23


「ロキ、どうした?」


腹を鳴らしながら、トールが聞く。


「わからない。不安なんだ」


ええー...

トールの顔を見ると、やっぱり 顔の緊張が

抜けちゃいるけどさ...


「どうした?」

「急に なのか?」


ミカエルや ボティスも聞いているが

ロキは、拗ねたような顔になって黙り込んだ。


バスで ジェイドの家へ戻ると

ミカエルとヘルメスも喚び、シェムハザも戻った

... が、全員で居るには、ジェイドの家は狭かった。


「教会に行く?

でも、教会で 食事は取りづらいね」


「いや、構わないよ」と 答えるジェイドの隣に座って、グミを食っていたロキは

移動する時も ジェイドから離れない。


「... 教会から 家に戻る時も、ジェイドのシャツを

掴んでおり、ジェイドが珈琲を淹れる時は

私の隣に居られたのです」


四郎は 控えめに言っているが、くっついていた

ということだろう。


裏口から 教会に入ると、ヴィシュヌが料理を取り寄せてくれて、スパイシーな匂いが漂う。

こういう匂い嗅ぐと、バリのヴィラや森を思い出すんだよな。


ホテルのビュッフェで かなり食っていたので

オレらは、サテやロントン、ルンダンを摘み

コーヒーと一緒に クロポンを貰ったが

トールは、バビ グリン丸ごとだ。

“不安” という割に、しおれながらロキも食う。

四郎やヘルメスも つき合ってるけどさ。


「黒い人型のことだが... 」


黙々と食っている ロキに、前の長椅子のテーブルに座ったボティスが 説明を始めたので

「“影人”」と、口を出すと、手の動作で追い払われた。


めげずに、四郎に

「どのくらい拡めた?」と 聞いてみると、

「リョウジと、他 数人で御座いますが

こういった話題も好まれますので、明日には

大半の者に拡まっておると思われます」と いうことだ。


「あっ、リンにも言っとこかな... 」


今更 ルカが、竜胆ちゃんに連絡し

ついでに、中学生の仁成くんにも

“シャドウピープルが出るんだけど”... と

メッセージを送っている。

影人 って 書けばいいのにさ。


「おっ? リンから返信だし」


「めずらしいな」

「竜胆ちゃん、おまえに返信なんかするんだな」


つい 朋樹と言ったが

「えっ? “重なった子 いるよ”... ?」と

ルカが読み、すぐに電話している。

「スピーカーで」と、話が聞けるようにさせ

『電話じゃなくても良くない?』と

面倒くさそうな声を発した 竜胆ちゃんに

「重なったって 本当に? 見たの?」と

朋樹が言うと

『あっ、朋樹くん?』と、機嫌が良くなった。


「そう。詳しく話して」


『うーん、詳しく って言っても

さっき ミサキから聞いたんだけど... 』


後輩... 二年生の男の子が、彼女と 映画を観に行き

観終わってから、彼女がトイレに行った。

離れた場所で、彼女を待っていると

トイレの通路から 出て来た彼女に、黒い人型が

重なった... らしい。

その男の子には、人型が見えたのか...


「それは、昼間?」


『ううん、夕方から上映のを観たんだって。

でね、彼女は 彼を見ずに

一人で エレベーターの方に 向かっちゃって。

“え?” って 追い掛けて、追いついて

“どうしたの?” って聞いたら

彼女は 何か、ぶつぶつ言ってて。

で、彼を見て、“ナカザキ ケイタ” って

彼のフルネームを言ったみたいなんだけど

呼ぶような言い方じゃなくて

彼の顔を見て、“こういう名前の人” って 確認したような呼び方だったみたい』


どういうことだ? と、それぞれ顔を見合わせる。


『それからは 何を聞いても、彼女は

自分の学校名、クラス名、友達の名前を言ってて。

ふざけてるようにも見えなかったし

なんか怖くなっちゃったみたいなんだけど

彼女に着いて行ったんだって。

そしたら 彼女は、彼のことはムシして

自分の家に 一人で入って行っちゃったみたいで。

明日から学校だけど、その子、彼女とは 別の学校なんだよね』


「本人にも 話を聞きたいんだけど

その彼と、連絡 取れる?」


『うん、ミサキ... 友達ヅテなら取れるよ。

彼女の親にも話しづらくて 言ってないみたいだけど、心配してて

“こういう事 相談出来る人、誰か居ないかな?” って、ミサキに相談したみたい。

さっき、このメッセージが届いた時は

“彼女の家の人に、彼女の様子を聞いてみて

何かヘンだったら、映画の帰りの話をした方が

いいんじゃない?”... って 返しちゃったんだけど

“朋樹くんが 話 聞きたいって” って

ミサキに言ってみる。

ミサキが その子と話して、連絡が来たら

電話するね』


「おう、分かった。

都合のいい場所まで、話 聞きに行くからさ。

もう遅い時間だし、悪いけど、頼むな」


『はーい』と、竜胆ちゃんから電話を切る。

ルカは、一言も話さず仕舞いだった。


「何と... 」


四郎が 愕然としている。

同じ学校の先輩の彼女 だし、距離 近いもんな。


「そうだ、四郎も そろそろ寝ないと」


ジェイドが 言っているが

「竜胆の連絡まで 待っておるのは

なりませんか?」と、心配そうだ。


「映画?」「室内も出る ってことか」

「性別は関係なく 重なるってことも分かったね」


「ぶつぶつ言ってた というのは

肉体の情報の反芻?」


クロポン食ってる ヘルメスが、眉をしかめる。


「影人が乗っ取った としても、新しい奴になった としても、社会生活は そのまま送れるようにしてんの?」


「影人か新しい奴の成り代わり ではあるな。

社会的な」


「けどさぁ、周りの人は

“なんか違う” とか “変わった” って気付くと思うんだけどー。情報 読み込まなきゃいけないところが

“今後、自然にやるには無理が出る” っていうか

ボロが出るだろな って感じするじゃん」


確かに、普段 一緒に居るヤツは気付くよな。

一人暮らしのヤツでも、仕事してるだろうしさ。


話している間に、竜胆ちゃんから

ビデオ通話で 着信が鳴る。


通話を取った ルカは、自分しか映そうとしない。

真顔だ。

『何なの?』と 言われているが、無言。


「竜胆ちゃん、どうだった?」


話すのは朋樹。

ルカの後ろから 画面を覗くヘルメスとトールが

「美女だね」「ルカと なんとなく似てるか?」と

言っているが、ルカは あくまで自分だけが映るように 角度調整した。


『... うん。学校、明日お昼までだから

それからなら 場所は どこでもいいって。

教会までは少し距離があるから

カフェか どこかの方がいいかも。

私とミサキも、付き添いで行くね。

ニイ、朋樹くんと代わってよ』


「うるせー。話せてんだろ?」


『顔 違うし』


「じゃあさ、河川敷のカフェに来れる?

四郎と 一緒に来てくれてもいいしよ」


どっちも流して 朋樹が続けると

『うん、分かった!

四郎に、“校門集合” って言っといてね!』と

竜胆ちゃんが答え

「おまえ、兄ちゃんに “おやすみ” くらい言えよ」と ルカが言うと、通話は終了した。


ルカは「相変わらず かわいくねーしぃ」と

スマホを長椅子のテーブルに 置いているが

「一人で居る時に、影人が出た際の対処だが... 」

「見えてない人も多いからね。本人が見えていなければ、対処は難しいかもしれない」

「守護天使や悪魔達に

“その場を離れ、人が居る場に向かうよう”

促させるしかない」... と、話が続く。


「その、重なってしまった彼女の方にも

会えるのかな?」


ヴィシュヌが 朋樹に聞いているが

彼氏の方が 呼んでくれて、来てくれたら... ということになるだろう。


「ボティス」


イゲルだ。ヴィシュヌやヘルメス、トールに

会釈して「俺には?」と、ミカエルにチョップされて笑っている。

ボティスの配下って、すぐ 大物にも慣れるんだよな。


「影人を見つけ次第 阻止してるけど

誰にも触れられず、日本で 23人、中国で44人、

アメリカで58人、スイスで16人... とにかく

世界で457人が重なった。

男 250人、女 207人。内 未成年172人」


「一晩でか?」「そんなに?」


「対処を始める前に 重なった者達については

分からないし」と、イゲルが困った顔で言う。


幼子おさなごなどは?」と

四郎が心配そうに聞くと

「今のところ、報告はないよ。

そういえば、小さい子の影人は まだ出てない。

もし出ても、親に抱っこを促すのは 簡単だろうしね」ってことで、少し安心する。


「対処が遅かったかもね」

「だが さっきまで、対処方も なかった」


「街に動物は少ないし、人間同士にしか対処が出来ない っていうのも、先に 重なられてしまう原因なんだ。

“後ろから肩に触れて、人間違いだったフリをする” ように 術を掛けてるけど、周りが無人の場合もあるし、他の人間が居る場に行くよう促しても

先に 影人に追いつかれてしまう」


「重なった者を、元に戻せるかどうか も

調べんといかんな... 」


シェムハザが ため息をつきながら

イゲルにも コーヒーを渡す。


「アコは まだ、城?」と、カップを受け取った

イゲルに

「そうだ。シギュンやビューレイストも居るが

影が無くなったことや、影人のことは

蛇人ナーガと同じく、全世界に拡がっているからな」と

ボティスが答えた。

シェムハザは、地上勢力として 城を離れることも多い。警戒しとくべきだよな。


「また報告に来るけど...  ロキ? 元気ないね」


ロキは まだ、バビ グリンを食べていて

イゲルに 虹色の眼を向けたが、ふいっと背けて

何も答えなかった。

イゲルは、ロキの頭 ぽんぽんしてるけどさ。


「シェムハザ、ありがとう。

ボティス、また」と、コーヒーを飲み干して

イゲルが消える。


「全人類の影人が出るのかな?」

「けど、オレらのは まだ出てないっすね」


ヴィシュヌや朋樹、ヘルメスやシェムハザは

影人について話し出したが、トールは

自分と ジェイドの間に居る ロキに

「どう 不安なんだ?」と、また聞いてみている。

ミカエルは、ロキが 教会に来たことや

ジェイドから離れないことが 気になるようだ。

オレと ルカも、ロキの近くへ行ってみた。


「分からない って、言っただろ」


拗ねてんな... ここで 口出したら、へそを曲げるか

キレちまうかだろう。


「不安だったから、教会に来たかったのか?

シェムハザの城にもあるだろ?」


ボティスの隣に座っているミカエルが

少し 方向を変えて聞くと

「城には、神父が居ないだろ?」と

バビ グリンの塊肉を口に突っ込む。


「ジェイドが居るから 来たのか?」


ボティスも聞くと、肉を飲み込んだ ロキは

「他に、神父の知り合いは居ないからな」と

言った。


「俺じゃなくて、ジェイドかよ?」と

不思議そうに聞く ミカエルには

「俺は、神父が居る “教会” に来たんだ。

導き手もいる 神の家に」と 返している。


「何かが、怖い?」


ルカが聞くと、ムスっとして

ふい っと 眼を背けた。当たりだな...


「ルシファーに 聞かれたことか?」


トールの言葉に頷いた。

罪の心臓... グルヴェイグの心臓 のことだ。


“罪の心臓を 何故 食べた”


この “罪” は、グルヴェイグが

人間世界ミズガルズに 黄金によって争いを齎し

アース神族までもに、黄金に対する執着心や

呪術セイズを授け、堕落させたことなのか、

それとも、アース神族が グルヴェイグを

三度も槍で突き、火刑に処したこと なのか...


その心臓は、ロキに 食べられることを望んだ。


“罪の心臓で 何を産む?”


ロキが 落ち着かなくなったのは

皇帝に そう聞かれてからだ。


巨人 アングルボザの心臓を食べたロキは

フェンリル狼、ヨルムンガンド蛇、冥界ニヴルヘルのヘルを産んだ。巨人族の復讐のため。

グルヴェイグは、ソゾンと ミロンの姉だった。

ソゾンは、女として グルヴェイグを愛していた。


「もし 俺が、何かを産むのなら

それは、アース神族にとっての 災厄になる」


キュベレが書き換えた 最終戦争を終えて

世界樹から出た。

巻き込まれてしまった ヴァン神族の痛手は大きかったけど、巫女の予言とは違って

アース神族も、フェンリルや ヨルムンガンド、

人間世界ミズガルズも 無事だ。


グルヴェイグの心臓で生まれるのは

グルヴェイグの復讐を果たすもの なのか... ?

そして また、運命を定められた子を産む... ということになる。それでも ロキは、その子を愛する。


「オージンが知ったら、俺を殺すかもしれない。

それに 俺は、産みたくない。

だって 災厄の子なら、殺すんだろう?」


「ロキ」

「まだ、何も起こってないだろ?」


ボティスや ミカエルが宥めると

「ルシファーの言葉は、予言に聞こえたんだ」と

ロキが 眼を充血させた。


「ここに居て 祈れば、産まれないかもしれない。

俺等にだって、枝葉を伸ばしてくれるんだろう?」


ロキが、朗読台の先に 眼を向ける。

磔の十字架に。聖子を頼りたかったのか...


「生まれてくるなら、産めばいい。

お前の子を 殺すものか」


トールが答える。


「予言も覆せた。お前と 俺と、皆で だ。

フェンリルも ヨルムンガンドも生きてるだろう?

俺は、ウルを愛している」


ウル... トールの妻シフの連れ子。父親は ソゾン。

トールの言葉は、いつも真っ直ぐなんだよな。

ロキが頷く。


「共に 居りますので」


近くに来た 四郎が言うと、ロキは ますます表情を緩めたが、ジェイドが

「もう 寝ないと」と 四郎に言う。


“解っております” の顔で

「では 明日、竜胆等と共に 河川敷のカフェに参りますので... 」と、ジェイドの家に戻ろうとすると

「俺も四郎の部屋で寝る」と、ロキが

前の長椅子に座る ミカエルとボティスの間を

強引に通って、四郎と教会を出た。

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