73


叫び声が上がった後、すぐにカメラが切り替わり

スタジオに回されたが、セットの中に座っているニュースキャスターたちも 何も話せていない。


「シェムハザ」


ボティスに呼ばれて、シェムハザが指を鳴らした。

テレビの画面では、一瞬 キョトンとした キャスターたちが『あ、こちらに戻っていますね。失礼しました。何かトラブルでしょうか?』と 慌てているが、さっきの影人の記憶を削除したようだ。


「現場のカメラも破壊した方がいいね」と

ヴィシュヌが 指輪を外し、チャクラムにして飛ばす。


「リポーターと重なった男を見た者の記憶も

削除 出来ていると思うが... 」


シェムハザが言っている間に、重なった 二人を連れた ミカエルとヘルメスが戻った。

二人は、仮死状態にされている。


「ルカ」


呼ばれた ルカと、二人の男を見に行くが

男たちの額を見たルカが 首を横に振った。

印は無い。


「なんとのう... この様な事が許されようか... ?」

「でも、分離固定してないからじゃないのか?」


眉をしかめた榊の背に 手を宛てたジェイドが言い

「起こしてみるか?」ということに なった。


ミカエルが 男たちの額に触れると、店の床に横たえられている二人の 額の瞼も開く。

リポーターの男は、もう 一人の男の胴体に 横向きに入っているため、仰向けになっている。


「話せる?」


戻ったチャクラムを 指輪にして指に嵌めながら

仰向けになっているリポーターに ヴィシュヌが聞く。

リポーターの男は 額の眼だけを ヴィシュヌに向けたが、今 この眼が見えるのは、オレと ボティス、ロキと 四郎、カウンターの魔人だけだ。


男が口を動かしたが、声は出ていない。

ロキが リポーターに 変身しようとしたが

「ダメだ」と オレらの後ろへ引いた。

「御言葉は?」と ヘルメスが ジェイドを見る。


「... “天におられる 私たちの父よ”... 」


ジェイドが 主の祈りを口にすると、ガラスを掻くような音の声が響いた。抗議しているようだ。


「... “名が聖と されますように。

国が きますように”... 」


朋樹に「泰河、どうした?」と 小声で聞かれ

「声がさ... 」と 答えていると、抗議の声は ますます大きくなる。


「... “心が天に行われる通り、地にも行われますように”... 」


ギギィッ と 強く声が鳴って、右手で 片耳を押さえる。声は、“やめろ!” と 言っている感じだ。

ジェイドが「... “私たちの日ごとの糧を”... 」と続けている間に、また 大きく声が鳴ったが

“成れ” と言った気がした。 何だ... ?


横向きに寝ている男の腕が 仰向けになっている リポーターの身体に回り、仰向けのリポーターが上半身を起こした。

額の眼は 白く裏返り、眉の位置まで降りている。


リポーターの背中に しがみつくようになった男と

ますます融合していく。

リポーターの背中に、男が捩っている 上半身の胸が同化し、左肩の後ろに 顔の鼻から上が覗き

胸に回された腕も シャツの中へ めり込んでいく。


リポーターの四つの眼も 左肩から覗く四つの眼も

恍惚とした光を帯びた。

「根が!」という、カウンターからの声。

店のアーチ型の古い木材の扉が 外から押され

空いた隙間の床に 黒い根が這い込んできた。


「ルカ」と ロキが呼んだが

「いや、待って。どこから伸びてる?」と

ヴィシュヌが 両開きの扉の片方を 大きく引き開けた。もう片方を 消えて移動した シェムハザが開ける。


黒い根は、道を挟んだ 広場から伸びてきている。

広場に立った ヴィシュヌが

「足跡だ。そこから根が出てる」と

表情を変えた。


「俺が ジャタ島から店に戻る時、足跡はなかった。広場や周囲の様子を見てから 店に入ったから

確実だ」


つまり オレらが店で話している間か、たった今

影人に重なられた女の人が、地に沈んで 根になった... ということだろう。

これだけ居て... 目と鼻の先だ。

ミカエルや ヴィシュヌでさえ 影人の気配は感じねぇし、オレらも まったくだもんな...


外は まだ明るく、駅前は人通りが多い。

「何 あれ?」と 根に気づいた人たちが立ち止まったが、榊が幻惑して 駅に向かわせる。

秘禁術が効いているので

「神隠しは掛けられぬ」ようだ。


ルカが 夜国の雷を喚んだ。

音の無い赤い光が 根の地面から突き上がり

店の中まで侵入した根までを消滅させる。

また あのガラスを掻くような声だ。強い怒りを感じる。


「おい」「動くな」


融合した二人が 四本の脚で立ち上がった。

ミカエルと ボティスが リポーターの腕を取ったが

構わず 開いた扉の方へ進もうとする。

バキッ と 音がして腕が折れ、シャツの袖も 紙のように破れた。


「は?」と、ヘルメスが ボティスと眼を合わせている。ミカエルが 腕を掴んでいた手を離した。

ボティスの手に残った腕のシャツは 灰のようになって 床に落ちる前に消え、剥き出しになった腕は

内側から黒く染まっていく。

痩せ細ってはいないが、ケシュムで見た あの木だ。黒く硬い鉱石のような枝になった。


歩いているのは、リポーターではない男の足だ。

上半身は捩れて リポーターと融合したが、足は前を向いている。

リポーターの男は 捩れて融合した男を付けたまま

無表情に 身体ごと横を向き、歩く足の背後で 床を擦る自分の足を痙攣させている。


四郎の前を通り過ぎた時

「もう 眼が、重なっておられます」と 言った。


重なり切るのが 早くないか... ?

重なった影人は、本体の情報も読み切っていないはずだ。

二体 融合型になるなら、情報は必要ない ってことか?


扉の両端に居る ヴィシュヌと シェムハザの間を抜けて、融合した男が外へ出た。


榊が 近くを通りかかる人に幻惑を掛けているので

騒がれていないが、男を見て 不思議そうに首を傾げる人や、ぼんやりと立ち止まる人もいる。

男が 横向きの二本の足を痙攣させながら ぎこちなく歩く度、衣類が 灰のようにボロボロと落ちだしている。


広場に着いた男の前を通り過ぎようとした女が立ち止まった。体高が沈み...


「影人と重なった女か?」

「眼が青銀だ」


シェムハザが近付こうとしたが

「根に絡まれる」と ヴィシュヌが止める。

この状態じゃ、ルカも雷は使えない。

女の足が黒い根となり、男の脚に絡むと 身体を這い登る。

リポーターの男が口を開け、黒い根が侵入すると

男は痩せ細り 黒く染まっていく。


腰までが根になった女は、男に伸ばした両腕も根にしながら、背骨を無くしたかのように ぐにゃりと仰け反って上半身を折り、地面につけた頭から水に潜るように沈んでいく。

広場の片隅には、黒く細い鉱石のような木が残った。


「... どういうことだ?」


ロキが 口を開く。


「リリトの息が掛かっていない成人には、アマイモンの配下が憑依したんだろ?

もう 影人は重なれないはずだ。

でも あの男は、重なってから そう時間は経ってないぞ。眉や瞼じゃなく、額に眼があったからな。

リポーターと融合した男は、アマイモンが憑依のめいを出したり、秘禁術を掛けるより前に

あの妙な形の影人と重なってた... ってことか?」


「そう考えられるよね」と返した ヘルメスに

「じゃあ 影人は、明るい時間でも 正しい場所に出れるようになったのか?」と 聞き返している。


「昨夜 重なったんなら、一日で 本体の情報を

だいぶ読み込んでて、今日の このくらい時間には

額の眼が 眉の上くらいまで下がってるはずだ。

重なった奴のことは、毎朝 奈落に出勤して

かなりの数を見てきたからな。

あの男の別の眼が まだ額にあったのは、重なって

間も無かったからだ」


「最初から あの形の影人が出て、誰とでも重なれるんじゃないのか?」と ジェイドが言ってみているが

「いや。ニナの時は、最初は 一人分で出た。

男と重なって、地面に頭を着けた男に くっ付いて出たのが ニナの影人で

その後は、ニナの手を取った オレの影人が混ざった形で出た」と、朋樹が答えている。


「朋樹の影人 って、朋樹は重なれねーのに

なんで出たんだろ?」と言う ルカには

「“重なれねぇヤツ” が 手を取って、霊体が 二人分になっても、ニナとは重なれるように 対処されたんじゃねぇか?」と オレが言ってみた。


「そっか... で、朋樹と手を繋いだまま

ニナも あの影人と重なってたら、あの男と

二人 一体 みてーになっちまってたんだ... 」


「ドバイの空港で見た影人は?」と聞く ヘルメスには、「空港に居た誰か二人 の影人だろ?」と

ミカエルが答えているが

「“明るい時間に” は どうなんだ? 誰か答えろよ!」と、ロキが怒る。


「出れるようになった のかもしれないね」


ヴィシュヌが返すと、全員の肩が落ちたが

「地面の下に潜って 根になった女たちが

正しい場所に出現するように 誘導しているのかもしれないけどね」と 添えた。


「なら、奈落やジャタ島にある カインとアベルの木の枝を そこら中に植えりゃあ、それを抑制出来るんじゃねぇのか?

あの派手な枝は、黒い根を押えてるんだろ?」


「そうだ。乗り物に乗っていれば 影人に重なられる事はないが、歩道や... 」と ロキに返していた

ボティスが 途中で黙った。

枝を挿し木にするんでも、奈落とジャタ島の木だけじゃ、世界中に挿すには 追いつかねぇよな...


「ちぃと... 」


榊が「月夜見尊に 報じに参る。良かろうか?」と

ボティスに許可を得て 幽世の扉を開き

中へ入って行く。


「遅くなった」


入れ替わりに トールが戻って来た。

「ヴァナヘイムや 冥界ニヴルヘルだけでなく、世界樹ユグドラシル中に

枝を挿している。

今のところ、人間世界ミズガルズにしか 影人は出ていないが... 」と 豪快に腹を鳴らし、カウンターの魔人が

キッチンへ入って行った。


「そんなに たくさんの枝は 持って行ってなかったのに」


不思議そうに ヴィシュヌが言うと、トールは

「入れ替わりの場の 黒い根の上に挿した枝は

急成長するだろう?」と 返している。

確かに。朱里の部屋のベランダに置いた鉢の木も

地面の足跡... 黒い根に反応して 急成長した。


「それでも、世界樹ユグドラシル中に行き渡る程は... 」


「いいや。ミョルニルで祝福したら 見事な大木になったぞ。その枝も使える。

人間世界ミズガルズの地面の足跡に挿すと また木になった。

ヴァン神族の遺体の事は ヘルメスに聞いたが

他に何か変わりは?」


「待って、トール。祝福したら、大木に?」


ヴィシュヌに頷いた トールは

「イブメルや 白妖精リョースアールヴのシシーが祝福しても、幹に腕を回せん程の大木となった。

天使や神父でも 同じようになるんじゃないのか?」と 言い、カウンターに戻った魔人から

特別メニューらしい ヒレステーキを受け取った。


「バラキエル、守護天使等に命を。

アリエルと ザドキエル、ラファエルに報じ

俺の名により 神父や牧師等も導け。

地上に挿した木々に祝福を与えるように」


ミカエルが ボティスに言う。

“神の如き者” だもんな...


「オリュンポスと各界に報せてくるよ」と

ケリュケイオンを握った ヘルメスが消え

「ガルダ」と 師匠を喚んだ ヴィシュヌも

アマイモンの配下が人間に憑いている話もして

「祝福のこと、アフラ=マズダーにも伝えてもらえる?」と頼んだ。


「悪魔等がの... 道理で」


ため息をついて 師匠が消えた。

テレビで観ても ひどかったからな。

影人より混乱させている気がするぜ。


「アマイモンの配下が?」と ステーキのおかわりを受け取り、「そうなんだ。融合した影人が出て

そいつと重なった人間も融合しちまったぞ」と

流れるように ロキに皿を取られた トールが

「何? 人間等を 教会や神社に誘導しているのか?

オージンですら戦死者霊を使って、人間を教会や神殿へ追い込んでるぞ」と、ミカエルに向く。


「憑依は 許可しなかったんだぜ?」


ムッとしているが、トールは

「ミカエルの言うことを聞かんのなら

ここに居る 誰の言うことも聞かんだろう。

ルシファーに命じさせるこったな」と

ミカエルの肩を落とさせた。


「広場の影人の木は どうする? 抜くのか?」


「いや、また燃えてしまうかもしれない。

ジャタ島から もっと枝を持って来て、近くに挿してからにしてみよう。

あっちこっちに挿して回らないと いけないしね」


「イゲル」と喚んだボティスが 枝を持って来るように言い、ミカエルも奈落のゲートを開く。

奈落へ ボティスの軍を連れて行っていた アコにも

枝を頼んだ。


「そういや、オベニエルの恩寵は?」


ボティスに聞かれた ミカエルは「いや」と 首を横に振った。天に無かったのか...

考えたら、オベニエルや 奈落の天使たちは

身体が 消滅していなかった。

ゾイが殺ると、下級天使なら 消滅する。

上級天使は 何か違うんだろうか?


「しかし、アバドンは... 」と

シェムハザが 美眉をしかめた。


「キュベレが喚んだ恐れもあるな」


「どっちにしろ 夜国だろ?

最初の瓶がある 儀式の場所が見つかりゃあ

そこに アバドンも居る」


トールは またステーキの皿を受け取っているが

退屈になってきた ロキが

「場所の情報が入るまで、枝挿ししながら

アマイモンの配下に憑かれた奴を 宗教施設に移動させよう」と 提案して、もう 扉へ向かう。


「まだ 枝が届いてねぇだろ?」と

朋樹が止めると

「グミが切れた。買って来る」らしいが

開けた扉の向こうに、影人が立っている。


「泰河」と呼ばれて 消しに行くが

影人は 広場へ向かって歩き出した。


「お... 」と 走って追い、人に重なる前に消そうと手を伸ばしたが、広場を 影人の方に歩いてきちまっていた男が立ち止まった。影人が見えるのか?


「離れてください!」


影人の背に右手を突っ込んで 何とか影人は消せたが、立ち止まった男に憑依していた悪魔が抜け出し、舌打ちして消えた。

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