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「トール!」「良かった、本当に... 」


オレらだけでなく、マリゼラや盾を持つ兵士たちも、起き上がるトールを見て 笑顔になってる。

マジで良かった... ロキじゃなくても、涙 滲むし。


「もう、どこも何ともないか?」と聞く ロキに

「大丈夫だ」と 答えて、「助かった」と 礼を言いながら、でかい手で マリゼラと握手をし

シェムハザや師匠、オレらにも 礼を言うと

四郎や榊の頭に、二度ずつ 手を置いた。


ミョルニルを握って戻ろうとする トールに

「いや、こいつ等を頼む」と、ボティスが止め

「その胸の文字は?」と シェムハザが聞く。

青い イチイのルーン文字。


「ボティスの推測では、生贄の印だ」


笑顔だったのに、不安を怒りで押し殺すように

ムスっとした顔になって ロキが言うと、トールは

「今まで気付かなかった。極寒ニヴルヘイムに入る前に

着替えた時は無かった」って、印に触れる。


シェムハザが指を鳴らすと、剣で裂いた仕事着が

元に戻った。

盾を持つ グリジアって兵士が振り向いて

「これも頼めないか?」って、自分のサーコートを指す。術解きの時に マリゼラが裂いてたやつ。

シェムハザ、指 鳴らしてるけどさぁ。


「ロキ、お前には無いのか?」


ボティスに聞かれて、ロキが 仕事着の中を見てるけど、「無い」って 答えた。


「文字を付けられたのは、アジ=ダハーカの蛇に

咬まれた時かもしれんな。

なかに、ソゾンが居るんだろ?」


仕事着を着たトールは、ミョルニルを持ったまま

いかつい腕を組んだ。


「生贄の印 といえども、イチイは ウルに関するルーンだ。気分は悪くない」


ウルは、ソゾンとシフの息子だけど

トールも 自分の息子として育ててきてるもんな...

ロキも、それには頷いてる。


アジ=ダハーカは、背中から ベリアルに腕を突っ込まれ、内に居るソゾンの魂を掴まれている影響なのか、前腕の中程から先がない左腕と 右腕を

力無く下げて、顔は天井に向き、時々 痙攣する。

正面には、ミカエルとヘルメス、ヴィシュヌが立って、動向を見てる。


仮死から覚めた ミロンが、ハティの前で

床から身を起こした。ほっとしたし。


「私は、空の身体にだけでなく、魂を持つ身体の内にも 別の魂を封じる事が出来る。

ソゾン。お前が望むのであれば

このまま この蛇の内に封じても良い。

内側から 蛇男の魂を殺そうと、お前が この身体を離れることは出来ん」


ベリアルは、エデンで

サリエルの魂を リラの身体に封じた。

魂の入れ替えをしたり、悪霊や悪魔を 人に憑かせて閉じ込めることも 出来ると思う。怖ぇし。


「だが、キュベレを渡せば

“この身体から” は、解放せんでもない。

蛇は ヴィシュヌが アンラ=マンユに引き渡し、

お前は、奈落に繋がれることにはなるが... 」


アジ=ダハーカや ベリアルの背後の壁の

青いイチイのルーン文字が 強く光り

アジ=ダハーカとミカエルたちの間に、三人の子が立った。


「アクサナ... ?」と、ロキが呟く。


ロキが撃った弾が 当たってしまった子がいる。

良かった、助かってたんだ...


「何だ?」「子供か?」

ボティスや月夜見キミサマ、兵士たちが 怪訝な顔をして

「神人だ。ソゾンの子供たち」と

シェムハザが 短く説明する。

四郎は、自分と同じくらいの子たちを見て

複雑な表情になった。


ソゾンと 一緒に、倒壊した塔から消えた子たちだ。天衣のような白い衣類を着せられている。

「また、盾にするのか?」と、ロキが 奥歯を軋らせる。


ソゾンは、巫女の墓で オーディンに

“妻は他に居ても、子どもは違う”... 一人ひとり

代わりが利かない存在 だと言ってたし

それは たぶん、本心だった。

子どもたちは 新しい世界で、“蛇のかしらを砕く” はずだ。

でも、アクサナのことは、迷いなく盾にした。


『... 盾ではない。子供たちは、俺と共にある』


アジ=ダハーカが、ソゾンの声で話す。


『地上だけでなく、世界樹、天や地界、各神界。

世界も、そして神々も、ただ ひとつとなる』


「どういった意味で言っている?」


ミカエルが いぶかしげに聞くと

『文字通り、ひとつだ』と、繰り返した。


... 前に、ジャタが言ってたようなこと?


“泣いている小さな子は、幼い時の あなた。

足の弱った老人は、年老いた あなた”

人を殺すのも、病や災害に泣くのも。


けど これは、“個だけど 個じゃない” とか

“隣人や敵を愛せ” ってことだと思う。


ソゾンが言っていることは、何か違う。


均衡バランスより、統一 か?」


ステッキを持ったまま腕を組む ベルゼが

口を挟む。


“サンダルフォン... エリヤは

均衡バランスではなく、統一 を 選する”


前に、同じ声で聞いた。地下洞窟で。

すべての異教神を滅ぼして、地上から異教徒をなくす。

ベルゼが推測した、サンダルフォンの思惑。


オレらは、アバドンが奈落から放した 異教神たちを潰していた。サンダルフォンの思惑通りに。

けど サンダルフォンは、“天のため” に やってたと思う。天が 地上と ひとつになるために。黙示録。


「生贄の魂を キュベレに飲ませることで

“ひとつ” だと?」


ベルゼが、続けて問うと

ソゾンは アジ=ダハーカの 長い牙の口を使って

『そうだ』と、明るい声を出した。


『滅ぶべき魂... 排除すべき蛇は 排除するが

その後は、子供たちも俺も、ひとつの神になる』


「は?」って、泰河が声を出す。


「ソゾンは、いずれ キュベレに飲まれるつもりなのか?

“だから 子供たちが犠牲になって、キュベレに飲まれても、ゆくゆく同じこと” って言ってんのか?」


“盾じゃない”、“文字通り ひとつ”... って 言葉からすると、そう解釈出来るけど

なんか 頷けねーし。首 傾げるのが精々せーぜー


滅ぶべき魂... パッと思い付くのは

キュベレの敵対者や、ソゾンが認めない 世界樹ユグドラシル

主神オーディン。


聖父は、抜き出したキュベレ... 必要のない悪意を

また封じようとするし、ミカエルたち御使いは

それに倣う。キュベレの敵対者だ。

それと、自分たちに従わない 異教神... ?


敵対者に 天を含まないんなら、やろうとしてることは、サンダルフォンと同じだ。

ソゾンは、キュベレを 文字通りの “唯一神” に

しようとしてる。


... “ソゾン” が?

ソゾンの目的は、主神オーディンを潰すことだ。

光の神バルドル... ソゾンの息子が、冥界ニヴルヘルから

神の座に戻る。

ウルを 主神に戻すことも考えてる、としても

元々は それだけだった。


「画を描いたのは、キュベレなんじゃないのか?」


今、頭に掠めたことを、朋樹が言った。


「サンダルフォンも ソゾンも、相手キュベレが “眠ってる” から、自分が利用してる気に なってるだけで

実際は キュベレに “使われてる” んじゃ... 」


アバドンだけでなく、奈落の実質の軍の司令官

オベニエルも、眠っているキュベレに 使われてた。


“統一” を選ぶ サンダルフォンも、同じように

キュベレを利用するつもりで 使われていて

ウリエルやサリエルを操作して、キュベレに魂を与えた。


魂で 力をつけたキュベレは、黙示録開始のために

“ひとつ星” として、自分を落とさせるよう

サンダルフォンに計画させる。

サンダルフォン自身も、自分の計画だと思ってたはず。

最終的には 泰河を使って、キュベレを押える気だったから。


キュベレは、アバドンを使って

奈落で更に 魂を飲む。... いや、でも

キュベレが奈落を出たのは、歓喜仏ヤブユムの作用だ。


それを言ってみると

「本当は、自分で出れたんじゃないのか?

天からは サンダルフォンを使って出たように

“アバドンやオベニエルを使って” だけど」と

ジェイドが言う。


「キュベレの視点で シンプルに見てみると

目的は、“天の幽閉を逃れ、目覚める” こと。

自由を得ること という感じだ。

奈落には、魂を飲むために居たけど

同じ場所に ずっと居れば、天に囚われる可能性も高くなっていく。

モレクの時も、ミカエルが乗り込んで来てるし。

歓喜仏ヤブユムの作用を利用して、天使の寝台や奈落の森と 一緒に、奈落を出た... とか」


泰河は 絶句してるけど、オレも返事 出来ねーし。

それで、これだけ振り回されてんのかよ?

キュベレに っていうか、キュベレを使おうとするヤツに... だけどさぁ。


... けど、ジャタは 使われなかった。

たぶんだけど、根本が なにか違う気がする。

ジャタは、目的も恨みもなく、何かと争わないし

何かを滅ぼそうともしない。

平穏な時も、黙示録や最終戦争ラグナロクの時も

ただ在る って感じ。

ジャタが流したこともあって、通り過ぎたけど

“天使の寝台” は、剥奪してる。


アジ=ダハーカの元に辿り着いた キュベレは

封から解放して、アジ=ダハーカを 自分の護衛と

移動手段にした。


何故、アジ=ダハーカだったのか... は

善神 アフラ=マズダー に敵対し、封じられたことに 恨みを持ってるから。操作しやすい。

忽然と顕れた キュベレに、封から解放されたら

“この女の力は使える” と 考える。

キュベレは、“何かの目的のために 自分を利用しようとするヤツ” を利用する。


ソゾンを選んだのも、似たような理由だろう。

主神オーディンに対する 恨みや不満があって

子どもたち... 神人を使って、世界樹ユグドラシルを改革する という、目的がある。


『すでに、子ども達の母親達や

ヴァナヘイムの女神達は、神母と共にある』


アジ=ダハーカの口から、明るい声で ソゾンが言う。


『お前達の中にも、魂を飲む者は いるだろう?

だが それは、自分ひとりの呪力のためでしかない。神母は違う。すべての母となるためだ。

何故こうして 邪魔をする?』


「“運命の神” では なかったか?」


魂を掴んでいる ベリアルが、背後から聞く。

「運命の神だと?」と、ミロンが 聞き返してる。

巫女の墓で、ソゾンが オーディンに言っていたことだ。あの場に オレらも居たことを、ソゾンは知らない。


「女を 神母と呼称し、“自分も いずれ飲まれる” と

話しているが、お前に そんな気は無い。

これから 子供達を犠牲にする手前か?

“女が 蛇を従えて来た” のだろう?

だが、お前を “頼った” のではない。

“利用しに” だ。

女が オージンではなく、何故自分を選んだか を

考えたことは?

お前より強大な オージンの魂を飲むためだ。

目覚めと力のため。そういった意味では、女が選んだのは オージンだ。

最終戦争ラグナロクの予言は、地上にも知れ渡っている。

オージンが消えても、皆 フェンリルに飲まれた と考える。ならば、天の介入は無い」


黙っている ソゾンに、ベリアルが続ける。


「神々や世界統合の幻視でもしたか?

そんなことを、あの女が考えるものか。

お前を利用するための 大義名分だ。

お前の意に沿うよう、予言とは違う最終戦争ラグナロク

その後は 他神界の支配幻視だろう。

王の椅子に座っていたのは お前か?

幻視に乗せられ、女の思惑通りに 魂を飲ませたようだが。

あれが 何かの魂を刈ることは、父より抜き出された時から 許されていないからな。

目覚めれば、再生のない破壊に移る。

黙示録や最終戦争ラグナロクとは違い、全て根絶やしだ。

あれは、そういったものだからな。

悪意は ただ “悪意” だ。理由など無い」


『... 離せ』


アクサナが、目の前にいるミカエルに 一歩 近付く。アクサナの頭に、アジ=ダハーカの右手が載った。

「アクサナ」と 呼び掛ける ミカエルの碧い眼を

見上げて、開き掛けた くちびるを閉じる。

何か言おうとした... ?


「警告しておく。子供に何かしてみろ。

このまま お前の魂を消滅させる。

奈落に繋ぐのは、身体と 残った魂だけで構わん」


アジ=ダハーカの 先のない左腕が 少し上がり

ハティとベルゼの前にいる 女の子の腹部から

青黒い鎖がつらぬき出た。

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