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「... “このことばは初めに神と共にあった。

すべてのものは、これによってできた。

できたもののうち、一つとして これによらないものは なかった”... 」


ヨハネ1章を読む ジェイドが

封に繋がる四角い穴の前まで 進み出て

穴を挟み、アジ=ダハーカと対峙すると、

ジェイドの隣に 四郎が顕れて立ち

「... “このことばに命があった。

そして この命は人の光であった”... 」と

続きを読む。


「... “光は やみの中に輝いている。

そして、やみは これに勝たなかった”... 」


燃え溶けた眼の穴からも 煙を噴きながら

アジ=ダハーカが唸り、両肩から壁に伸びている

コブラたちを、そろそろと 二人に差し向ける。

アジ=ダハーカの背から羽ばたいた ミカエルが

二人の背後に降りた。ヴィシュヌが並ぶ。


ヘルメスが タラリアで、オレらの前までジャンプして、ハティが敷いた 防護円に入ると

「俺、何で あんな前に居たかな?

面子メンツ的に 後方なのに。ま、いーけど」って

腰の左側に ハルパーを掛けた。


ベルゼたちや シェムハザたちも 防護円を敷き拡げると、ジェイドが 祓いを始める。


「父と子と 聖霊の名のもと

汝、アジ=ダハーカに告ぐ。

今すぐ 汝を封じる 地の底へ帰れ」


深い場所から 微かにカチャカチャと音が鳴る。

鎖の音だ。封の鎖が 近づいてきてる。


煙を上げる アジ=ダハーカが、長い尾を回して

奥の壁を 立て続けに殴打し、自分の首を 黒く長い爪で掻きむしりながら、ガアァッ! と 嘆きのような 咆哮を上げる。


「アジ=ダハーカってさ、喋れねぇの?

蛇人ナーガは 喋れるよな。人間や他神をたぶらかしたりしてるんだし」


泰河が 不思議そうに聞く。

けど、師匠もヘルメスも、ハティすら

実際に会うのは 初めてらしく

「確かに... 」

「ソゾンが抜けてからも 話してないな」と

首を傾げてるけど、分からねーっぽい。


深い場所から近付いてくる 鎖の音が止み

コポコポという 水が湧き出るような音が聞こえてくる。


「何だ?」


ヘルメスが 眉をしかめると、ハティが

「キュベレによる エクソシスムの妨害だろう。

ソゾンは、アジ=ダハーカを切り捨てたが

キュベレは 悪魔の声に答える」とか 言ってて

また、“魅力に近付いた” と言った ランダを思い出した。


「“すべての母”? じゃあ、これからは

悪魔や面倒な奴が、いろいろ やりやすくなるってこと?」


ヘルメスの質問に、ハティが頷いて

師匠が 軽く ため息ついてる。

オレと泰河は 喉も鳴らせねーし、血の気が引く。


「ソゾンは、最初から アジ=ダハーカを

捨て駒に するつもりだったのかな?

洞窟では、蛇人たちをもてなしてたし

巨人にトナカイも獲ってこさせてたよね?」


コポコポという 水の音が 穴から上がってくる。

ヘルメスは、オレらの血の気は さておき

どんどん 聞くんだぜ。


「キュベレは、在るだけで 争いを生む。

この場合であれば、ソゾンが 独占欲を刺激されたのだろう」


ソゾンは、キュベレが 自分の子を産む、

自分を選んだ って 言ってたもんな...

眠ってる相手に それって、多少 引くし。


ハティが言うには、ソゾンがキュベレと寝た と

仮定するのであれば、ソゾン個人の問題ではなく

「ヴァン神族の性質にも その要因はある と考えられる」らしく、キュベレは 分かってる上で

ヴァナヘイムに入ったのでは... ? とも 考えられるようだ。うん。まぁ、性的に奔放な神族だし。


で、文字通り、ソゾンは キュベレにイカれた。

独占欲を刺激されて、アジ=ダハーカを 切り捨て

何を捨てても惜しくない風になって、ヴァン神族だけでなく、自分の子どもたちすら差し出す。


「キュベレが こうして、他の者に情けをかけた と

ソゾンが知れば、益々その欲は エスカレートする」


“おまえは オレの女だろ?!”... 的なやつ?

けど、他の神々や悪魔も、下手すれば 天使でも

キュベレに惹きつけられるだろうし、

勝手に争い出すんじゃねーのかよ?

キュベレが寝てても これなんだしさぁ...


アジ=ダハーカの封に繋がる 四角い穴いっぱいに

湧き出した水が、穴から溢れ出した。

水が アジ=ダハーカの尾に触れると、身体から噴き出す煙が 引いていく。


「... “悪を行っている者は みな光を憎む。

そして、その おこないが 明るみに出されるのを

恐れて、光に こようとはしない”... 」


四郎が3章を読むと、壁を這い伝って 空中に身を伸ばすコブラたちが、左右から ジェイドと四郎に

黒い舌先で触れようとする。


「... “しかし、真理を行っている者は 光に来る。

その人のおこないの、神にあってなされた ということが、明らかにされるためである”... 」


崩れた天井から 青いレヴォントゥレットの光が注ぎ、封の穴に溢れる水の 水面を照らす。


「... “私の敵が 私に打ち勝てないことによって

あなたが私を喜ばれることを 私は知ります‘’... 」


ジェイドが、詩篇41章を読むと

アジ=ダハーカが 吐く猛毒の息が

水の上で、青い光を浴びて 霧散した。


取り囲むコブラたちが 黒く割れた舌先を見せ、

アジ=ダハーカも 尾で伸び上がると

水の上に 迫り出て来て、二人の前に 黒い爪の手を伸ばす。光には 炙られていない。

冥い穴の眼窩を向けながら、ニィ... と 口角を上げ

牙の間から 先割れの黒い舌を出す。

ジェイドも四郎も、よく 平気だよな...


「... “『よくよく あなたがたに言っておく。

子は父の なさることを見てする以外に、

自分からは 何事もすることができない。

父のなさることであれば すべて、子も そのとおりに するのである”... 」


四郎が ヨハネ5章を読む。

コブラの黒い舌先が ジェイドの頬に触れると

舌先は 灰になって落ちた。舌先を失ったコブラが後退する。


「... “なぜなら、父は子を愛して、

みずから なさることは、すべて子に お示しになるからである。

そして、それよりもなお 大きなわざを、

お示しになるであろう。

あなたがたが、それによって不思議に思うためである”... 」


他のコブラたちも 畏れたように

ジェイドや 四郎から引いて、距離を取る。

言葉って すげーよなぁ...


「... “父は だれをも さばかない。

さばきのことは すべて、

子に ゆだねられたからである』”... 」


四郎が読み終えると、アジ=ダハーカの眉間に

深いシワが刻まれ、二人に 掴み掛かろうと

ますます迫り出してきた。

ミカエルや ヴィシュヌが居るのは 分かってるけど

思わず、「やめ... 」って 声が出る。


「... “神よ、立ちあがって、その敵を散らし、

神を憎む者を み前から逃げ去らせてください”... 」


ジェイドが 詩篇68章を読むと、アジ=ダハーカの黒い爪の先が、二人の鼻先で止まった。

封の穴の水が 深くへと引いていく。


「... “煙の追いやられるように 彼らを追いやり、

ろうの火の前に溶けるように 悪しき者を神の前に滅ぼしてください”... 」


四郎が その先を読むと、身を短めて 壁に後退しようとしていたコブラたちの平らな顔が、ボロボロと 灰になって落ち、壁の身体まで 灰化が進む。


「... ん? 琉地?」と、隣で ヘルメスの声。

「急に居なくなってたね」って言う ヘルメスの腰に、琉地が 前足を掛けて立ち上がってるけど、

灰化が両肩まで進行した アジ=ダハーカが

迫り出した身体を戻しながら、冥い眼窩で 天井の穴の空を仰ぎ、喉を絞り 咆哮した。


「父と子と 聖霊の名のもと

汝、アジ=ダハーカに告ぐ!... 」


ジェイドが宣告すると、尾で伸び上がり

天井の穴から 抜け出ようとしたけど、見えない何か 行く手を阻む。


シューニャ」と、師匠が言うと

透明の膜のようなものが 天井に貼ってあるように見えた。

「ソゾンの結界だろう。アジ=ダハーカを閉じ込めている」と、ハティが 手の動作で

広間の椅子を浮かして、天井の穴から出した。

難なく通過する ってことは、アジ=ダハーカだけが 通り抜けられない ってことっぽい。

オレらに 始末させる気だったんだろうけど、

なんか なぁ...  泰河も 顔をしかめてる。


「... 今すぐ 汝を封じる 地の底へ帰れ!」


深い穴から、太い白金プラチナの鎖が 二本伸びてきた。

アグン山麓の アタカマ砂漠の封から伸びた あの鎖だ。アジ=ダハーカを縛っていたもの。


「... “天におられる わたしたちの父よ、

み名が聖とされますように。

み国が来ますように”... 」


四郎が 主の祈りを読み始めると

続きから ジェイドも読む。

白金の鎖が アジ=ダハーカの腰に交差して巻き付き、胸にも交差すると、硬い音を立てながら

両腕を 螺旋に纏わり進む。


「... “みこころが 天に行われるとおり

地にも行われますように”... 」


ボティスの声も聞こえる。

次の節からは 防護円を出て、オレも泰河も読んだ。盾から外れて ボティスに並ぶ 朋樹も見える。


「... “わたしたちの日ごとの糧を

今日も お与えください。

わたしたちの罪を おゆるしください。

わたしたちも 人をゆるします”... 」


アジ=ダハーカの 両腕を巻いた鎖が

肘を折らせ、腕を 胸の前に交差させながら

鎖の両端が 首に巻いて繋がった。

空っぽの眼窩が 冥い光も失い、鎖が引かれ

頭から穴へ引き込まれ 落ちていく。


「... “わたしたちを誘惑に おちいらせず、

悪から お救いください”... 」


黒く長い尾の先までが 四角い穴に落ち、

それぞれが「... “アーメン”」と 結ぶと

穴だった場所は、広間の床に戻った。

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