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ハティが錬金した階段を上がると、ヴァナヘイム中央の泉の近く。泉や水路に 水は流れてない。


蛇人ナーガの遺体は、シェムハザの炎に焼き尽くされたようで、ここで戦闘があったと思えない程 整然としてた。


「半魂を失った兵士は、イブメルの城に連れて行っている。治療が必要な状態だが... 」


シェムハザの言葉に、ミロンが「すまない」って

頷いてる。

イブメルの側近たちみたいに、月夜見キミサマが闇靄で染めて、天空霊の囲いの中に居るんだろうけど...


トールやロキも 階段を上がって来て

地下宮殿の広間が無人になると、

階段は 瓦礫に戻され、今度は その瓦礫で

天井の穴が塞がれていく。

ベリアルと琉地が、広間の壁の奥の 上の位置で

地面を調べてみてる。


「使える建物は?」


ベルゼがミロンに聞くと

「泉の周囲であれば、どれでも」って 答えてるけど、トールやロキが

「いや、建物が 術で倒壊したら... 」

「巨人たちが寄ってたかれば、腕力でも崩せる」って言う。

アースガルズの砦は、ヴァン神族に 術で崩されたことがあるし、巨人は素手で 菩提樹を引っこ抜いてたし。


「天空霊は?」


「イブメルの城内には降りたが... 」


シェムハザが指を鳴らしたけど、青い人型の天空霊たちは、青いレヴォントゥレットと細氷ダイヤモンドダストの下に留まった。対策されちまってる。


水のない泉を中心にして、周囲に 四方位の天空精霊の円を描いたけど

「円を傷付けられたら終わりだ」

「使うなら、いざという時に降ろした方がいい」ってなった。

かなり危険が差し迫った時の防護 ってこと。


「では、預言者等は

先程のように 盾で防護する」


ミロンが言うと、さっきみたいに

マリゼラを中心に 防護術に長けてる何人かの兵士が、盾で オレらの周囲を固めてくれる。

けど、これはこれで 申し訳ない気するんだよなぁ...  いや、出てると余計に ジャマになるだろーけどー。


冥界ニヴルヘルでは、ヘルが氷漬けにされていた。

死者兵達は ソゾンに操作され、使われているものと思われる」


ミカエルが話してて、兵士たちが

「死者兵の ほとんどは、元は人間だった」

「消滅させる訳には... 」って なってるけど、

死者兵たちの催眠を解いても 冥界ニヴルヘルが機能してねーし、キリスト教化はされていても、信徒じゃなかったから 冥界ニヴルヘルに居た。

天の隠府ハデスに受け入れるには、私審を受けることになるらしい。

「下手すれば、第三天シェハキムの牢に幽閉も有り得る」っていうし。


「けどさ、死者兵の魂は

キュベレに飲ませなかったんだよな」


泰河は、どうしても そこが引っ掛かるっぽくて

小声で言ってるけど

兵士たちや女神たちの半魂の方が... って思うし

「バリでレヤックの魂を狙った時は、まだ

自分の妻たちを 生贄に捧げてなかっただろ」って

朋樹も小声で返してる。


「捧げてからは、“死者の魂より、キュベレのために生贄にした 生者の魂の方がいい” って

気付いたんじゃねぇのか?

“良い魂を”... って考えるよな。何せ... 」


ソゾンが言ったことが本当なら だけど

自分の子を孕んでる んだもんな...


「死者兵等の催眠が解ければ、一時 幽世で預かることは出来るが」


神御衣の袖の中で腕組みした 月夜見が言うと

「カクリヨ?」

「月だ。現在は、信徒の魂管理も協力してもらってる」って 説明になって

「ヘルのことが解決するまでは... 」と

話が落ち着いた。


「巨人達は?」


「操作だろうな。

ヴァナヘイムを攻める理由がない」


ロキが「アースガルズなら分かるけどな」って

言っちまってるけど

「遺恨を残さぬためには、なるべく... 」

殺らねー 方向で... って、ハティが流す。

死者兵にしろ 巨人にしろ、ソゾンに乗った訳じゃなく、操作されてるだけだもんなぁ。

イブメルやミロンたち、神人の子供たちみてーにさぁ。


「霧虹は、遮断 出来ねーの?」って 聞いてみたら

「そうすると、砦を破壊される」

「囲まれる恐れもある」だったし

やっぱり、オレ 黙っとこー。


「だが 巨人等が興奮している場合

どう催眠を解く?」


トールが聞いてる。


「出来得る限り、御言葉おらしょで... 」って

進言してみてる四郎も、自分の言葉に自信が無さそうだった。

巨人同士で やり合ってるとこ見てるし。


「どうしようもない場合は、殺るしかないだろ?

操作されてなくても、ただ 異種族に攻撃するのが好き って奴も多いからな。

ここで俺等が全滅したら、ソゾンもキュベレも

野放しになる」


ロキの言葉に、ミロンが同意して

「操作されていようが、人間世界ミズガルズ世界樹ユグドラシルの外に

巨人を出す訳にはいかない」って 決めて

不本意ながら だろうけど、 ミカエルも頷く。


「ただいまー」


ヘルメスが戻って来た。

ケリュケイオンを腰に提げながら

「アジ=ダハーカは 封じられてたんだけど

蛇人ナーガは、地上全体に溢れてるね。

地上に アジ=ダハーカが居ないのを良いことに

勝手に人間を襲ってるし。

守護天使軍や アスラたちが頑張ってたよ」って

ミカエルやベルゼを中心に 報告して

「ヴィシュヌとガルダは、“アンラ=マンユと

アフラ=マズダーに、一言報じてから戻る” って。

こっちの事も心配はしてたけど

“ミカエルが居るから 大丈夫だろう” って言ってた」らしい。


「でさ、ヴァナヘイムの女神達って

もう全員 冥界ニヴルヘルへ向かった?」


ヘルメスが聞いてんのって、“半魂を取られて”って

ことだし、兵士たちの顔が曇る。

「恐らく」と ミロンが答えた。


「今 戻って来る時に、森の中で 羽衣を着けた女を

何人か見かけてさ。

こっちに向かって来てるようだったから。

ヴァルキュリアかな? って 思ったんだけど... 」


ヴァルキュリア... 戦場から 戦死者霊を

アースガルズのヴァルハラに導く っていう天女たちだ。


「羽衣の上に、甲冑は?」


ロキが聞くと、ヘルメスは

「いや、何も」って 軽く首を振る。

「なら ヴァルキュリアじゃない」って

トールが言った。


「オーディンが居ない戦場に、ヴァルキュリアだけ 派遣するのもね」って ジェイドも言ってるけど

ヴァナヘイムの女神でもない んだよな?

ま、オレらが考えたところで 分からねーんだけどさぁ。


ひずみがある」


地下宮殿の 壁の向こうの位置を調べていたベリアルが、何か発見したっぽくて、ベルゼとハティが見に行く。


「地が... 」


四郎が視線を落とす。

ブーツの裏に、地鳴りが響いてきた。


「これさ... 」「巨人たちだよな?」


ヴァナヘイムに辿り着いたらしい巨人たちが

地下宮殿で騒いでるか 暴れてるかだろうけど...


「封を」


ミロンに命じられた ヴァナヘイムの兵士たち八人が、泉を中心に 円になるように立った。

四方位の天空精霊円より 外側。

右手で、抜いた剣の先を地面に付けてる。


左手の人差し指と中指を立てると、人差し指だけを額に付け、「ザクロィ」と 左手を額から下ろし

その中指を 剣の柄を握る右手の甲に着けた。

兵士たちの剣の先から 青く光る線が中心に向かい

八本線のアステリスクが描かれると、剣の点から点を 交差しながら繋ぐ光の線も走り、八芒星になった。地下宮殿を封印したらしい。


「霧虹からは?」と、ミカエルが聞くと

またミロンが、兵士 二人に 見てくるよう命じた。


「今、時間は?」


ボティスだし。


「時間?」「なんで?」


ジェイドが「1時37分」って 答えてて

トールに “この時期は もう白夜にならない” って

聞いたことを思い出す。


「そもそも、夜はきたか?」

冥界ニヴルヘルにいた時に きていたなら... 」


ミロンたちに聞いてみても

「地下宮殿に居た」だし

「ここに、着いた時よりは... 」って

ベルゼが言ってるけど、薄明るい...


「月は?」


見上げる限りの空には、見えなかった。

トールやロキ、ミロンたちだけでなく

ミカエルや ベルゼも黙ってる。

隣に居る泰河と、眼を合わせることも出来ねーし。


光の神バルドルの死によって 最終戦争ラグナロクが始まり、

次に起こるのは、太陽の御者ソールと

月の御者マーニが、スコル狼と マーナガルム狼に

飲まれる。


カシャ カシャ... という 規則正しい音が

耳を掠めた。


「死者兵達だ」


琉地の思念から見た 頬当てや 細い鼻当てが付いた黒い西洋兜に、黒いサーコート。黒い盾。

砦の洞窟がある森の方向から、枯れた水路沿いに

死者兵たちが 四列に並んで行進して来る。


「槍か... 」って ボティスが言ってるけど

槍 っていっても、ハルバードなんだよな...

刺突 出来るだけじゃなく、三日月型の斧と爪が付いたやつ。


オレらと榊の周りを囲む マリゼラたち兵士が

盾の縁で 白い地面を打って鳴らし、防護を固める。


一瞬後、青いサーコートの ヴァナヘイムの兵士たちの向こうに、黒い影が見えた。

黒い頬当てや鼻当ての西洋兜...


「こいつ等、消えて移動が... !」


目の前で、槍で 盾ごと突かれ 押されたマリゼラが

片足を引いて、なんとか踏み留まる。

盾の円が狭くなって、泰河と肩が ぶつかった。


ミカエルが、剣で 槍の先を切り落とし

トールがミョルニルを投げて、槍ごと 死者兵たちを弾き飛ばした。

ミロンたちは、盾で槍を防ぎながら

同時に術を掛け、死者兵の黒い盾を粉砕していく。


「父と子と 聖霊の名のもとに、

ソゾン 及びキュベレの悪息より

汝らの魂の拘束が 解かれるよう告ぐ」


死者兵から、キュベレの影響下にあるソゾンの

操作術を解くために、ジェイドが祈り始める。


「... “すべて悪を行う者よ、わたしを離れ去れ”... 」


死者兵のサーコートの胸の 飢えのフォークの十字の上に、青いイチイのルーン文字が浮かぶけど

口や眼から 煙が上がり出した。

大丈夫なのかよ?

死者兵って 異教徒の霊なんだし...


「... “主は わたしの泣く声を聞かれた”... 」


死者兵たちは、盾を失い、煙を出しながらも

先の無い槍や 柄が曲がった槍を持って

攻撃しようと向かって来る。


厄介なのは、姿を消して ヴァナヘイムの兵士たちの背後に顕れることだ。

オレらを囲んでくれているように、盾の円を組むと 中には入れねーっぽいし、兵士たちも盾の円を組み出した。


「ルカ!」


泰河に 腕を引っ張られた時、眼の端をシルバーの三日月刃が掠めた。

防護の盾と兵士の間から出た槍が、オレと朋樹の間にあって、四郎が風で 死者兵を吹き飛ばす。

朋樹も 声出てねーけど、オレ 今、死んだ って思ったし...  相手の心配してる場合でもねーよな...


トールを狙って突っ込んで行った 死者兵の槍を

ロキが掴み、相手を持ち上げながら振り回した。

それが当たったのは死者兵だけでなく、ヴァナヘイムの兵士も 一緒に弾かれて倒れちまってる。


「... “主は わたしの願いを聞かれた”... 」


「グリジア!」


盾で槍を防いでいた兵士の 一人が

背後から 背中を突かれた。

グリジア って、地下宮殿の広間で

防護盾を持ってくれてた兵士じゃねーの... ?

仮死で半魂が離れそうになって、術解きした...


「... “主は わたしの祈をうけられる”... 」


倒れたグリジアを支える兵士の元へ向かった ハティが、イブメルの城の塔の瓦礫を ゴールドの弾に錬金し、シェムハザが指を鳴らして

死者兵たちの 黒いガントレットの手や 足を撃つ。


まだ槍を持つ死者兵が 死にものぐるいに振り回し

ヴァナヘイムの兵士たちの何人かが、盾ごと背後に腰を着いた。


ますます煙を吹き出し始めた死者兵たちは

ジェイドの祈りを止めようと、金切り声を上げながら オレらの方の周りに顕れ、盾の円を囲む。


「“わたしの敵は恥じて、いたく悩み苦しみ、

彼らは退いて”... 」


ドッ と、ブーツの底を 音に突き上げられて

ベリアルとベルゼが調べていた地面が 爆破されたように砕け飛び、天高く水が噴き出してきた。

噴き出した水と瓦礫が降り注ぐ。


「カルネシエル... 」と 天空精霊を喚ぶ ジェイドを

マリゼラが引っ張って 強引に しゃがませながら

オレらにも「伏せろ!」と 叫び、兵士たちが 盾を天にかざす。

「ベルゼ!」「ベリアル!」と 呼ぶ

ミカエルやシェムハザの声。


「ヤーコフ!」


盾を持つ兵士の 一人が、死者兵に 腹を突かれた。

眼や口から 煙を吹く死者兵を、四郎が風で吹き飛ばし、倒れてきた兵士を オレが受け止める。

盾が地面に落ちると、防護の円が崩れ

なだれ込んできた水と瓦礫に 打ち流された。

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