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「貴様... 」


アジ=ダハーカの背後に開いていた ベリアルの

12の翼が 一層 拡がり、ビリビリと空気が振動する。

天井から落ちた 蝋燭シャンデリアや瓦礫、

アジ=ダハーカの周囲に落ちている 青い鎖が

浮き上がっていく。


「ソゾン、もう やめろ。子供に こんなことを... 」


ミロンが、弟に呼び掛ける。

倒れる女の子を ハティが抱き止め

その場に 膝を着き、女の子の肩の後ろから 腕を回して支えて 寝かせると、額に手を載せている。

眼を 閉じさせてるのか... ?

胸が掴まれたようになる。

今になって、浮き上がる鎖の音が聞こえてきた。


グルル... と、獣のような唸り声が 近くで聞こえる。ロキだ。

トールが「よせ」と、ロキの肩を掴んで止める。

「他の子まで... 」


ミカエルで半分 影になっているアクサナの

くちびるが動いたように見えた。

「“たすけて”」と、くちびるを読んだ 師匠が言う。ミカエルが 微かに頷くのが見えた。


ヘルメスが、男の子に腕を伸ばすと

浮き上がる瓦礫や鎖の中、アジ=ダハーカの胸が

青く光る。

ベリアルが ソゾンの魂を掴む手に力を入れたのか

アジ=ダハーカが、ガクガクと身体を痙攣させると

アクサナや男の子が悲鳴を上げて、身を捩り出す。


『子供 達は、“俺と 共にある” と、言っ ただろ?』


途切れ途切れに ソゾンの声が言う。

“共にある” って、ソゾンが死ねば死ぬ とか

そういうことかよ... ?

腹からか胸からか 熱が上がってくる。


「ソゾン、よせ! 子供を解放しろ!」


ソゾンは、ミロンには 答えず

『子供を 殺 すのは、お前だ』と

嘲笑わらうように 喉を鳴らした。


『だが、神母は、俺の 子を産 む』


... あ?


「何を... 」


ハティやミカエルの眼も アジ=ダハーカに向く。


『女は、俺を 選んだ』


静まった中、「... ぐうぅ」と 男の子が

呻き声を上げた。


男の子は、ヘルメスとヴィシュヌの前で 苦しそうに 身体を折っていて

アクサナは、アジ=ダハーカの右手に 頭を掴まれたまま、両手で 天衣の胸の下を握りしめている。

頼む...  何も出来ねーくせに、祈っちまう。

アジ=ダハーカの手に力が入ると、ミカエルが

「ベリアル」と 呼ぶ。


アジ=ダハーカの胸から、青い光が消えて

アクサナと男の子から 力が抜ける。

ミカエルが アジ=ダハーカの右腕も落とし

ヘルメスが男の子の肩を掴んだ時に、奥の壁のイチイのルーンが光り、アクサナと男の子が消えた。


「クソ... 」


ロキが吐き捨てる。

ソゾンも 当然、アジ=ダハーカのなかから消えてるけど、誰も 口が開けない。


ハティが、女の子を抱いて連れて来る。

だらりと下がっている 頭や、細い腕と脚。


ソゾンが言った “子を産む” も、たぶん 文字通りだろうし、キュベレの腹に 自分の子が居ることが分かって、神人である 自分の子供たちも、キュベレに 飲ませることにしたのかよ... ?


「その子... 」


ロキが 声を震わせた。


「鎖は?」と、朋樹が聞く。

腹部を貫いた 青黒い鎖が消えてる。


「ソゾンの魂を 囚えた時の鎖だ。

アジ=ダハーカの内に居た ソゾンを、ベリアルが

鎖ごと掴んだために 鎖が解けたのだろう」


“魂でなら 魂を捕まえられる” って

ハティが 伸ばした地界の鎖に、シェムハザが

自分の魂を...


「じゃあ... 」って、泰河が聞く。

「そうだ。俺の魂を この子の体内に残して

ハティが 鎖だけを地界へ戻した」


胸ん中に、何かが ふわっと 浮き立つ。

シェムハザが 女の子の胸に手を置いて

ふっ と 息を吹きかけた。

ハティが 短い呪文を唱えると、女の子が瞼を開いた。マジか...


「生きてる... 」「また救えたな」


ロキやトールだけでなく、全員が明るい顔になる。


ハティの腕から降ろされた 女の子は

「アクサナと イヴァンは?!」と 泣きそうな顔になったけど、「大丈夫、落ち着いて」と

マリゼラが言って、榊が 背中に手を添えた。

師匠が、アムリタ渡してるし。


ガゴッ と、前の方で 音が鳴った。

ヴィシュヌが 奥の壁にチャクラムを打ち付けて

破壊しようとしたらしい。


「崩れないね」って言う ヴィシュヌに

「文字は傷付いてるけど」って ヘルメスが返していると、停止していた アジ=ダハーカの両腕から

黒コブラが 無数に吹き出した。

吹き出し切れず、腕から這い出てるコブラたちが

黒い腕や手の形に変異していく。

背後に居る ベリアルを弾き飛ばそうと、黒く長い尾を振り回す。


「生きてたのか?」って言う ジェイドに

「不死だ。クルサースパでなければ倒せんが

まだ 時の終わりではない」って ハティが答えた。


「ベリアル、退け! 防護円!」


ベリアルやベルゼ、ヘルメスが浮き

ハティやシェムハザが 兵士たちの下にも

青いルーシーで 防護円を敷く。


ミカエルが 真珠の光で炙ると

大半の黒コブラは 燃やされて消えて

アジ=ダハーカも 全身から煙を上げた。

ベリアルが浮かせた瓦礫や鎖を、アジ=ダハーカに

衝突させる。


防護円に侵入していたコブラたちが 蛇人になり

兵士たちとの戦闘が始まった。


シューニャ


師匠が言うと、蛇人たちから ゴールドの炎が上がって、身を焦がしながら のたうつけど

死ぬまでには至らない。


「ヒンドゥーの蛇人ナーガではないからのう」って 言っている内に

アジ=ダハーカの両肩や背から、何匹もの長い黒コブラが生えて、ヘルメスや ミロンに襲い掛かる。


ミロンが 剣に当たった幾匹かを破裂させて

ヘルメスは「一応、あるんだけどね」と

鎌が もっと湾曲して、丸くなったような

三日月形の剣、ハルパーを握った。

アジ=ダハーカの右肩から 刈り取るように

黒コブラを束で落とす。


ミカエルが左肩のコブラを斬り落とし、ヴィシュヌが チャクラムで 背のコブラを斬り飛ばすと、

落ちたコブラが また 蛇人になり

ベルゼが 手袋を外して、虫を向かわせる。

アジ=ダハーカの肩や背のコブラは すぐに生えた。もう キリねーし...


「なんか、強くなってねぇ?」と

ジェイドが 聖油で十字を書いた式鬼札を

朋樹が 飛ばす。

「腕も再生したしね」って、ジェイドが

新しい聖油の小瓶を 仕事道具入れから出してる。


「アンラ=マンユに引き渡すにも、動きを封じないと。封を繋げたら、封じられる?」


ボティスが 助力円で蛇人を 一掃した。

ヴィシュヌは、ジェイドに聞いてるけど

「やってみるよ。やったことは ないけど

前に、封から鎖は伸びたし」つってる。


「泰河、ルカ。奥の部屋は開けられる?」


ヴィシュヌは チャクラムを、天井の穴から飛ばして 言った。


「えっ?」「奥の... 」


泰河と顔 見合わせちまう。


「あのルーン以外に、印があれば... 」って 答えたけど、アジ=ダハーカを越えて 向こう側に行くってことだよな? まず そこなんだぜ...


アジ=ダハーカが、大きく尾を振り回して

左側のテーブルとソファーが 幾つか吹き飛ぶ。

兵士たちが盾で庇うけど、何人かは 盾ごしに下敷きになって、榊とマリゼラの間で 女の子が身を縮めてる。こんなとこに居るの、怖いだろーし

かわいそうだよなぁ。


ミカエルが盾で弾いた アジ=ダハーカの尾の先が

天井に当たって、天井の穴が広がった。

蝋燭シャンデリアだけでなく、瓦礫と

ヴァナヘイムの地面の 石や土が落ちてくる。


オレと泰河も、行ける気は しねーけど

蛇人が湧いてない間に、ハティと師匠に付き添ってもらって、アジ=ダハーカの近くへ向かう。


ヴァン神族の兵士たちの盾を出ると、急に 寒気が

背筋を ザワザワと上ってきた。

でかいし、怖ぇ...  頭の毛穴まで縮み上がるし。


頭上、割と すれすれを ミョルニルが通過して

「うおっ!」「おおう?!」って 更に縮む。

通過したミョルニルが、アジ=ダハーカの胸に当たった瞬間に、ドン!か バン!か 分からねー ような

すげー爆音が 床にも身体にも響いて、

ミョルニルに落ちた稲妻が 広間を白く照らす。


また通過して戻るミョルニルを見上げた 泰河が

「そういや、トールって雷神だもんな」って

言ってるけど、トールは

「本当に不死だ。死んでない」つってるし。


あばらが何本か いったらしい アジ=ダハーカが

猛毒の息と一緒に 血も撒き散らし、大きく尾を振ると 右側のテーブルや椅子も弾き飛ばされてきて

ハティが 錬金の息を吹いて 粉にする。


兵士たちが 短い呪文を口にしながら、円形の盾で床を突くと、空中に レンズ型の防護壁のような

透明の影が 粉塵の中に浮かぶ。

アジ=ダハーカの尾が弾き返され、右側の壁に

大穴を空けた。


ベルゼが、アジ=ダハーカの肩や背から生えるコブラの口内から 虫を侵入させてるけど、アジ=ダハーカ本体に辿り着く前に、中を喰われて死んだコブラを落として、また新しいコブラが生えてくる。けど 落ちたコブラは、蛇人には ならない。

ベリアルは、呪でコブラを腐らせていく。

これも、蛇人には ならなかった。


また ミョルニルが通過して、バカでかい音と光が落ち、広間中を白く照らす。

一度 奥の壁に背を着いて、激怒するアジ=ダハーカは、前に回った尾で 左側の壁を削り取り、

猛毒の息や血飛沫を撒き散らす。

師匠が赤い翼で仰ぎ、ハティが息で 猛毒を

天井の大穴から 外へ吹き飛ばす。

ミロンや ヴィシュヌ、ミカエルや ヘルメスを掴もうと 両腕も振り回して暴れ、朋樹の 四枚の翼の青い式鬼鳥や、月夜見の黒い矢も頭上を掠める。


「これ、マジで あれの裏側に行くのかよ?」

「行けんの?」


泰河と聞いたら、師匠が「ヴィシュヌ」って

呼んで、オレらを示す。


「うん、もう チャクラムが... 」


ミカエルが、新しく生えたコブラを落として

また蛇人が立ち上がると

「ミカエル!」「何故 炙らん?」って

ベルゼとベリアルに言われて、“そっか”って顔を

二人に向けた。


シューニャ


師匠が蛇人を弱らせ、兵士たちが片付けていく。

ハティが 蛇人や蛇人の遺体に 息を吹いて、砂にしていると、「あっ、ヘルメス」と

ヴィシュヌが ヘルメスを引く。


ヘルメスが立っていた場所... アジ=ダハーカの

ほぼ正面から、チャクラムが 床を割って飛び出し

土砂が噴き出す。

床には、縦 5メートル、横 3メートルくらいの

長方形の穴が空いた。


「アグン山にある ダマーヴァンド山の封と

繋いでみたんだ」


ヴゥンと回転しながら鳴る チャクラムを近くに浮かして、ヴィシュヌが言った。


封と繋がっている 四角い穴を見た アジ=ダハーカは、それまで以上に暴れ始め、ベルゼやベリアルに やられている 両肩や背のコブラを切り離すと、

新しく生やした大量のコブラを、オレらが居る

広間中央に届くくらい 一気に身体から伸ばして広げる。黒いコブラたちが 破壊された天井や壁に

蔦のように 張り付いて広がり、広間半分を覆う。


前に回した尾の先で、蛇人ごと 兵士たちを薙ぎ払い、後ろに回した手を 奥の壁に着けた。

青い イチイのルーン文字が 強く光った。

「えっ、開くんじゃねぇの?」って

泰河が言うけど、ルーン文字が消えていく。


「切り捨てられたようだ」


師匠が言ったけど、ここに繋がれて

番人 っていうか、盾にされてたもんな...

なかには ソゾンが入ってたから、そうされてたのを

知ってたかどうかは 分からねーけど。


アジ=ダハーカは、ゴアアァッ!... と 吠えながら

猛毒を吐き散らし、壁や天井を這わせる黒コブラを 広間の兵士たちに降らせた。

盾を上に向けた兵士たちが 守備を固め

狐榊が放射した黒炎が、四郎の風で威力を増して

コブラたちを焼き払う。


アジ=ダハーカを飛び越えた ミカエルが

逆手に握った剣を 黒コブラと背の間に突き立てて炙ると、背から伸びる黒コブラたちが灰になって

天井から落ち、アジ=ダハーカの眼が白く燃え、

口や鼻、耳、身体中から 煙を出し始める。


「... “初めに ことばがあった。

言は神と共にあった。言は神であった”... 」


盾を上に 守備を固める兵士の間を

ヨハネを読む ジェイドが進み出た。

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