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「... でも、間違えただけなんだし

そんな 怖い顔しなくても」


アカネちゃんは、ミサキちゃんに笑った。


「急に 呼び出されて、知らない大人の人たちまで居て、なんで いろいろ聞かれてるのか分からないし、私の方が 怖いんだけど」


「本当に、君、だれ?」


ケイタくんが、アカネちゃんに聞く。


「アカネには、ミサちゃんの話 したよね?

一緒にいる時に、メッセージが入って

“一つ歳上の 幼なじみ” だって」


アカネちゃんは、ミサキちゃんを見つめたままだ。薄い笑顔。


「アカネは いつも、先輩や 初めて会う人には

敬語で話す。

仲良くなっても、しばらくそれが抜けないから

相手の方から “普通に話して” って言われるくらいなのに。

それに、怖い と感じる時は、黙ってしまう」


眉の眼だけが 右側... ケイタくんに向き

また 裏返って白くなった。

元の眼と表情は 止まったままだ。


ルカを見ると、小さく首を横に振った。

見える場所には、印は無い。

朋樹は まだ、霊視している。


「わたし、私は... 」


アカネちゃんの声に、キイ... と

釘でガラスを掻くような音が 混ざり出した。


「わたぁし... 」


間延びした声に、竜胆ちゃんとミサキちゃんが

顔を青くすると、四郎が椅子を立ち

二人の後ろを通って、席を ズレてもらい

自分が アカネちゃんの隣に座る。


「ヤマ カワ...  ヤマカワ...

ヤマカワ アカネ...  セイバ ジョシ...  

ニネン ゴクミ ニジュウハチバン...  

エモト センセイ...  ビジュツ ブ... 」


アカネちゃんは、アカネちゃんの情報を読み出している。

乗っ取りなのか 生成なのかは分からないが

もう、明らかに おかしい。


住所や家族構成も読み上げ出し、

他のテーブルからも 注目を集め出したので

シェムハザが指を鳴らし、アカネちゃんの声が

他に洩れないようにした。


「イマガワ リコ...  チュウガク ドウキュウ...

サカタ マホ...  ジュク... 」


けど オレには、その異様さより

言葉に混ざる 釘ガラスの声の方が耳障りだ。


「ネコ...  チョコレート...  ココア...

オンガク...  マンガ...  」


ん... ? よく聞くと、釘ガラスの声も

別の言葉で 話しをしている気がする。

後で 朋樹に、オレを視てもらうか...


「アカネ... 」


ケイタくんが呼び

「アカネは、どこに居るの? 昨日までの... 」と

アカネちゃんに聞く。


「エイガ...  プラネタリウム... 」


「もう、居ないの?」


「ナカザキ ケイタ... 」


抑揚のない声に、ケイタくんが 泣き出してしまった。これは つらいよな...


どうにか、何か... と 考えるが

何も思い付かない。


「ナカザキ ケイタ...  ナカザキ ケイタ... 」


シェムハザとミカエルも 黙って観察していたが

ふと 思い立ったように、ミカエルが

「ファシエル」と、ゾイを喚ぶ。


カフェの外に顕れた ゾイは、店に入ると

すぐに、アカネちゃんに 眼を止め

オレらの方に 歩いて来る。


「ごめんね、ちょっといいかな?」と

ケイタくんの背中に手を添え、場所を空けてもらおうとすると、アカネちゃんが

「... ケイタくん」と、普通の声で呼んだ。


一度 名前を呼んだ声だけでも、さっきまでとは

別人みたいだ。アカネちゃんの輪郭が ブレて...

ルカが椅子から 腰を浮かせ、ゾイが とっさに

アカネちゃんの背後から回した右手で

アカネちゃんの額を掴んだ。


少し驚いたが

「彼女と、融合しようとしている者がいます」と

言う。


「私が、悪魔ゾイの身体に取り込まれた時と違う。

何かは 解らないけど、それが入った時に

彼女の方も “自分” だと認識するような者です。

自分の影のような。

彼女が 彼の名前を呼んだ時、微かに分離しました。今 何とかしないと... 」


「ゾイには、中の者が見えるのか?」


シェムハザが聞くと

「見える というか、感覚で解って。

彼女には、別に眼がある。

これが 彼女の眼と重なってしまったら

もう分離出来ないと思うから、彼女自身が抗っている間に、追い出してしまわないと... 」と

答えた。


「名前は?」


ミカエルが、アカネちゃんに聞く。


「ヤマカワ アカネ... 」


抑揚の無い声だ。「いな」と、四郎が答える。


「名前は?」


「ヤマカワ アカネ... 」


四郎が、また「否」と答えると

アカネちゃんは、ゾイの手を逃れようとした。


「名前は?」


アカネちゃんが、抑揚のない声で答える度に

四郎が「否」... 違う と否定する。


何度も繰り返すうちに、ケイタくんだけでなく

竜胆ちゃんや ミサキちゃんも泣き出してしまった。


「名前は?」


「ヤマカワ 」


「アカネ!」と、ケイタくんが呼ぶと

抑揚の無い アカネちゃんの声が途切れる。


「居る よな? だって、同じ大学に 行くって... 」


泣いて 話せなくなってしまった ケイタくんの背に

シェムハザが 整った指の手を添えた。父親のように。


「名前は?」


ミカエルに

「ヤマカワ、アカネです」と 答えた声を聞くと

よく分からない 震えが上ってきた。


しかり」


四郎が 正しいと答え、ゾイが 右手を離した時に

喜びの震えだった と気付く。


アカネちゃんの 眉の位置の眼は閉じていた。

仕事道具入れから天の筆を取った ルカが

テーブルに左手を着いて、アカネちゃんの眉間に

筆先を当てた。黒い炎のような 模様が浮く。


ルカと場所を代わり、白い焔を浮かせた右手の指で、黒い炎に触れると、炎が 白く染まって消える。眉の位置の 閉じた眼も消えた。


「アカ ネ... ?」


鼻を啜りながら、ケイタくんが呼ぶと

アカネちゃんは、はっ と気付き

目の前に居る オレやルカ、ミカエルを見て

「えっ... 」と 慌て、声の主の ケイタくんを探している。


シェムハザが指を鳴らすと、右側に座る ケイタくんに気付いたが、真後ろに立つゾイにも びくっとし、「あの、私... 」と

ケイタくんに助けを求めるような眼を向けた。


ケイタくんが、言葉も無く泣き

「戻った... 」「よかったぁ... 」と

竜胆ちゃんと ミサキちゃんも泣いているが

オレも、眼の裏が熱くて ヤバい。


「あっ... 」


ゾイが、床に視線を落としている。

アカネちゃんには、影があった。




********




シェムハザとミカエルが、アカネちゃんに

事情を説明する間に

オレとルカは、河で遊ぶ ボティスと巨人、

神々、ジェイドに 報告へ向かう。


「あーあ... 」


ルカが 気の抜けた声を出したが

オレも、一気に脱力した。


ボティスとヘルメス、トールとロキは、

こっちと向こう岸に 分かれて立っている。

ジェイドは ひとり、木陰に胡座をかき

呆れている空気を放っていた。


ロキが「蛇巨人だ!」と、河の水を立ち上げ

ヴィーグリーズの溶岩蛇巨人のかたちを造ると

ボティスたちに向かわせ、助力円を敷いた ボティスが「助力、ラミエル。神の雷霆」と

水の蛇巨人を雷で撃ち、辺りに水を撒き散らす。


世界樹ユグドラシルの ひとり子、トール!

お前を磔にしてやる!」


ヘルメスが、ケリュケイオンの先を 水に浸けると

水の大蛇の象が 河から立ち上がり、トールに襲い掛かる。 これさ、つい この間...


「スレイプニル!」


トールが、河にルーン石を ぽちゃ っと入れると

水のスレイプニルに、何故か 水のトールのかたち


グングニルも持っていて、大蛇に立ち向かうが

「それ実は、ヨルムンガンドだしー!」と

ヘルメスが言うと

「フェンリル! あいつ等を飲み込んでやれ!」と

ロキが 水のフェンリルを、ボティスとヘルメスに向かわせる。


水に手を浸けた ボティスが

「いいや。“あの女は、俺の妻だ”!」と

ソゾンまで造ろうとした。

「はい、ダメー」と、ルカが 風を喚び

全部 巻き込んで、撒き散らす。


「そんな眼で見ても ダメー」


シラケた眼を向けてくる ボティスたちに

ルカが言い、オレが

「あの子、戻ったぜ。影まで」と 報告すると

ジェイドが「本当に?」と、カフェへ向かう。


ボティスとヘルメスも

「何?」「何で喚ばなかったんだ?」と

仕事の顔に戻り

向こう岸に居たトールとロキも、近くに顕れた。


「“別の余分な眼があった” ってことは

トールとヘルメスに話した」


ボティスとロキには、見えてたんだよな。


「ミサキちゃんが、“まだ夏休みのはず” って

矛盾を突いたら、混乱し始めてさ... 」


順を追って話し、ミカエルが ゾイを喚んだくだりまでくると

「ゾイにも、余分な眼が見えてたんだな?」と

ボティスが確認をする。


「影人に入られた人は、それを “自分” と認識しちまうみたいなんだよ。

ゾイは、“自分の影のような” って言っててさ。

それと、融合しちまう... って言ってた。

“眼が重なると、分離出来ない” って」


「自分と認識しちまうなら、身体から追い出そうとは しねーもんな。ゾイが 融合を止めてる間に

ミカエルが 名前を聞いて、影人の方が答える度に

四郎が “否” って否定してさぁ。

けど、ケイタくんが 彼女の名前を呼んだら

彼女が答えたんだ」


オレとルカの 言葉足らずの説明でも

ボティスたちには、結構 正確に伝わったらしく

「“否”、“然り”... ヤコブの手紙とマタイだ」

「真実の見極めか?」

「本人が 追い出そうとしないなら、外から働き掛けないと... ってことだろうね」

「でも、戻せるんだな?」と 話している。


彼女が名前を答えると、余分な眼が閉じて

ルカに 印が見えたので、それを消し

彼女だけに影が戻ったとこまで話すと

「でも、“影が無い” ってことに

気付いてる人もいたよね?

全部の影が戻るまでは、その子の影も 目眩まししといた方が いいかもしれない」と

ヘルメスが消えた。


「ミカエルは、なんで ゾイを喚んだんだろ?」


ルカが言うと、ボティスが

「余分な眼が見えた者は、種が はっきりしない者だけだ」と 答えている。


眼が見えたのは、獣の血が混ざったオレと

悪魔から 天使に戻り、堕天したボティス、

蘇りの四郎、巨人とアース神族のロキ。

ゾイは、悪魔の身体に結び付いたからか...


「だが、ゾイは天使だ。

余分な眼が見えれば、影人の正体は解らんでも

守護対象の人間を護るための対処方は理解する。

ゾイに解ったように、これがリフェルでも解っただろうな。ミカエルに 余分な眼が見えてりゃ

話は早かったが... 」


リフェル... 奈落で、天狗アポルオンと居る天使だ。

鴉天狗と融合し、額に縦の眼を持つ。


「影人って、本人の影なのか?」


もう、これだろ... ってことを確認しといた つもりだったのに

「いや... 」「違うんじゃないか?」

「影は、光を受けた証だからな... 」と

首を傾げられ、ルカも「えーっ?!」つってる。


「重なった影人を退けた その子が

再び、光を受けていることは確かだ」

「影があるからな」


トールとロキが言い

「逆に 影を取り戻せば、これは起こらなくなる

... とも 考えられる。

光... 父との繋がりを断たれた状態でなければ

契約も取り交わさず、人間の霊に 手は下せん。

霊は、父が与えたものだからだ」と

ボティスも言った。


そうだよな... 肉体が破壊されて 魂が離れても

生きた経験を伴った霊は消えない。

それぞれの冥界へ向かう。

でも影人は 霊と融合して、違うものに変えちまうんだ。

それこそ、本当に消滅する時じゃないのか?


「何だよ、その顔は。シンキ臭ぇな。

この言葉って、今の お前等みたいな顔に言うんだろ?」


ロキに言われ

地面の夏草に落ちていた 視線を上げる。


「影人が重なる前に、対象の手を取りゃあ

影人は消えるし、重なった時の対処方も解った。

対処すりゃ 影が戻ることも解った」

「これをやりながら、大元... 影を戻すだけだ」

「対処方が解るまで、意外に早かったな」


ボティスたちが簡単に言うのを聞いて

少し気分が軽くなった。

ルカも「うん、そうだよな」と 微笑う。


「おっ」

「ミカエルたちだ」


カフェから ミカエルたちが、ケイタくんたちも連れて 出て来る。

朋樹が 手招きするので、オレらも カフェの駐車場の方へ向かった。

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