62


すぐに起き上がろうとした男を ミカエルが落ち着かせ、トールと代わったシェムハザが、男の額に指を載せると「名前は?」と、幾つか質問をし

半魂が しっかり身体に戻っているかを見ている。


「問題は無い」と、指を鳴らして 男を眠らせ

戻った影を目眩ましすると

「30分程で目覚める」と、男をヴェッラに頼み

病院へ運んでもらう。


「トールの祝福で 霊は目覚めたが... 」

「赤い雷は、ルカだろ?」


「けど オレ、喚んでないぜ?」


「確かに喚んでなかったけど、ルカが焦ったから

雷が呼応したんだろうね」と言った ヴィシュヌに

「トールの雷とか、ヘルメスに呼応したんじゃねーの?」と 返しているが

「あの雷の精を使っているのは お前だろう。

そう嫌うな」と トールに言われている。


「あれは、俺の言う事は聞かんぞ。感触で分かる。そもそも俺は、雷を喚んでいるんじゃない。

俺の中や 周囲に発生させているからな」


体内に か... トール すげぇ。

雷神って 雷を操るだけじゃねぇんだ。


「ふむ。柘榴様であっても、己の身の内には

発生させられぬからのう」

青蛇シュガールは、海中で操れるけど」


どれも すげぇけどな...


「でもさ、ルカの雷は

攻撃する気がないんなら、全然 痛くないんだな。

手のひらに何か当たってる って感じはしたけど」


ヘルメスが言っているが、ルカは

「オレ、撃たれたし!

眼の色も ひっくり返ったりしたしさぁ!」と

抗議している。


「ルカに引かれたんじゃないのか?」

「狙って ルカを射ってたもんな。

懐かれたんだろ。嫌な感じはないぜ」


ジェイドも朋樹も、大して気にしてねぇし

「よし。よくは解らんけど、とにかく雷で起こせることは分かった。魔人の店に行こう」と

ロキが玄関へ向かう。

「早くしろよ!」と 怒るので

「おーう」「わかったって」と オレらも向かうが

スマホが鳴る。朱里からメッセージだ。


“ごめんね、お仕事中だよね?”... と あるが

写真が添付されていた。


「うわっ!」


思わず声が出た。

ジャタ島から枝を持って来て、挿し木にして

ベランダに置いた鉢の写真だ。

シルバーの幹に紺の葉。先が尖った八枚の花びらに 白い花芯の花が咲いている が

幹は枝を拡げ、天井について はみだし、隣や上のベランダにも侵出。

割れた鉢から 根も床中を這って、ベランダの壁の 風が通るように空いている部分から下へ伸びている。


「お前、これ... 」と ビデオ通話で 電話を掛けてみると、化粧を落とした 朱里が出たが

すぐ ベランダの木の方を映した。


『前に見てもらった通りに、ぐんぐん成長はしてたんだけどぉ、また鉢が狭くなったかな? って思って、園芸屋さんで土を買って、ゾイちゃんと植え替えたのー。

その時は 何とも無かったんだけど、さっきベランダで音がして... 』


突然、急成長したらしい。えー...


「とりあえずさ、もうベランダには置けねぇから

引き取りに... 」と 話していると

画面を覗いた ルカが

「ああっ! なんだよそれ!

ハティ! ミカエル!」と でかい声を出して

スマホを ハティに回した。


「すぐに行く」と、朋樹に オレのスマホを渡した

ハティとミカエルが消え、画面の向こうに顕れたらしく

『きゃあ! お化粧 落としちゃったんだけどぉ!』と、朱里が騒いでいる。


「これ... 」

「やばいだろ... 」


画面を覗くジェイドと朋樹が、スマホを ボティスに渡し「あ! また成長してるじゃないか!」と

アコも消えた。


「何してんだよ、いつまでもよ」


玄関から出て、グミ食いながら威張る ロキと

トールの近くに居る ヴィシュヌにスマホが回り

「これ、ジャタ島の? 元は 奈落の森の木だよね?」と、ヘルメスと見ている。


「急成長するらしいんすよ。

今回は、園芸屋で買った 地上の土を混ぜたら

そうなったらしいんすけど... 」


「いや、“さっき” ベランダで音がしたって

言ってただろ?」


ルカが言うと、ヴィシュヌが スマホに向かって

「どうなの?」と 聞き

『植え替えた時じゃなくて、つい さっきみたいだぜ』と ミカエルの声が聞こえた。


『何で、植え替えに喚ばなかったんだ?』という

アコの声に、朱里は

『だって忙しいかと思ってー』と 答えている。


「そうだ、夜は お疲れさま。

協力してくれて、ありがとうね」


ヴィシュヌが 朱里に挨拶し、ヘルメスも

「うん、助かった。女の子なのに ごめんね」と

言ってるのを聞いて、オレ 何も言ってなかったな... と 反省する。

朋樹は 沙耶ちゃんに、お礼のメッセージを入れたようだった。


痺れを切らした ロキが、ヴィシュヌから スマホを分捕り

「ああーっ!! マンションが飲まれるぞ!!

トール!! 見てくれ!!」と 大騒ぎし出した。


「うるせぇ」

「ロキ、まだ午前中だ。いつでも近所迷惑だが」と、ボティスと シェムハザが エレベーターへ連れて行く。


「奈落に植えたから、この色に なったんだろう?

元々は 何て植物なんだ? 地上のものか?」


スマホが渡った トールに、ミカエルが

『葉は月桂樹に似てるけど、花はクレマチスに似てる』と 答えているが

何の植物かは解らないらしい。


『天の植物じゃない。でも、奈落の囚人が種を撒いたのが始まりで、天使たちも 種を手に入れて

奈落に撒き始めたみたいなんだ。

他神界のものかもしれないし、地上のものを 魔女とかが 改変したのかもしれないけど

奈落の土の影響もあると思うぜ』


トールは、スマホを持ったまま

ロキやボティスたちと エレベーターで降りてしまい、ヴィシュヌやヘルメスは 消えて 一階まで移動する。


「まぁ、ベランダからは撤去されるだろうけどね」

「ハティが地界に持って行くんじゃねーの?」

「ジャタ島の他の木も調べた方がいいよな」

「下界の川も流れてるし、そっちの影響も ありそうだよな」


一階に到着した エレベーターの扉が開くと

「何?」「マンションの裏にか?」と

シェムハザやボティスが 画面に言っている。


「黒い足跡があったみたいなんだ」


ヴィシュヌが オレらに向いて言った。

影人と融合した女の人が、地面に沈んで行ってしまった ってことだ。そして四肢は 黒い根になる。


「重なり切った人だよな?」

「悪魔の見張りは?」

「事態を把握する前なんじゃねぇの?」


「姿が消せる悪魔の見張りは、リリトが夢に出ない 未成年優先で着いているようだよ。

魔人や霊獣達、他の場所でも 神人や半神達が

頑張ってくれてるんだけどね」


そりゃあ、把握し切れていない ってことも考えられるよな。

人間 一人に 見張り 一人が付いてる訳じゃねぇんだし、影人が出りゃあ そっちに眼がいく。

その間に重なられる人が出たりもするだろうし。


「下手すりゃ 異教神避けが張ってある場所も あるのかもしれねぇもんな」と、何気に言うと

ヴィシュヌが 濃く長い睫毛の瞼を閉じ

ボティスやシェムハザにも見られ、ロキすら黙っちまった。


「今の、聞いた?」


ヘルメスが スマホ画面に確認している。

『うん... 』という、ミカエルの返事。


『しかし、探しようは... 』

「人の往来が多い場所だとは思うが... 」

「世界中のな」


エントランスホールを出ても、話しは続く。


「だが、これだけ 地上に見張りが出ている。

人間が多い場所に 長く異教神避けを掛ける などは出来んだろう。

儀式の場には、自動で異教神避けが掛かるが

他の場所には、ちまちまと 掛けちゃ解いて を

繰り返しているんじゃないのか?」


トールに ロキが頷き

「その方が バレづらいからな。

その場合、夜国に居るキュベレや ソゾンが

地上の状況に応じて 異教神避けを都度掛け出来るとは思えねぇ。

異教神避け掛け班が 地上に紛れてる って事だろ。

キュベレ側の奴等が」と 続けた。


駅前まで歩きながら

「キュベレ側って、リリトの子?」と

ルカが聞くと

「いや、キュベレ系悪魔とは限らないでしょ。

こないだの蛇人達とか、また アジ=ダハーカみたいな 異教神かもしれないし。

魔女や 地上棲みの神人かもしれないしね。

異教神避けが出来る腕があればいいんだから」と

ヘルメスが 相手側の持ち札の可能性を拡げる。


「間者がおる など?」


榊が 更に言いやがった。スパイか...

こっち側に着いている 悪魔や神人、魔人や霊獣の中に それが居て、見張るふりをして 異教神避けを掛ける。影人が重なったら、そのまま放置...


「だけど、地界の各軍や 守護天使達に

そんなことする者が居るかな?

ミカエルや ルシファー、ベルゼや ベリアルが絡んでると解ってるのに。愚かだよ。

第一、夜国に乗っ取られたら

影人は 人と言い切れないから、契約も取れないし

守護の義務も無くなる。

その後の地位を餌に 釣ることは出来ない」


ヴィシュヌは懐疑的だが、ボティスが

「ソゾンや蛇女等が、そそのかすか 催眠で使っている という事も考えられる。

また 高位にいるものは、逆恨みも買いやすい。

皇帝や ベリアルに関しては、逆恨みとも言い難い怨恨も 多々あるだろう。

俺にも心当たりはある。シェムハザや ハティにもあるはずだ。争ってきたのは 天ばかりじゃあないからな。

ヴィシュヌや ヘルメスにもあるだろうし

ロキに関しては、怨恨を持つ者が多数だろう」と

唆しや 催眠などで使われているか

こちら側の神々に対する恨みで

キュベレ側に着いている可能性も出してきた。


「だが、闇雲に疑いをかける訳にもいかん。

仲間割れし 統率が崩れ、混乱や諍いを起こせば

キュベレ等の思う壷だ」


シェムハザが言うと

「だけど、唆しでも 催眠でも、キュベレ側に着いているにしても、異教神避けをしている者が いるのなら、炙り出す必要はあると思う」と

ヴィシュヌが返している。


「そうだ。なので、異教神避けを禁ずる術を

地上全体に掛ける。

それだけでなく、掛けた者がいれば 感知出来るようにしよう」


「そんな事 出来るのか?!」

「なら、儀式の場所も判るんじゃねぇのか?」


ロキやトールが、“はあ?!” って顔になっているが、ボティスが

「いや、儀式の場に掛かっていたものは

キュベレの能力の影響を得た 夜国の神によるものだろう。解き方も禁じ方も解らんが、

皇帝が アバドンの本棚から 土産に選んだ本の中に、“秘禁術” というものがあった。

秘術で、奈落の主しか知らん術だ」と 返し


「アバドンは 奈落の主として、天の法を犯した者を囚える特権がある。

捕えるために、罪人が異教神避けで隠れられんよう 防止する事が出来るようだ。

これなら 夜国の異教神避けが解けんでも、異教神避けが掛かっている場所 は判る」と 説明した。


「ただし、この術は 一時的なもので

持って 72時間程度。

奈落の主により、奈落からしか掛けられない」


シェムハザが補足しているが、それなら

奈落から 天狗アポルオンが 秘禁術を掛ける事になるのか?

アバドンじゃねぇよな?


「木の方に、動きがあったよ」


スマホは ヘルメスに渡っていた。

両隣から ジェイドと朋樹も 画面を覗いている。

駅前に向かって歩いていたので、もう広場に着く。広場前の横断歩道を渡る前に

「動きって?」と 聞いてみると

「ミカエルが、エデンと地界で調べようと

木を 二つに分けたんだ」らしい。


「二つに分ける?」と 口を挟むと

「ミカエルが、木に 分かれるように言ったら

木が 二本になった」と ジェイドが答えたが

分からねぇからいいや。


「で、ミカエルと ハティが、木を 一本ずつ持って

ベランダから持ち上げたら

根が ベランダの壁の外側を下に下に伸びて

アコが居る 黒い足跡の位置に着いた。

根が 幹を引っ張るから、ミカエルと ハティも

根に抵抗せずに降りると、木は 黒い足跡の位置に植わった」


「ジャタ島から持ってきた木が、黒い根に反応したってことかな?」


ヴィシュヌが聞くと、ヘルメスは

「そう思えるよね。タイミング的に、影人と融合した女が沈んだから 急成長した って感じがするし

地中から四肢の根を 地表に伸ばし始めたから

ジャタ島の木も 根を伸ばした... って気はするんだけど」と、スマホを渡す。


トールや ボティスたちも 画面を覗くので

オレや ルカから 画面は見えないが

「ミカエルが、幹に手を当ててる」と

ヴィシュヌが教えてくれて

『黒い根を押えてるみたいだ』という

ミカエルの声が聞こえた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る