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ミカエルやボティスの背中越しに覗いた 透明の膜の向こうの アマイモンは、黒髪のミディアムショートに、ロードライトガーネットのような 透明感のある 赤紫の眼。

顔つきは 早く言えば、中東系で恐ろしく男前だ。

男前過ぎるせいで サウジアラビアから国外退去になった人がいた... という、度肝を抜かれたニュースを思い出した。

シェムハザも 入国 出来ねぇんだろうな。

いや、アマイモンの前身 アメン・ラー は エジプト神だけどさ。


「アマイモン」と声を掛けた ボティスに

「ボティス?... と、ミカエル?」と 普通に聞き

特に 恐れもしていないような表情を ミカエルに向けた。


「アバドンかと思ったのに、男だ。東洋人か?

まだ釈放には 何年かあるだろう?

何故 起こしたんだ?」


何だろう? サムと話した時とは また違うが

この人からも とぼけたような印象を受ける。


「質問が あるからだろ」と言う ミカエルに

「囚人への尋問は、奈落の主の許可を得て... 」と

返しているが、天狗が

「許可は出してる。俺は “アポルオン” だ」と

自己紹介している。

「アポルオンって、アバドンということなんだぞ。ギリシア語にしただけだ」と 言い返し

「じゃあ、今のアバドン。恩寵もある」と 言われて、眉根を寄せた。


「... ネメスとか被ってるのかと思ったのにさぁ」


ネメスというのは、パロや貴族が被った頭巾だ。

紺と黄色のストライプのやつ。

パロは これに、コブラの冠を重ねたりする。

ツタンカーメン王の黄金マスクのようなやつ。

ルカの小声に頷きながら

「上半身裸で、白い腰布に 幅広のベルトであって欲しかったよな。派手な前垂れも着けてさ。

あの、肩幅くらいある首飾りとか、ブレスレットとか... 」と、思いっきり 古代のパロを想像していたが、アマイモンは 皇帝やベルゼのように

アビ・ア・ラ・フランセーズ だ。

ローズブラウンのジャケットに ライトベージュの刺繍。ブリーチズも同色。砂色のフリルブラウス。ダークブラウンのブーツ。


「けど あれって、中世の格好じゃね?」


「シュジェルに持ってこさせたんだ。

ルシファーやベルゼが着替えた って聞いたから」


いきなり答えられちまった。

「その、シュジェルの事だ。アマイモン」と

本題に移る ボティスに

「俺が殺って使った。使役契約したんだ。

分かりそうなものだが」と 呆れている。

そんなか...


「そう、そこまでは推測が着いた。

何のために使役契約を? サムも関係あるのか?」


「妻... これは、ムトのことだが」と 断ったということは、他にも居るらしいが

「予見したんだ。千年前に。“地が裏返る” と。

地上にひずみを感じたようだが

“ルシファーや ゼブルが 何かするのか?

それとも人間が?”... と 聞くと

“違う” と言う。“知らないものが来る” と。

そして ムトは、自分が 地母神であるのに

“私には どうすることも出来ない” と 言ったんだ。

だが、“最初の罪人が 流した血を救いにする” とも言った。

詳しく聞こうとすると、ムト本人が “さぁ?” と

首を傾げた」と、肩を竦めた。


「... ずいぶん、さらさら喋るよな」と

また ルカが小声で言うと

「ミカエルが来てるんだぞ? 秤は ごめんだ。

しかも俺は、牢獄に囚われている。

ボティスも居るということは、ルシファーにも

話は通っているしな」と いうことだ。


「“最初の罪人” なら、カインだろう。

しかし俺は、天には入れんからな。

その頃の ルシファーは、退屈していたのか

“天に攻め込まないか?” と 誰彼構わず誘っていた。攻め込めば台無しになる。

そこで、天に堂々と入れる サマエルに相談した。

サマエルは 俺の話を聞くと、まず 最初の被害者

アベルの血を探し、奈落に滲み落ちていることを突き止めた。血は 罪人に引かれたのだろう。

サマエルは、罪に流された血の匂いが 分かるそうだ。

隠府ハデスから カインを連れてきてくれ” と 頼んでみると、サマエルは了承した」


つい「そんな簡単に... 」と 口を挟むと

「カインの罪は、聖子が許したが

通常であれば、サマエルが 不道徳を抜くのは

罪人が悔い改めた後だ。

カインを、自分が犯した罪と 弟の嘆きに向き合わせねばならん... と、考えたようだ。

あれでも使いだったからな。

カインを誘拐し、天を出し抜いてやろう という気も 幾らかあったのだろうが... 」と、整った顔で

真面目に頷いた。


「だが 隠府に侵入した事が 天にバレた。

カインには 作った身体を与え、すでに 奈落の牢に入れた後だったので、天に カインの事はバレなかったが、サマエルは

“不道徳を感じた。アダムが ワインを欲している。

差し入れしようと”... と 誤魔化し

聖父の怒りを買って、五百年 奈落ここに収監される事となった」


この人も サムも、ふざけてる訳じゃねぇんだよな... ? ミカエルが ため息をついている。


「今は、その男が奈落の支配者のようだが

あの頃は、簡単に賄賂が通った。

アバドンの配下には、腐った天使や悪魔が多かったからな。

人間の魂を渡せば、奈落の別口を開けさせる事が出来、牢獄深部まで入れたんだ」


ブロンド睫毛の瞼を閉じた ミカエルを気にせず

アマイモンは 淡々と話し続ける。


「俺は サマエルに、入れ替わる事を提案したが

サマエルは、“五百年くらい すぐだ” と 了承しなかった。

カインの事は 天にバレていない... ということに

満足していたようだ。

俺は、奈落の悪魔に使役契約を結ばせ

サマエルが快適に過ごせるよう、ワインや本など

望むものを差し入れさせた」


そこは、話さなくて良かったのにさ...

ミカエルの方が疲れてきたので、ボティスが

「カインの牢に降った 種の事だが」と

話しを進めようとすると、ミカエルが

「そうだ。あれは... 」と、アマイモンに 眼を向け直した。


「俺も サマエルも、何もしていない。

だいたい あれは、種じゃないだろう?

地上の砂だ。アベルの血を吸った大地の」


砂... ? でも、木が...


「アベル本人でなく、アベルが流した血が嘆き

あの砂を降らせた。“実るはずのないもの” だ。

だが カインが受け止め、悔い改めが成った。

結果、木々が生まれた。

奇跡を起こすのは、いつでも神のみ とは限らん」


へぇ... と 感心していたが、ミカエルが

「なんで今は、お前が 牢獄ここに居るんだよ?」と

良い話を折った。


「まだ実る前... 妻が言った “血が救いになる” 前に

サマエルの刑期が終わってしまった。

奈落に、カインの事を誤魔化せなくなるだろう?

そのために俺自身が入る事にしたんだ」


「シュジェルを殺したのは?」


「だから、そのため。

地上の見回りをしていた シュジェルは

ちょうど 俺と出会った。

天使を滅すると、霊と恩寵は分離し

霊は 生命の炎へ還る。

下級天使であれば 恩寵は昇り消え、大気に解ける。

どちらも 使役契約円で封じ、契約を結ばせた。

シュジェルの霊や恩寵を繋ぎ止める 身体を与えると、殺害した場所で 捕えられるのを待った」


“何故 シュジェルを殺した?” と 聞かれ

妻ムトが 昼寝をしていたことを思い出した アマイモンは、“妻を起こそうと思った” と

そういう儀式に必要だった風に言い張った。


奈落に収監されると、術で カインの事を誤魔化し続け、シュジェルも 奈落へ入り込ませる。


「役目を終えたシュジェルは、地界に居る。

恩寵だけ解放し、本人に “どうする?” と聞くと

“悪魔も悪くない” と言ったから。雑務役だ。

現在の名は “シュジェ”」


特に何も答えない ミカエルの肩に、ボティスが手を置く。

「けど、地上のために いろいろやってくれたんすね」と話を締める雰囲気で ルカが言うと

「いいや。妻のためだ。

エジプトは イスラム教徒ばかりとなったが

妻は、国や国民を変わらず愛している」と

胡座を解いて 立ち上がった。 ん... ?


「邪魔したな、アマイモン」と言った ボティスに

アマイモンは 不思議そうな顔を向けると

「カインの事を話した。出せ」と言い出した。

出た...  そんな気はしたぜ...


「そんな約束はしてないぜ?」と ミカエルが返すが、「この男の中に アバドンの恩寵がある ということは、アバドンを殺ったな?

配下を使って 天にバラすぞ。騒いでやる」と

脅し出した。


「そして、この事については 俺を量れん」と言う

アマイモンに、ミカエルは

「今 お前が言ったこと、ルシフェルに話すぜ?」と 返したが

「多分、ルシファーは 俺に乗る。

聖父に “管理不行き届きだ!” などと 難癖をつけ

“奈落の管理には 地界が介入する!” などと言い出すだろう」と、有り得そうな事を言い出した。


地界が管理に介入する事には ならねぇだろうが、

皇帝が 天に乗り込む理由を与える事にはなる。

天狗や アバドンの事が バレるのはマズい。

ミカエルは、ボティスに宥められ

牢の透明の膜に、天狗が手のひらをつけた。




********




「何をする気なんだ?」


「アマイモン。お前は もう、地界に帰れよ。

ゲート 開けてやるから」


奈落の城 正門前に居る。

最近は毎朝 奈落ここに来ているが、一度も正門前には

出たことがなかった。


葉の無い 捻れた木々が、門から城の扉まで 両脇に植わっているが、彫像などもなく 簡素で殺風景だ。前庭の中央に 膝の高さくらいの白い石を等間隔に置いて区切られた 円形のスペースがある。

魔法円を敷くためのスペースらしい。


「秘禁呪は?」


ボティスが聞くと、天狗は

「アバドンを呪った時... つまり 寝た時だけど

アバドンが持つ知識が流れ込んできた」と 答えて

円形のスペースの真ん中に立った。


「秘禁? 何だ それは?

ん? ボティス お前、つのや牙は どうした?」


今更だよな。

「そういえば、“一度 天に取られた” と聞いたが... 」って、今 言ってるしさ。


ボティスが「堕天して 人間になった」と 返すと

「何? そこまでは聞いてないぞ」と 説明を求め出したので「後で ワインと」と 宥めている。


「始めるよ」と、ミカエルに断った 天狗が

右の手のひらを 地面に向け、天の言葉で呪文を唱えると、奈落の空気を濃縮したような 青白く輝く魔法円が浮き出してきた。


天狗は、呪文の詠唱を続けている。

天の言葉って、発音 出来ねぇんだよな。

オレは 日本語以外 無理だけどさ。

ルカも隣で

「同じ青白でも、防護円とは 色味 違うよなぁ」と

ぼーっとして見ている。


そのうちに 魔法円の二重円の中の文字が 地面から浮き出して、オレらや 城の屋根も越えて

木の根の天井へと昇っていく。

木の根に到達すると 文字が溶け、青白い光が

天井中に広がり出した。


「成ったよ。

地上で 三日間、異教神避けは使えない」


「うん」「見事だ」と頷く ミカエルやボティスの間で、青白く光る天井の木の根を見上げながら

「異教神避けを禁ずる術だったのか?

何故、そんな必要が?」と、アマイモンが聞いているが、ミカエルが「遺体を」と 天狗に言い

城へ歩き出した。

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