133


「封じ たのか... ?」

「恐らく... 」


広間の床には、散乱した テーブルやソファー。

まだ残る 蛇人ナーガの遺体や、ハティが錬金した 白い砂や灰。

オレらもだけど、ミロンや兵士たちも

なんか、ぼんやりしちまう。


「... あれを 封じられたのか?」と

トールが、ボティスや シェムハザに聞いてる。


「広間に掛けられている ソゾンの結界に、

アジ=ダハーカが 押さえられていたことも あるだろうが... 」


アジ=ダハーカの封と繋がった 四角い穴があった

床の前で、呆け気味の ジェイドと四郎に

トールだけでなく ロキも 感心した眼を向けてて、

ミカエルも「よくやった」って 誉めてるのを見てたら、じわじわと “やりやがった”... っていう

感動や歓喜が湧き上がってくる。


ヴィシュヌが、「うん。広間ここと封の繋ぎが解消されてる。アグン山の 封の扉が閉じたからだ」って

二人を 誉めるように微笑うと

広間は、兵士たちの歓声に沸く。

ボティスやハティ、シェムハザだけでなく

ベルゼやベリアルまで 満足げだし。


「眼でも確認して来るよ」と

神鳥になった師匠に ヴィシュヌが飛び乗って

天井の穴から飛び立った。


「何とのう... 」「やったな」


榊と朋樹が 明るい顔で、二人の方へ歩いてくし

オレと泰河も「すげーじゃん!」って 行こうとしてたら、ベリアルに「壁を」って 止められて

「あ」「そうだった」ってなる。


「ソゾンは、切り離した アジ=ダハーカを囮にして、キュベレと姿を晦ました... と 考えられるが」


そうだよなぁ...

もう、ソゾンやキュベレが居る確率は低い。

アクサナや、イヴァンって子も 一緒に消えてると思う。けど 何かの痕跡はあるかもだし、調べた方がいいよなー。沸いてた広間も 静まったしさぁ。


「ソゾンが、大変な事を... 」


ミカエルやベルゼに ミロン言って、ミカエルに トールとロキも手招きされてる。

「責任を感じる必要は無い」って 話になってて

オレらも そう思うけど、自分の身内がやってるし

心苦しいのも分かる。


「琉地、どうした? どっか行きたいの?」


琉地は後足で立って、前足で ヘルメスの腰のケリュケイオンを触ってる。

壁 見ねーと、たぶん ベリアルに怒られるし

ちょっと ヘルメスに任せよーかな。


「早く行こうぜ」って言う 真顔の泰河が

なんか 雰囲気で、ベリアルを示してる。

眼をやってみたら、冷ややかなパープルの眼で、

早くしろよ。っていう 無表情の圧かけられてるし。

「おっ... すっ すんません!」って 震えるんだぜ。


琉地から見た 恍惚殺戮現場が ぎっちまって

オレも真顔になってたら

今度は、琉地に飛び掛かかられて よろけるしよー。


「今、やめろよ... 」って 頭 掴んでやったら、

頬当てや 細い鼻当てがついている 黒い西洋兜、

黒いサーコートに黒い肩当てとマント、黒い盾を持った兵士たちが みえた。

サーコートの胸に入った白い模様は、みんな同じ。纏まった ひとつの軍 って風に見える。


「えっ? これ、こっちに向かって来てんの?」


そう聞くと、小さく首を傾げた 琉地は

白い煙になって、一度 消えた。

ここに向かって来てるのかどうか は、ハッキリしねーっぽい。


「今、琉地の思念から 見えたんだけどー... 」って

黒い軍隊のことを話すと、ヘルメスが

「えっ、それで 俺を誘ってたのかな?」と

ケリュケイオンを掴んで

「琉地、どこに居る?」って 呼びながら消える。


「黒い軍隊?」


トールとロキが、眼を見合わせた。


「どこの軍か 知っているのか?」


ベリアルが聞いてる内に、真顔の泰河と さっさと壁まで行って、何か ないかを調べる。

消えた イチイのルーン文字のとことか。

もう この中に、ソゾンやキュベレが居ねーんなら

この壁は、奥に続く部屋の扉に戻ってても

おかしくねーと思うんだけどー...


「ルカ。黒い奴等のサーコートには

何かマークは あったのか?」


トールに聞かれて

「うん。白で、こういう... 」って

壁に でかく、指で書いてみる。

変な十字架... っていうか、三ツ又の矛を立てて

それに 横線が交差する って感じ。

“ψ” の 真ん中に、“_” が重なってる風。


オレが書いたマークを見た トールとロキは

また 視線を合わせて

「知る限りでは、死者兵の軍だ」って 言ってる。


「死者兵? 冥界ニヴルヘルの?」

「消えた霊達 ってことかよ?」


ベルゼとミカエルも 微かに眉をしかめて聞くと

「そう。黒妖精デックアールヴの軍も黒づくめだけど

その印は、ヘルの館の 餓えのフォークの十字だ」と、ロキが答えた。


「では、死者兵たちは

キュベレに飲ませていなかった ということか?」


「多分... 」

「ヘルから 死者兵を取り上げて、飲まさずに

隠していたようだな」


冥界ニヴルヘルの 死者兵の控えの館で見た時は

シルバーの鎧 着けてなかったっけ?」と

泰河が聞くと

「それは、ヘルの護衛兵の格好なんだ」らしく、

なら 護衛が居ても、ヘルは氷漬けにされた って

ことだ。セイズで抜けた 魂のソゾンに。

呪力、すげー...


白い煙が凝って、また 琉地になる。


「戻ったな」「読んでみろ」って

ボティスや ベリアルに言われて

琉地の額に手を置くと、黒い軍隊を観察してるところが見えた。


琉地は 白い煙の状態なのか、空中の高い場所に漂ってる。白い天井付近。... これ、あの洞窟?

オレらが通って来た、ヴァナヘイムの城壁の洞窟に見える。


黒い軍隊は、アーチの入口から 広い場所に出た。

蛇人たちがワインを飲んでいた 洞窟の広間だ。

森から入ると、洞窟内の分かれ道を 右側へ入ったとこ。ハティたちが調べに行って

“琉地すら入れないけど、奥に空間がある” って

言ってた。死者兵たちが待機してたのか...


黒い西洋兜とサーコートの死者兵たちは

右の広間から、洞窟の分かれ道を 左の広間へ進んだ。

血溜まりの跡が残る 白い祭壇を中心に

円を描くように並べられた 氷漬けの 12の遺体。

更に、広間の壁の入口へ進む。

白い壁に白い天井、等間隔の蝋燭シャンデリアの下を通って、白樺の丘へ出た。

オレらが、ヴァナヘイムに入った時みたいに。


「向かってる... って いうか、もう ヴァナヘイムに入った。あの洞窟の右奥に居たっぽい... 」


ミカエルとベルゼ、ハティが

上の様子をみるために、広間から 消える。


琉地は、洞窟を抜けた白樺の森で

ヘルメスと合流してて、ヘルメスは 琉地に

『ヴィシュヌとガルダに言って来る』って言って

二人に伝えに行った。


「俺等の足止めか?」


トールが言うと、ボティスが

「それなら、まだ... 」と、オレと泰河の目の前にある壁に ゴールドの眼をやると、ベリアルが

「いや、“ここで潰しておこう” と考えた... とも

考えられる」って 返してる。

月夜見キミサマが「どの道... であろうよ」とか言うんだぜ。


“足止め” なら、ソゾンやキュベレが

まだ この壁の向こうに居るのかも だけど、

月夜見キミサマが言ったように、居ようが居まいが

オレらを やっとく... ってコトだよな。


「とにかく、何か無いか 探せ」って 言われて

壁 見て回るけど、高い場所にも低い場所にも

何もねーし。


「大母神が絡んでおるのであれば、天の筆の持ち主の眼など くらませるのでは?」


また 月夜見キミサマが言って、うわぁ... ってなる。

オレが悪いワケじゃなくても、オレも泰河も

ベリアルの方には 向けないんだぜ。


「大丈夫か?」


マリゼラと居る女の子に、ロキが聞いた。

榊も 女の子の方へ行く。

また戦闘になるかもだし、怖いよな...


「... 私」


小さい声で 女の子が言う。

子供 っていっても、中学生くらいの歳なんだろうけど。


「どうして、こんなところに居るの?

マーマは... ?」


「マーマ?」って 泰河が言ったら

「母親のことだろう」って “分からんか?” って顔の ベリアルに答えられて、オレは またとりあえず

「すんません」って 壁に向くんだぜ。


ロキが、マリゼラに

「どういうことなんだ?」って 聞くと

マリゼラが答える前に、女の子が

「アクサナとイヴァンのことも 分かるのに

いつ知り合ったのか 思い出せないし、

私は、マーマと二人で暮らしていたはずなの」と、不安そうな声で言う。


「さっき 目が覚めてから、急に 頭が すっきりとして... でも私、あなたたちのことは知らないし...

もう、家に 帰りたい... 」


「“さっき” って?」


ロキが聞くと、マリゼラが

「鎖に貫かれた傷が 治ってからだ。

貫かれたことも よく覚えていない」って 答えてて

シェムハザの魂が、女の子を治療してから... って

ことっぽく

「キュベレの影響が 抜けているのでは?」と

四郎が驚いてる。

四郎は、他の神人たちを エデンで清めてるけど、

“まだ すっかりとは抜けてない” って言ってたもんな...


「じゃあ、シェムハザが?」


ロキが眼を輝かせると

「いや、俺は悪魔だ」って シェムハザが否定して

「もし、アクサナからも 影響が抜けているのなら

仮死状態となったことに 因があるのだろう」って 言ってるけど、オレと泰河は 眼ぇ合わせちまうし

「子供達は 天から見れば、神人ではなく

魔人となる」って ボティスは言うし

兵士たちも「... 彼の魂が救ったのでは?」

「内面が姿に滲み出ている」って 話してる。


「どちらにしろ、影響は抜けたようだが... 」


腕を組んだベリアルが、ニガそうな顔してる。

洞窟で 氷漬けにされてる人たちのことが 浮かぶ。

あの中の ひとりが、この子の母さんだと思うと

影響が抜けて良かった... とは、言い切りにくい。

催眠で ごまかされてるのも、絶対 良くは ねーんだけど...


「名前は?」


トールが聞くと、マリゼラが

「“ライーサ” だ」って 答えた。


「父親は?」と また聞くと

「いないわ」と、即答して

「いるなら、マーマと私を 放っておいたりしないはずだから」って言う。苦労したんだろうな...


「ライーサ。アクサナやイヴァンの他に 共に居た

チビ達の事は、覚えてるか?」


女の子... ライーサは、ハッとした表情になって

「覚えてる... あの子たちは?!」と

顔色を青くする。


「無事だ。天に預けられている」


「天? 天って、天国のこと?」


ますます青くなっちまった。

ずっと人間世界ミズガルズに居て、北欧も キリスト教化されてるし、召された って思っちまうよなぁ。


「いや... 」


トールも “うーん... ”って なっちまってる。


「天といっても、楽園エデンにいるんだよ」


ジェイドが 神父の顔で話すと

ライーサの顔の緊張が 少し解けた。


「君たちは、ある事に巻き込まれてしまって

ここに居るのだけど、一緒に居た 小さな子たちには、大天使ラファエルが ついていてくれてるんだ。地上でも 天でもない場所で。

危険が及ばないようにね」


ジェイドが話している間に、ミカエルが戻って来て「死者兵達が来るぜ。上がれ」って

大きく空いた 天井の穴を指差す。


「なんで外に?」って 聞いてみたら

「ここに居た方が安全じゃないのか?」って

朋樹も聞く。


「死者兵達だけじゃない。霧虹の向こうから

巨人達が迫って来てる。

“地下宮殿へ” って話してた。

出来るだけ、ここに閉じ込めたい」


マジかよ...  トナカイの時のことが過るし...


ハティが 天井の穴の上から、瓦礫を錬金して

階段を架けてくれた。


「ミカエル。“ライーサ” だ。

キュベレの影響は解けている」


ボティスが、ライーサを 眼で示す。

ライーサは、ミカエルを ぼんやりと見てた。

泣きそうな顔になってるけど、不安の顔とは違う。


「ライーサ」と 名前を呼んだ ミカエルは

「アクサナ達も 必ず救い出す。助けるって 約束した。エデンで待ってて欲しい」と

ライーサの頭に手を置いて、自分の翼の羽根を

一枚渡すと、エデンのゲートを開いた。


「ラファエル」と、呼び掛けて

門から顔を見せたラファエルに

「“ライーサ” だ。アクサナ達も取り戻す。

アリエルの軍は、蛇人ナーガの相手か?」って 聞きながら、ライーサに エデンの階段を昇らせてる。


「そう... かな? 随分 片付いたようだけど」


ミカエルが、アリエルの軍のことを聞く ってことは、相当の規模 ってこと... ?

朋樹とジェイドも、眼ぇ合わせてるし

泰河は、顔 引きつってるし...


「死者兵と巨人達が来る」って言った ミカエルに

「アリエルに使者を出しておくよ」って 答えて

ライーサをエデンに導いた ラファエルが

エデンの門を閉じた。


「ミカエル」


天井の階段の上から、ベルゼが呼ぶと

シェムハザと四郎が 消えて移動して

ミロンや兵士達も 階段を昇って行く。


「この壁の奥は... ?」って ベリアルに聞いたら

「私が姿を消して、巨人の動きと共に 様子を見ておく。壁の封が解ける恐れもあるからな」とか

言うし。


「いや、たぶん開かないっすよ... 」

「危なくないっすか?」って、オレらが言っても

「“危ない”?」って 鼻で笑ったりするんだけど

巨人って、力が強いヤツだけじゃなくて

ロキみたいなヤツもいると思うんだよなぁ。

頭キレるヤツとか、術使いとかさぁ。


「ベリアル、上がれ。犠牲は出さない。

上から穴を開ける方法を考えろ」


ミカエルが言うと、ちょっとイラっとしたようだけど、天井の穴から ベルゼが「ヤアル」って呼ぶし、隣に出現した琉地が見上げてて 眼が合ってる。

ワフッ って、クシャミみたいに 琉地が誘って

白い煙になると、ベリアルも 消えて移動した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る