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「盲点だった... 」


サムとの通話を終え、ボティスが 愕然としている。


「悪魔が憑依すりゃあ、霊の情報は 二体分になる。だが、地中の影は 人間のもののみ 一体のままだ。影人は、霊体の型を 地中の影から取れず

重なることも出来ん」


「だけど 悪魔の憑依は、無害とは限らないんだろう?」

「憑依した悪魔が 人間の体内で大人しく潜んでいても、憑かれただけで 拒絶反応を起こして発狂してしまったり、衰弱していくこともあるからな」


トールは まだ、世界樹ユグドラシルから戻っていないが

ヘルメスから報告を受けた ヴィシュヌやシェムハザが戻って来た。

ジャタ島や 奈落の森から持ち帰った枝は

阿修羅アスラ衆や 悪魔たちが 世界中に散らばって

地上の地面に反応する場所... 黒い足跡がある場所を探しながら、植えてくれている。


「ふむ。儂等が憑いても、気狂きちがう事が大半よ。

良い手では あるまい」


「だが、重なりは 大幅に防止出来るぞ。

いつまでも 重なられては消し を続けるつもりなのか?」


パズルゲームを続けながら アマイモンが言う。

最初から居たかのように まだ居るんだよな、この人。そして結局、オレらが電話をしていた間に

ハティから 影人の説明を聞いていた。


「この秘禁術の間に 儀式の場所を特定して

大元を叩くつもりでいるんだ。

儀式に使われる 麦酒の瓶に何かあると思うから

破壊して、囚われている子供を救助する」


ヴィシュヌが言うと

「では 秘禁術これの間、向こうが警戒し 儀式も取り止め、何も動かずに耐えれば、再び秘禁術を掛けるのか?」と、スマホから顔を上げて ワインを飲んだ。


「どれだけ時間を掛ける気だ?

囚われの子供も救出するつもりなら、尚更 時間を掛けるべきではない。

この秘禁の間に 方を付けるべきだ。

こちらが対処のやり方を変えた と 相手側が解れば

向こうも やり方を変えて動く。

二人一体とやらの変形型の影人主体で出してくる恐れもあるだろう?

リリトの印が無い者以外、憑く事が可能な者には憑き、憑けん者は 影人の出現がない宗教施設に入れろ」


簡単に言うけどさ...

人間には社会的な生活もあるし、今日から三日間じゃ難しいよな。


けど、アマイモンは

「地界は そのつもりで動くぞ。ルシファーと話す。三日間 悪魔等が人間に憑依することに関して

ミカエルを説得しとけ」と、椅子を立ち

「ハゲニト」と 地界へ消えた。




********




「許可 出来ない」


再び 聖子に報告し、奈落に配下を派遣した後

天から戻って、ヴィシュヌや ボティスに話を聞いた ミカエルの第一声だ。


「如何なる場合であろうと、人間を 悪魔に委ねる訳にはいかない。

また、自由意志も尊重されていない。

三日の間に 儀式の場所を探し、大元を潰す間の対処については、宗教施設神域の加護は受けるとしても、これまで通りにやっていく」


「ミカエル。だが相手は キュベレだけじゃあない。影人の対処として という事だ。

すでに リリトの息は掛かっている。

掛かっておらん者等が アケパロイや 二人一体となり、黒い根や、その養分となって 黒い木となる事は... 」


諭そうとする ボティスを遮り、ミカエルは

「リリトは憑依ついた訳じゃないだろ?

人間に悪夢を見せたに過ぎない。

ここは、夜国じゃない。父が創造つくった 地上だ。

人間の求めや 祈りに対しても、父の力が及ばないはずはない。

現に 聖霊の働きによって、カインが アベルの血から赦しの木を生み出し、黒い根... 夜国の侵攻を抑制している。

助かる方法として、悪魔を利用するのか?」と

返した。


聖父が創造したのは、人間だけじゃない。

聖霊の働き... 聖父が 直接 手を下さなくても

地上の自然の意志が天に届き、聖霊が注がれる。

この場合は、自然が アマイモン... アメン・ラーの妻ムトに危機を予見させ、アマイモンやサマエルが カインをアベルの血に向き合わせた。

赦しによって実がみのり、救いとなる木が与えられた。それを為させる力のことだ。


「... “罪の誘惑が来ることは避けられない。

しかし、それをきたらせる者は、わざわいである”...

父の被造物である 地上の者として、罪を犯すべきじゃない」と 返し

「お前達は、どういった存在だ?」と

ジェイドに聞く。

ジェイドは、神父として 人を教えに導き

祓魔として 悪を祓う。

ミカエルが読んだ... “罪の誘惑が来ることは”... は

聖ルカ 17章1節だ。ジェイドは、続く2節を読んだ。


「... “これらの小さい者のひとりを罪に誘惑するよりは、むしろ、ひきうすを首にかけられて海に投げ入れられた方が、ましである”... 」


艱難かんなんの時、聖子は どうしろと言った?」と

四郎にも聞いた。


「ただ 御国を求めること。

失望せずに常に祈ること です」


ミカエルに答えた 四郎に

「では、12章4節と5節を」と シェムハザが言う。


「... “そこで わたしの友である あなたがたに言うが、からだを殺しても、そのあとで それ以上なにもできない者どもを恐れるな。

恐るべき者が だれであるか、教えてあげよう。

殺したあとで、更に地獄に投げ込む権威のあるかたを恐れなさい。

そうだ、あなたがたに言っておくが、

そのかたを恐れなさい”... 」


「“殺した後で 更に地獄へ投げ込む権威”。

それは、父のみの権威だ。

だが 影人等 夜国の神は、生きた霊に罪を犯す者だ。父が与えた霊を汚し、奪う者だぞ?」


四郎が読んだ後に言った シェムハザに

ミカエルは「神の国は どこにくる?」と 問い返した。


... “「神の国は、見られるかたちで来るものではない。また『見よ、ここにある』『あそこにある』などとも言えない。神の国は、実に あなたがたの

ただ中にあるのだ」”...


悪魔に憑依させて... というか、御使いである ミカエルが それを許して、その場しのぎで 人間を悪魔に委ねてしまえば、神の救い... 聖霊は注がれないかもしれない。ただ中に 悪魔が居るからだ。

それは、悪魔の誘惑に乗った とも取れる。


「... “そこで わたしは あなたがたに言う”... 」


11章9節だ。13節までに

... “求めよ、そうすれば、与えられるであろう。

捜せ、そうすれば見いだすであろう。

門をたたけ、そうすれば、あけてもらえるであろう。

すべて求める者は得、捜す者は見いだし、

門をたたく者は あけてもらえるからである。

あなたがたのうちで、父であるものは、

その子が魚を求めるのに、魚の代りに へびを与えるだろうか。

卵を求めるのに、さそりを与えるだろうか。

このように、あなたがたは悪い者であっても、

自分の子供には、良い贈り物をすることを知っているとすれば、天の父は なおさら、求めて来る者に 聖霊を下さらないことがあろうか”... と ある。


少し前までなら、今 ミカエルが言っていることが

半分 理解出来なかったし、納得も出来なかった。

けど、ミカエルは 影人の重なりを防ぐために

悪魔を人間に憑依させることで、聖父に祈り求めることを させられなくなることや

聖霊を遮断させてしまう恐れ を危惧しているのだろう。


「だが、大元を叩くまでに 救えるはずの者を見過ごすのか? どれだけ犠牲にする?」


苛ついて反論する シェムハザに

「犠牲にしようとはしていない。

影人については、今まで通りに対処していく。

重なりを防止し、重なってしまった者は

奈落で重なりを解く」と ミカエルが答え

「重なり切って 夜国に取られる者については

どうなんだ と 言っているんだ!」と

キレさせちまった。


シェムハザは、地上で 人間と共に暮らしている。

人間の位置に立って話している という気がする。

オレらにとっては 嬉しいけど、それぞれの役割を考えると、立ち位置は違う気がする。


「聖ルカ、21章19節」


ミカエルは 冷静だ。

「... “あなたがたは耐え忍ぶことによって、

自分の魂を かち取るであろう”... 」と

ジェイドが読んだ。


「これは、まだ重なっていない者に対してのみの

言葉じゃない。

重なり切ってしまった者にも、父が与えた霊は残っているはずだ。

そして 父が手ずから造り、気息を吹き込んだ人間の霊には、父の火花が含まれている。

重なっていない者が 耐え忍び、自らの魂を示すことによって、重なり切った者の霊も目覚めさせ

立ち返らせて取り戻す」


ミカエルに

「儀式の場で、夜国の者と話しただろう?

木になった後も 自らを燃やすくらいだ。

もう、人間とは別のものとなったように思えるが。立ち返るとも思えん」と

シェムハザが返し

「だいたい、夜国の神そのものの対処についても

何の案もない。

儀式の場を突き止めたとして、どう始末する?」と 続けると

「そう。重なった後の反応だ」と

ミカエルは シェムハザだけでなく、全員に眼を向けた。


「生物には、自己防衛本能が備わっているのに

誰一人として 拒絶反応も出ない。

なのに、外側からの 親しい者の呼び掛けには

元の霊が反応し、分離固定する事が出来る」


河川敷のカフェで会った アカネちゃんは

ケイタくんの呼び掛けに反応して、影人と分離出来た。


「夜国の神とは、キュベレが共に居る。

元の霊が 影人との融合を拒絶しないよう

キュベレが唆し、霊を騙していると考えられる。

影人と融合し切った後も 霊を騙し続けているから

身体が変形することや、黒い根や木になる事にも

理由も解らず犠牲になる事にも 疑問を持たない」


... けど、儀式の場で

“望んでなった?” と ヴィシュヌが聞くと

夜国の人たちは、停止したように見えた。

あれは、元の霊の反応だ。


「夜国の神そのものについては

まだ解らない事が多い。

でも キュベレやソゾンは違う。

儀式の場を突き止めたら、キュベレやソゾンを対処し、夜国の神から離す。

そうすれば、キュベレの影響は

人間にも 夜国の神にも及ばなくなる。

地上に影を取り戻せば、街中に影人が出現するという事もなくなるし、儀式で顕れる神殿に 人間が入らなければ、夜国の民になることもない。

神殿やオアシスを閉じ、夜国と地上との繋がりとなっている麦酒の瓶を破壊する」


「そうして、夜国の民になった者の眠る 元の霊を

起こす。木となり肉体を失った霊もだ」と 続け

シェムハザに視線を戻した。


「霊を目覚めさせるのは、俺等ではなく

隣人である人間の霊だ。どちらにも同じに

父の火花が含まれている。

悪魔を利用した霊であっては 聖霊は注がれない」


黙って聞いていた ヴィシュヌが

「... “天地は滅びるであろう。

しかし わたしの言葉は決して滅びることがない”... 」と、21章33節を読んだ。


言葉は滅びない。言葉は神であり、命だ。

すべては 言葉によって出来、命は 人の光。

どんなふうになっても、人の中にある光が滅びることはない。


「そうだね。俺等は、ぶどうの木の枝になりつつある。天も地界も 異教も 手を取り ひとつに。

だけど、人間の外側に居る存在として ということは 変わりない。内に在るのは その言葉だ。

迷う時は導き、加護を与えるけど

介入し過ぎてはならない。

人間が 神々を信じるように、俺等も人間を信じて

任せてみよう」と 微笑った。

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