131
「貴様... 」
アジ=ダハーカの背後に開いていた ベリアルの
12の翼が 一層 拡がり、ビリビリと空気が振動する。
天井から落ちた 蝋燭シャンデリアや瓦礫、
アジ=ダハーカの周囲に落ちている 青い鎖が
浮き上がっていく。
「ソゾン、もう やめろ。子供に こんなことを... 」
ミロンが、弟に呼び掛ける。
倒れる女の子を ハティが抱き止め
その場に 膝を着き、女の子の肩の後ろから 腕を回して支えて 寝かせると、額に手を載せている。
眼を 閉じさせてるのか... ?
胸が掴まれたようになる。
今になって、浮き上がる鎖の音が聞こえてきた。
グルル... と、獣のような唸り声が 近くで聞こえる。ロキだ。
トールが「よせ」と、ロキの肩を掴んで止める。
「他の子まで... 」
ミカエルで半分 影になっているアクサナの
くちびるが動いたように見えた。
「“たすけて”」と、くちびるを読んだ 師匠が言う。ミカエルが 微かに頷くのが見えた。
ヘルメスが、男の子に腕を伸ばすと
浮き上がる瓦礫や鎖の中、アジ=ダハーカの胸が
青く光る。
ベリアルが ソゾンの魂を掴む手に力を入れたのか
アジ=ダハーカが、ガクガクと身体を痙攣させると
アクサナや男の子が悲鳴を上げて、身を捩り出す。
『子供 達は、“俺と 共にある” と、言っ ただろ?』
途切れ途切れに ソゾンの声が言う。
“共にある” って、ソゾンが死ねば死ぬ とか
そういうことかよ... ?
腹からか胸からか 熱が上がってくる。
「ソゾン、よせ! 子供を解放しろ!」
ソゾンは、ミロンには 答えず
『子供を 殺 すのは、お前だ』と
『だが、神母は、俺の 子を産 む』
... あ?
「何を... 」
ハティやミカエルの眼も アジ=ダハーカに向く。
『女は、俺を 選んだ』
静まった中、「... ぐうぅ」と 男の子が
呻き声を上げた。
男の子は、ヘルメスとヴィシュヌの前で 苦しそうに 身体を折っていて
アクサナは、アジ=ダハーカの右手に 頭を掴まれたまま、両手で 天衣の胸の下を握りしめている。
頼む... 何も出来ねーくせに、祈っちまう。
アジ=ダハーカの手に力が入ると、ミカエルが
「ベリアル」と 呼ぶ。
アジ=ダハーカの胸から、青い光が消えて
アクサナと男の子から 力が抜ける。
ミカエルが アジ=ダハーカの右腕も落とし
ヘルメスが男の子の肩を掴んだ時に、奥の壁のイチイのルーンが光り、アクサナと男の子が消えた。
「クソ... 」
ロキが吐き捨てる。
ソゾンも 当然、アジ=ダハーカの
ハティが、女の子を抱いて連れて来る。
だらりと下がっている 頭や、細い腕と脚。
ソゾンが言った “子を産む” も、たぶん 文字通りだろうし、キュベレの腹に 自分の子が居ることが分かって、神人である 自分の子供たちも、キュベレに 飲ませることにしたのかよ... ?
「その子... 」
ロキが 声を震わせた。
「鎖は?」と、朋樹が聞く。
腹部を貫いた 青黒い鎖が消えてる。
「ソゾンの魂を 囚えた時の鎖だ。
アジ=ダハーカの内に居た ソゾンを、ベリアルが
鎖ごと掴んだために 鎖が解けたのだろう」
“魂でなら 魂を捕まえられる” って
ハティが 伸ばした地界の鎖に、シェムハザが
自分の魂を...
「じゃあ... 」って、泰河が聞く。
「そうだ。俺の魂を この子の体内に残して
ハティが 鎖だけを地界へ戻した」
胸ん中に、何かが ふわっと 浮き立つ。
シェムハザが 女の子の胸に手を置いて
ふっ と 息を吹きかけた。
ハティが 短い呪文を唱えると、女の子が瞼を開いた。マジか...
「生きてる... 」「また救えたな」
ロキやトールだけでなく、全員が明るい顔になる。
ハティの腕から降ろされた 女の子は
「アクサナと イヴァンは?!」と 泣きそうな顔になったけど、「大丈夫、落ち着いて」と
マリゼラが言って、榊が 背中に手を添えた。
師匠が、アムリタ渡してるし。
ガゴッ と、前の方で 音が鳴った。
ヴィシュヌが 奥の壁にチャクラムを打ち付けて
破壊しようとしたらしい。
「崩れないね」って言う ヴィシュヌに
「文字は傷付いてるけど」って ヘルメスが返していると、停止していた アジ=ダハーカの両腕から
黒コブラが 無数に吹き出した。
吹き出し切れず、腕から這い出てるコブラたちが
黒い腕や手の形に変異していく。
背後に居る ベリアルを弾き飛ばそうと、黒く長い尾を振り回す。
「生きてたのか?」って言う ジェイドに
「不死だ。クルサースパでなければ倒せんが
まだ 時の終わりではない」って ハティが答えた。
「ベリアル、退け! 防護円!」
ベリアルやベルゼ、ヘルメスが浮き
ハティやシェムハザが 兵士たちの下にも
青いルーシーで 防護円を敷く。
ミカエルが 真珠の光で炙ると
大半の黒コブラは 燃やされて消えて
アジ=ダハーカも 全身から煙を上げた。
ベリアルが浮かせた瓦礫や鎖を、アジ=ダハーカに
衝突させる。
防護円に侵入していたコブラたちが 蛇人になり
兵士たちとの戦闘が始まった。
「
師匠が言うと、蛇人たちから ゴールドの炎が上がって、身を焦がしながら のたうつけど
死ぬまでには至らない。
「ヒンドゥーの
アジ=ダハーカの両肩や背から、何匹もの長い黒コブラが生えて、ヘルメスや ミロンに襲い掛かる。
ミロンが 剣に当たった幾匹かを破裂させて
ヘルメスは「一応、あるんだけどね」と
鎌が もっと湾曲して、丸くなったような
三日月形の剣、ハルパーを握った。
アジ=ダハーカの右肩から 刈り取るように
黒コブラを束で落とす。
ミカエルが左肩のコブラを斬り落とし、ヴィシュヌが チャクラムで 背のコブラを斬り飛ばすと、
落ちたコブラが また 蛇人になり
ベルゼが 手袋を外して、虫を向かわせる。
アジ=ダハーカの肩や背のコブラは すぐに生えた。もう キリねーし...
「なんか、強くなってねぇ?」と
ジェイドが 聖油で十字を書いた式鬼札を
朋樹が 飛ばす。
「腕も再生したしね」って、ジェイドが
新しい聖油の小瓶を 仕事道具入れから出してる。
「アンラ=マンユに引き渡すにも、動きを封じないと。封を繋げたら、封じられる?」
ボティスが 助力円で蛇人を 一掃した。
ヴィシュヌは、ジェイドに聞いてるけど
「やってみるよ。やったことは ないけど
前に、封から鎖は伸びたし」つってる。
「泰河、ルカ。奥の部屋は開けられる?」
ヴィシュヌは チャクラムを、天井の穴から飛ばして 言った。
「えっ?」「奥の... 」
泰河と顔 見合わせちまう。
「あのルーン以外に、印があれば... 」って 答えたけど、アジ=ダハーカを越えて 向こう側に行くってことだよな? まず そこなんだぜ...
アジ=ダハーカが、大きく尾を振り回して
左側のテーブルとソファーが 幾つか吹き飛ぶ。
兵士たちが盾で庇うけど、何人かは 盾ごしに下敷きになって、榊とマリゼラの間で 女の子が身を縮めてる。こんなとこに居るの、怖いだろーし
かわいそうだよなぁ。
ミカエルが盾で弾いた アジ=ダハーカの尾の先が
天井に当たって、天井の穴が広がった。
蝋燭シャンデリアだけでなく、瓦礫と
ヴァナヘイムの地面の 石や土が落ちてくる。
オレと泰河も、行ける気は しねーけど
蛇人が湧いてない間に、ハティと師匠に付き添ってもらって、アジ=ダハーカの近くへ向かう。
ヴァン神族の兵士たちの盾を出ると、急に 寒気が
背筋を ザワザワと上ってきた。
でかいし、怖ぇ... 頭の毛穴まで縮み上がるし。
頭上、割と すれすれを ミョルニルが通過して
「うおっ!」「おおう?!」って 更に縮む。
通過したミョルニルが、アジ=ダハーカの胸に当たった瞬間に、ドン!か バン!か 分からねー ような
すげー爆音が 床にも身体にも響いて、
ミョルニルに落ちた稲妻が 広間を白く照らす。
また通過して戻るミョルニルを見上げた 泰河が
「そういや、トールって雷神だもんな」って
言ってるけど、トールは
「本当に不死だ。死んでない」つってるし。
猛毒の息と一緒に 血も撒き散らし、大きく尾を振ると 右側のテーブルや椅子も弾き飛ばされてきて
ハティが 錬金の息を吹いて 粉にする。
兵士たちが 短い呪文を口にしながら、円形の盾で床を突くと、空中に レンズ型の防護壁のような
透明の影が 粉塵の中に浮かぶ。
アジ=ダハーカの尾が弾き返され、右側の壁に
大穴を空けた。
ベルゼが、アジ=ダハーカの肩や背から生えるコブラの口内から 虫を侵入させてるけど、アジ=ダハーカ本体に辿り着く前に、中を喰われて死んだコブラを落として、また新しいコブラが生えてくる。けど 落ちたコブラは、蛇人には ならない。
ベリアルは、呪でコブラを腐らせていく。
これも、蛇人には ならなかった。
また ミョルニルが通過して、バカでかい音と光が落ち、広間中を白く照らす。
一度 奥の壁に背を着いて、激怒するアジ=ダハーカは、前に回った尾で 左側の壁を削り取り、
猛毒の息や血飛沫を撒き散らす。
師匠が赤い翼で仰ぎ、ハティが息で 猛毒を
天井の大穴から 外へ吹き飛ばす。
ミロンや ヴィシュヌ、ミカエルや ヘルメスを掴もうと 両腕も振り回して暴れ、朋樹の 四枚の翼の青い式鬼鳥や、月夜見の黒い矢も頭上を掠める。
「これ、マジで あれの裏側に行くのかよ?」
「行けんの?」
泰河と聞いたら、師匠が「ヴィシュヌ」って
呼んで、オレらを示す。
「うん、もう チャクラムが... 」
ミカエルが、新しく生えたコブラを落として
また蛇人が立ち上がると
「ミカエル!」「何故 炙らん?」って
ベルゼとベリアルに言われて、“そっか”って顔を
二人に向けた。
「
師匠が蛇人を弱らせ、兵士たちが片付けていく。
ハティが 蛇人や蛇人の遺体に 息を吹いて、砂にしていると、「あっ、ヘルメス」と
ヴィシュヌが ヘルメスを引く。
ヘルメスが立っていた場所... アジ=ダハーカの
ほぼ正面から、チャクラムが 床を割って飛び出し
土砂が噴き出す。
床には、縦 5メートル、横 3メートルくらいの
長方形の穴が空いた。
「アグン山にある ダマーヴァンド山の封と
繋いでみたんだ」
ヴゥンと回転しながら鳴る チャクラムを近くに浮かして、ヴィシュヌが言った。
封と繋がっている 四角い穴を見た アジ=ダハーカは、それまで以上に暴れ始め、ベルゼやベリアルに やられている 両肩や背のコブラを切り離すと、
新しく生やした大量のコブラを、オレらが居る
広間中央に届くくらい 一気に身体から伸ばして広げる。黒いコブラたちが 破壊された天井や壁に
蔦のように 張り付いて広がり、広間半分を覆う。
前に回した尾の先で、蛇人ごと 兵士たちを薙ぎ払い、後ろに回した手を 奥の壁に着けた。
青い イチイのルーン文字が 強く光った。
「えっ、開くんじゃねぇの?」って
泰河が言うけど、ルーン文字が消えていく。
「切り捨てられたようだ」
師匠が言ったけど、ここに繋がれて
番人 っていうか、盾にされてたもんな...
知ってたかどうかは 分からねーけど。
アジ=ダハーカは、ゴアアァッ!... と 吠えながら
猛毒を吐き散らし、壁や天井を這わせる黒コブラを 広間の兵士たちに降らせた。
盾を上に向けた兵士たちが 守備を固め
狐榊が放射した黒炎が、四郎の風で威力を増して
コブラたちを焼き払う。
アジ=ダハーカを飛び越えた ミカエルが
逆手に握った剣を 黒コブラと背の間に突き立てて炙ると、背から伸びる黒コブラたちが灰になって
天井から落ち、アジ=ダハーカの眼が白く燃え、
口や鼻、耳、身体中から 煙を出し始める。
「... “初めに
言は神と共にあった。言は神であった”... 」
盾を上に 守備を固める兵士の間を
ヨハネを読む ジェイドが進み出た。
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