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「混乱させるな」


ボティスが、姿が見えない守護天使たちに

タクシーの運転手や、血肉を浴びてしまった人、

それを目撃した人たちが パニックにならないよう

癒やして 落ち着かせている。


「混乱しなくてもさ... 」


心傷トラウマにはなるよな... と 口を挟むと

「この件が終わったら 記憶は削除する」と

シェムハザが言ってるけどさ...

木や根になっちまってる人とか、さっき破裂しちまった人にも 家族や友達がいるだろう。


守護天使たちが癒やす様子を見たミカエルも 歩いて戻ってきて、ロキも大丈夫そうなので

店に戻ろうと振り返ると、開いた扉の中には

トールと ヴィシュヌが立っていた。


「見てたよ」とだけ言った ヴィシュヌは

「ロキ、大丈夫? 朋樹のところに... 」と

扉の前を空け、ボティスからトールに渡った ロキを通す。

店の中には、イゲルと アコも居て

ジャタ島や 奈落の森から取ってきてくれた枝を

床に積んでいる。


「ロキ?」


ヘルメスが 疲れた顔のロキを見て 寄って行ったが

シェムハザに 朋樹が呼ばれ、霊視に入った。


皇帝ルシファーを喚んだが... 」


ボティスが説明する間に、ルカは ミカエルに

「珈琲もらってきて」と 頼まれ

カウンターの魔人から受け取って渡すと

「マシュマロも」と わがままを言うので

シェムハザが取り寄せた。

魔人に気を使って抑えてはいるようでも、アマイモンや皇帝のことで、さすがに機嫌が悪い。

ムリもねぇけどさ。


ヴィシュヌたちに ワインのグラスを運んだ後、

オレらもまた コーヒーをもらって、少し落ち着く。


「変形してしまわれた方を... 」


皇帝がしたことを聞いた 四郎がショックを受けているが、ミカエルは黙ってコーヒーを飲んでいて

オレもジェイドも 何も言えなかった。


「日本のどこか... としか 分からねぇな」


ロキを見ていた 朋樹が ため息をついた。

ロキは、最初の瓶がある儀式の場所... キュベレや ソゾンが 夜国と地上を行き来する神殿がある森から、別の山に朱色の鳥居を見ている。

けど、魔除けの意味もあって、太陽や炎、血、生命の色でもある 赤鳥居は多いんだよな...


「でも、日本なんだな」と トールが言うと

「俺等をからかってやがるんだろ。

イヴァンが学校に行ったことも知ってんだろうしな」と ロキが返したが、シェムハザが

「獣が降りた地でもある」と 付け加えた。


「千年程前に、朋樹の神社。

十七年前が 一の山だ。

現在は 泰河に混ざっているからな」


夜国と獣が無関係って訳では なさそうだったけど

あの森のことは思い出したくねぇんだよな...

気持ちが というより、思い出してしまうことに

危機感のようなものを感じる。

キュベレが近くに居た時の 嫌悪感にも似ている。


「アコ」


ボティスが ゴールドの眼を向けると、アコが頷き

「八の軍で 儀式の場の捜索。指揮は お前。

四から七が いつも通りに 街へ。

入れ替わりの場には 十二の軍。

パイモンの軍や、アリエルの軍に協力を。

残りは地界。ハティか アガリアレプトの指示に従え」と イゲルに命じた。


アガリアレプト... ボティスが 地界全体の軍で動く時の司令だ。皇帝直属の上級精霊の 一人。

地界全体が動くことも有り得る ってことか...


イゲルが 軍に命を出しに地界へ消えると

「とりあえず、広場の黒い木の側に

枝を挿してみよう」と、アコが 外へ出たので

オレと ルカも ついて行く。


シェムハザが指を鳴らし、窓ドアや窓を開けたので、ボティスたちは 店内から見るようだ。

外は ついさっき戻った時より 青みを増していた。


「影 ねーと、嘘っぽい っていうか

味気ねーよなぁ」


ルカが ぼんやりと

明かりが点いた 街灯を見上げて言った。


アコが持っているのは、鮮やかな黄緑の葉がついた 黄色の枝だ。長さは 20センチくらい。

そんな小さいやつが... と ぎったが、

朱里に渡した枝も 最初は そんなもんだったしな。


リポーターに もうひとりの男が融合してなった

黒い木の近くで、アコが 枝を持つ手を開くと

枝が 根元に刺さった。

地面には 敷石タイルが敷かれているが、割らずに貫通している。

黄色い枝は、鉱石のような黒く細い幹に添うようにして ぐんぐん伸び始めた。


「うわ」

「すげぇな... 」


上に伸びながら 枝分かれし、さわさわと明るい黄緑の葉を次々に開き、太さを増していく幹が 黒い木の幹を取り込んでいく。

月夜見キミサマの霊樹や樹檻みてぇだ。


「これ、根も包み込んでんの?」


「うん?」と答えた アコは、パイモンを喚んだ。


「何だ? 木の祝福なら 始めている。

奈落や アマイモンのことも、ハティの配下に聞いたが... 」と、成長を続ける木に目を止めて

「これは? 影人の木を飲んでいるのか?」と

眉をしかめている。

枝を挿す前に喚ぶべき だったよな...


「ごめん。枝が跳んで、勝手に植わったんだ」


アコが肩を竦めてみせたが、

パイモンは不機嫌なまま「サヴィ!」と

ブロンドの女の子のような悪魔を喚び

「根の調査」と ぶっきらぼうに命じた。

顔だけ見ると 拗ねた美女だが、声が しっかり男だ。


「はい!」


少し前まで 奈落で蟷螂頭だった サヴィは素直だ。

パイモンの軍で仕事が出来るのが、嬉しくて たまらないようで

「街路樹と同じ 木蓮の根になってきますね」と

グリーンの眼を輝かせ、笑顔で 地面の下へ消えた。

パイモンは「うん、頼む」と 微笑って返し

少し 機嫌が直ったように見える。


朋樹が「パイモン、お疲れ」と

ワインを持って シェムハザと出て来た。

グラスを受け取って 一口 飲み、また少し 機嫌が直ったようだが

「まだ 全快じゃねーのな」と ルカが呟く。

こういう、調査とか実験絡みじゃなければ

パイモンは カラッとしたいヤツなんだけどな...


「飲みながら待たないか?

俺が出す 魔人たちの店だ」


シェムハザが誘うが

「いや、少し 木を見させてくれ」と

グラスを朋樹に渡して持たせ、黄色い幹に手をつけると、短い呪文を唱えた。


パイモンの手の下で、ベキ っと音を立てて

幹が裂けた。

「お前、何やってるんだよ?」と

店の窓から見ていた ミカエルが文句を言う。


「中を調べようとしてるに決まっているだろう?

割らずに どう見るんだ?

透過じゃ触れないからな」


「言えばいいだろ?」と ミカエルが出て来たが

八つ当たりなのか、パイモンは無視だ。

また呪文を唱えると、裂けた幹が ベキベキと音を立てて開いていく。音が悲鳴に聞こえるぜ。


「やはり、黒い木を包み込んでるな。

鉱石のような表面の艶が 曇っているようだが... 」


「やり直し」


ミカエルが 幹に手を宛てて癒やすと、割れた幹が

塞がっちまった。

冷たい視線を向けた パイモンの背に

シェムハザが手を添え、甘い匂いを増す。

けど、ミカエルが「中の木を見せれるか?」と

木に言うと、塞がった幹に 樹洞が出来た。

パイモンが目を見張る。


「おお!」「すげーじゃん!」


オレと ルカの 一言は余分だったらしく

パイモンに、さっきと同じ視線を向けられた。

朋樹にまで “シッシ” と 手で追い払われたしさ。


「俺等、今んとこ 要らないかな?

アイス買いに行く?」


アコは アコだ。

「何にする?」と ミカエルから聞き

「行こう」と、オレとルカを その場から離した。


広場の道路沿いには、まだタクシーが停車したままで、運転手だけでなく 他の目撃者も居た。

守護天使たちも ついているようで 風が動く。


「全員、リリトの印がある。重なられることはないな」


「あ、そうなんだ」と言う ルカのように

オレも それには安心したが

「どうすればいいんですかね?」

「さっきの、あんな事が また... 」と

話していて、この場から動けそうにない。


「あんな、人が... 」


ひとりが言って涙ぐむと、守護天使たちの囁きで

風が動く。

ショックどころじゃなかっただろうし、怖ぇよな。


「“リリ” と言った奴は 重ならないぞ」


最初から仲間だったかのように 輪に入った アコが

「教会、神社、寺。宗教施設に入れば

影人は出てこない。

“リリ” と言っていないのに、そういう施設にも向かわない奴が 重なられちまう」と 話し始めた。


「向かわない奴は、引き摺ってでも 教会へ連れて行くんだ。

未成年者は どいつも、“リリ” と言ってない。

皆で協力して助ける必要がある。

この事を ネットや 口伝てで 正確に拡めること。

そして 今すぐに、家族や友達が 宗教施設へ向かうかどうかを確かめろ。動け」


アコが命じると、それぞれ スマホを手に取り

親しい人に連絡を取りながら散り出した。


「上手くいくかな?」

「心配だよな、世界規模だと」


「うん、数が数だからな。

でも、宗教施設の責任者や管理者たちには

門や扉を開いておくように啓示を与えてる。

教会には、ザドキエルが ミカエルの意思として

寺にはガルダたちが。神社も高天原がやってるぞ」


助かるよな...


「中には信仰心が薄い奴もいる。

啓示に気づけないようなのが。

でも、ベリアルと契約した奴も多いから

ベリアルの配下が圧力をかけてる。

他の権力者も同様。

結構、悪魔と契約した奴はいるからな」って

ことらしいしさ。


召喚部屋で契約した人たちを思い出した。

朱里の叔父さんとか。

会社経営や政治で占いを頼る人も世界中にいるし、もっと力がある人たちとも契約してるんだろうしな。


アイスを注文し、カップに入れられるのを待つ間にも、アコは 店内で

「シャドウピープルって知ってるだろ?」と

他の客に話し掛け、アイスを受け取って 外に出ても

「お前、アンクがあるな。もうすぐ アマイモンから、“人間に拒絶反応が出たら 宗教施設へ行って

憑依を解け” って命が出るぞ。

そういう人間は 施設に連れて行けよ」と

声を掛けながら 店へ戻る。


「ボティス、ラムレーズンだ」と

アイスを配り出した。カウンターの魔人にも

「これ、キッチンで配って」と、紙袋を 一つ 渡している。


パイモンと ミカエルも店に戻っていて

「奈落の木の中で、黒い木が少し変容している」と ヴィシュヌたちに興奮気味に話していたが

アコから「パイモンはチョコミント」を受け取り

「あ、リリトが連れて帰った奴等のことだけど」と、オレらにも顔を向けた。


リリトが連れ帰った人 って、ケシュムの儀式の場の見張りか...  忘れてたぜ。

眼が青銀に光る、重なり切った人たちだ。


「二人共 眠ったままだ」


「ずっと?」


バニラアイスを食いながら ヴィシュヌが眉をひそめた。テーブルの向かいでは、ロキとトールが

アコから トリプルのカップを受け取っている。


「そう。身体には、特に異常は見当たらない。

ただ、地上に連れて戻ると

アケパロイや 二人一体になる恐れはあるかもな。

重なり切ると戻せないんだろう?

もうしばらく 地界で観察してみる」


「あのさぁ、アマイモンの配下が憑依した人間達が 宗教施設に入ったら、憑依を解くんでしょ?」


ヘルメスは、ラムネ入りのやつだ。

「そしたら また、帰っちゃわない?」と

ジェイドの抹茶も味見する。


「宗教施設の者たちに、施設から出ないよう 説得させるけど、聞かなければ眠らせる」


ミカエルが言うが、納得いかない やり方だからか

表情や声が硬い。

「アイス、イチゴ味なのにな」と ルカも言う。


「足りなかったか?」


アコが、浮かない顔をした 四郎に聞いた。

四郎のは、チョコと クッキーアンドクリームのダブルだ。


「トリプルじゃ多いかと思って」と 気にされ

「いえ、充分です」と 返しているが

「学友等が、不安になっておるので... 」と 添えた。


「ああ、心配だよな」

「未成年の子たちは どうするんだ?

見張りはついていても、本人が不安だと... 」


朋樹や ジェイドが聞くと、ミカエルは

「不安な者は 学校。

シェムハザ、学校の責任者と話して

避難所として宿泊出来るように準備を。

四郎、トールとロキ。学校の守護」と命じ

「儀式の場所が割れるまで、枝挿しと 街の様子見」と 空のカップを ルカに渡し、椅子を立った。

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