83


『そろそろ寝る時間だ。

いいか? 学校にいる限り 妙な気は起きないぞ。

我が校は、清く正しく美しくが モットーだ。

男子は、職員室がある校舎と武道場。

女子は、講堂と 別棟の校舎の二階より上。

速やかに移動しろ。

トイレが怖い奴は、大人に申し出るように』


体育館以外に流れる アコの校内放送を聞きながら、ルカと 一緒に「もう眠った方が... 」と

アコのめいに引かれる リョウジを連れ

トールやロキが居る グラウンドへ向かう。

グラウンドに居た子が 校舎へ戻って来ているが、上履きやスリッパに履き替える子たちの中には

高島くんや真田くんがいない。


ヴィシュヌと シェムハザは、まだ会議中だ。

榊と朱里、シイナとニナは

『女の子たちの見回り』『寝なさい って注意してくる』と、楽しそうに 調理実習室を出た。

朋樹とジェイドは、沙耶ちゃんたちの手伝いをしている。


スニーカーに履き替え

「みんなで、キャンプみたいですよね!

高島と真田も グラウンドに居ますよ」と

隣で笑顔だった リョウジは、グラウンドに向くと

「ええーっ?!」と 叫んだ。


「あー... 」「またか... 」


グラウンドの真ん中では、とんでもないことに

聖火の焚き火が燃えていた。

風も無いのに、赤く揺らめくように燃える炎から

真珠色の光の粒が 空へ昇り解けていく。


聖火を挟んで、ミカエルと

制服の少年 梶谷ロキが向き合っている。

ミカエルの後ろには、四郎と高島くん、真田くんが立っていて

少年ロキの後ろには、トールとボティスだ。


「大天使ミカエル!

我が砂の軍勢を 突破してみせよ!」


「ロキ、何役?」と聞く ルカに

「魔少年か何かじゃねぇの?」と

適当に答えていると、少年ロキが

「我が名は、元帥ネビロス!」と かたりやがった。

確か、悪事の遂行や博物的知識の悪魔だったが

よく知らねぇ。大物なんだろうけどさ。


「口上は いいから 早くやれよ。消灯時間だろ?」


ルーン石を聖火の前に投げる 少年ロキの後ろでは

トールとボティスが 得意気な顔で腕組みしている。


ルーン石が落ちた場所から立ち上がったのは

膝の高さくらいの砂人形たちだ。

顔は埴輪はにわに似ている。

「かわいーじゃん」と ルカが言った。

トールとボティスは、得意気な顔を保つのに必死なようだった。


左手に秤を出した ミカエルだが

聖火の左右から歩いて来る埴輪に、ほけ っとした顔で見上げられると、微笑っちまっている。

四郎や 高島くんたちも

「かわいいね」「一体 欲しい」と しゃがんで見つめ、楽しそうだ。


少年ロキは、炎の向こうで ニヤっと笑い

「合体」と言った。


何体かの埴輪たちが、タタッと 走ってまとまり

他の埴輪が まとまった埴輪に飛び乗っていく。

みるみるうちに大きくなって 解けた砂が変形し

騎馬タイプの埴輪になった。

体長 3メートルくらいだ。

埴輪にしたら でかいかもしれねぇけど、人が乗馬すれば そんなもんじゃねぇのかな?


高島くんたちは

「えー!」「すげー!」と 喜んでいるが

埴輪は、馬の前脚を高く上げさせ

ミカエルに襲いかかった。


差し出された秤の片方を 四郎が「失礼」と指で下げ、ミカエルがつるぎを握る。ふりをし、

エア剣で騎馬埴輪を斬る振りをした直後に

ふっ と 息を吹いた。


騎馬埴輪は カッと白く光って崩れ

四郎たちが 砂にまみれそうになったので

ルカが風で巻き「終了しゅーりょー!」と 宣言する。

少年ロキチームだけでなく、ミカエルチームも

つまらなそうに ルカを見たが

「はい ダメー! 四郎たちも もう寝ること!」と

校舎を指す。


「アコのめい、通用しなかったのか?」と

四郎に聞いてみると

さんみげ... ミカエルの御力でしょう」と いうことだ。

ミカエルは、聖火で「魔を遠ざけた」らしいが

遊びの雰囲気を出すのが 第一の目的だったのだろう。

「飛び越えて ネビロスを斬る予定だったのに」

つってるしさ。


「シラケちまった。もう校舎に戻ろうぜ」


肩を竦めた 少年ロキが、クラスメイトの四郎たちに言い、真田くんと 高島くんの肩を抱き

校舎に向いて歩き出した。

四郎とリョウジも 楽しそうに後について歩く。

広場で 皇帝に女子化させられて 大人しくなってた事が ちょっと心配だったけど、全然 元気だな。


「シイナの店での 地獄ゲエンナの悪魔の話はしたのか?」と、ミカエルや ボティスに聞くと

「したぜ?」

「“アマイモンの配下を騙す? セコいな” と

言っていた」ようだが、緊迫感が薄い気がする。


「天の軍や ベルゼやパイモンの軍が、地獄ゲエンナを囲んでるんだろ?

地上に出て来ているのは、なんとか影人の重なりを増やそうとしている下っ端共だ。

目の前で何か起こりゃあ 対処するが、地上に散らばっている天使等や悪魔等で 対処出来るだろう。

俺等は、儀式の場所の特定や、ヘルメス次第では

アラストールの襲来に備えるこったな」


トールに頷き、そのために 北欧神であるトールや

インド神話やヒンドゥー神のヴィシュヌも ここに居るんだもんな... と 考えた。

月夜見キミサマたちが この国を護ってくれているように

本当なら、自分の国に居て 人々を護りたいんじゃねぇかな?

けど、異教神を利用して こういう事態や混乱を巻き起こす 元凶のキュベレを天に帰すためだ。


「聖火、どうすんの?」と

ルカが ミカエルに聞くと

「簡単な魔除けになるから、朝まで燃やしとく。

地獄ゲエンナの奴等は 天の炎を嫌うから」らしい。


「シェムハザの天空霊とか、ジェイドの天空精霊で 囲ってもらえば いいんじゃねぇの?」と

言ってみると

「そうすると、学校ここに避難する者も入れんだろう」と ボティスに返された。そうだよな。


「影人と重なり切った人ってさぁ、なんで

木や根になるんだろ?」


また ルカが聞いているが、これ オレも疑問なんだよな。


校舎に向かい、ミカエルと歩いていた ボティスが

「作り変えだろ」と 振り返った。


「地上 の?」


「そうだ。儀式をして 神殿から夜国へ行く奴等も

“完全” とかす異教神と同体だが

地上こちらで黒い根や木になる者も同体だ。

森で木になったものが ひとりでに燃えりゃあ

地上の木も燃やせる」


影人が重なった人がなる黒い木は、鉱石のように硬く、葉も実も付かない。

黒い根は、地下中に広がろうとしている。

黒い木ばかりになったら、動物も生きられない。

影人と重ならず、残った人間も。


「だが それも、赦しの木が阻止している」と

ボティスは、前に向き直って歩き出した。


殺されたアベルの血の嘆きが、たねを蒔き続けた カインによって 変容し、実を結んだ。

その赦しに 地上は救われている。


「キュベレ側は、次の手段として

奈落から アバドンを取り、地獄ゲエンナを傘下に収めようとしているんだろ」と

背中を向けたまま付け加えた。


... で、地獄ゲエンナの囚人たちを解放し

アラストールを差し向けようとしてんのか。

けど、それだけじゃねぇんだよな。


地獄ゲエンナの第七層を開こうとしてるのは

何でなんだ?」


そう聞くと、ミカエルが 背中を向けたまま

「邪魔な者を投げ入れる」と答え

「自分達にくみしない者、屈さない者。

ルシフェルやベルゼ、地界の者だけでなく

異教神や 使い、命の書に名がある者... 」と

言葉を止めた。


聖子や 聖父も... ということだろうか?

いや。それは、幾らなんでも...


影のない グラウンドの地面に視線を落とす。


聖父の肋骨であるキュベレが

聖父の被造物でない 夜国と 一緒にやれば

それも可能なのか... ?


ミカエルとボティス、トールが立ち止まった。

「ん?」と、ルカも何かに気づく。

たぶん、背後が明るくなった気がしたからだ。

先の方に居る四郎やロキも オレらに向いた。

聖火を振り返る。


真珠色の光の粒を昇らせる聖火は 高く長く燃え上がり、オレらの背丈の三倍程の高さの位置で、人でいえば 両腕を伸ばすようにして 炎が横に伸び

十字架の形になった。


「ミカエル」と、トールが 確認するように呼ぶが

「いや」と答えたミカエルは 十字架を見上げた。

ミカエルは 何もしていない ということだ。


聖火の十字架に 黒い靄がこごり、かたちを結び出した。


肩につく緩い癖のある髪の男の影。

聖子イースだ... 」と

眉をしかめた ミカエルが、つるぎを握る。


十字架に磔られた影は変容し、少し背丈が縮んだ。長い髪を高い位置に括り、着物に袴のようなものを着たかたちになっている。

... 四郎 じゃねぇのか?


聖父が 聖子を、“私の心にかなうもの” と 示したように、聖子は 四郎を示した。


長い髪が短くなり、天衣のような衣類を着たかたちに変化すると、影が色づき出す。

白い肌に ダークブロンドの髪...

紅茶のようなブラウンの眼が、青銀に変化した。


「イヴァン!」


十字架の前に顕れた 四郎が叫ぶ。

ミカエルが 四郎の腕を掴み

「幻視だ」と、落ち着かせようとするが

聖火に巻かれる イヴァンは、肌を赤く溶け焦がし

眼球を白くした。髪や血肉の焼ける匂い。


『... シロウ』


炭化し縮んだ遺体が 実体を伴って 地面に落ちる。

鼓動が 一度、大きく跳ねたが

落ちた遺体の背中には 第一指に角を持つ 翼骨がついている。地獄ゲエンナの悪魔だ。

十字架の聖火は、元の焚き火の形に戻り

真珠の光の粒を昇らせ、静かに燃えている。


「何の 意味が... ?」


憤り、声を震わせる 四郎に

「アバドンの嫌がらせだ」と ボティスが言った。


「四郎の事は、奈落で取り引きした エマを通じ、

また 天狗の件で、“聖子が示した者” だと

知っている。

聖子や四郎のかたちの影人を燃やしたのは

天や地上に対する 宣戦布告のようなものだ。

わざわざ 安全とされている学校に悪魔を送り込み

ミカエルの聖火を使って 燃やしてみせた。

自分の力を見せつけもしたんだろうが、今ので

ひとつ ハッキリした。

アバドンは、今まで血を飲んだ天使や

オベニエルの恩寵を奪っている。

加えて、キュベレの力添えだ。

そうでなければ、ミカエルの聖火に細工は出来ん」


聖火は、天の炎だもんな...

天使でなければ、扱うのはムリだろう。

アバドンは、上級天使であるオベニエルや

血を飲んだ天使たちの恩寵を取り入れただけでなく、影人とも融合している。

夜国の神や キュベレの力添えもあるだろう。

けど、ミカエルの聖火を利用出来た事も確かだ。

以前より 力を付けている。


「何故、イヴァンを... ?」


まだ聖火を見つめている 四郎に、ボティスが

「アバドンを引っ張りやがったのは、キュベレだ。アバドンは 夜国で、イヴァンや ソゾンにも会っているだろう。

お前の心を乱す狙いもあったと思われる。

乗るなよ。単独で動くな」と 諭した。


それなら、イヴァンが オレらに助けを求めていることを、ソゾンや アバドンも知っているのか?

イヴァンは無事なんだろうか?


『... いいや』


四郎の背中が、ギクリとしたように振れた。


声は 炭化した悪魔からだ。

黒く焼け焦げた指で 四郎の足首を握っている。


『羊が 与えられただろう?』


羊... ?

儀式で見た、黒い影羊のことか... ?


炭化した悪魔が 頭を上げ、ギッ ギッ と首を動かし

黒い顔を こっちに向けると、眼が合った。

冥い穴だけの眼窩だ。 笑った... ?


『神は、地上こちら側からの ニエを望まれている』


... 贄  その言葉に、皮膚の中から

背骨をなぞられた気がした。

不快だ。あの白い空の森がよぎる。

指には 掘った土の感覚も。


ミカエルが 悪魔の頭に剣を突き立てると

不快感が消え、意識が あの森から戻る。

炭化した悪魔は、眼の穴や口から 真珠の光を発し

灰になって ボロボロと砕けて消えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る