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さんみげる、兄様方!」


学校に着くと、四郎とリョウジが 校門の前で

笑顔で迎えてくれた。


学校は、校舎の明かりが点けられていて 明るい。

何故か スパイシーな匂いが漂っていたが

「ヴィシュヌさんが来てくれて、みんなに たくさん食事を振る舞ってくれて... 」ってことだ。


学校... カトリックやプロテスタント系の学校は

ここだけでなく、また幼稚園や 私立小学校や中学校もあるので、それぞれに人が集まっているようだが、それでも

「他校の方々とも、交流しておるのです」らしく

校舎内にも 藤棚の下にも、至るところに 高校生の子たちが居る。

制服じゃねぇけど、雰囲気で なんか分かるよな。


藤棚の下には、河川敷で会った ケイタくんと アカネちゃんも 友達と居て、オレらに笑顔で会釈した。ルカと手を振って返していると

「おかえり」と、ヴィシュヌが隣に立った。


「ジャタのところから、枝を運んで来たよ」


ヴィシュヌは、ジャタ島の奈落の枝を

ヒンドゥーの天界、オリュンポス、アフラ=マズダーや アンラ=マンユのところ、世界樹ユグドラシルのアースガルズやヴァナへイム、冥界などに運び

ジャタから伝令が届くよう 各王座や広場に挿してもらい、四郎たちの守護のために 学校へ来たようだ。


「助かる。トールたちは?」


ミカエルが聞くと

「グラウンドにいるよ。まだ食べてる。

ミカエルの妻とサヤカ、アカリは、調理実習室で

明日の朝の下ごしらえをしてくれてる」らしかった。


更に

「さっきアコも来て、軍に寝具を運ばせてる。

他の学校にもね。

一般の人たちは、体育館で休んでもらってるよ」

という事だ。


「教員も何人かいるけど、職員室で会議してる。

急な事だし、他校の教員も来てるからね」


オレらが シイナの方のショーパブに居た間に

テレビやネットのニュースで

“高校生以上の未成年者は、宗教施設へ” と

呼び掛けが されたようだ。

ベリアルが 契約した人たちに圧力を掛け、

世界中で呼び掛けられている。


「アマイモンの配下で、人間に憑いてから

わざと騒いでる者もいるね」


ヴィシュヌが、四郎たちと 学校のテレビで

ニュースを観た時は、“悪魔憑きか?” と出ていて

『シャドウピープルが来るぞ!』とか

『青銀の眼の奴は重なられている!』とか

『リリト! 何故 俺には来なかった?!』... と

騒いでいる人たちが映し出され、

『世界各地でも、こうした事態が相次ぎ... 』と

リポーターも多少 笑いかけちまっていたようだ。

かえって信憑性が薄まる気がするぜ。


『また、世界中に現れている... 』と

カラフルな奈落の木々も映し出され

『砂漠や湿地、環境を選ばず生えている』ことや

『今のところ、他の生物や植物への害は確認されていないが、無闇に近寄らないように』と

注意されていたらしい。


「あっ、シェムハザ」


影人に重なられ、霊が影の中に囚われている人を担いで、シェムハザが入って来た。

後ろには シイナとニナも居て

「姉様方ではないですか」と、四郎とリョウジが

挨拶をしている。

天狗の件で、リョウジも面識あるんだよな。

コスプレショーの店の宣伝に使われてさ。


「シロちゃん」

「リョウジもいるー」


リョウジは、シイナたちでも “リョウジ” なのか。

なんとなく わかるけどな。


ボティスがいるせいか、周りの高校生たちは

オレらに眼を向けないようにしていたが

シェムハザが現れたことで、一斉に眼が向いた。

高校生たちから見ると、お姉さん である シイナやニナは、そう注目されなかったが

「さすが... 」「シェムちゃん、違うよね」と

納得の反応らしかった。


シェムハザは

「あまり目立つのも良くないな。

不安を増長させる」と

担いでいる人が見られることを心配しているが

別に、シェムハザしか見てねぇしなぁ...


ヴィシュヌや四郎には、ミカエルが

「地獄の悪魔が... 」と 説明していて

「保健室を借りよう」というシェムハザを

リョウジが案内する。

ヘルメスがいねぇと、霊を導けねぇんだよな。


「じゃあ、私たちは... 」と言いかけた ニナに

ボティスが「居りゃあいいだろ?」と言い

「沙耶夏等に紹介する故」と、榊が 二人と手を繋いだ。

「ホント? じゃあ、居させてもらおうかな」と

シイナは笑顔になったが、ニナは ジェイドに

嫌がられてないかを気にしているように見える。


何か言った方がいいか と考えていると、朋樹が

「おっ、オレらも 沙耶ちゃんとこ行くか。

朱里ちゃんも居るんだろ?」と言ったので

「そうだな」「調理実習室って どこだろ?」と

ルカと、その辺にいる高校生男子に聞きに行く。


ニナと眼が合った ジェイドが「行こうか」と言ったので「うん」と頷いた ニナは、やっと安心した顔になった。




********




一階の調理実習室では、沙耶ちゃんと ゾイ、朱里が 野菜を切りまくっていたが、何人かの女子校生が、その手伝いをしていた。

一台 一台の調理台に、二口のガスコンロと

シンクが付いている。便利だよな。

沙耶ちゃんたちは 実習室の真ん中の調理台にいて

その左右に 高校生の子たちだ。


「お布団が届いてると思うし、そろそろ寝た方がいいわ。女の子は、講堂と 別棟の校舎の二階でしょう?」


沙耶ちゃんが勧めてみているが

「えー」「まだ大丈夫ですよぅ」

「いつも もっと遅くまで起きてるしぃ」と

懐かれちまっている。


「よう」「沙耶ちゃーん」と

ぞろぞろ入って行くと、ボティスで引かれたが

「泰河くん」と、朱里が明るい顔になった。

「おう」と返した オレの横で、ルカが

「えー、喜んで かわいーしぃ」とか言いやがって

高校生にも くすくす笑われたので、肩 固めとく。


ルカが 痛てー 痛てー 言ってる間に、朋樹が

「これ、シイナと ニナ」と 二人を紹介し

ゾイと 沙耶ちゃんが

「うん、久しぶり」「初めまして」と 挨拶している。


朱里は、バリに居た時に ニナと会っているが

呪術医の時だったので

「初めましてー。お話は聞いてたんだけどー」と

握手した。

シイナとニナが緊張してんのが 何か面白ぇ。


「何か手伝う事は あろうか?」と 榊が聞いているが、逆に ゾイが「珈琲 淹れるね」と

持ち込んだらしいドリップケトル 二つを火にかけた。


「ファシエル、ただいま」と 笑顔で入って来た

ミカエルを見て

「あっ、おかえりなさい... 」と 顔を赤くして

ケトルを増やそうとしたが

「トールとロキとも話して戻ってくる。

四郎と バラキエルも来いよ」と、二人も連れて

また すぐに出た。

引き締まっていた室内の空気が緩む。


「あの、そこに 居る子は... ?」


ニナが 遠慮がちに指しているのは

調理台の隅に置かれた、細い金細工の花形のベッドだ。中には 蝶馬のエステルが眠っている。


「“エステル” だよ」と、ゾイが紹介して

ベッドごと渡すと

「えっ? 馬?」「本物の?」と シイナと驚き

目を覚ましたエステルと 眼が合って

「かわいい... 」「飛べるの?」と 夢中になった。


「花を食べるんだよ」


ドリッパーの準備をする ゾイが教えると

二人が、わぁ... と 嬉しそうな顔をする。

こういう時は、かわいいよな。

朱里が さり気なく目を逸した。

オレから じゃなく、さっきまでの視線を辿ると

ジェイドから だった。


久しぶりに見るな、こういう顔... と 思っていると

ルカに肘で小突かれたので、ハッとし

「コーヒー、オレ やるよ」と、ゾイと代わる。


甘く爽やかな匂いがし、シェムハザが入って来ると、それまで ゾイや朋樹、ジェイドに分散していた 女の子たちの視線が、シェムハザに集中し

空気も 一気に色めき立った。


けど シェムハザの方は、美眉を微かに しかめ

「もう眠らなければならん時間だろう?」と

壁の高い位置にある 円形の時計を指した。

23時 越えている。


「あっ、やっぱり そうですよね... ?」


残念そうに言った声で、リョウジに気付いたが

シェムハザしか見えてなかったぜ。


ドリップしたコーヒーを カップに分けて渡すと

「俺が これを飲む間に、手洗い等を済ませ

講堂へ向かうことだ」と 厳しく輝いた。


「シェムちゃん、パパっぽいよね」


コーヒーを受け取りながら シイナが言うと

「子供が 三人いるからな。

上の子は、お前達と同じくらいだ」と

後半は リョウジに答えた。

周囲からは、「えーっ!」「若い... 」と 驚く声や

「いいなぁ」と、会ったこともない 葉月たちを羨む声、「すごーい!」「かっこいい!」と

“大きい子がいる” という事実には そぐわない感想も飛び出している。


「ほら、包丁や まな板は そのままにしておいて いいから、手を洗って移動しないと... 」という

沙耶ちゃんの言葉も

シェムハザが カップを口に運んだ時の

「きゃあ!!」「本当に かっこいい!」に

掻き消された。

「コーヒー 飲んでも騒がれる って、すげー... 」と言う ルカに

「このような者を見てしもうては、益々 眠れぬであろうよの」と、榊も小さく首を振る。


「海外の人ですよね?」

「どこの国の人なんですか?」

「“シェムハザ” っていう名前なんですか?」


質問も集中しているが

シェムハザが、ため息混じりに 指を鳴らす。

女の子たちは、ぽやっとしたまま 手を 洗い出し

「講堂へ」という シェムハザに、夢見心地の顔で頷くと、ぞろぞろと実習室を出た。


「他の子供等も 寝せねばならんな。

教員等は 何をしている?」


小うるさい父兄の顔になった シェムハザが

カップを持ったまま実習室を出たので

ルカと 一緒に ついて行ってみる。


職員室は、校門に面した校舎の 一階だ。

正面玄関から近い。


シェムハザは、ノックもせずに ドアを開けたが

室内を見て 止まっている。

学院長の席であろう場所には、ヴィシュヌが座っていた。

机に片肘をつき、その手の 緩く折った指の上に

顎を載せている。

隣の席には、真面目な顔をした アコだ。


「... この学校も、災害など 緊急時の避難場所に

指定されているだろう?

他校生や 一般の人も、もっと受け入れを」


ヴィシュヌが発言すると、アコが うんうん頷く。


「しかし、校舎まで使用する となると... 」

「男子だけ、女子だけ という訳でもなく

宿泊場所には... 」


先生たちは、いろいろ心配なようだが

ヴィシュヌや アコに対する違和感はないようだ。

それぞれの机の上には 小さめのポータブルテレビが置かれ、影人や 新種の植物の特番がやっていて

憑依妄想の解説などもされている。


「うん。風紀が乱れるのは 良くない。

でも その辺りは大丈夫。

“校内では 一切 そういう気にならない” って

俺が命じるから」


キリッとした アコが説得し、今度は ヴィシュヌが頷いた。


「あなた方は、生徒や人々の安全と

学校や自分達の評判の、どちらを優先させるのですか?

世界は、こうした事態に陥っているのですよ?」


熱く語る ヴィシュヌは、今 気付いたかのように

バチッした眼を シェムハザに向け

「ベルグランド先生、何か?」と 聞いた。


どうやら、他校の先生になりきって

何故か 学院長席に座り、会議に出席しているようだが、半分以上は遊んでるよな。

催眠で話は済むんだしさ。

先生になってみたかったのだろう。


「寝具は行き渡っているようだ。

生徒等は、皆 もう寝せなければ」


「そうだね」

「うん、俺が放送するよ」


アコ先生が席を立つと、ヴィシュヌ先生が

「それでは 放送後、先生方は 見回りを」と

空いている片手を開き、それぞれの机の上に

コーヒーとバルフィを取り寄せた。

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