63


手持ちのグミが切れ、「寿司は よ?」と

ロキが うるさくなってきたので、場所を

魔人たちが働く 駅前広場から すぐの店に移した。

シェムハザが経営する 立ち飲み屋だ。

アコも、朱里のマンションから 寿司屋に移動している。


立ち飲み屋は、白い漆喰の壁。

アーチ型の両開きの扉は 古く上等な木材。

アーチ型の窓にも 木材の両開きのドア。

開いているドアから覗く窓は、透明のステンドグラス。


チーズとオリーブ、ワインがメインとなり

店舗の隣には、ワインを販売中する小さな店があった。

こっちは まだシャッターも閉まっているが

シェムハザが指を鳴らすと、立ち飲み屋の方は

両開きの扉が開く。


外側から見ると、照明も点いておらず

ガランとしていたが

店内へ入ると いきなり明るくなった。

アイボリーの石を組んだ壁。

古く美しい木材の床と天井。プロヴァンス風。


左側に据えられた 長いカウンターの奥の棚に 何十本ものワインが寝かされ、グラスが並ぶ。

カウンターの右端に樽型のワインサーバー。

カウンターの上部にも 逆さのグラスが掛かっている。


中央には、四人用程度の円形テーブルが幾つか。

このテーブルや カウンター には、椅子がない。


奥の壁と右側の壁に沿って置かれた テーブルには

背もたれのなく、高さのある丸椅子が着いている。短い時間 休憩してワインを飲む... 程度を 想定して置かれているようだ。

ちょっと寄るだけでも、座りたい人もいるだろうしな。


「天井、高くね?」


ルカが 照明を見上げる。

中央には、幾つものペンダントライトで シャンデリアのようになった照明が ぶら下がり、周囲にも

ペンダントライトが下がっている。

中央は明るいが、カウンターや 壁側のテーブル席の照明は 抑えた明るさだった。


「二階部分も買ったからな」


二階の床をぶち抜いたらしい。

一棟買いじゃなく、区分所有なんだろうけど

購入したのか...


奥の壁、左側のカウンター近くに アーチ型のトンネルのような 出入り口があって、キッチンや バックルームへ続くようだ。トイレは奥の壁 右側。

カウンターの右奥も 同じようにアーチ型の出入り口になっているので、この二つの入口から

店員が出入りするのだろう。


「リーズナブルな立ち飲み屋に見えねぇよな... 」

「外から見たら、開いた窓からでも

店の中は 暗かったのに」


朋樹や ジェイドが言うと

「オープンまでは目眩まししている。

魔人等は、裏のドアから入るから差し支えない」ってことだ。

裏から入れば、店の中は明るい 今の状態だ。


「シェムハザ」


キッチンに居たらしい 魔人が、左奥のアーチから

顔を出した。カウンターの方にも 一人。

二人共 明るい顔をしている。


「メニューの試食をする客を連れて来た」


「本当に?」

「ようこそ、お好きな席へ」


慣れてるよな...

魔人は、地上に紛れて暮らしているので

社会経験が豊富な人も多い。


一人は キッチンに戻ったが、一人はカウンター に居る。

「ワインは?」と聞かれた ロキが「何でも」と答えたが、グラスに赤を注いで カウンターに置いた。

ワインは、客がカウンターで オーダーして

その場で 現金と引き換えて グラスを受け取るらしく、ヴィシュヌやヘルメスたちの後に オレらも取りに行った。今日は シェムハザの奢りだけどさ。


さっきとは別の魔人店員の女の人が、水と氷が入ったガラスポットと グラスを運んで来て、テーブルで注いでくれた。

少し のんびりして行くことになるだろうので

奥の壁に沿った椅子付きの席を 全員で占拠したようになっている。


他にも 二人の魔人が出て来て、メニューを渡し

カットされたバゲットの籠を置く。


「もう、こんなにあるんだ」


メニューは 四ページあった。

チーズ、サラダ、チーズ料理、オイル煮... と

系統分けされていて、チーズとトマト、オリーブのサラダ、フォンデュやラクレットなどもあるが

“オイルを掛けて食べる小さなピッツァ”

“チーズ入りライスコロッケ”

“小さなチーズお好み焼き”、“チーズタコ焼き”...

とかもある。箸休めに マリネやフルーツ。


「榊のセロリも置く予定だ。

張り切って作ってくれ」


シェムハザに言われ「ふむ!」と 榊も笑顔になり

「この、“牡蠣のオイル漬け” を ひとつ」と

早速注文した。


「ラクレット。牛フィレのグリル四つと

ポテトと ソーセージに」

「メニュー全部 上から 一個ずつ」


トールやロキも早い。ロキは “全部” だけどさ。

オレらも 何品か頼んで、ヘルメスやヴィシュヌは

敢えて「お好み焼きと タコ焼き」

「ササミと青紫蘇のチーズフライ」と

日本受けメニューから選んでいる。


出来上がった料理は カウンターに出され

ホールの店員が テーブルへ運ぶ。

料理の皿が置かれると、その都度 会計をするので

財布から現金を出して入れておく籠も置かれるようだ。料理が運ばれるまでに、籠に料金を入れ

お釣りを受け取る。


「料理が出てくるのが早いのに、ちゃんと火が通ってるね」


「物体を熱する能力を持つ魔人がいる。

調理器具に触れれば、具材にも火が通る。

焼き目はオーブンや鉄板で入れるが。

逆に 冷却が出来る魔人もいて、氷なども すぐ出来る」


すげぇ。で、何食っても美味い。

トールが食っている牛フィレは、一つ 500円くらいのようだが、ピザや お好み焼きは 普通のサイズの半分くらい、タコ焼きは六個で 300円。

カウンターで「今、チーズペンネ食ってるんすけど... 」と言えば、ちゃんと合うワインを出してくれる。


トマトチーズ焼きや、きのこのオイル煮を食って

バゲットを摘むジェイドが

「利用する側は嬉しいけど、精算 取れる?」と

現実的な心配をしているが

「客の入りによれば充分。ワインと チーズやオリーブも うちで作っているものだからな。

野菜や米なども 作っている魔人から仕入れている」らしかった。


すっかり寛いでいたが、寿司の折詰を持ったアコが立った。

「これ、みんなで」と、カウンターの魔人にも

右手に持った半分を渡し

左手に持った分は、中央のテーブルに 折箱を並べて並べている。


「食べてて。ハティとミカエル、朱里にも渡して来る」と、開かなかった折箱を持って消えた。


「アコ、えらいよねー」と

ヘルメスが、魔人から 醤油の小皿を受け取って

寿司を摘みに行くが、寿司テーブル三つの周りには、すでに ロキとトール、榊が居る。

オレらまでは回ってこねぇんだろうな。


「そういえばさぁ、ミカエルたちって

まだ 木を調べてんの?」


モッツァレラとベーコンのグリルを食って

バゲット取る ルカが聞くと、ボティスが

「そうだ。やはり 木の根は、黒い根を抑えようとしているようだ。パイモンが サヴィを連れて行き

地下に潜らせている」と

テーブルに置いた オレのスマホを指している。

『寿司だ』という ミカエルの声と

『あっ、足りないな。買って来る』という

アコの声が聞こえた。


テーブルには、パプリカやトマトのマリネが運ばれたが、カウンターに ワインを貰いに行く。

グラスを替えて白を貰い

「影人探しにも出てるのに、大変っすよね」と

言ってみると

「お昼から 店に出て、そのまま夜は 悪魔と組んで

影人を探して、次の日は休みだよ。

明日は別の奴等が店に出る。

子供が居る奴は、昼の店だけだしね」ってことで

無理はしていないようだ。


「店のこともだけど、地上のことでも 手伝いが出来て、精神的にも充実してる。

俺等は ずっと潜んで生きてきたからね」


シェムハザと出会って、良かったよな。

「“人間とは違う” という負い目から、皆

“少し違ったことが出来る” って捉え方に 変わってきてるよ。

子供を 幼稚園や学校に通わせる奴も増えて

仲間が亡くなっても、山奥に埋めるんじゃなく

きちんと弔うことも出来るようになったし」って

言ってるしさ。


ワインを飲む間に

「奈落から持って来た木があって... 」という事や

「地上にも 異教神避けが掛かってる恐れがあって

悪魔や天使が入れない 異教神避けの中で

影人が人間に重なってるかもしれなくてさ」という話をしてみた。


「ああ、黒い足跡も 悪魔たちが探してるよ。

何の気配もないようだから、草の根分けるようにして。大変だよね。

その奈落の木の枝を持って歩けば、足跡... というか、地中から伸びてくる黒い根に 反応するかもしれないけど。

異教神避けは、どうだろう?

もし掛かれば、俺等が感知したり 弾かれたりしても おかしくないと思うけど、今までは無かったな」


魔人たちは、影人と重なってしまって まだ融合していない人... 額や瞼に眼がある人を探しながら

影人と人間が重なることも防いでくれている。


「見れない場所は、やっぱり 個人宅の中とかになるけど、単身向けの住宅なんかなら、悪魔が 見回ってるだろうしね... 重なりは防止出来るよ。

それこそ、黒い根になった人が 異教神避けを掛けてる ってことは無い?

その人たちは、もう影人と融合して

“完全” って奴と 一体になってるようなものだ って聞いてるからさ。

地中の立体の影で、悪魔が その場に居るかどうかも判るだろうし、居ない時に 異教神避けを掛けて

すぐに解けば、見つかりづらいんじゃないかな?」


「それかも」

「根か... 」


ワインを取りに来た ジェイドと 朋樹が言った。

ボティスと シェムハザのワインも取りに来たようで「どちらも白。甘くないものを」と シェムハザが言っている。


「今、カウンターの人に聞いたんだけど... 」と

ジェイドが ワインを運んで 話すと

ヴィシュヌと ヘルメス、トールは

カウンターの人と話に来た。寿司は もう空だ。


「名前通りの方たち?」と、オレに聞くので頷くと、固まり気味だが

「充分に考えられる 推測だと思う。

いつもは、どの辺りを見てる?」と ヴィシュヌに聞かれ

「店を出て、そのまま駅前です。

繁華街は、そっちの店舗の奴等が見て

住宅街は 霊獣たちが見ています。

俺等は 駅を中心に、人通りの多い場所に広まってます。オフィス街は、会社勤めの奴等が そのまま交代制で見ています」と 答えた。

見回りの給料は、ボティスやシェムハザから出ているようだ。


「見回りが手薄になるのは、重なった人を見つけた時?」と、ヘルメスが聞くと

「そうです。分離固定をする時です」と頷く。

名前を呼んで、影人と分ける時だ。

朝、奈落に連れて来る前。


「その時なら、悪魔も立ち止まっている。

異教神避けを掛けやすくなる訳か... 」


カウンターに置かれた料理の皿を

そのまま 自分の前に引き寄せ、チーズが掛かった

チキングリルを スプーンで掬い、一口でトールが食った。「美味い」と 言うと

「山椒醤油に浸けて焼いてます」と 言っている。

オレも 一つ頼んだ。


「でも、別の異教神が絡んでる線も捨てない方がいいね。世界中で起こってるから」


「それでも、奈落の木の枝で

異教神避けや 黒い根が這い出して来ることは

抑制 出来るかもしれない」


ボティスたちは、スマホで ミカエルやハティに

話していて

『ジャタ島からも枝は貰うけど、奈落にも取りに行く。どっちにしろ、秘禁術も掛けるんだろ?』という ミカエルの声が聞こえる。


『まずは、入れ替わりの場に 枝を持って行ってみよう。根が放射状に伸び続けている。

他の場から伸びる根と繋がる事を抑制する』と

パイモンの声。


『地中で黒い根が繋がったら、どこででも

アケパロイや 二人一体になった奴から

霊や生気を吸い取れそうだもんな』と

寿司を持って戻ったらしい、アコの声もした。

ついでに『お茶 淹れたよー』という朱里の声。


ハティとパイモン、サヴィは、まだマンションの木を観察するようだが、ミカエルは

『打ち合わせに そっちに行くぜ?』と

カウンターの魔人や、ホールで テーブルの皿を下げる魔人たちを ビビらせた。


ロキが、次から次へと 皿を空けながら

「ミカエルは、無意味に炙ったりしねぇだろ?」と、魔人たちに言い、ボティスやシェムハザにも

「慣れろ」

「後で四郎も合流する」と 言われていて

「ただでさえ祓魔が居るのに... 」と

ため息をついている。


「僕のこと? 何も気にしてなかったじゃないか。

それより、トマトのピッツァを もう一枚欲しいんだけど。榊に食べられちゃって」


ジェイドが言っている間に、ミカエルが顕れ

「あっ、俺もトマトとチーズのやつがいい!

あと 卵の料理!」と、魔人たちに笑顔を向けた。

相変わらずキュートだぜ。

おまけに 白のミカエルプリントシャツに

オリーブグレーのクロップドパンツ姿だ。

威光を極限まで抑えているらしく、その辺に居る 兄ちゃんに見える。


ミカエルと話した事がなかったせいか

やや拍子抜けの魔人達は

「はい」「ワインは どうします?」と

笑顔を返した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る