20


四郎に 何を食いたいか を聞くと

「肉も良いですが、魚も捨て難く... 」と

悩んでいたので、駅近くの ホテルのビュッフェにした。


普段は動かない ボティスも、手の皿に

タコと野菜のマリネやら サーモンの香味焼きを

載せているが、影のことに気付いた人が居ないかどうか 様子をみているようだった。


「難しいかもな。料理しか見てない。

いつもなら、俺等だって そうだろうし」


スパニッシュオムレツや ミートローフを取りながら言う ミカエルも、一応 周囲を見ている。


けど、影がない ってことに 一度気付くと

明るく広い店内は、やたら平面的に見えた。

深みもなく 味気ない。


「あっ、ソーセージも いっぱいあるじゃん」

「多国籍だよな」と、オレも料理に眼がいく。


トマトソースのニョッキと、パストラミビーフのサラダ、鍋の湯に浮かぶ 白ソーセージと 小皿のマスタードを持って、テーブルに戻ると

「ワイン」と ボティスに言われ、

ウエイターに手を上げて

「白を二本、辛いやつオススメでお願いします」と 持って来てもらった。


タリアータや 鳥のグリル、魚介のオイル煮を持って テーブルに戻った四郎が

「失礼 致します」と、スマホをオレに向ける。

ルカも入りやがったけどさ。


「泰河なんか撮って どうするんだ?」と

朋樹が聞いているが

「やはり、影は写りませんね」と

今 撮ったやつを見せた。


フラッシュもなかったのに、オレの顔や テーブルの皿やグラスにも 影はない。

背後の人たちにもなく、白飛びした写真のようになっているが、全体として薄っぺらい。

というか、まぬけな感じも受ける。


「こちらが、黒い人型を撮ったものですが... 」と

画面をスワイプすると、街灯の柱だけの写真になった。店の窓や街灯の光が届く 明るいところと

光が届かない暗いところ。明暗はあるんだよな...

けど、夜の街にも影はない。


「影 と、検索しましたところ

人や何かの 影だけを撮る方々の写真も出て参りましたが、そのような写真を投稿されていた方は

ここ 二、三日 投稿されておりません。

偶然かもしれませんが... 」


手を伸ばしたボティスに スマホを渡して

フォークを取る四郎は、また少し 大人びた気がする。

白黒写真とかで見る 過去にしかいない空気感を持つ 整った顔立ち。雰囲気にも 深みが増した。

天狗の件といい、世界樹ユグドラシルの件といい

でかい仕事 経験してるもんな。


「影も写らないなら、シャドーピープルも

写らないのかも」


白ソーセージの皮を剥いていると

トリッパを食いながら、ジェイドが言った。


「はー? おまえ、まだ言ってんのー?」


ソーセージ入りジャーマンポテトを フォークで刺した ルカが言うと

「影は、ねぇから写らねぇんだろ?」と

豆のサラダ摘みながら、朋樹も言う。

ジェイドは、黒い人型が シャドーピープルであって欲しいようだ。

シャドーピープルなら、写真や動画に写るからな。


「霊は、写真に撮れるのか?」


ボティスから 謎の質問だが

「お前達が ということだ」と 付け加えられた。

感があるヤツなら、霊を撮影出来るのか? という

ことだろう。


「いや、考えたことねぇよな...

試したことねぇしさ」

「そうだな。仕事で 依頼者から

“部屋で こんなものが撮れた” って 写真を見せられることはあっても、オレらは祓うだけだったしな」


朋樹が視えてたから、撮る必要もなかったんだよな。

下手に撮ったりすると 念も残ることがあるし、

“こういったものが撮れました” って見せたら

それはそれで 胡散臭がられる気もする。

たまたま撮れた人も、狙って撮った訳じゃないだろう。


「俺も そのソーセージ食べたい」


ミカエルが ワガママを言うので

「あ、オレも食うし」と、ルカが取りに行く。

マスタードが甘いけど 美味い。


「もし 霊が撮れるとしても、シャドーピープルは

四郎にも撮れなかった」


もう ジェイドは、シャドーピープルでいく らしいが、ボティスが

「感があろうと 霊は撮れん という恐れもあるだろ?」と 返し、よく分からん論争になっている。


「けど、試すにしても

こないだミカエルが炙ったし、影穴 閉じたしな」


「うん。みんな それぞれの界に昇ったと思うぜ?」と 朋樹に言う ミカエルが

ソーセージ持って戻ったルカに「皮 取って」と

オムレツ食いながら 頼んでいる。手ぇ掛かるよな。


「メアリー」


ボティスが喚ぶと、ボティスの背後に

女が立った。


黒袖に黒い立て襟、ブラウンにゴールドの刺繍が入った ドレス。

ブラウンの髪に 黒いフレンチキャップを被り、

微笑うところが想像出来ないような、いかめしい顔つきをしている。

あまり 若くはなく、威圧感がある。


「メアリーって、メアリー1世?」


ヘーゼルの眼を ジェイドが見開いているが

16世紀の イングランドの女王だ...

「嘘だろ... 」と、朋樹も凝視して

睨み返されちまった。


いろいろな背景もあってのことだが

カトリック信徒で、宗教改革をしようと

女子供を含む プロテスタントの聖職者や信徒を

およそ 三百人 火刑にした。

この辺りは もう、思うことは あっても

オレらが どうこう言うことでもない。

ただ、繰り返さないことだ。


だが この事もあって、トマトジュースを使った

ウォッカベースの赤いカクテル

ブラッディ・メアリー の 名の由来にもなっているが、深夜、鏡の前に 一人で立ち

名を呼ぶと現れ、引っ掻かれるとか 殺される... と

いう 都市伝説の ブラッディマリーとの関係は

いまいち 分からねぇ。けど、すげぇ...


「メアリー... 」


ミカエルが立つと、メアリー1世は怯んだが

「いや、俺と契約している」と

ボティスが ミカエルを座らせた。

同じ キリスト教の信徒を火刑にしているが

メアリー自身も 敬虔な信徒だったようで、

ミカエルを見て、眼を潤ませた。


「悪いが 試したい事がある」と

ボティスが 四郎に スマホを渡した。

これは、撮ってみろ ってことか?


「おまえ、そのために喚んだのかよ?!」


ルカが ビビりながら責めているが

「喚ばんと試せんだろ?」と、ワインを飲んでいる。


教科書で メアリー1世のことを知った 四郎も

「天草 四郎時貞と申します。

日本にて、切支丹として 一揆を起こしました

大罪人で御座います」と、自己紹介をし

メアリーの強張った表情を緩めた。


「撮影させて頂いても よろしいでしょうか?」


メアリーが、一度 瞼を臥せて応えると

「では、失礼して」と、四郎が スマホを構えたが

「あっ、待って。他の人を撮ってるみたいに見えるから... 」と、ジェイドが メアリーの隣に並ぶ。

「カトリックの司祭です」って

歴史的有名霊と並んで、嬉しそうだしさ。


「では、よろしいですか?」


四郎が、カメラにした スマホの画面をタップする。回ってきた ルカと 一緒に画面を覗き込むと

ジェイドの隣に、白く ぼんやりと写るメアリー...


「おお?!」「写るんだ!」


四郎が、ボティスに スマホを渡す間に

「オレも いいすか?」と、朋樹が ジェイドに

スマホを渡して 場所を代わった。


メアリーは 怪訝な表情だが、朋樹は笑顔だ。

「すまんな、メアリー」と ボティスが謝る。

ジェイドが撮っても、やっぱり写っている。


天使や悪魔、神々や霊獣、妖怪も撮れねぇけど、

人霊は 写るようだ。

なら、動物霊も写るんだろうな。

黒い人型は、霊じゃない ってことだ。

... ん? 死神ユダは どうなんだ? 天使と同じ括りか?

まぁ、このためだけに 喚べねぇけどさ。


「用は、これだけだ。城に戻っていい」


地界のボティスの城には、ゴーストのフロアもあるらしく、契約しても 魂を飲んでいないゴーストたちが居る。

ボティスと チェスをしながら話したりしていたようで、ゴースト同士で話したりもするようだ。


「メアリー。地界へ戻るのか?

天で 私審を受け、眠る気は?

また地上に転生するかもしれないけど」


ミカエルが言うと

「転生や眠りの前に、第三天シェハキム北 行きだろ?

“三百回 焼かれても足りん” ようだ」と

ボティスが返す。

ゾイが 天使の時に、配属されていた場所だ。

天の炎で 罪を浄化される。


火刑にされてしまった人たちは、天で 安らかに眠っているか、転生しているのだろう。


亡くなってから ボティスの城に入り、

ボティスと話した メアリーは

自分がした事と向き合ったんじゃないか と思う。

天に浄化されることすら おこがましく感じているのが、罪を犯した オレには解る。

だからといって、何をしても あがない切れねぇんだけど。


「契約内容は?」


「話せん。契約違反となる」


「破棄しろよ」


「メアリーに聞け」


ミカエルと ボティスの会話を聞いて

メアリーは、床に眼をやった。


ゴーストには、元々 影がねぇんだよな。

地上に迷うべきでなく、光に向かうべきだからなのか...


「まだ何か、心残りが あるのなら

もう少し、ボティスの城に居たら?」


朋樹に スマホを返しながら

ジェイドが 口を挟んだ。


「あなたの政策の犠牲になった方々と

あなたの罪の赦しのために、僕が祈るよ」


メアリーが 顔を上げ、ジェイドを見た。

次に ミカエルに視線を移すと

ミカエルも「うん」と 頷き、

メアリーは 右の眼から涙を零して消えた。


「おお! 御覧下さい!」


四郎が、ジェイドとメアリー の写真を見て

興奮気味に テーブルに差し出す。

写真のメアリーが 遠慮がちに微笑っていた。




********




ホテルを出ると、もう 21時近く。

とりあえず、駅前の広場に居る。


「四郎はさぁ、そろそろ 帰って

シャワーとか済ましといた方が いいんじゃねーの? 明日から学校だしさぁ」


ルカが言ってみると、やけに素直に

「はい。もし何か御座いましたら 喚んで頂きたく... 」と 頷いたが

「しかし、ひとりでは いささか 寂しゅう御座いますし、調べ学習の確認も御願いしとう御座います」と、ジェイドに笑顔を向けた。


ジェイド?

文の確認なら、朋樹の方が いいんじゃねぇか?

と 思ったが、“これからバイトなんだよね” 風の

女の子 二人が、目の前を通り過ぎる。

そうか... また ニナに会っても困るもんな。


「いいけど、内容は?」


「我が国の信仰と バリ島の方々の信仰の違いや

バリ・ヒンドゥーとキリスト教について です」


カトリック系の高校で... と 思ったが

「ああ、リンも 仏教 調べたりしてた」と

ルカが言い、ジェイドも

「うん、良いね。実際に バリにも行ってるし、

四郎が撮った写真も添付するといいよ」という

具合だ。他を知り認めること が 大切らしい。


バスは 使うだろ?」


ジェイドが、ルカに 鍵を渡し

「歩きませぬか?」と言う 四郎に

「教会近くの駅からね」と 答えて

二人で 駅に向かって行った。


「で、オレら どうする?

影が無いことに気付いた人、居なさそうだよな」


こういう、人が多くて 明るい場所でも

影 気にしたことねぇもんな。


「だが、もし 黒い奴が出るのなら

灯りが乏しい場所じゃあ 見逃す恐れもあるだろ?

出るとも限らんが」


「そうなんだよな」


「公園とかに行ってみるぅ?

ジョギングとか、散歩の人も いるとこ」


ルカは 適当に言った時のツラだが

「うん、いいな。一人で走ってると、自分の影を見たりしそうだし、無かったら それに気付くかも」と ミカエルが同意し

ボティスも “なかなかだ” のツラで ピアスをはじく。


バスを停めた駐車場は、広場から 大通りを渡って

一本 裏の道沿いだ。

ぞろぞろと 横断歩道を渡り

「マシュマロが要る」と言う ミカエルに付き合って、コンビニへ 入ろうとしたが

ボティスが 立ち止まった。


「あっ... 」


黒い人型だ。入口の自動ドアからは 少し離れて

本棚が並ぶ ガラスの壁の前に立っている。


「四郎と ジェイドには?」

「いや、電車ん中で 四郎が消えたら困るだろ」と

朋樹が ジェイドにメッセージを入れ

ボティスが「シェムハザ、目眩ましで」と 喚び、

ミカエルが「ヴィシュヌ、ヘルメス。トール」と 喚ぶ。「ロキは?」と聞くと

「シェムハザか トールと来るだろ」ってことだ。


すぐに、爽やかな甘い匂いがして

オレら以外には 目眩めくらまししたシェムハザが立つ。


『これか... 』と、黒い人型を見ながら

姿を顕すと、甘い匂いを増す。

クギヅケしたようで、通り過ぎる人たちや

店内の人も、入口近くに立つ シェムハザに

ぼんやり見惚れている。


「ヘルメス、トール。来てくれ」


ヘルメスやトールが、突然 顕れることを誤魔化すらしいが、こんな誤魔化し方が出来るのは

シェムハザしか いねぇよな。


襟付きの白いシャツに ブラックジーンズのトールと、グレーのティーシャツに 黒のクロップドパンツ、タラリア履きの ヘルメスが立った。

地上に馴染むように 着替えたようだ。

ヘルメスは、腰に ケリュケイオン提げてるし

トールは、でかさで目立つけどさ。


「ロキはー?」と、再び ルカが聞くと

「あれ? 来てないか?」

「一緒に出たけどな」と、トールとヘルメス

シェムハザが 眼を合わせているが

何故か コンビニの中から、ヴィシュヌと師匠が

「お待たせ。あっ、人型だね?」と 出て来た。が

ヴィシュヌが なんとキャップを被っていたので

師匠のオカッパを見るまで、誰だか 分からなかった。


日本慣れしている 二人は、トイレに顕れ

「防犯カメラを誤魔化した」らしかった。


師匠は、黒のポロシャツに グレーのパンツ。

きれいめなんだよな。

ヴィシュヌは、白のバロンシャツに インディゴのジーパンで、黒髪を下ろしている。

全然、イメージと違う。意外だぜ。

バリでは、姿を目眩まししていても 拝まれたりしてたのに、そんなに注目されてねぇな...

信仰心の差 なんだろうけどさ。


「うーん、影ではないね。霊?」


「いや でも... 」と、写真のことを話すと

シェムハザが 透過タブレットを取り寄せた。

珊瑚を撮ったように 撮影してみているが

透過でも撮れなかった。


腕を突っ込んでみている ボティスの隣から

「面妖であるの」と、師匠も突っ込む。


「何もないだろ?」と 確認する ミカエルに

二人とも 不思議そうに頷いている。


「背は、四郎くらいか?」

「髪が短い。男に見える」


特徴は ハッキリ分かるんだよな。

クレープ屋で見たヤツは、女だと思う。


「この人型は、顔が 入口の方に向いてるね。

他の人には、見えてるのかな?」


「おっ」「そうだな」


オレらが、人型の隣に ガラス沿いに並んで

店内の人たちや 通り掛かる人たちを見てみたが

ボティスやトールが、眼を合わせたくない人に見えるのか、誰も見ようとしねぇ。


「ボティスとトールは、道の向こうから見なよ」


気付いたヘルメスが 二人を追い払う。


「何?」「お前もじゃないのか?」と なっているが、「人数が多すぎるな」と シェムハザに輝かれ

広場の方へ 渡って行った。

師匠と朋樹は 店内に入り

ミカエルに「マシュマロ」と 言われている。


「印とかは?」


ヘルメスが ルカに言っているが

「いや、何もないっす」ってことだ。

オレにも、立体の影にしか 見えねぇし。


人型の目の前に立った ヴィシュヌが

「見える?」と 聞く。

人型は、微動だに しない。


「何だろうね? 初めて見るよ」

「ルシファーは 喚ばないの?」


「ハティ」


喚ばねぇのか、ミカエル...

オレと ルカに見られると

「だって、長くなるだろ?」と 言っているが

ジェイドが居ないので、皇帝の息が荒くなると

面倒くさいんだろう。


相変わらず 黒スーツのハティが

目眩ましで 顕れた。

ヴィシュヌに会釈すると、オレとルカを追い払い

『ほう... 』と 人型を観察する。


「どうやら、他の人には 見えていないようだね」


こんな妙なものが見えてたら、騒ぎになるはずだが、通り掛かりや コンビニに出入りする人たちが

見るのは、女なら キュートなミカエルか

道の向こうのシェムハザ、男でも シェムハザ、

あとは、“なんか 海外の人が多いね” って風に

ちら っと見て行く感じだ。


「オレらには 見えるのにさぁ」

「感がある人が いねぇんじゃねぇの?」


「あれ?」


ハティが 赤い手を突っ込んでいた人型が

何かに反応したように 頭部分を動かした。


「えっ?」「いや、ちょっと!」


人型は、ヴィシュヌに向かって歩き

そのまま 通り抜ける。

「何の感触も無い... 」と

ヴィシュヌが、人型を振り返った。


コンビニの自動ドアが開き、六缶セットのビールが入った ビニール袋を持った男が出てきた。

背丈は 影と同じくらいで、ブラウンの短い髪。

モスグリーンのシャツに グレーカモフラージュの 膝丈カーゴ。黒いスニーカー。


黒い人型が、男の背後から 男に重なる。

人型と男は、ぴったりと 一致して

男が 消失した。


「あ?」と 理解が追いつかない内に

消失した 男が顕れる。


「何... ?」


同じ男だ。けど なんか、さっきと 雰囲気が違う。

男は 横断歩道を渡り、駅の方へ歩いて行った。

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