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「ジャタのとこと 奈落に分かれて、木の枝を剪定する。混み合ってる枝からにすること。

ジャタ島は、ヴィシュヌ、ヘルメス、トール。

シェムハザ、パイモン、サヴィ、アコ。

枝は まず、地上と世界樹ユグドラシル、地界の入れ替わりの場へ。

バラキエルと榊は 中継役。

配下や守護天使たちにも、木と異教神避けの話をして、朱里のところに居るハティとも 連絡を続けておくこと。

残りは、今から俺と 奈落へ行く。

天狗アポルオンに 秘禁術も掛けさせるぜ?」


「はい」と、さっき合流して

アコから貰った寿司やら チーズお好み焼きやら

食った四郎が、ミカエルに 良い返事をする。


夜、協力してもらった 竜胆ちゃんや リョウジたちは、いつもと変わらず元気で

『“教会と 神社や お寺、礼拝堂がある学校には

影人が出ない” って 情報を流しとくよ』と

オカルトサイトに書き込んだり、友達に拡げたりしてくれているようだ。


ジェイドの教会も、24時間 扉を開き

本山さんが、協会に

『こうした不安な時期ですので... 』と

他の教会の扉も開けておくことを掛け合ってくれていて、朋樹の実家も 24時間 参拝が出来るようしている。


天狗アポルオンに って、天が 奈落の支配者として認めているのは、アバドンのままだろう」


ジャタ島の奈落の枝の調査のために 合流した

パイモンが聞くと

「聖子には報告してるぜ?

表向きは アバドンから変更されてなくても

キュベレの件が済むまでは、支配者は 天狗アポルオン」と

返してるけど、これ、オレも心配だったんだよな。


聖父が認めてないのに、術が行使出来るのか?

とか

アバドンは天使だから、使うのは天魔術だ。

秘禁術も天魔術だろう。

天狗は 悪魔寄りの神なのに、天魔術が使えんのか? とかさ。


術系は気になるらしく、似たようなことを 朋樹も

聞いてみているが

「地上の異教神避けを禁ずる術は

“奈落の支配者であれば” 行使出来るんだ。

天魔術でも 悪魔術でもないぜ」という事だ。

なら、天狗が支配者として 認められているかどうかだ。


「行ってみりゃ 解るんじゃねぇのか?

すぐ暗くなるぞ。影人が活発化する前に

さっさと やれる事をやる。

イヴァン救出にしろ、大元 叩くにしろ

何も進んでねぇからな」


食うだけ食った ロキは、満足したせいか

まともな意見だ。


「うん、そうだね。じゃあ ジャタの所へ行って

そのまま アグン山のアタカマ砂漠へ行って来るよ。また後でね」


ヴィシュヌたちが消えると、ミカエルも

「ここに 奈落のゲート 開くけど、いい?」と

カウンターの魔人に聞いている。


「はい」と 了承を得たので

ミカエルが天の言葉で呪文を唱え、奈落の石扉を

出現させた。

巨大な二枚の扉には、一面に文字が彫られている。

扉に手のひらをつけると、文字模様は 手の下から放射状に光りだし、扉の隅にまで光が行き渡ると

扉が消え、奈落の闘技場が見えた。


ワインを飲む ボティスと榊、カウンターの魔人に

「行って参ります」と 四郎が挨拶し

ミカエルとロキの後にゲートへ入る。

オレらも「じゃ」「行って来るし」と 片手上げて

闘技場へ入ると、「こんにちは」と

天狗と 三眼の天使のリフェルが迎えてくれた。


「奈落の森の木のことなんだけど... 」


ミカエルが 木の説明をすると

「じゃあ、森へ行こうか。

リフェル、最初に木を植えた囚人を探して

話を聞いて来れる?

地上から種子を持って来た天使にも 話を聞きたい。闘技場に居るように言ってくれる?」と

リフェルに頼み、オレらを伴って 闘技場を出る。


「奈落にある入れ替わりの森には、黒い根も伸びてきてないし、何の変化もないんだけど

周りを 奈落の木が囲んでいるからなのかな?」


「うん、そうかもな。

影人が重なれる人間が居ないし。

夜国の神の力は、別界や 他神界までは及ばないんだと思うぜ」


逆さの時計塔や まばらに生えた葉のない枝の木々。

頭上に犇めく木の根。青い空気の中を歩く。


奈落は、夜国と少し似ている。

夜国には 白い空があったけど、奈落の方が 全然

落ち着く。

地の底深くにあるとしても、天の管轄であり

オレらの世界の別の場所のひとつ だからだろう。


向かう先に、鮮やかでカラフルな森が見えると

「あの中の入れ替わりの森で、ランダに会ったね。バロンにも」と ジェイドが言い

「アオジタトカゲを食いちぎって おられましたね」と、四郎も懐かしそうに言う。


「それ、俺の妹になった子のこと?

まだ会ってないんだ。兄さんにも。

母さんとも 全然だけど... 」


天狗、母ちゃんっ子だよな...

「母は、俺が奈落の支配者になったこと

知ってるのかな?」って 言ってるしさ。


「ファシエルが “伝えた” って言ってた。

ランダと 一緒に喜んでたみたいだけど

バロンが来て、話は終わった って」


「そうか。喜んでくれて良かった」


黒い螺旋の髪の間の顔が嬉しそうだ。


「よし、サクサクやれ」


奈落の森に着くと、オレンジの葉や水色の葉か付いた 赤い幹やピンクの幹の枝を ミカエルが触れるだけで採ったり、朋樹の白い鳥の式鬼でカットしながら、枝を集めて 奥へ向かう。


「ロキ、おまえも持てよ」と、枝の束 渡そうとしたら「これ食ったらな」と、今 グミの袋を開けた。いいけどさ。


入れ替わりのトゥアルの森に出ると

緑色のものと 白いものが 目の前を掠めた。

グミ食ってた ロキが、指に摘んだやつを落としちまって「何だぁ?!」と 怒っている。天罰だろ。


「ランダ?」


ランダと姫様だ。

「母さん!」と 天狗が喜ぶ。


「今、母さんたちの話をしてたところなんだ。

このが 俺の妹?」


「ギャーーーーーーーーッ!!」


久々だぜ、姫様。変わりなくて安心した。

「何だと?!」と ロキが興味を示し、姫様に噛まれかけたが、ミカエルに「急に手を出すなよ」と

逆に注意された。

姫様は、ランダと お揃いのみつ編みを お揃いの 花が付いたゴムで結んでいる。仲良いよな。


「はじめまして、ランダ」


天狗アポルオンが しゃがみ、ランダと握手している。

ランダは 無言で照れているように見えた。

姫様は 叫んでいるが、ランダの隣から 天狗の頭を撫でた。天狗も照れている。


「ヒメサマ、ランダも

天狗に会えて良かったけど、入れ替わりの場所を

うろうろするのは危ないぜ?」


ミカエルが言うと、姫様が また叫び

ランダは、ロキから グミを受け取りながら

「アスラに聞いた。他の場所には行っていない。

兄に会おうと、ここにだけ 時々来ていた」と

天狗を ときめかせた。


「呼んでくれたら良かったのに!」


「呼んだが、森に遮られた」


ランダは、奈落のカラフルな森を指した。

姫様の声も遮るのは すげぇな...


「森は、“出るな” と騒いだ。

お前が居る城に行かない方がいい と思った」


「森が?」


不思議そうに 天狗が聞くと、ランダは 姫様と手を繋いで、奈落の森へ近付く。

途端に 葉が ざわざわと鳴り出した。


天狗が居る城には、アバドンが幽閉されている。

姫様が そそのかされる恐れがあるからなのか... ?

黒い根に反応する事といい、奈落の木々には

意思があることは確かだ。


「でも、いつか会えると思っていた。

そして会えた」


「そうだね。嬉しいよ。

そうだ、この枝を 城に持って帰ってみようかな?

母さんとランダが来てくれたら、枝が鳴って

報せてくれるかもしれない」


「キャァアッ! キャァアッ!」... と、姫様が

盛大に首を横に振った。“そうしてくれ” だな。


イブは、お前が 母を愛することを

嬉しく思っている」


また盛大に首を横に振る姫様と ランダを

天狗が抱きしめた。良かったよな、なんかさ。


腕を緩めた 天狗に「また来る」と

ランダが笑顔を見せ、姫様が叫ぶ。


「バロンは今、ヴィシュヌ達とジャタ島に居る」


ミカエルに言った ランダは

「それを貰う」と、ジェイドの腕から

奈落の木の枝の束を取って、姫様と消えた。


「バリに 植えてくれるつもりなのかな?」

「黒い根の反応がある場所に?」


ランダも姫様も、また少し変って来たよな。

天狗は まだ、二人が消えた場所を見ていたが

木の上にいた 黄緑のキレイな蜥蜴とかげに気付き

手に載せ、自分の左肩に移しながら

「そうだ、枝を集めないと」と 笑顔で

奈落の森へ向かう。


天狗アポルオン、ミカエル」


リフェルだ。


「囚人には会った?」と 天狗が聞くと

「はい。ですが... 」と 口籠っている。


「異教神だろ? どこのやつだ?」と ロキが聞くと

リフェルは、自信はない調子で

「いえ、人間のようなんです」と 答えた。


「人間? ゴーストか?」


「いえ... 本人は、“カインだ” と... 」


「カイン?」


... “人は その妻エバを知った。彼女は みごもり、

カインを産んで言った。

『わたしは主によって、ひとりの人を得た』”...


アダムとエバの息子だ。

長男。次に弟の “アベル” が生まれる。


カインは “土を耕す者” となり

アベルは “羊を飼う者” となった。

カインは、食糧により肉体を生かすためのことをする者... 肉のため。

アベルは、教えに導く者... 霊のため。

... とも取れる。


二人は、主である聖父に捧げものをする。

カインは、地の産物。

アベルは、羊の初子ういご

聖父は、アベルを顧みた。


初子を聖別... 主のものとする ということは

父アダムと母エバが犯した 禁じられた実を食べた

原罪を経て、主の子に立ち返る... つまり、

聖父が羊を取ったことは、赦しの意味もあったのかもしれない。


けど、僻んだカインは アベルを殺してしまう。

土地に弟の血を与えたカインは呪われ、もうその地では、カインが作る作物は 実を結ばない。


カインは、遠く離れた ノドの地に住み

妻との間に “エノク” を産み、町を立て

町の名前も エノクにした。


... 天狗の肩の上の蜥蜴を 四郎が指で撫でているのを見ながら、置き換え妄想をする。


もしオレが、飼育ケースの中で つがいの蜥蜴を飼っているとする。

元々は、居心地の良い でかいケースを森のようにして飼っていて、食事の虫も育て、せっせと与えていた。

ただし、“コオロギは いくら食べてもいいけど

ワラジムシだけは食べては いけない” と

ルールを設けた。


でも、つがいの蜥蜴が ワラジムシを食べてしまった。コオロギもミルワームもあげてるのに。

ワラジムシの居る区画と 居ない区画にケースを分け、つがいの蜥蜴を ワラジムシ無しの区画に移動させる。

“もう 自分で育てるように” と、コオロギの卵を渡して、自給自足もさせる。


つがいの蜥蜴は 兄弟を産み、アベル蜥蜴は オレに蜥蜴の卵をくれたけど、カイン蜥蜴は 自分の餌となるコオロギを育てて くれた... とする。

オレは、“孵化させて自分の子にしよう。

またいつか ワラジムシの区画を 開放してもいい” と 卵を取った。

すると コオロギを取られなかった兄が、弟を噛み殺してしまった。

なので、兄蜥蜴を別のケースに移した... ってことだろう。

けど、兄蜥蜴も 独りで居るのは良くない と

つがいにした。


「泰河、指」と 朋樹に言われ

「あ? おう!」と、指が顎ヒゲにあったことに気付く。置き換え妄想は 以上だ。


カインが離れた後

父アダムと 母エバの間には、“セツ” が産まれ、

セツは 妻との間に “エノス” を産む。

... この頃、父アダムは ひとりで土を 自分に象り

別のセツと男の子ひとり、女の子ひとりも産んでいる。


でも、聖父と共にあったのは

エバとの間に産まれた “セツ” から継る方だ。

セツから “エノス”、エノスから “カイナン”、

“マハラレル”、“ヤレド”、“エノク”...


この “エノク” は、“メトセラ” を産んだ後

天に取られ、天使メタトロンとなる。

メトセラから “レメク”。

レメクの子が 箱舟の “ノア”。


カインの その後は書かれていないが

子孫の事には触れてある。

家畜... 羊でない 牛や豚、家鴨や駱駝などと推測。

これを飼う者の先祖となった “ヤバル”。

楽器... 笛や琴を執る者の先祖となった “ユバル”。

すべての刃物を鍛える者の先祖となった

“トバル カイン”。


カインは、弟アベルを殺したからといって

誰かに恨まれて殺されてしまうこともなく

子孫を残し、寿命で亡くなっているのだろう。

殺人の罪を犯しても、聖父は

... “カインを殺す者は 七倍の復讐を受ける”... と

印を付け、見捨てなかったからだ。


七倍の復讐... カインを殺したら 七人殺されるのか

七代まで呪われるのか、定かじゃねぇけど

とても手を出す気にはなれねぇ。

カインを殺してしまうと、そうして復讐が連鎖するから やめなさい... って事かもしれねぇけど。


カインは死後、地の底の隠府に居たとしても

聖子が磔刑になって、復活するまでの三日の間に

地の隠府から魂を解放している。

天の隠府ハデスに居るはずだ。

カインに殺されたアベルも そうだろう。


「会ってみる。牢獄だろ?」と ミカエルが言うので、天狗アポルオン

「天使や悪魔の何人かで、木の枝集めを頼める?」と リフェルに任せ

オレらも 牢獄へ向かうことになった。

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