76

四郎たちが学校へ向かい、残りのオレらは

影人と重なった人や キュベレ側の悪魔探しだ。

広場の黄色い木の根を見るために サヴィが潜っているので、パイモンは 魔人の店に残った。


今は、アコが 召喚部屋の駐車場に車を取りに行っていて、駅前の広場の道路沿いに居る。


「枝は結局、悪魔たちに頼むことになったな」と言う 朋樹の手には、水色の葉がついた 白い枝があるが、ボティスが

「どうせ 見回りや見張りをするからな」と返した。広場では、他に 枝の反応はない。


「キュベレが日本に居る ってことは

やっぱり、ロキを狙って ってこともあんのかな?」

「さぁな。この国には、獣の方が 何かあるのかもしれんが... 」


ルカに ボティスが答えていると、ジェイドが オレの隣に来て「何か気にしてるのか?」と 聞いた。


「いや... 」


... “お前の 記憶の蓋 というものは

その森に関わる事ではないのか?”


“魂の記憶”...


気に したくねぇんだよな...


けど、オレの魂が夜国のもの なんだったら

ここに居るのは おかしい。

ここは、聖父が創造した世界だ。


ヴィーグリーズでの、ベルゼの表情かおを思い出す。

進化したベルゼの虫が、自分の巣である氷の驚異... ゼリー状の炎 を認め、氷を炎の反物質に変換した時の。


ケシュムの神殿から出てきた 夜国の民は

獣に触れて、消失した。


獣は いつも、消失させる。

ルカの雷が 本人の影に留まった霊を戻したように

何かを取り戻したりはしない。


「今更」という声で ジェイドに向くと

「お前が 夜国ニビル星人でも、僕らは驚かないけど。

ここに生まれてきたことが 確かなことだ。

僕らと居るようにね」と 微笑った。

神父の顔 って訳でもなく、本心だとわかる。

「おう」以外、何も言えねぇんだけどさ。


「駅前も人が多いけど、見張りの悪魔や 魔人も

頑張ってくれてるね」


ヴィシュヌが、駅に向かう人たちを見ながら言った。

「そうか、秘禁で 目眩めくらましも使えないのか」という 朋樹の言葉で、黒スーツのヤツが やたら多いことに気づいた。

外は まだ暑い。

ジャケットは着てない人が ほとんどで、ジャケットを着ているのは悪魔たちだ。

広場や歩道橋、駅の自動改札の端、至るところにいる。

 

通り過ぎる人たちの中には、耳朶みみたぶにアンクがある人や「神社に... 」と 誰かに連絡している人たち。

普通に駅に出入りしている人たちは

リリトの印があって アマイモンの配下が憑依していない人か、キュベレ側の悪魔が憑いているか、

街灯なんかを反射して 眼が青銀に光れば 夜国の民だ。


ヘルメスが「翼は 目眩ましが効くんだ」と

ミカエルの見えない翼に触れた。


「うん。場所とか、“本体” が隠せない。

悪魔たちも翼は隠してるし、榊の化けも解けなかっただろ?」


「おい」


ボティスが 通りかかった男を呼び止めた... が

ビビって素通りしようとする。


「何なんだよ?」「ビビらせてさ」と ルカと言っている内に、素通りした男の前に 黒スーツの悪魔

二人が立った。


「俺じゃあなくて、ミカエルから 眼を逸しやがったんだよ」と、ボティスが 黒いルーシーを吹き

男の下に魔法円を敷く。

なら、キュベレ側の悪魔が憑いてる ってことか?


「出ろ」


ミカエルが言うと、憑依している悪魔は 男の口を使って

『冗談じゃない。中に居る限り 安心だからな』と

顔を歪めた。


「アスタロト。正体の暴き」


ボティスが 悪魔助力円を発動させた。

男の顔に、別の男の顔が重なる。

憑依している悪魔だろう。

円の黒いルーシーの 一部が浮き出し、男の周囲に

文字となって浮かんだ。


「名は “マレド” だ。ジェイド、祓え」


ボティスに言われ、仕事道具入れから出した小瓶の蓋を開けた ジェイドが、悪魔マレドが憑いた男に中身の聖水を ぞんざいに振り掛け、額に按手すると

「父と子と聖霊の名のもとに、汝 マレドに告ぐ」と、祓いを始めた。


「今すぐ その身を離れ... 」


『まぁ...  待てよ... 』


聖水が掛かった胸や腕から 煙を上げる悪魔マレド

ジェイドの手の下で、噎せながら声を出した。


『何故 のこのこと 出てきたか... 』


「でも 話さないんだろ?」と、ミカエルが言い

「そうだ。痛めつけられたくて たまらんからな」と、黒いルーシーを回収した ボティスが

白いルーシーの小瓶を出した。

「さて、公衆の面前ではあるが 後で幾らでも誤魔化しは利く」と 天使助力円を敷く。


「足止め ってことだった?」


ヴィシュヌが、道路の向こうに眼を向けて言った。朋樹の手に持っていた 奈落の枝がない。


二車線の道路の向こうの地面から、店舗ビルの何棟かを包むように ざわざわと黒い根が立ち上がってきていた。


信号待ちをしていた人たちの内の 何人かの頭が

首の中に のめり込み出した。アケパロイになるところだ。影人と重なりきっていた人たち。

深く被っていたキャップやハットが 地面に落ちる。


朋樹が持っていた白い枝は、真向かいのビルの下に刺さったようで、水色の葉を さわさわと鳴らしながら伸び出し、周囲の黒い根を押さえ沈めていくが、根が大量で追いつかない。


広場前の歩道で信号待ちをしていた人たちの内

何人かが「えっ... ?」「何? なんで?」と 気づき

騒ぎ出した。リリトの印の人たちだろう。

ただ 観察するように見ている人たちの耳朶には

アンクが浮き出している。


「ルカ」


ミカエルに呼ばれ「根だけ」と ルカが命じると

道路の向こうに、音もなく 赤い雷光が立ち上がり

一瞬で黒い根を消失させる。

水色の葉の白い木は、ビルの 二階部分に達したところで 伸長が止まった。


悪魔だけでなく、周囲の時間が止まったように

全体が唖然としていたが、ひとりが

頭部がない アケパロイになった人たちを指し

「あれ... 」と 声にした。

恐れが 一気に湧き上がって拡がり、あちこちから

悲鳴が上がる。


信号が変わっても誰も渡らず、道路の向こう側で座り込む人、ビルに駆け込む人。

オレらの すぐ近くで スマホを取り出し、動画や写真を撮る人。興奮して誰かに電話をかける人...


「ヤバいって! もう行こうよ」と 引っ張る女の子に「あと少し... 」と返しながら、スマホで動画を撮っている男に、ヘルメスが

「影人と重なったら、ああなっちゃうよ」と 言った。


「え... ?

影人って、シャドウピープルですか?」


「そう。さっきの黒い根も重なった人。

家族や友達は 無事?」


近くで話を聞いた人たちも

「本当なんですか?」と ヘルメスに確認している。


道路の向こうで ぼんやりと立ち尽くすアケパロイたちの背後に、黒いスーツの悪魔たちが立った。

いつの間にか隣に来ていた パイモンが

「研究所に」と 笑顔で命じた。

あの悪魔たちは、パイモンの配下らしい。


アケパロイたちは 仮死状態にされ、悪魔と消えた。見ていた人たちは 再び呆然としているが

パイモンは催眠を掛けず、ミカエルもめいは出さない。


「足止めだったんなら、用は終わったね」

「誰に使われている?」


ヴィシュヌと ミカエルが言い

パイモンが「向こう側の悪魔か?」と聞いて

匂いを嗅ぐように、すん と 鼻を鳴らした。


「ミカエルが居ても話さないのか。

頭はキュベレ と、認めているのと同じだ。

名前は?」

「マレドだ」


ボティスが答えると

「マレド? 聞いたこと あるな...

アラストールの配下じゃないのか?」と

パイモンが顔つきを変える。


口を挟まねぇ方が良かっただろうが、つい

「アラストール?」と聞くと、シェムハザから

地獄ゲエンナの支配者の 一人だ。

ルシファーの副官の 一人でもある」と返ってきた。


「ルシファー直属の配下は、上級精霊だけじゃないんだね」


ヴィシュヌも言っているので、シェムハザが頷き

地獄ゲエンナは、第七層まで分かれているが... 」と

説明を続けるが、ミカエルや ボティスの顔つきも変わったことが気にかかる。


“ゲエンナ”... 元々は、古代エルサレムの南や南西にかかる谷、ベン ヒノム、ヒノムの谷 という名前で、ヨシュア記やエレミヤ書などにも出てくる。

あの モレクの祭壇トフェトが築かれた場所だ。

生贄として 幼児おさなごが捧げられ、生きたまま焼かれた。

旧約時代の アハズ王や マナセ王も、モレクを崇拝している。

後に この谷には、動物や罪人の死体、捨てられた あらゆるガラクタを焼く場所となり、火が耐えない場所となった。


... “へびよ、まむしの子らよ、どうして地獄の刑罰を のがれることができようか”...


マタイ 23章33節。

イエスは、火が耐えない この場所を

地獄と言い表した。


「... よって、七つの層ごとにある 地の隠府、及び

罪人を繋ぐ牢獄など、そして最下層の火の場所

永久とこしえの滅び” を、地獄ゲエンナと呼ぶ」


天の隠府ハデスには、信徒が眠る。

異教徒は それぞれの黄泉や冥府へ。

罪を犯した天使は、第五天マティの牢獄。


奈落は、天の隠府ハデスと 地界の地獄ゲエンナの間に位置する。

地上の地の底。

天の法を犯した 異教神や悪霊、悪魔が収監される。


地の隠府には、大罪を含む 罪人が眠る。

イエスは、磔刑にされて 復活するまでの三日の間に ここへ降り、罪人たちの魂を解放している。

牢獄には、地界の法を犯した悪魔や異教神が収監され、最下層 第七層は 滅びの場所。

最後の審判で いのちの書に名前がない人、

悪へ誘惑するサタン、死や隠府さえも

ここ... 永久とこしえの滅びの火へ 投げ込まれる。


「アラストールは、地獄ゲエンナの支配者の 一人だが

罪人の復讐を代理で請け負う」


罪人の復讐... 自殺に追い込まれてしまった人や

嵌められた悪魔の復讐だろう。


そのアラストールの配下で、パイモンに聞き覚えがある名前ってことは、下級悪魔じゃない ってことか?


『残念だが、“足止め” じゃない。

上のめいに従い、地上に上がったが

ヘルメス、俺は あんたを探して来た。

まさか、ミカエルもいるとは... 』


「えっ?! 俺?!」


ヘルメスは 眼を剥いているが、ジェイドが

「そういえば、アラストールって

元々は ギリシャ神じゃなかった?」と言った。

さっき、“アラストール?” と 単語で聞いたオレとは違って、キレイに 口 挟むよな。


復讐者アラストル? ネーレウスの子なら、ヘラクレスに殺されちゃったよ。

で、アラストルって、今は ゼウスの異名。

復讐する時の」... と、説明した ヘルメスは

「あれ? もしかして、悪魔になって

地獄ゲエンナにいるの?」と 聞いた。


頷いた悪魔マレド

『だが、ギリシア神のヘルメスとして探した訳ではない。あんたが持つケリュケイオンだ。

地獄ゲエンナにも入れるんだろ?』と 聞き返している。


地獄ゲエンナは、地界と遮断された。

地界の者等は まだ気付いていない』


「ハ。何を?」

「有り得ん。皇帝ルシファーが気付かん筈はない」


シェムハザや ボティスは 鼻で笑っているが

『父が為したのではないな?

だが、似た気配を感じた』と 続けた。

「先を」と、パイモンが促す。


『金属の翼を持つ 黒い天使が降りた。女だ』


「あ?」と言った ルカだけでなく

オレらの顔も強張り、空気が緊張した。

アバドンだ...


『あの女が降りるまで、地界と遮断されたことには気付いていなかった。

降りた時に 遮断されたのかもしれんが。

アラストールは囚われ、俺等は... 』


悪魔マレドの耳から 黒い靄のような 小さな影が覗く。

「蝗の影だ」と ヴィシュヌが眉をしかめた。


『アラストールを解放してくれ。

あの女は、アラストールに 自分の復讐をさせ、

地獄ゲエンナの全ての鍵も手にする気でいる。

五層、悪魔を繋ぐ牢獄の鍵は、アラストールの霊に結びついているが、一層から 六層までの鍵が

七層を開く鍵になる。

アラストールや 他層の支配者だけでなく

牢獄から 悪魔や悪霊を放ち、七層を開く気だ』


... とんでもなくねぇか?


「いや。七層は、父にしか開けない」


黙って話を聞いていた ミカエルが返すが

『父と見紛みまがう程の者が、存在する』と

憑依していた男の身体から離れた。


憑依されていた男が倒れかけ、シェムハザが支えなから下がると、ボティスが敷いた 天使助力円の上には、ブラウンの長い髪を束ねた悪魔マレドが立っている。


悪魔マレドは、眼や鼻、耳、

「まるで 抵抗 出来なかった」という 口からも

血を流した。


「今 話した事を、女が嗅ぎ付けたようだ。

無駄にしないでくれ」


滴る血を、胸や肩、地面に落としながら

悪魔マレドが黒く痩せ衰えていく。

白い助力円の上には、黒い鉱石のような艶をもつ

ねじれた裸の木が残った。

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