21


『追う。皇帝ルシファーに報告を』と ハティが消え

「ちょっと、ここに居て」と ヘルメスも

地界へ消える。


通り過ぎた男を観察し、配下を喚んで

ハティと男を追わせた ボティスたちが

道路を渡って 戻って来た。

ミカエルも「ハーゲンティが追う男を 追うこと」と 守護天使に命じたようで、空気が動く。


「何だろう? 見当が着かないね」と

首を傾げる ヴィシュヌに

「男が、別人みたいになっただろ?」と

ミカエルが聞いている。

ルカも頷いて「憑かれた ってこと?」と 言っているので、雰囲気が変わったと感じたのは

オレの錯覚じゃない。


見た目は 同じなんだよな。

けど 後ろ姿でも、変わったのが分かった。

例えるなら、リラちゃんと

リラちゃんの身体を奪った サリエルや

悪魔ゾイの時と、天使ファシエルが入ったゾイ くらい違う。

ミロンと、ミロンの身体を使ったソゾン のようにも。


コンビニから、朋樹と師匠も出て来て

「人型が重なった人、全然 普通の人だったぜ」と

ミカエルに マシュマロを渡している。


「人型が見えても おらぬであった」


「重なった時に、見えなくなった」

「いや、一度 消失したんだ」


「成り代わりか?」


ボティスの声で聞いて、夏の夜の海で

サリエルが、ファシエルに成り代わったのを

思い出した。


「憑いたんじゃなくて

人型が、あの男になった ってこと?」と

ルカが聞くと

「魂までが変わったようだった」

「憑依には見えなかったもんな」と

シェムハザと 朋樹が頷く。


「なら、あの男の中身は どこに行ったんだよ?」


憑依なら 同じ身体の中だ。

一度 消失した時に、中身が 消滅したのか?

そんな...


「まだ 何も分からないね。

人型の実物を見れて良かったけど。

長く 店の前に居てしまってるし、珈琲か何か

買って来るよ」と、ヴィシュヌが言うので

オレと ルカ、朋樹が 焦って

「いや、オレらが 行くっす」と

シェムハザから 氷入りタンブラーを受け取る。

トールは「腹減った」と、一緒にコンビニに入った。


「コーヒー、持ち込みの容器でいいすか?

アイス、ラージで 十杯分 お願いします。

氷だけ欲しいっす。コーヒーマシンのアイスの方から注ぐんで」と 朋樹とルカに コーヒーを任せ

「ホットスナックも あるだけ」と 買い占める。


ロキに “グミは 三つまで” って言ったのにな... と

過ぎらせながら

「トール、ロキは?」と 隣を見上げると

物珍しそうに店内を見ていた トールは

「おっ、そうだ」と、腰に巻いた 仕事道具入れから ルーン石を取り出して「ロキ」と 指ではじいた。

ストロベリーブロンドの髪とヒゲ。

横から見ても、すげぇ筋肉だ。

カッコイイよな。北欧神話最強神だもんな...


応答が無いようで

「シェムハザの城で、ずっと 一緒に居たんだがな... 」と 赤毛の眉をしかめる。

ヘルメスは、オリュンポスと 世界樹ユグドラシル

話し合いの報告をしに抜けたが、

ロキが 大人しかったので、二人とも気になり

城を出る時も『日本で』と、シェムハザに 移動のルーンを持って 先に向ってもらい、一緒に出た。


「兄様方」


「お?」「四郎?」


四郎が、トールの すぐ後ろに顕れた。

結構 大胆だよな。

シェムハザが気付いて、クギヅケしている。


「ジェイドと帰りまして、メアリー1世の祈りのため、教会に寄りましたところ... 」


無人で暗闇の 教会の通路に、ロキが立っていた という。


「なんで?」


「“如何なされた?” と 聞いてみましたが、

“分からないけど、安全な気がした” と。

今は ジェイドと共に、家の方に居ります。

“何か怖かったのか?” など、ジェイドが少しずつ

聞いておるのです」


安全? まぁ、教会だけどさ...


「困ったものだな...

後で寄るが、世話を掛けて すまん」


トールが謝ると

「何を。友ではありませんか」と 四郎が微笑う。

トールも 四郎の頭に、でかい手を載せた。


「黒い人型が出たのですね。

後程、詳しく御聞かせ願いたい。

では 私も、ロキと話したいと思いますので... 」と

コンビニを出ようとしたので

グミを 三つ買い、ホットドッグが 三本入った袋と

一緒に渡した。


後ろに並んだ客に「... ハルク?」と

小声で言われたトールが ムッとし、振り返って

「トールだ」と、そいつを縮こませるのを 笑って流しながら、会計を済ませて コンビニから出ると、ヘルメスが戻って来ていて

「さっきの男を調べた方がいいな」

「しばらく観察し、ハティが やるだろう」と

話している。


「泰河、コーヒー 運ぶの手伝えよ」


「おう」


ヴィシュヌやミカエルは、もう タンブラーを持っているが、師匠や ボティス、シェムハザ、

すでに フライドチキンやメンチカツを食い尽くそうか という トールにも渡す。

結局 全然足りずに、シェムハザが

バケツみてぇなカップに入った 白身魚のフリットや チキンを取り寄せた。

全員 外に出ると、コンビニの入口とは 逆の

店の端の方へ移動する。


「黒い人型は、影が消えてから出てるのかな?」


「少なくとも、ロキの洞窟から 世界樹ユグドラシルへ入るまでは、人型は見ていない」

「影が消えた というのも、いつからなのかは 分からんが... 」


オレらが 世界樹ユグドラシルに居る間に 影は消えていた って

恐れもある。黒い人型は ごく最近だ。


考えながら、コーヒーを 一口飲んだ ヴィシュヌは

「影に気付いた者の報告も まだ入らないけど

他の場所で、人型を見た って報告も入ってない。今のところ 日本だけだね」と

コーヒーを飲むのに 邪魔になるのか、キャップのツバを 後ろ向きにした。


「守護天使たちも 散らばってはいるが

入れ替わりの場所に集中し、儀式酒の情報収集に

奔走している」

「見逃しているかも ってことか」


「顕れる時の気配が 何も無いしな」


マシュマロの袋を シェムハザに術で開けてもらい

袋をルカに持たせて食べる ミカエルが、ブロンドの眉をしかめた。


「うん。見えるのに、ゴーストみたいな気配も無いね。本当に何なのかな?

ヤバい奴だとしても、防止策なんか打てるの?」


ヘルメスもマシュマロの袋に 手を突っ込むが

“防止策” と聞いて、師匠やボティスの顔に

すでに疲れが見える。

入れ替わりの場所、キュベレ捜し、儀式酒、影。

どれも 解決してねぇもんな...


「でも、最初に出た影は 消えたんだよね?

何か違いは?」と、ヴィシュヌも

「一個いい?」と マシュマロを食う。


クレープ屋の前で見た人型は、ただ消えた。

あの時と 今と違うのは

ミカエルが 人型に触れたことと

ロキとジェイド、四郎が居た。

今回 触れたのは ボティスと師匠、ハティ。

天使が触れたか、悪魔が触れたか... なのか?


それを話してみると

「その人型は、女っぽく見えたし」と

ルカが付け足した。


「性別の違いと、ミカエルが触れた。

預言者シロウ祓魔ジェイド境界者ロキが居た。

どれかが、人型を消した要素になるのかな?」


「でも 人型の方は、こっちに気付いてなかっただろ?」


ミカエルに「全くな」と、ボティスや師匠も

同意する。


そう、人型の方は オレらを認識してねぇんだよな...  

こっち側の何かに左右されて

さっきの男と重なった訳じゃない 気がする。


「確かにね。俺を通り抜けて行ったのに

俺も 人型の方も、何ともなかったし」


ヴィシュヌ... 神を通り抜けちまうんだもんな。

ボティスは、一応 人間の分類だ。

人間にも影響されない... ?

いや でも、人間に入ったしな...


「人型自身に ぴったりと重なる人間が顕れると

成り変わるんじゃないのか?

お前達が 先に見た女の人型は、自身に合う人間が居なかったから消えたのでは?」


シェムハザが言うが

「重なれる人間の近くに 顕れるんじゃないのか?

さっきの人型は そうだっただろ?」と

ボティスが返して、さっぱり分からなくなる。


「女の人型の方は、重なる人間が

バスやタクシーに乗った などでは?」


クレープ屋の前に、バスは通らない。

タクシーに乗った人、いたかな?

人型しか見てなかったもんな...


「確かに、走りそうになかったよね。

走って欲しいけどさぁ」


ヘルメスが言うと、猛然とタクシーを追う人型を想像したらしく、ボティスとシェムハザが ケラケラ笑う。オレらも 笑っちまうが、

マシュマロに噎せる ミカエルの背をさすりながら

「最後 ジャンプ?」と、ヴィシュヌも言うと

バケツカップの中身を食い終わったトールも

師匠も笑った。コンビニの端で 和やかだぜ。


「... あ。あと、夕方だったぜ?」


コーヒー飲んで 落ち着いたミカエルが

何かのついでっぽく言って

あっ! て なった。

そうだ、まだ街灯も点いてねぇくらい

明るかったんだった...


「日光?」「明るさ か... 」

「その違いが関係するのかもな」


「バラバラになって、少し見回ってみる?

気配も分からないから、眼で探すしかないけど」


「うん。とにかく、人が居るとこ。

人だらけだけど」


「駅に向かう者も多い。広場にも... 」


繁華街班は ボティスとシェムハザ、

広場に、土地勘の無い トールとヘルメス。

ヴィシュヌと師匠が、広範囲を飛んで探す。

オレらと ミカエルは、人が居そうな でかい公園。


「見つけたら喚び合おう。

移動出来る人だけ 移動して観察。

終電まで、後 二時間程度かな?

その後は 人が減ると思う。今日は休日だからね。

二時間後に、その広場に集合でいい?」


ヴィシュヌが纏めてくれたので

「うん、それで」「うい」と 返事をして、

シェムハザに タンブラーを送ってもらうと

オレらは 駐車場へ向かう。


「人型ってさぁ、店ん中とか 屋内には出ねーのかなぁ?」


「やめろよ、ルカ」


朋樹が うんざりしているが

「シャドーピープルなら 出るよな」と

オレも言っちまった。


「シャドーピープルは、成り変わらねぇから

シャドーピープルじゃねぇんだよ。

写真にも写らなかっただろ?」


「でも、気を付けた方がいいかもな。

今のところ、守護天使に見回らせるしかないけど」と 言ったミカエルも

「対処方が な... 」と 考える顔だ。

その場に遭遇しても、何も出来ねぇんだよな。


駐車場に着くと、ルカに バスの鍵を渡され

運転席に回る。助手席は朋樹。

バスの下にも中にも 影はなく、車内全体が駐車場の街灯の明かりが届く地面と同じような色だ。

妙だよな。そんなに違和感も 感じてなかったけどさ。


「とりあえず、遊歩道がある公園な」


該当する公園は、二つある。

クライシ教の時に、繭に包まれた人を見つけた公園と、住宅街の グラウンドもある でかい公園とこ


繭の人を見つけた公園が 近いので、そっちから行ってみることにする。

ここは、駅前からなら歩けるような距離だ。

周りにマンションが多く、召喚部屋も近い。

リラちゃんや朱里とも来たことがある。


「バス、停めれるかな?」

「反対側の入口んとこに、駐車場あっただろ?」


公園の外周を周って、駐車場に車を入れると

「二人 一組で、半周ずつ。向こう側で合流」と

いうことで、オレは 朋樹と周る。


「これだけ木があるのに、影がない って

ヘンだよな」


遊歩道の地面も 一色。周囲の木の下も

途中にあるベンチの下も同じ色。

立体感が乏しく見える。


「人、あんまり いねぇな」


ジョギングしている人が ぽつぽついるが

思ったより少ない。

早朝の方が 多いのかもしれん。


「“影によって 影を掴め”」


「おう?」


サンダルフォンの預言の言葉だ。

オレらは忘れてしまっているが、レナ という

預言者にされた女の子に、朋樹が言われている。


「影 ねぇと、どうしようもねぇよな」と 言っているが、最近 影を動かすところも見てねぇし

「おまえ、忘れてたんじゃねぇの?」と 聞くと

「おう、忙しかったしよ。こないだ 里に行った時

玄翁に “修行” って言われてねぇし」


玄翁も 影 ねぇのに、気付いてなかったのかもな。


「今、影 動かそうとしたら

どうなるんだ?」


「いや、無いのにか?」と

こっちに向く朋樹と 眼が合って

「あるつもりでさ」と 言ってみると

「あるつもり ってなぁ... 」と

朋樹が立ち止まる。

無いけど 動かそうと、集中しているらしい。


「ん... ?」


眉間に シワ寄せてるし、やっぱり無理か と

思ったが「どこかに ある... 」と言った。


「“どこか”? 別の場所に 影だけが か?」


「そう。別の場所か どうかも分からねぇけど

消え失せてはない。

動かした時の感覚があったからな」


「神隠しみてぇに隠されてるだけ とか?」と

聞くと、朋樹は

「いや、離れてある訳でもねぇし

神隠しでもない」と 考え始めちまった。


「歩きながら考えろよ。遅くなったら

ミカエルとルカも心配するじゃねぇか」


「ん? おう、そうだな」


で、歩きはしてるけど、黙って考えてるんだよな...

ジョギングの人が追い越したが、影もなく

人型も出ていない。スマホ チェックしとくか。


仕事道具入れから出して、画面の通知を見ると

朱里から メッセージが入っていた。


ステージとステージの間の 休憩中に入れていて

“影!! ないね! すごくない?

沙耶さんにも言っておくね!”... と

“夢の女のリリさんは、お店の人のところにも

出たみたいだよー! 流行ってるねー”... だ。

絵文字が多いと 派手だよな。


“黒い人型の何かも出てるから、もし見たら

すぐに ゾイかアコ、ミカエルやシェムハザを喚べよ” と 入れておく。


スマホを仕舞いながら、ちょっと閃いて

「あっ!」って でかい声出すと

「うおっ... 人型か?」と、朋樹が 考え事から

戻ってきた。


「人型に狙われる人... ぴったり重なる人をさ

ミカエルとか シェムハザとか、飛べるヤツが 抱えて飛んだら、追い付かれねぇんじゃねぇの?」


自信あったのに

「おまえって、おまえ よな」と 脱力される。

泰河オレらしい発想 と 言いたいらしい。


「何だよ? 人型は 飛ばねぇだろ」


「まぁ、飛ばねぇかもな。

たまたま ミカエルやシェムハザが居る場に

人型が出たら、それで いけるかもしれねぇけどよ。... ん?」


前方から、犬の散歩の人が歩いて来た。女の人で

犬は アフガンハウンドだ。毛足が長くて でかい。

優雅に闊歩して来る。


「アフガンハウンドって、室内飼いだよな?

家、狭いと無理だな。しかし でかいな」

「散歩は、夜か早朝になるんだろうな」


遊歩道の右側に寄り、お互いに会釈して すれ違った。女の人は、オレらより 少し上くらいの歳で

不自由なく暮らしてます って風だ。


すれ違って すぐ、黒い人型が居た。


「あ?」

「ミカエル、シェムハザ! ヘルメス... 」


人型は、女だ。あの女の人か?


「どうする?!」

「対処しようが... 」


朋樹が 式鬼札を出していると

ミカエルとシェムハザ、ヘルメスが立った。

「ヴィシュヌ」と喚ぶと、空からヴィシュヌが降って来る。すげぇ。

神鳥から オカッパに戻った師匠も顕れ

ヘルメスが ポケットから出したルーン石を弾き

「トール」と喚ぶ。


「えっ... ?」


少し離れた場所から、散歩中の女の人の声だ。

アフガンハウンドが立ち止まり、女の人も振り向いていた。


トールも顕れて、女の人は 大人数で居るオレらに

ギョッとしているが、シェムハザが指を鳴らし

恐怖心を薄れさせる。

なんか、申し訳ないけどさ。

アフガンハウンドは、黒い人型の方を見ている。


「動物には 見えるのか?」

「そうみたいだね」


指輪を外した ヴィシュヌが、チャクラムにして

宙に浮かせた。

まさか... と 思う間に、立てた人差し指を回し

チャクラムは、人型を通り抜けると

空高く舞い上がり、また人型に急降下した。


「うん、ダメだね」

シューニャ


立て続けに 師匠だ。慣れてきたぜ。

けど 人型からは、ゴールドの炎が上がらなかった。チャクラムは、ヴィシュヌの指輪に戻る。


人型が 女の人の方へ歩き出すと

アフガンハウンドが唸り出した。


「どうする?」


「ミカエルかシェムハザが」女の人を連れて飛ぶ ことを 勧めようとした時に

「俺が重なったら、どうなるの?」と

ヘルメスが人型に重なりに行く。


「ヘルメス!」「もし何か... 」と ミカエルたちが

止めても、ヘルメスは人型にジャンプした。

ヴィシュヌが「ジャンプ」と 喜んでいるが

やりたい放題だよな...


「ダメだ。何っともない」


「だろうね。俺を通り抜けたし」


ヴィシュヌが肩を竦めているが、そうか... となった。ミカエルや朋樹が、多少 脱力している。


朋樹も蔓を伸ばしたが、人型には絡まず

ヘルメスから離れて、女の人に近寄って行く。

姿を目眩まししたシェムハザが 女の人の後ろに立ち、ミカエルが アフガンハウンドの隣に顕れた。


アフガンハウンドが、唸りながら 女の人の方へ

後退すると、ぼんやりとしていた女の人が しゃがんで「... どうしたの?」と、アフガンハウンドの背を 手で撫でて、落ち着かせようとする。


目眩ましのシェムハザと ミカエルが 眼を合わせたが、アフガンハウンドの前で、人型が立ち止まり

そのまま薄れて消えた。

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