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城の広間に並べられた遺体は、オベニエルと

アバドンに血を吸われ、ミイラ化した天使。

青いサーコートを着て、腕や肩までが無い ヴァン神族の兵士たち。知っている顔の人もいた。


頭部を切断された オベニエルは、術で 切断部を元通りに接合されていて、傷痕もなく、見た目には眠っているようだった。

オベニエルの隣に 天狗アポルオンが膝を着く。


「オベニエルの恩寵が 天に戻っていたら

第六天ゼブルには、“地上の調査に出て 事故死した” と 伝える。

聖子には 全て話してあるけど

“地上で異変が起こっている” という事は

第七天アラボト第六天ゼブルにも報告してあるからな」


皆、「わかりました」と ミカエルに頷いているが

突然 オベニエルと仲間を失ってしまい

沈痛な面持ちでいる。


「オベニエルの恩寵は 見たのか?」と

ボティスに聞かれたけど、首を横に振った。

確認する余裕はなかった。


「ヴァン神族の遺体は、後で引き取りに来る。

怪我人は?」


リフェルに案内されて、ミカエルが 別室に

怪我人を癒やしに行く。

アバドンの翼で怪我を負わされた 天使や悪魔だ。

ただ、ミカエルは 天使や人間は癒せても

悪魔は癒やせねぇんだよな。


「パイモン 喚ばねーの?」と ルカが聞いていると

アマイモンが、「怪我人か? 診てやる。

放っておいても いずれ傷は塞がるが、呪い傷の場合は 厄介だからな」と ミカエルについて行った。


「オベニエル、すまない... 」


天狗は、オベニエルの手を取り

祈っているようだ。

アバドンに血を吸われた天使の手も 両手で包み

「カザエル」と 祈ると、ヴァン神族の遺体にも

手を合わせている。

オレも ルカも 手を合わせるが、胸が苦い。


「だいぶ 戦力が削がれちまったな」


ボティスが言うと、祈っていた天狗が 仕事の顔で振り返り、立ち上がった。

周囲に居る 天使や悪魔たちの顔も引き締まる。

悲しんでもいられねぇんだよな...


アバドン派だった 天使や悪魔も始末されて

数自体も減ったところで、アバドンが逃亡した。

奈落には、異教神が囚えられている。

キュベレやアバドンが 襲撃しないとも限らない。


「ミカエルも 配下の天使等を回すだろうが

事が落ち着くまで、俺の軍からも 一軍派遣する。

オベニエルの後任には リフェルが望ましいが

天狗も リフェルも、まだ経験が足りん。

ノジェラも派遣しよう」


ノジェラ... ボティスの軍の副官アコ補佐だ。

額から頬にかけて 瞼も通る傷がある。

ハティは、“地界全軍で戦闘に臨む時、全体の伝令役になる” と 言っていた。

でかい戦闘に何度も出ていて、戦況によって

皇帝やベルゼたちが、軍を どう動かそうとするか

も よく知っているだろう。


「朝は いつも、ミカエルたちが来てくれるし

君の軍が居てくれるなんて... 」と

天狗も 周囲の天使や悪魔たちも、かなり ホッとしたようだ。


「泰河、ルカ」


天狗は、そのままの表情で オレらに向くと

「さっきは、君たちが居てくれて助かった。

朋樹やジェイド、四郎にも、もちろん ロキにも

お礼を伝えといて」と 握手をしに来る。


「いや、もう “やべー!” って

アバドンを遠ざけようとしか考えてなくてさぁ」

「ロキは確かに やれてたけど、オレらだけじゃ

“ちょっと誤魔化す” くらいしか出来なかったし」


オレは、死神ユダさえ 自分で喚べなかった。

ピストルを握ったまま

“けど、黒い根の事を聞いた方がいいんじゃねぇか?” と思う 一方、“死神ユダじゃなく 獣を喚ぼうか”... と 迷ったりもしていた。

迷わなければ、オベニエルや もう一人の天使カザエルも 犠牲にならなかったかもしれない。


いつも こんななんだよな...

復讐でなら、考える前に やっちまってるのに。

たとえ自衛であっても、個人的に深い憎しみがない相手を攻撃するのは難しい。

以前に比べると、冷静には なれてた。

けどまだ 割り切りきれていない。


「うん、驚いたよ」

「俺等は 何も出来なかったのに」と

他の天使や悪魔にも称賛されると、心苦しくもなった。ロキや天狗、リフェルが居なければ

オレらも死んでいただろう。

いや... 結局、周りに頼る って頭もあるんだよな。

“ロキも天狗も居る” って。嫌になる。


「守護対象や 契約対象の人間に護られるとは

ざまぁねぇな」


ボティスは辛辣だ。

「本当に 自分が情けなく思う。すまない」と

天狗が謝り、天使や悪魔たちは

「いや... 」「俺等が動けずに... 」と なっている。


「まぁ、奈落の者等は 防衛や拘束、術の無効化にはけているが、戦闘に長けている訳ではないからな。

アバドンは 勝手に異教神を捕らえてもいたが

牢獄の囚人となる罪人等も、枷付きで 天から送られるものが ほとんどだ。だが、状況は変わった。

術にしろ 剣にしろ、精々 鍛えてもらえ」


これから、ミカエルの配下や ボティスの配下に

鍛えられるのか...

みんな「はい!」って、キリッとしてるけど

闘技場の用途も変わるんだろうな...


「配下が犠牲になったのは、トップの責任だ」


天狗にもだ。

「“アポルオンになる” と言ったのは、お前だろ?」と 詰められている。


「けどさぁ、アバドンの恐怖支配じゃ

誰もついていかなかったと思うし

今のほうが 団結力は上がってると思うぜ」


ルカがフォローしてしまい、ボティスにゴールドの眼を向けられるが、オレも つい

「天狗は、巻き込まれちまったんだしさ」と

口を挟んじまった。


「いや。俺の責任だ」と、天狗が頷く。

この人、素直過ぎる気がして 心配になるぜ。

「違います!」「全体の責任です」と

周りの方が訴えている。


オレらにも 周りにも答えなかった ボティスは

「個々の能力を把握し、活かせる持ち場に変更させろ。一から組み直せ。

サマエルは 簡単にカインを牢獄へ送り込み

アバドンは 大いなる鎖からも抜けた。

夜国の黒い根が 深部の牢を侵す事や、アバドンや何らかの襲撃にも備えねばならん。

配下を生かしたければ、戦闘中は 甘さも捨てろ」と、天狗に命じた。


「承知した」と ボティスに返事をする 天狗は

少し 嬉しそうでもあった。

聖父の御前に立つ 天使バラキエルでもあったボティスが、ちゃんと 奈落のあるじ相手 として話しているからかもしれん。


ミカエルと アマイモン、リフェルが

「心配ない。しばらく休めば、みんな回復する」と、明るい顔で戻ってきた。


「枝を持って、一度 地上に戻るけど

急成長した森の木々に また何かあったり

急襲された際は、必ず すぐに報じること」


ミカエルの後に、「サッカーは 週末だけだ」と

ボティスも言い残すと、森の枝を受け取り

アマイモンも連れて ゲートから魔人の店へ戻る。


店に居たのは、ムスっとしたロキと 榊。

朱里のところから戻った ハティ、朋樹たちだ。

朱里のマンションの下、奈落の木が植わった場所は、別の悪魔が見張りをしているらしい。

「アマイモン」と、ハティが椅子を立ち

席に誘導した。


「天に行って来る」と ミカエルがエデンの門を開き、ボティスは アコを喚ぶ。

「奈落に ノジェラと四の軍を」と 命じられて

アコが消えた。

慌ただしいよな。仕方ねぇけどさ。


「トールは?」と ロキに聞くと、隣に座っている

四郎が「ヴァナヘイムへ向かわれました」と 答え

「秘禁術は 施されたのでしょうか?」と 聞き返された。先に言うべきだったよな と考えながら

「おう」と頷くと

「ヴィシュヌ等に伝えて参ります」と 席を立ったが、ロキが 四郎のシャツを掴む。

行かせねぇのか...

ヴァン神族の兵士たちの遺体が見つかってから

不機嫌... というか 不安そうだ。


「皆 バラバラに動いている。伝令を頼もう」


ハティが ヘルメスを喚ぶと

「えっ? アメン・ラー?」と アマイモンを

ケリュケイオンで指しているが、

「ヘルメス、後だ」と ボティスが 奈落での事を聞かせ、ヴィシュヌや シェムハザの元へ向かってもらった。


「何が起こっている? さっきのは ヘルメスだろう? トールとも言っていたが、北欧のか?

それなら これは、悪神か?」


魔人の店員から ワインのグラスを受け取って

アマイモンが ハティに眼を向けたが

「勝手に説明する訳には。皇帝と話を」と

黒い睫毛の瞼を臥せている。


「凪に連絡は取れるのか?」


ボティスに聞かれて、スマホの時計を見ると

17時過ぎだ。早ぇよな。

凪... 姉ちゃんは、全然 似合わねぇが

花屋さんで働いている。

フラワー装飾技能士なるものの資格を持っているからだ。


「まだ 仕事じゃねぇかな?」と 答えながら

一応 メッセージを入れてみると

『今 帰り』と 返ってきたので、電話をかけてみた。


『何? 影人ってやつのこと?

お寺に 一晩 居たけど、出なかったよ』


朋樹、自分の兄ちゃんの透樹くんだけじゃなく

姉ちゃんも使ってたのか...


「いや、サムのこと。電話 代われる?」


『えー... 外 歩いてるから、サムは 仕舞ってるんだけど』


仕舞ってるって、憑依なんだけどな。

サムは、姉ちゃんに憑依した状態で

罪人の霊を 姉ちゃんに引っ張り込み、不道徳や邪な部分を抜いて また姉ちゃんから出している。

姉ちゃんには、なんと 一度に 50人の霊が入れるらしかった。どうなってるんだ?


「カインのことで、聞きてぇんだ」と 言うと

アマイモンが「俺が話しただろう?」と、ワイングラスを持って 近くに来る。

「何だ これは? 貸してみろ」と オレからスマホを取って 画面に触れ、通話を終了させちまった。


「スマートフォンというのです」


四郎が 自分のスマホを出して、アマイモンに渡し

誤魔化している間に、もう 一度 電話をかけると

向こうから ビデオ通話にされ

『アマイモンが居るのか?』と、サムが見えた。

アマイモンの声を聞いて、姉ちゃんから出てきたようだ。


「サムって、眼ぇ 見えねぇんだろ?

ビデオ通話にする意味あるのか?」


『凪の眼を通せば見える』


姉ちゃんは、後頭部を片手で掴まれていた。

憑依するか、こうやって 頭を掴んだら

姉ちゃんが見たものが 見える... って言うんだけど

実家で会った時は、サムの視力は戻ってるんじゃねぇか? と思うことが ちょこちょこあった。


『アベルの血が 昇華されたようだな』


これ、オレじゃなくて

アマイモンに言ってるんだよな... ?

アマイモンは、パズルゲームを始めたようで

「そうだ」と 生返事だ。顔も見せねぇ。


「何故、奈落に居たことを話さなかった?」と

ボティスが言うと、サムは

『もう 何百年も前の事だぞ。話す必要があった話なのか? 影人とやらと関係するのか?』と

逆に質問を始めた。


『俺が奈落に囚えられたのは、その時ばかりでもなく、珍しい事でもないからな。

ハーゲンティまで居るじゃないか』


「そうだ。影人の件に アベルの木々が関係する。

そちらでも 影人は見たか?」


『何度か。人間に重なるのだろう?

梶谷家にも出たぞ。寺では出なかった』


あ? マジか?


「凪は無事であることは分かるが、両親は?

重なっていないだろうな?」


『影人が出た時は、俺が かすみ真宙まひろに憑依したからな』


霞は 母ちゃん、真宙は 父ちゃんだが

「待て... 」と、ボティスが サムに確認する。


「サムが憑依したら、重ならなかった と

言ったか?」


『そうだ。二人とも、俺を受け入れ切れたから

出来た事だが。

俺が憑依した事で、霊の情報が増えたのだろう』

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