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「なんで、木に?」


ヘルメスが、悪魔が変形した 黒く捻れた木に

触れて聞いた。


「アバドンの蝗だ。影の蝗のようだが」

体内なかから喰われたんだろ。

めいに逆らえば 処刑されるようだな」


影人と重ならせるために人間に憑いている マレドたち地獄ゲエンナの悪魔は、アバドンに 蝗を憑けられて

使われているようだ。


「ジェイド、天使召喚円」


ミカエルは ジェイドに、召喚円を 二つ敷かせ

アリエルと ザドキエルを召喚した。


『ミカエル。私たちは、まだ地上に居たわ』

『挿し木には祝福したよ』


地獄ゲエンナのことだ」


ミカエルが 二人に話す間に、パイモンも「緊急だ」と ハティを喚び、地獄ゲエンナがアバドンに乗っ取られかけている事を話した。

オレらは、なんとなく ハティを囲むように立ち

赤い肌の顔を 周囲に目立たせないように... と試みている。


『黒い “天使” ですって?』


アリエルが、深い藍の眼の上の整った眉を 微かに

しかめた。


『アバドンの恩寵は、天狗アポルオンなかにあるんじゃないのか?』


ザドキエルが言った時、胸の中だけでなく

ざわっとした 怒りが 背中を這い上った。


「オベニエルの恩寵か?」と、抑えた声で

朋樹が聞く。だとしたら、許せねぇ。


「お前等や奈落の者から 話を聞いた分には

アバドンが血液を吸収した 天使カザエルのもの という恐れもある」


アバドンは、天狗の呪いを受けて変異し

幽閉される前に、レニエルとミザエルという

自分の軍の副指揮官の血も飲んでいる。


「“アラストールに復讐させる” と?」


スーツの腕を組んで、ハティが確認した。

ぴったりと真横にいる ルカに眼をやって、暑苦しそうな顔もしたけどさ。


悪魔マレドは、そう言っていた」


「復讐って、天狗アポルオンや奈落に? それとも俺等に?

奈落には 囚人達もいるし、出来れば 俺等を狙ってくれた方がいいけどね」


ヴィシュヌが言うと、シェムハザや ボティスが

「どちらもだろうな」

「奈落には、ノジェラや ミカエルの軍も降りているが、俺等を狙えば 地上が巻き添えになる。

だが、地獄ゲエンナの囚人を出される方が... 」と 返し、

「どちらにしろ、最悪な者が出ている訳だが」とも添え、やや全体で 途方に暮れる。


マレドに憑依された男が目覚めたので

シェムハザが「宗教施設に行け」と 指を鳴らし

催眠を掛けて解放した。


聖子イースに報告。地獄ゲエンナに軍の派遣を」


ミカエルが、ザドキエルと アリエルに命じたが

「でも、“遮断されてる” って言ってなかった?

だから “ケリュケイオンが必要だ” って」と

ヘルメスが言った。


ケリュケイオンが必要 ということは

天使や悪魔では、遮断された地獄ゲエンナに立ち入れない

ということだろう。

けど、ケリュケイオンを持つ ヘルメスは

大抵の界に入ってしまえるらしいので、マレドが探しに来た。


「ま、様子見に行っては みるけどさぁ

俺 一人じゃ 何も出来ないと思うよ。

アバドンなんか居るんじゃ、余計に 腕っぷしが強い人がいないと。

遮断を解くまで、ミカエルは入れないんだろうし

ヴィシュヌも、地上から動く訳に行かないでしょ?」


「それに、ヘルメスの侵入が見つかった場合

地獄ゲエンナと オリュンポスが揉める事にならないのか?」


ジェイドが聞くと、ヘルメスが

「ああ、その辺りの誤魔化しは利くかも。

ギリシアは ほとんど正教会だし、隠府ハデス

地獄ゲエンナの隠府にも 時々 行くから」と 答えているが

「でも、二層より下には入ったことないんだよね。用事ないし」ということらしい。


「悪魔が、“アラストールの解放を” と言ったのであれば、アラストール本人の意志で 復讐を請け負うではなく、催眠等で使われる という事だろう」


ハティが言った。


「“アラストールが使われる前に、解放を” ってこと?」


真隣から ルカが聞いているが、ヘルメス単身で?

奈落で会ったアバドンを思い出す。危ねぇだろ...


「アバドンは、地獄ゲエンナ全体を乗っ取った訳ではないだろう。

ケシュムで異教神避けを探そうとしたように

地界を遮断した要素を探せばいいんじゃないのか?」


ボティスが言い、パイモンも

「まず、入れなければ どうにもならないからな。

地界の軍にも 地獄周辺を固めさせて、牽制するが... 」と 考えている。


「じゃあ、ハーデスを連れて行こうかな。

隠れ兜を持ってるし」


ハーデス... ギリシアの冥府神だ。

ギリシアの冥府は 一ヵ所にあって、そこが分かれてるみたいなんだよな。

ハーデスは、善人が行く楽園エリュシオン、善行も積んでいないが 大した罪も犯していない人が行く エレボス、

罪人が行く地獄タルタロスを治める。

キリスト教の隠府ハデスの名称も、ここからきている。

隠れ兜は、被ると姿が見えなくなる というものだ。


「えっ、すげー! 動いてもらえんの?」と

ルカが でかい声を出し、また ハティに見られた。


「いやいや、ミカエルや ヴィシュヌも出てるんだしさ...  とりあえず、話して来るよ」と

ケリュケイオンを握った ヘルメスが タラリアで跳んで消え

「軍をまとめる」と ため息のような息をついた

ハティも消える。


ルカが 今日 着ている黒いティーシャツの胸には

小さなブランドロゴと、限定品らしく シリアルナンバーも入っていたが、それも消えた。

まだ気付いてねぇけど、ただの黒シャツだ。

今の ハティの息のせいっぽいな...


『聖子に報告してくるよ』

『奈落には、アシュエルが降りてるんでしょ?

地獄ゲエンナには誰を?』


ザドキエルが、ルカの胸に 眼を向けちまったが

「パイモン」と、地下に潜っていた サヴィが立った。


「うん、戻ったな」と言う パイモンに

「はい」と笑顔を見せた サヴィは

「影人の木を包んだ奈落の木の根は 根までを包み、新たに地底から伸びてきた黒い根には 絡んで 押さえています。

道路の向こうの 白い木についても同じです」と

報告した。

「向こうも見てきたんだ」「気が利く。えらい」と、ヴィシュヌや ミカエルに褒められて

嬉しそうだ。


「ルカが雷で消したのに、別の場所の根が

こっちに伸びてきたんだね。

どこか遠くない場所でも、また 沈んだ人が居るんだろうけど... 」


ジェイドが眉をしかめた。

根は、影人と重なった女の人なんだよな...

地中深くへ沈みながら、四肢を根にして 地表こっち側へ伸ばしてくる。


「奈落の木の根は、押さえるだけでなく

黒い根が 深く沈んでいかないように、絡んで取り込もうともしているようです」


また サヴィが報告すると

「へぇ... すげぇな。奈落の木は、意思を持って

動いてるみてぇだよな」と 朋樹が感心し、

広場の黄色い木の方へ 呪の蔓を伸ばしてみている。


「そうか。お前も ティトも、よくやってる。

またすぐに喚ぶ事になるだろうが、地界の城で

少し休憩を取れ。

俺も 世界樹ユグドラシルに寄って、一度 地界へ戻る」


「はい」と、パイモンや ミカエルたちだけでなく

オレらにまで会釈をした サヴィが消え

『じゃあ、第七天アラボトに上がってくる』と 召喚円から

ザドキエルも消える。

『ミカエル』と呼ぶ アリエルに

「あ、軍だな。指揮は ゾフィエル」と

ミカエルが答えた。


「ミカエルの副官じゃないのか?」


ジェイドが聞くと

「そうだぜ?」と ミカエルが頷き

「赴くのは、地上ではなく 地獄ゲエンナだからな」と

ボティスも添えた。

天の でかい軍が動く ということだろう。


目の前の道路に、車が入ってきて

アコが「遅くなった」と、運転席の開いた窓から言った。左ハンドルなので 広場こっち側だ。


「駐車場が混んでたんだ。

ん? アリエルじゃないか」


『アコ』


入れ替わりの場の調査で会う内に、仲良くなったようだ。アコだし、不思議じゃねぇけどさ。


「ん?」


二度目の “ん?” だが、アコは 真面目な顔をしている。

「どうした?」と ボティスが聞き終える前に

ミカエルが、オレと朋樹を 庇うように

片腕で 背後に押した。

「あっ」と、アコが車内から消える。

車が こちら側へ傾き、横転した。


「何だと?!」と、血相を変えた ジェイドの声に

クラクションの音や ブレーキ音が重なる。

追突音に 怒号や悲鳴。

黒い根だ。

横転したバスの向こう側に、ざわざわと伸びている。下から突き上げやがったのか...


根は、広場や道路の あちらこちらから吹き出し

車や人に絡みつこうとしている。


「根だけ」と、強膜と瞳の色を反転させた ルカが言うと、音のない赤い雷が 全体に突き上がり

黒い根を消滅させたが、根が消えた場所から

実体を伴った人影が 伸び上がり出現した。


身体を覆うように巻いた 青白い蝙蝠翼の第一指には、シルバーの角が生えている。

顔には 細い木の枝のように、黒い血管が浮いて見えた。

地獄ゲエンナ悪魔ヤツ等だ。実際の姿で出てきやがった」と、ボティスが言う。


「アラストール... ?」

「いや、おらんな。

アバドンのご挨拶 ってやつだろ」


「ミカエル」と呼んだ ヴィシュヌにミカエルが頷いたが、「いいや、炙れ。翼を開かせろ」と

パイモンが言い

「ヴィシュヌや 天使おまえ等が出る程でもないが

遠慮抜きでやる。人間の守護を」と 添えた。


シェムハザが 青白い人型の天空霊で天を覆いながら、自分とパイモン、アコの下に防護円を敷く。


ミカエルが右手に握った剣の先を 地面に付けると

広場や道路の地面が真珠色に輝いた。

青白い翼を拡げた悪魔達が 地を蹴り羽ばたくと

耳朶にアンクが浮いているヤツ等が、動けず立ち止まっているヤツを、建物内へ担いでいく。

召喚円を出た アリエルが「守護を」と 言うと

停まっている車の上に、剣と円形の盾を持つ 天使たちが立った。アリエルの軍だ。


「ヴァイラ、地上向きの軍」


天空霊の光と 青白い翼を開いた悪魔たちの間に

黒い翼の悪魔たちが顕れた。

中心にいるのは、V字バングに長い髪。

山羊角の悪魔 ヴァイラ。パイモンの副官だ。


「やれ」


パイモンが号令をかけると、黒い翼の悪魔たちは

両手で胸の前に握った 氷のような槍ごと 凄まじい速度で地獄ゲエンナの悪魔に突っ込んでいく。


同じく黒い槍を握った 地獄の悪魔たちも応戦するが、パイモンの軍の 氷のような槍に貫かれた悪魔は、空中で肉片や骨を撒き散らした。

ヴィシュヌが 頭上でチャクラムを回転させ

肉片や 黒い血が降ってくるのを回避してくれたが

氷の槍は、貫いたものを破裂させるようだ。


「地に立たせるな。首以外は 形も残すなよ」と

パイモンは、いつもの表情かおで笑っているが

こんなイメージはなかったので、オレらは 説明を求め、ボティスや シェムハザに眼を向けた。


「地界の炎だ。性質も」

「完全な粉砕、暴走、破滅を司る」


周囲に落ちた肉片や骨は、ゴボゴボと煮えたぎり

赤黒い炎が点いた。

骨まで焼き尽くすと、黒い煙を上げながら 炎も消えるが

「パイモンが 地界の火の精を喚んでいる」

「燃やすのが好きだからな」という解説を聞いて

完全に見方が変わった。

ミカエルが ため息をついている。


「シェムハザ!」


片腕を破裂させられた悪魔が、シェムハザの前に降りたが、ボティスが蹴り飛ばす。

「何をしている?! 地に立たすな と言っただろ?!」と パイモンが配下を叱った。


「いや、地獄ゲエンナの軍は強い。よくやっている」と

言った シェムハザは睨まれ

「これ以上 形あるまま立たせたら、お前等ごと焼くぞ!」と、配下は追い立てられている。


パイモンの配下が不憫になったのか、火の海になるのを避けるためか、槍を持った地獄ゲエンナの悪魔が降りようとすると ミカエルが斬首し、ヴィシュヌのチャクラムにも 胴を輪切りにされた。


悪魔の身体や肉片から上がる 炎を見つめながら

「出る幕ねぇな」と言う 朋樹に頷くが、

地獄ゲエンナの悪魔たちは、地面に着いたら焼かれ

ヴィシュヌや ミカエルがいることも分かっていて

近くに降りて来る。オレらを狙っているのか... ?


「ルカ。あなたを始末しようとしているわ」


地獄ゲエンナの悪魔の視線を観察していた アリエルが言った。


「え? 雷 喚ぶから... ?」


胸に穴を開けた悪魔が、また飛び込んで来たが

パイモンの配下が追い付く前に

振り返った アリエルが 牝ライオンの姿に戻って

首に食らいつき、骨を砕いた。

ルカがまた「え?」と言ったが、オレも言ったと思う。

アリエルが咬んだ部分は、白い光を発している。


アリエルが、力が抜けた悪魔を放り投げると

空中にいる悪魔に追突した。

どっちの身体からも 光を発し、折れた骨が はみ出す。

次に飛び込んだ悪魔には 牙を剥き

「ガアァッ」と 吠えて怯ませている。

堂々とした体躯。輝く毛並みが 神々しくもあるが、怖ぇ...

「アリエル」と、ミカエルが引かせて 斬首してるしさ。


「彼女は文献によると、堕天使とされることもあって、今まで信じられなかったけど... 」

「いろいろ見ちまったな... 」と 切なげな顔の

ジェイドと 朋樹を

「ヴァイラよりマシだろ?」と アコが慰める。


ヴァイラは 素手で槍を払い、悪魔の首を捻り千切っている。強ぇんだよな。

手に残った頭部は、配下の悪魔に投げ

集めさせていた。


「よし。獲った首の額には 俺の印章を焼き付けて

地獄ゲエンナの前に積んでやれ」


パイモン...


辺りには まだ、肉片や四肢、胴体の 一部や

青白い翼が燃えているが、ものの5分掛からず

地獄ゲエンナの悪魔たちは粉砕された。

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