

「初子を捧げる... 人間の代わりに羊を というのは

聖別する って事だよね?」と 確認すると

ミカエルの代わりに、ボティスや シェムハザ、

ジェイドが頷いた。

聖別 というのは、他と分けて 神のものとする ということだ。


「いや... 単純に」と、朋樹が口を挟む。


「“神を降ろすため” とか、“願いを叶えてもらうため” とか、何かに必要な贄じゃなく、聖別 って意味なら、聖父の ひとり子である聖子や

聖子が示した四郎を捧げろ... ってことは

聖父に、“地上を渡せ” と 言ってるようなものだよな? “捧げて 渡すと了承しろ” って事だろ?」


「だけど、向こうからも 羊を送っているんだ。

影人と同じもの... 影人の素 というか

つまり、夜国の神 “完全” の 一部を」


ヴィシュヌの説明を聞き、トールが

「夜国の神は、“自分は 羊を渡した” と言っているのか?」と、ストロベリーブロンドの髪の間で

赤眉をしかめた。


羊... “神の子羊” とすれば、聖子のことだ。

原罪をあがなうために 人の子として地上に降りた。

夜国の神は、自分自身... 影羊を渡したのだから

こちらからも等価値のものを渡せ と 言っているのか?


「夜国の神でなく、キュベレが言ってるんだ。

“夜国から 渡させたのだから、渡すべきだ” と」


テーブルにカップを置いた ミカエルが言う。

「キュベレは、父と 対等以上になろうとしてる」


「“私に 光の印を” ?」と、ルカが聞いた。

里の屋敷で、皇帝が言っていたやつだ。


... “モミジや サクラを眺めながら、俺は考えた。

あの たどたどしい単語の羅列か 言葉の断片のような、ヘブル語の予言のことだ。

私に光の印を と、望むのは誰だ?”


「キュベレは、人間や悪魔の魂、異教神の半魂だけでなく、天使の魂も飲んでいる。

“単純な破壊などでは、父から 地上を奪えない” と

理解したんだ」


聖父と対等以上になれば、聖父の被造物を奪い

自分が優位に立つことが出来る。


「夜国の神に 影羊を与えさせ、重なりきった者を

神殿から夜国に招き入れている。

重なり切ってしまった者は

夜国の神 “完全とひとつ” と言っているけど

影人と融合した “人間の霊” も 失われず共にある。

滅ぼして侵略している訳じゃない」


確かに、すっかり 滅ぼしている訳ではない。

けど、夜国の神 “完全” 以外... 影人には

人間の霊が混ざったことで、“完全と同じ” とは

言い難い。

人間の霊にも 影人が融合したことで

“聖父の被造物” とは言い難い。


「でも 一方では、重なりきった者を 木や根にして

地上を作り変えようとしている。

夜国と地上を融合させるためだけでなく

重なっていない人間を追い詰めるためだろう」


影人と人間の霊が融合したもの... 黒い根で

地上の植物を枯らそうとしていた。

地上の木が すべて、あの黒い鉱石のような木になってしまったら、動物も滅んでしまう。


もし そうなれば、人間は 生き残るために

進んで 影人と重なろうとするんじゃないか... ?

夜国へ行くために。

いずれ、影人と融合した人間ばかりになれば

二つの世界も、一つになる。


「地上側からも贄を望むのは、父を 夜国の神と対等にするためだ。

影羊... 夜国の神と同等のもの を出させたのだから

父からも出させ、夜国と地上が融合する事を

了承させる」


キュベレは、夜国と地上、どちらの神でもないが

どちらにも深く関わっている。

そして、どちらにも 贄を捧げさせようとしているのは キュベレだ。

夜国が 地上側に捧げる影羊と

地上側が 夜国に捧げる子羊。

どちらも、互いと “自分に” 贄を渡した... として

融合した世界は 自分のもの とする。


「あと、聖火を 十字架にしたのは

“贖罪しろ” という意味も含ませていると思う」


「どういう事だ?」と

ずっと黙っていた ロキが聞いた。


「自分を抜き出して、眠らせていた事だ。

父は “悪意” を、目覚めさせる訳にはいかなかった。

抜き出され、意思を持ったキュベレからすれば

納得はいかない。父に リリトも産んだ」


ロキだけでなく、オレらの眼も ミカエルに向く。


“父に”? 聖父を 喜ばせようとしたのか?

それとも、好かれようと... ?


「でも キュベレが瞼を開いているだけで

地上には争いが増え、人間達は 互いに滅ぼし合う。堕落を極め、自ら滅びの道へ進む。

リリトは、人間アダムも 天も拒絶し

異教神や悪魔の子を産み落としては、悪意キュベレの種を 地上中に撒き散らした」


「リリトは、どうして 母親キュベレを嫌っているの?」


落ち着いてきた リョウジたちに、アムリタ入りのコーヒーを取り寄せながら ヴィシュヌが聞くと

「キュベレが 利用するためだけに産んだから ってところが大きい」と

ミカエルは ため息をついたが、シェムハザに

「マシュマロ」と言う程度には 落ち着いたようだ。


「キュベレは、いつか地上に降りる 聖子イース

リリトを宛てよう と考えていた。

聖子とリリトが 一緒になる事は、父の悪意として抜き出された自分が、父と ひとつに戻る事と同義だ。そうすると、その後の地上にも

愛と悪意が 分かれずに満ちる」


愛と悪意... 光と闇が 分かれなければ

混沌に戻るんじゃないのか... ?


「キュベレは、そう出来ないことが解ると

父への当て付けに リリトを殺そうとした。

父は ただ、リリトを憐れんだ。

キュベレから リリトを取ったけど

リリトは、生まれるはずのない存在だった。

“必要がなかった” から、アダムに与え

“必要なものにした” んだ。役割を与えた。

リリトには、キュベレを抜き出した 父の霊も含まれているはずだ。愛が目覚める とも信じた。

だけど リリトは、土から作られた 人間アダムを愛さず

従属することも 耐えられなかった。

“愛を知らないのに、どうやって愛するの?” と。

リリトは、父に 娘とは認められず

人間より 愛されることもない。

父の 庇護の下に居ることも 耐えられなかったんだ」


“リリトは母を知らん” と、ハティや ボティスに

聞いた事がある。

根っから愛情が無かったからなのか...


「キュベレは... 」と、コーヒーにマシュマロを入れて、ミカエルが続ける。

オレらや リョウジたちのテーブルにも

マドレーヌやメレンゲクッキーが取り寄せられた。一つ摘むと、やっぱりホッとする。


「意思を持つはずじゃなかった。

父は、ただ “悪意” として、肋骨それを抜き出しただけだった」


聖父が 霊を与えた訳でもなく

キュベレが 何故、意思を持ったのか という理由は

ハッキリしていないようだ。

“聖父の肋骨” なので、自然と霊が発生した... と

解釈されたらしい。


「最後の審判では、いのちの書に名前がない者や

死や黄泉までもが、地獄ゲエンナの第七層に投げ入れられる」


黙示録 20章12節からの、“第二の死” だ。


第一の復活... 人を惑わす悪魔や モレクのような異教神が 奈落に繋がれ、聖子の教えを拡げるために

迫害されて亡くなった人や、異教神も誰も信仰していなかった人たちが蘇り、聖子と共に 千年 地上を支配する。

この時、モレクのような異教神を崇拝していた人たちは蘇らない。


千年後、奈落から 悪魔や異教神等が解放され

蘇った人たちの中で、この 悪魔や異教神等に唆された人たちが、聖子や その聖徒たちを包囲するが、天から下った火に焼き尽くされる。

悪魔や異教神も火の池... 地獄ゲエンナの第七層に投げ入れられる。


第二の死は、その後。20章12節から 15節。


... “また、死んでいた者が、大いなる者も小さき者も共に、御座の前に立っているのが見えた。

かずかずの書物が開かれたが、もう 一つの書物が開かれた。

これは いのちの書であった。

死人は そのしわざに応じ、この書物に書かれていることにしたがって、さばかれた。

海は その中にいる死人を出し、死も黄泉も その中にいる死人を出し、そして、おのおの そのしわざに応じて、さばきを受けた。

それから、死も黄泉も火の池に投げ込まれた。

この火の池が 第二の死である。

この いのちの書に名がしるされていない者は

みな、火の池に投げ込まれた”...


第一の復活で蘇らなかった人たちも蘇り

いのちの書によって裁かれ、死も黄泉もなくなる。神と人が共にある 新しい世界 となる。


「この 第二の死の時に、悪意キュベレ

地獄ゲエンナの第七層に投げ込まれるはずだった」


けど、悪意が 個としての意思を持ち

キュベレと 名もついた。

... “私に 光の印を”

焼き滅ぼされることが納得出来ず、聖父に自分を認めさせたい ってことか。


「キュベレからすれば、“悪意や堕落の何が悪い?” ってことになる。

自分も 悪魔たちも 父が起源なのに

何故 一方的に滅ぼすのか? と。

父と対等になる手段として、夜国を利用してる。

“夜国から 影羊を出させたように、自分への贖いの意味も含め、地上側が 聖子か四郎を贄として出さないのなら”... 」


聖子や 四郎でないなら、贖いや 夜国への羊は

イヴァンだ。今も キュベレの元にいる。

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