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「今 見たような事が、世界中で起こっている」


地獄ゲエンナの悪魔を灰にした ミカエルが

振り返って言った。


照明のないステージの上で、穏やかな光を発している ミカエルを、リリトの息が掛かっている人たちが 呆然と見つめている。


その人たちの近くへ行った ジェイドが

「大丈夫ですか?」と 聞くと、緊張が解けたのか、ジェイドに向く 何人かの横顔が涙ぐんだ。

ルカも「怖かったっすよね」と 声を掛けている。

そりゃ ショーパブに遊びに来て、これじゃあな...


「仲間に絡んだ鎖を 解こうとしてくれた」


アルカが感謝をするように言うと

「そんなこと... 」「でも、何も... 」と

声を詰まらせてしまっているが

「ありがとう」と ミカエルが礼を言う。


「勇気ある行動だ。

隣人への愛で 恐怖に打ち勝った。

人間を 地上を 誇りに思う」


褒められると 嬉しいよな。泣いちまってるしさ。

リリトの息が掛かった人たちだけでなく

アルカの眼までが潤んだが

「... あれ?」と、オカダさんが眼を覚ましたので

また憑いちまった。


口を開けている シイナやニナは、榊がソファー に

座らせ、「酒などあろうか? 振舞うが良い」と

アマイモンの配下が入った 右腕 有刺鉄線タトゥの女の子をバーカウンターへ行かせている。


「事態は 必ず収める。

誰も ひとりにせず、ひとりにならず

こうして手を取り合ってほしい 」


ミカエルが話を続けているが、戻った ボティスが

「重なった者は どうなっている?」と 言った。


「そうだ... 」

「蔓は伸ばしたけど」


ミカエルを ぼんやり見つめていた 朋樹と

ボティスや オカダさんに憑依はいったアルカと

水色の葉が付いた白い蔓を辿って バックルームへ向かったが、ドアの下には、血が染み出している。惨状を覚悟して開けても

「あぁ、これは... 」と 目を背けたくなった。


水色の葉の白い木が 二本。

影人が重なった女の子二人を 包んでいる途中だが

背中合わせで融合しちまっていて

地下へ沈もうとしていたのか、逆さになった ロングブーツの脚が上だ。


体長からすると、白い木の根元に包まれた頭は

もう床の下にあるのだろう。

伸ばした腕が四本、幹から バラバラの長さで出ていて、ネイルアートを施した爪を下にし、白い手のひらを見せている。


床には、血と細切れの肉片や 砕けて血塗れの骨が拡がっていて、床の中央には 二つの頭部が立てて置かれていた。憑いていた悪魔の頭部だ。


頭部の周囲では、内蔵だったと思われる色や質感の肉片が、ボコ... ボコ... と 呼吸をするように動き、その度に 床の血が泡立った。


「イリク、ゲイラ」


革靴を濡らしながら、アルカが 二つの頭部を拾った。

顎や鼻までが赤黒く染まっていて

スーツに血が滴ると、焦げ臭い匂いが漂う。


「シェムハザ」


ボティスが喚ぶと、シェムハザが立った。

指を鳴らし、床やスーツに泡立つ血を消し

地獄ゲエンナの悪魔がやりやがった。

“協力する” と、アマイモンの配下を騙している」という説明を聞いている。


「アルカ。アマイモンに報告を。

オカダは寝せておく」


頷いた オカダさんから、アルカが出ると

「... あれ? ベルグランドさ」ん と 言いかけたが

シェムハザが指を鳴らし、立ったまま眠ってしまった。


「教会へ運ぶか」と

ボティスが ドレッドのヴェッラを喚び

オカダさんを預けたが、地味に散々だよな。


「木は どうする? 店内には さすがに... 」


白い木は、融合した 二人を包み続け

腕や脚の部分が枝になっていく。


「蔓は勝手に途切れてたんだよな」と

朋樹が触れてみているが

「人の霊の気配はしない。影人と融合しちまったからかな?」と 手を離した。


「地界に移動させる。

パイモン、影人入りの木だ」


けど 顕れたのは、ターザンっぽいパイモンの助手

ニルマだった。


「パイモンは、軍と地獄ゲエンナを張っている」


地獄ゲエンナの悪魔たちの首を ヴァイラたちに持って行かせ、広場でのことを皇帝に報告した パイモンは

『盛大にやれ』と 許可を得たらしく

ベルゼや アガリアレプトの軍と 地獄ゲエンナの北や西側を

固めているようだ。


「南や東側は、ゾフィエルが 第四天マコノムの軍と降りている。

パイモンは、“軍が必要な時は言え” と 言っていたが、喚ばれたのは 木の事のようだったからな」


それで ニルマが来たようだが

「しかし、床の下にも貫通しているな。

どう運んだものか... 」と、しゃがんで根元を見ている。


「広場の木も レスタと見に行ったが

地下で 黒い根と絡まっていて運べなかった。

これも地下深くまで 根が伸びている恐れがある。

ティト」


ニルマに喚ばれたのは、黒髪に群青色の眼の

植物擬態悪魔だ。

「根ですね? 見てきます」と 消えた。


「そうだ。別の場所で見つかった 黒い根だが」と

ニルマが ボティスを見て

「地上の木の根に絡んで、枯らしてしまっていた」と、目眩がするような事を言う。


「なら、地上の木は

影人の木に 取って代わられる ってこと?」


ルカが 力無く確認すると、ボティスが

「例え そうであっても、赦しの木が それも阻止してるだろ?」と 返し、ニルマも頷いたが

不安が増えて 気も身体も重い。


根に擬態して潜った ティトが戻り、

「地下深くで 右方向に伸び続けています。

黒い根があるのかもしれません」と 報告している。


「そうか... 運べそうにないな」


「ラファエルにも見せるぜ?」


ミカエルだ。


「みんな 落ち着いてきた。ジェイドが話してる」と バックルームに入ってきて

「ここなら、ゲート 開けても目立たないだろ?」と

エデンの門を開く。

広場や駅前の道路じゃ 目立つもんな。

道路は封鎖されて、調査も始まってるしさ。


「奈落の木だな」と、門から階段を降りてきた

ラファエルは、今日も白衣姿だ。

背には水色の翼。瑠璃色の風切り羽。


「話は、ザドキエルから 一通り聞いたよ。

枝は持ってきてもらったけど、人間を内包しているものは 初めて見るな... 」と 白い木に触れ

「ここで調査をしても構わない?」と

ミカエルに聞いた。


「うん、そのつもりで喚んだんだぜ?」


ミカエルも木に触れ、幹に樹洞を開けさせると

「共同調査は どうだ?」と

ニルマが ラファエルに持ち掛けている。


「そうだね。透過を貸してもらえる?」と

ラファエルが了承したので、二人と ティトに木の調査を任せ、バックルームを出た。




********




落ち着いてきた客や 従業員たちと店を出て

「不安になったら 宗教施設へ」と 勧めて

店の前で解散した。


「しかしさぁ、アマイモンの配下たちが騙されて

影人と重ねられるのは マズいよなぁ」


「もう アマイモンに、報告は入っているが

世界中に散らばった配下等に報が行き渡るまで

多少の時間は掛かる」


ルカに ボティスが答えている。

報が行き渡るまでに、相当 重ねられちまうかもしれんよな...


広場で木になってしまった マレドには、影のような蝗が入っていた。

影人を受け入れた アバドンの蝗だ。


地獄ゲエンナの悪魔たちには、マレドと同じように

影蝗が入っていると考えられる。

それで、“完全”... 夜国の異教神と繋がって

憑依した人間の元に、影人を喚べるんじゃねぇか?... と思う。


「すぐに重なり切って、変形や融合をしてしまうのが厄介だな」


「うん、今までと違う。

でも 今のところ 他の場所では、変形や融合をしたという報告は入ってない。

日本にキュベレがいるなら、最初の麦酒ビールの瓶もある。それが影響してるのかもしれない。

ドバイでも 二人一体の影人は見たけど、ケシュム島から近いだろ?」


シェムハザと ミカエルの話に

「そうか、最初の麦酒の瓶が 日本にあるんだよな」と 口を挟んで、瓶から溢れる 麦酒や水が

日本の土や 飲料水に混ざってしまったところを 想像しちまって、いやいや... と 慌てて否定した。


車を停めた駐車場へ向かいながら

ジェイドと朋樹が

「おまえら、教会に行きたいんだろ?」

「送ろうか?」と、榊を真ん中にして手を繋ぐ

シイナとニナに聞いている。


「うん... 」


さすがに、ずっと大人しいんだよな...


今まで何度か オレらの仕事の事に巻き込んじまっているが、普段 働いている店で あんな事を見て

仕事仲間の女の子 二人も、犠牲となって 木に包まれてしまった。


着替えや私物を取りに行くために

二人も バックルームのロッカーを開けているので

ラファエルと ニルマ、ティトが囲んで調べていた

白い木も、当然 目に入っている。


水色の葉の白い木は、幹が やたらと太く

妙な位置... 四本の腕がある 根元近くに枝を開いている という形で、まだ説明はしていないが

なんとなく、女の子と関係すること だとは解ったのだろう。


「もし、あんたたちが来てくれてなかったら... 」


シイナが ぽつりと言った。


“重なられてた” と 続けるつもりなら

それは違う。

オレがいるから、面倒を引き寄せる。


「とにかく 送るよ」


ジェイドが言い、ルカが

「じゃあ オレらは、もうちょい見回りしとく?」と、ミカエルに聞く。

バス、全員は無理だもんな。


「ううん、車があるから大丈夫。

乗り物に乗ってれば、重なれないんでしょ?

私も ここに停めてるし」


シイナがバッグから 車の鍵を出していると

「では、教会に着くまで 同乗して見送ろう」と

シェムハザが言う。


「あの」


ニナだ。

「シロちゃんは、どこに居るの?

教会? それとも学校... ?」と 尻窄みに聞いた。


「学校にいるぜ」と 朋樹が答えている。


「影人は学校にも出ねぇからな。

カトリック系だしよ」


「うん、そうなんだ... 」


榊が ニナを見つめている。

ニナ、本当は 教会じゃなくてさ...


ニナの背中に眼をやった シイナが

「本当に ありがとうね」と

車の鍵を開けていると、人が騒ぐ声が聞こえてきた。悲鳴だ。その声の数が増していく。


「何だ?」

「近いな」


「見て来よう」


シェムハザと ミカエルが消えた。


「お?」


ルカが地面に眼を向けて言った。

朋樹の足の下から 水色の葉の白い蔓が伸びている。


「えー... 気付かんかったぜ」


蔓は、クラブの方向へ伸びているようだ。

だとしたら、重なられた女の人が沈んでいったか

この騒ぎを考えると、融合が起こったのだろう。


「... ヤバい! ヤバいって!」と、声が近付き

四郎たちより少し上くらいの歳の男子 二人が

逃げるように走って来た。


「榊」


ボティスに呼ばれた榊が、二人に幻惑を掛け

露 直伝の招きで 近くに呼ぶ。


「何があった?」


ぼんやりと歩き、ボティスの前に立った 二人は

「... 青 っていうか、銀色の眼の人が

もうひとりの 同じ眼の人と、頭が くっついて

無くなっていって」

「... ひとりの人の上に、もうひとりの身体が逆さに付いて」と 話した。融合、二人一体だ。


「... 別の 青っぽい銀色の眼の 男の人の背中から

シャドウピープルの 黒い腕と頭が出てきて」


「ん?」と、朋樹が眉をしかめ

「青銀の眼の人から、シャドウピープルが出たのか?」と 聞いた。

ニナの時のように 融合型の影人が出た訳じゃなく

重なり切っている人から、影人の頭や腕が出たようだ。


「... はい。

シャドウピープルの頭や腕が出る前に、怖い人が

青銀の眼の人の後ろに現れて」


「怖い人?」と ルカが聞くと

「... 顔に 黒くて細い枝のような模様があって

銀色の角がある 水色の羽のようなものが背中にある... 」と答えた。地獄ゲエンナの悪魔だ。

影蝗が入っている悪魔そいつが、地の下から 別の人の影で型を取った影人を喚んで、重なり切っている男に 二重に重ねさせた ように思えるよな...


「... みんな、頭が無くなって繋がった人や

シャドウピープルが出てる人から 離れようとして

その人たちの周りだけ 円を描いたように人が居なかったんですけど、その怖い人が 女の子を掴んで

シャドウピープルが出てる男の人に くっつけたら

シャドウピープルみたいに、女の子の頭や腕が

男の人の身体から出て」

「... どんどん、男の人の身体が細くなっていって、黒い石みたいな木の形に なってしまって... 」


異性と融合すると、すぐに木に変形するようだ。


「... その木の根が、頭が無くなってくっついた人たちの 胸や背中に伸びていって、また木になってしまって」


融合や変形をして、根に霊を吸われても 木の形になる。鉱石のような黒い木になることに、何の意味があるんだ?

儀式をして夜国へ行く人たちもいるのに。

けど、“完全” ってヤツと ひとつ なら

何かの条件で、“木になる人”、“儀式の人”... と

分けられる訳ではないはずだ。

単に、それぞれの役割だというだけ な気はするが

根と木に変形する理由が解らない。


「... その後に、シャドウピープルが出てきて

人混みで逃げられなかった人と 重なって。

その人が 床に手を着けて、頭も着けたら

別のシャドウピープルが 頭に付いて出てきて... 」


話の途中でミカエルと シェムハザが戻った。

シェムハザが、影人付きの人を肩に担いでいる。

今 聞いていた、“頭に別のシャドウピープル” の人だろう。

榊の幻惑に掛けられた 二人の話も、ちょうど

「... どうにか、クラブを出て逃げて」と 終わったところだ。


シェムハザが言うには、二人には リリトの印があるらしく、重なる心配がないので、5分くらいで幻惑が解けるようにして 解放した。


地獄ゲエンナの悪魔は斬った。

影人の木には、朋樹の蔓が巻き付いて

また あの木になってる」と ミカエルが話し

シェムハザが、影人と重なり、頭にも付いている男を 肩から下ろした。

そのまま動かないように、重なった人を仰向けにして シェムハザが胸を押さえている。


「クラブの従業員に催眠を掛けて 客を出させ

しばらく誰も立ち入らないようにさせた」


シェムハザの隣に しゃがみ、接合している部分から 影人を消すと、金切り声の絶叫が響く。

オレ以外には、タイヤのパンク音や爆竹みたいな音に聞こえるらしいけどさ。


「えっ... ?」

「死んじゃったの?」


ガクリと力が抜けて、仮死状態のようになった男を見て、ニナと シイナが不安げな声で言った。

男の霊は、地中の影の中に居るんだよな。


「いや。死んでは ねぇし、戻せるんだぜ」と 答えたが、ルカが

「けど、オレだけじゃムリだと思うぜ。

トールの雷も必要かもしれねーしさぁ、

ヘルメスが導かねーと」と言う。


「ヘルメスは、ハーデスと 地獄ゲエンナだろ?」

「学校に運んでおくか。広さがあるからな。

輸液等も準備出来る」


「じゃあ、私の車で運ぼうか?」と

シイナが申し出た。

いや、シェムハザが運べば...


でも シェムハザは、自分が運ぶ とは言わず

「頼めるか? オレも同乗するが」と 添え

男を抱き上げると、シイナの車の後部座席に座らせている。


「では、学校で」と、シェムハザも乗り

シイナが車を出すと、オレらもバスに乗り込んだ。

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