25


すぐ近くに立っている影人は、身長は四郎くらいで、短い髪の男だ。

ケイタくんは、朋樹くらいあるから違う。


店内から 該当する人を探すが

座っている男の客の髪は、ほとんどが短い。

店員は、ホールとカウンターに女の子。

さっき キッチンから出てきた人は、オレらくらいの背丈があった。


「料理 作ってる奴は?」


ミカエルが立つと、シェムハザが指を鳴らした。

店内に居る人 全員が、ぼんやりしている間に

ミカエルが消え、キッチンを見に行く。


すぐに戻って来た ミカエルが

「いや、該当しない」と 言う。

キッチンに居る人だけでなく、店内の客も

影人とは 形が合わない... ということだろう。


「もう一度 触れてみるか」


ボティスが 席を立ち、影人に触れに行く間に

ミカエルが「見える?」と 三人に聞いた。


ケイタくんと竜胆ちゃんは 頷いているが

ミサキちゃんは「え... ? 何か居るの?」と

見えていない。

感があるかどうか が、影響するのか... ?


他の客も見てみるが、影人を見ている人はいない。けど 飯 食いに来て、自分たちのテーブル以外のところを見たりしねぇもんな...


ボティスが 影人に手を差し入れると

ケイタくんが「何してるんですか?!」と

ギョッとして聞いた。


「他の者が触れたら どうなるか を試している。

やはり、ボティスは触れられんな。四郎」


シェムハザに言われて、四郎が席を立つと

「やめたほうが... 」と 竜胆ちゃんも立って止め

ルカや朋樹にも 眼をやったが

「いや」と、朋樹が 竜胆ちゃんを座らせた。


「何で、一年生の子にさせるんですか?」


これだけ大人が居て、ケイタくんも 納得いかないようだが

「いえ、大丈夫です。加護がありますので」と

四郎が穏やかに言った。

四郎は、朋樹の親戚 ということになっているので

朋樹の実家が神社だと知っている 竜胆ちゃんと

ミサキちゃんは、なんとなく 納得し

ケイタくんにも そう説明した。


四郎が触れても、何も変わらない。

ボティスや四郎は、人間の括りじゃねぇかもしれねぇけど。


ボティスと四郎が戻ると、椅子を後ろに ずらしたトールが触れ、ロキも触れた。変化無しだ。


「風」


ルカが 風の精霊で影人を巻き、朋樹が炎の蝶を飛ばしたが、やっぱり何も起こらず

ジェイドも触れに行く。


オレらが うろうろしているので、店員や他の客も

“何してるんだ?” と、影人がいる場所に 注目し出した。


「何、あれ... 」


入口近くのテーブルに着いている女の人が 影人に気付き、カウンターの内側に居る女の子の 一人も

後ろに下がって、棚からカップを落としてしまった。


ジェイドが触れても、何もならず

「泰河」と シェムハザに呼ばれて

右腕に 白い焔の模様を浮かせながら 席を立つ。


「さっきの 蝶とか、あの模様は... ?」という

ケイタくんの声が聞こえた。

かなり感が強い子のようだ。


影人の胸に 手を差し入れると

釘でガラスを掻くような 金切り声が店内に響いた。何か、生理的に くる声だ。

カウンターの女の子が 耳を押さえて座り込む。

入口近くから「いやっ! 何?!」と 怖がる女の人の声。


影人は、オレの手の周り... 胸から

首や腹、肩や下腹、頭や脚、腕や膝下... と

消えていった。


ヘルメスが席を立ち、入口の女の人の元へ向かうので、ジェイドも着いて行く。

ミカエルとルカは、カウンターの店員の方へ。


「すみません。ちょっと失礼します。

今、黒い影の人のこと、見えてましたよね?」


ヘルメスが、普通に話せているのを

立ったまま ぼんやり見ていると

「泰河、座れよ」と、ロキに 引っ張られ

「お? おう... 」と 席に戻る。


影人が 消えた。触った感触は 無かったのに。

あれが 何なのかは分からないが

あの声は、断末魔の声のようだった。

殺っちまった ってことか... ?


「すげぇ音だったな」


ロキが言う。


「“音”? 声じゃなかったか?」と 聞くと

「いや、破裂音だっただろ?」と

トールも言った。 破裂音... ?


「どんな音だった?」と また聞くと

「ほら、アレだ。人間世界の自動車のタイヤが

パンクする音」

「風船を踏み潰した音」と 返ってきた。


「オレには、金切り声に聞こえたぜ。

釘でガラスを掻くような」


「声? あんな音 出せないだろ?」

「キーッ て 声ってことか? 全然違ったぞ。

パン! と鳴って、お前の手が入った胸から

広がるように消えていった」


消え方は 同じだ。

なんで、声と音で 違いがあるんだ?


他のヤツには どう聞こえたのかを聞くために

ミカエルが座っていた席に移り

「今の声さ... 」と、聞いてみたが

シェムハザもボティスも

「声?」「破裂音のことか?」と 聞き返してくる。朋樹や四郎にも、破裂音で聞こえたようだ。


「ケイタくんさ、今の声... 」と 聞きながら

ケイタくんの顔が 強張っていることに気付いた。

オレのことを 怖がっている。


「こいつは、超能力者だ」


ボティスが言うと、四郎も

「奇術... マジックも使える人なので」と 言い

ケイタくんの背に手を添え、恐怖心を癒し始めた。


怖い か... 多少、ショックだったが

「そうなんだよな... 驚いた? ごめんね」と 謝り、

「消せると思ってなくて、オレも驚いてさ。

簡単な喪失のトリックを やったんだけど

マジで 消えちまって... 」と

誤魔化せなさそうな誤魔化し方をしたが

ケイタくんは「そうだったんですね... 」と

自分を誤魔化してくれた。


「おれも、破裂するような音に聞こえました。

爆竹みたいな」


人によって 例えは違うが、声ではなく 破裂音だ。

竜胆ちゃんも「パン! って」と 言っている。

朋樹が オレを視て

「声... ? 破裂音じゃねぇけど、こんな声も出ねぇだろ」と、金切り声の不快さに 顔をしかめている。


「でも、影人あれは 本当にいるんですね」


ケイタくんは、オレらとも見たことで

昨日 見たものも本当だった と 認知したようだ。


一人で妙なものを見ると、下手すりゃ 自分を疑う。幻覚 と考える人もいるかもしれん。

ケイタくんは、彼女からのメッセージの返信を見て、“普段と変わりはない” と判断していた。

後になって、もし彼女が 以前と同じようになったら、“あれは 錯覚だったのかも” と考えるようにも なりそうだもんな。けど 今回は、目撃者も多い。


ミカエルと ルカが戻って来て

「元々、感が強い子みたいだ。

影人を見たのは、さっきが初めて。

“影人と同じ形の人を見たら、手を掴むこと” って

教えてきた」と

ミカエルが オレの隣に座ったが、ルカが

「オレ、座る場所ねーじゃん」と

トールとロキの方に移る。

けど 隣のテーブルが空いたので、トールたちの席を 隣に移動させてもらった。


「みえる人みたいだね」と

ヘルメスと ジェイドも 戻って来る。

その人も、初めて影人を見たようだ。

音のことを聞くと、どちらも破裂音。


「何かあったら、教会に来るように 言っといたよ。何故か 不審げな顔になったけど、ジェイドが神父だって教えたら、慌てて 顔 つくろってた」


「神社や お寺なら、まだ良かったのかも」と

ジェイドが 肩を竦めているが

宗教っていうだけで、顔しかめる人多いんだよな。

他の国に比べると、信仰心が薄い国だし

クライシ教のように 人が神様のロクでもないとこも あるからだろうけど。


コーヒーとデザートがきて、食ってる間に

ケイタくんのスマホが鳴る。


「近くに着いたそうです。迎えに行って来ます」


席を立つ ケイタくんに

「一緒に行ってもいいですか?」と 四郎が聞き

二人で行くことになった。


「店 入ってさぁ、こんなに人数居て

大丈夫なんかな?」


ルカが言い、竜胆ちゃんに眼をやると

「... もし私なら、怖いと思う」と 言い

ミサキちゃんも同意していたので

店に入って来た時に、シェムハザが 恐怖心を薄れさせることにした。


店のドアが開き、ケイタくんと四郎と

私服の女の子が入ってきた。制服から着替えてきたようだ。シェムハザが 指を鳴らす。


「こっちの席です」


四郎が先導し、二人を連れて来る。

女の子は ぼんやりしたまま、壁側の 竜胆ちゃんの隣に座った。その隣に ケイタくん。

四郎が座る椅子を借り、女の子がメニューから選んだ 白桃のジュースと、フルーツのタルトを追加注文する。


「ん... ?」と、ロキが

ぼんやりしたまま、シェムハザたちと挨拶する

女の子を見つめ「なんか、違うぞ... 」と 言った。


小声で言ったロキに、四郎が頷いている。

ケイタくんは 不安そうだが

二人には、重なった人が判別 出来るのか... ?


「昨日の映画館のことで、話を聞きたい」と

シェムハザが話している隣で、女の子を見ているボティスも、眉間に軽く シワを寄せた。

トールやヘルメス、ミカエルは

目を合わせて、“何が違うだろう?” って感じだ。


「... 泰河、右眼だけで 見てみろよ」


何かに気付いたように、朋樹が言った。

左眼を塞いで、女の子を見てみると

女の子の額... 眉の部分に、別の眼が二つあるのが見えた。 何だよ これは...


... 眼の形は、女の子の眼と同じ形だ。

女の子の眼が 倍に増えたという感じ。


「眼だ」と 小声で言うと、ロキと四郎、ボティスにも、それが はっきり見えてきたらしく

さっき オレを霊視して、金切り声を聞いた朋樹のように、不快そうな表情になった。


「ケイタと映画を観に行き、化粧室から出た時のことだ。何か 変わりは?」


シェムハザの質問に、女の子は

「変わり ですか?」と 考え

「いえ、別に... 」と 答えた。


「... 泰河」と ルカに呼ばれ、席を変わる。

筆で なぞれる印があるかどうかを見るためだ。

竜胆ちゃんが、ルカに

「ちょっと やっぱり、なんか大勢過ぎて... 」と

小声で言い、女の子を眼で示した。

詰めてる感じになるかもな...


「もう 珈琲飲んだし、外に居るよ。

河で遊んで来る」と言う ヘルメスに誘われ

トールとロキ、ボティスとジェイドも

店から出た。

店に残ったのは、シェムハザとミカエル、

四郎や竜胆ちゃんと 親戚や兄の 朋樹とルカ。

おまけで オレ。圧迫感は薄れただろう。


「では、帰宅中のことだ」


シェムハザが、柔らかい口調で 質問を重ねる。


「ケイタが見たところ、君の様子がおかしかった という。そうだ、すまない。名前は?」


「ヤマカワ アカネです」と、シェムハザに答えた女の子は、ケイタくんに

「私、おかしかった?」と 聞いている。

ルカの方を見てみたが、ルカはまだ アカネちゃんから印を探していた。朋樹も霊視中だ。

これは これでなぁ...


ケイタくんは、意を決したように

「うん。おれに気付いてなかったし

ずっと、ぶつぶつ何か言ってたよ。

おれを見て、“こいつは ナカザキケイタだ” って風に、名前を確認したよね?」と 答えた。


アカネちゃんは

「そうだっけ?」と 首を傾げている。


「あの」と ミサキちゃんが、竜胆ちゃん越しに

アカネちゃんに話しかけた。


「私、ケイタの幼なじみなんだけど...

あ、アイザワ ミサキです。

アカネちゃん、清葉せいば女子だよね?」


清葉女子 というのは、高校名のようだ。

「はい」と答えた アカネちゃんが

ミサキちゃんに顔を向けると

眉の位置の眼も ミサキちゃんに向く。


眼がある ってことは

重なった影人と分けられる ってことなのか... ?


「清葉って、まだ夏休みじゃない?」


へ? ... と、空気が止まった。

アカネちゃんも 眉の眼も、ミサキちゃんを見たまま 停止している。


「私、清葉に友達いるんだけど

昨日 ケイタから 話 聞いて、悪いけど アカネちゃんのことも、その友達に聞いてみちゃって。

“学年違うし、どの子か分からない” って言ってたんだけど、“明月あかつきは、もう明日から学校なんだね” って言われて。

清葉って、明後日からなんでしょ?」


「あ... !」と、ケイタくんが 眼を見開く。

アカネちゃんの眼は、まだ ミサキちゃんに固定されているが

眉の眼が 真上を向き、そのまま ぐるんと裏返った。

オレも四郎も 思わず引き、背中が椅子の背凭れについて、椅子を鳴らしちまった。


「... うん、そうだけど」


アカネちゃんが 返事を返すと

眉の白眼は 下から虹彩が戻り、元に戻る。

いや、一回転 って...


「でも ケイタには、返信に

“今、学校から帰ったから” って 入れてたよね?」


アカネちゃんは、ミサキちゃんを見たまま無言だ。何秒か経ってから

「うん 間違えて そう 入れたみたい」と

抑揚無く言った。








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