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「綺麗事ばかりで、異の者を排除出来ると思っているのか? 相手は 地界の者でも 天から見た異教の者でもないんだぞ?

憑依ついでに 悪魔等が人間を唆すとでも思っているのか? これは、天と地界の争いではない。

それぞれが別の方向を見ていて どうする?」


「やり方の問題だ。

人間を真理から遠ざければ、聖霊も遠ざかる。

夜国と地界との争いでもない」


地界で皇帝と話した アマイモンが戻って来て

ミカエルと揉めている。


「肉体だけではない。霊も変容させられ

夜国とやらに取られているんだぞ」と言う

アマイモンには シェムハザがワインを渡し、

「だからだろ? 霊こそが命だ。

命を生かす というのは、肉体だけを生かす ということじゃない。肉の考え方をするな」と返す

ミカエルの隣には ヴィシュヌ。

ジェイドと朋樹が ワイン諸々を渡す係だ。

近くのテーブルに ボティスと榊。


地界では、『アマイモン』と 笑顔で頬に触れた

皇帝に『夜国の話を聞いた』と 本題から入ってしまい、拗ねられたが、構わず 憑依の提案をし

『ミカエルと話を』と 背中を向けられたらしい。

皇帝の城には ハティが残っている。


「夜国の民になった者等は、望んで重なられた訳ではない と 聞いているが?」


「そう、無差別だ。

でも分離して 影を取り戻すことも出来ている。

重なられた者、隣で元の霊に呼び掛ける者、

互いの愛によってだ。

天使や悪魔、どの神々にも出来ない事を 人間同士で やっている。そうあるべきだろ?」


「アマイモン。悪魔を受け入れきれる人間ばかりではない。また 人間に憑依した悪魔が、キュベレにそそのかされる事も考えられる」


アマイモンは、ミカエルの返答と シェムハザが添えた言葉に何も返さず、グラスを口に運んだ。

さっきまで奈落に居て、実際に 影人が重なった人や 分離固定するところを見た訳じゃねぇもんな。

憑依した悪魔が キュベレに使われたら、結局 夜国に取られる事になるだろう。


「... むずかしいよな。

“重なられたら即死” って訳でもねぇし。

もしそうだったら、ミカエルも 違う風に考えたのかもしれねぇけどよ」


オレとルカ、四郎は、グミの子と カウンターに居て、小声で話している。


「珈琲、飲む?

店のメニューに置くのは 検討中なんだけど

俺等が飲むから あるよ」と、カウンターの子が

キッチンへ頼みに行ってくれた。


四郎は、まだ部活中で 学校に居るリョウジたちと連絡を取って、変わった事はないか と聞いたり

敷島と幸田が運営している オカルトサイトの記事を チェックしたりしていて

「“宗教施設には シャドウピープルが出ない” といった記事を書かれております」と 報告し

コメント欄にも 目を通している。


「重なり切って、木や根になっている者については どうなんだ?」と言う アマイモンに

「ラファエルや パイモンが 調べているところだ」と ミカエルが返し

「そうなると分かっていて 憑依するな と?」

「重なってしまったら 分離固定して すぐに連れて来い と言ってるんだ。

重なる時を隠されないための秘禁術をやったところだろ?」と まだ話は終わりそうにない。


伝令を終え、奈落の枝を植える様子も見てきた ヘルメスも戻ったが、ミカエルたちのテーブルを見て カウンターに来た。


「あの枝、すごいね。

黒い根を感知したら、手に持った奈落の枝が 根を

伸ばして自分から植わるんだから。

ティトとサヴィが また潜れるだけ潜って

根の観察してくれてる」


今 店に戻った ヘルメスの分までコーヒーを運んでくれた魔人が、「これも試作だよ」と

小さいレアチーズタルトも出してくれた。

レモン風味だ。美味い。


「天が俺を どう定めていようと」


アマイモンの声。さっきまでと声色が変わって

オレらや 魔人まで緊張する。


「俺は、万物の生命を育む神だ」


アメン・ラー... 大気と太陽の神 だもんな...


「動物にしろ 植物にしろ、肉体を だろ?」


ミカエルも 厳しい声で答える。


「霊の話をしているんだ。許可は出来ない。

もう言わせるな」


「地界、北方 全軍に告ぐ」


「あ?」と、ボティスが 珍しい声を上げた。

アマイモンも パイモンのように、地界の 一方位を治めている。南や東という説もあるが

今、“北方全軍” って 言ったよな... ?


「アマイモ... 」と シェムハザも止めかけたが

アマイモンは

「地上へ上がり、未成年こどもを除く リリトの印が無い人間共 全てに憑け」と 命じた。


カウンターの魔人が 冷汗をかいて しゃがみ込み

シェムハザやアマイモンから 煙が上がり始めた。

ミカエルだ。すげぇ怒ってる。そりゃあな...


「ミカエル... 」と、ヴィシュヌが ミカエルの背に

手を宛てた。ボティスも椅子を立つ。

榊は固まってるけど、ジェイドや 朋樹も 口は出せねぇ。


「神とは、誰のための神だ?」


無言のミカエルに、アマイモンが問う。


「“地上に生きる者の神” ではないのか?

お前等の父が、“肉体に” 霊を与えたのだ」


地界で アマイモンの声を聞いた ハティが顕れ

「皇帝と話を」と アマイモンを連れて

地界へ消えた。



「ミカエル... 」


立ったまま ボティスが呼ぶと

「うん。悪い」と、ミカエルが シェムハザに謝った。「抑えたんだけど」らしいが、怒った影響で 焼かれちまってる。


カウンターの中を覗き込んだ ヘルメスが

「大丈夫?」と聞いている声で、まだどこか ぼんやりしていた意識が やっとしっかりした。

そうだ、魔人の兄ちゃんにも 影響してたよな...


「あっ... 」と、気にして ミカエルが椅子を立つが

「いえ、大丈夫です」と、カウンターの中の 魔人が顔を見せた。だいぶ ムリしてそうだ。

けど 今、ミカエルが近づかねぇ方がいいだろう。

怖ぇだろうし。

シェムハザと 魔人の兄ちゃんには、ヴィシュヌが

アムリタを振る舞ってくれて、かなり楽になったように見える。固まっている榊にも振る舞われた。


「まぁ、座ろう。ボティスも」と ヴィシュヌに言われ、ミカエルも ボティスも座り直したが

ミカエルは「あいつ、また 奈落に送ってやる」と

いつもと違う 静かな声だ。

オレらは まだ、黙ってた方が良さそうだな。

ヘルメスと頷き合うロキも大人しい。


「困ったね。アマイモンも 悪いことをしようと思った訳じゃないし、話を 最初から知ってる訳でもないからね」


「とにかく、秘禁が効いている内に

話し合った通り、儀式の場所の特定だな」


ヴィシュヌや ボティスが 悪魔の憑依から ミカエルの気を逸らそうと 話を進めたが、ミカエルは

「どんなに奥に潜んで憑依しても、影響される者が 必ず出る」と、まだ厳しい声だ。


隣からルカが オレを肘で小突き、スマホの画面を見せてきた。


『憑かれた人を、宗教施設に連れて行くのは

自然じゃね?』


おお、そうだよな! ルカに頷く が

「影人の事がある中 憑依これだ。余計に混乱するのも目に見えてる」と言っている ミカエルに

今、進言するのは...


ルカは、四郎や ヘルメス、ロキにも スマホ画面を見せてみているが、手のひらを みんなに見せて

“御待ちを” と示した 四郎も、自分のスマホに 文字を打つ。指、速ぇ...


『過去、弾圧された折、私共は

“宗旨を認めて頂きたい” と 立ち上がりました。

しかし御存知の通り、その心ごと 打ち砕かれたのです。

ですが現在、どうでしょう?

互いが互いを認め合うという、私達が芯より思い望んだ世になっておるではありませんか。

私共の亡き後、天主様を信じ、ゼズ様を信じ

御大切の教えを信じ、耐え忍ばれた方々が繋がれたからでは ないでしょうか?

こうして必ず与えて下さるのです。

ですので 私には、聖みげるが仰っておられる事が

分かります』


艱難に耐えて、祈り求めれば、必ず与えられる。

四郎達が立ち上がった事で 弾圧が激化してしまった... とも 考えられる。

まぁ、その場に居て そういう思いをした訳じゃねぇのに、簡単に口に出したりは出来ねぇけどさ。

凶作で飢えてた挙げ句 だもんな...

オレが その時代のキリシタンだったら、簡単に転んでたかもしれねぇし。拷問されんのが怖くて。


『悪魔の憑依で、簡単に影人を避けようとしたら

もっと ひどいことになる恐れもある ってこと?』


ルカが 文字で聞くと、四郎も文字を打ち

『聖みげるが仰られたように、聖霊が注がれることはないと思うのです。

天主様やゼズ様、また各々が信じられておられる神々に 祈ることも御座いませんので。

アマイモンが命じられた事は、キュベレや夜国の神がしておる事と同じ事でしょう』と 返している。

悪魔が憑依はいってて、影人が重ならなけりゃ

“助けてくれ” って求めたり、祈ったりしねぇもんな。救いの手は差し出されない。

人間に悪魔を憑依させるってことも、霊が身体に入る という意味では、影人と同じだ。


その後 もし、もっと 手に負えねぇような事態になっても、影人の重なりから助けてくれたのが 悪魔だと分かれば、人間側は また悪魔を頼る。

けど 相手は、夜国の神だけじゃない。

キュベレもだ。聖父の肋骨。.悪魔じゃ敵わねぇ。

... なら やっぱり、悪魔を頼るのは ダメなんじゃねぇか?


『でも もう、アマイモンが命じちゃったからさ。

アマイモンの配下は、アマイモン以外なら

ルシファーか ハティの言うことしか聞かないでしょ? かなり上位の人だったよね?』


ルカのスマホを取ったヘルメスが 打った文字を見せると、ロキも取って

『ルカの意見を押すしかねぇな』と 打ち込み

四郎や オレらも頷くと、「ミ」カエル とロキが呼び掛けたが、四郎のスマホが鳴った。

リョウジから着信だ。

オレのスマホには 朱里からメッセージが入り

ルカや朋樹、ジェイドのスマホも鳴る。


メッセージを開いてみると

『泰河くん、今 ニュースみれる? 生中継でやってるよ』とある。

カウンターの魔人に「テレビ、ある?」と聞いてみると、キッチンかバックルームから ポータブルテレビを持ってきてくれた。


「あっ... 」

「まずいね... 」


ロキや ヘルメスが眉をしかめ、ミカエルの方を気にする。

ニュースには、“集団ヒステリーか?” とあって

悲鳴や笑い声、泣き声が入り交じる。

画面には 顔をフィルターで ぼかされ、歩道に転がっちまってる人や 獣のように叫びながら走っている人、座り込んで『あーあー』と 抑揚なく言いながら、首を振り続けている人...


どこかの でかい病院の前にも画面が切り替わり

リポーターの男の人が、病院へ運び込まれていく人たちから 邪魔にならない位置で

『... このように、世界各地で 一斉に 憑依症候群を思わせる 集団ヒステリー症状が相次いでいます。

今のところ、危険なガスなどは検出されておらず

また ヒステリーを起こした方々に、身体の異常も認められていません。

よって、心因性のものではないか という推測がなされています。

目撃情報が後を立たず、ネットでも噂となっている シャドウピープルへの恐怖心から... 』と 口早くちばやに話し続けていたが、カメラに 別の男が映り込んだ。

額に、別の二つの眼... 影人が重なったヤツだ。


「ミカエル!」と呼んだ ヘルメスが消え

テレビ画面の中に顕れたが、重なった男は リポーターの腕を掴んだ。

リポーターの片腕を ヘルメスも掴むが、リポーターの肘に もやのように ぼんやりとした何かが触れた。別の影人か... ?

リポーターが 一瞬 消失した時に見えたのは

重なった男の胸から出ている 靄のような別の身体の上半身だった。


店内から消え、ヘルメスの隣に立ったミカエルの前で、リポーターの腰が 男の腹部に のめり込んでいき、男の胸から 横向きのリポーターの腹から上が、腰からは 横向きのリポーターの脚が生えた。

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