112


『遺体が、氷の柱に?』

『ヘルのように ってことか?』


『あんなに でかい氷の柱じゃなかったけど... 』


琉地から読んだことを話して、確認されたことに頷くと、すぐに 洞窟へ向かうことになった。


『何かあったら喚ぶから、遊んでていい』


小鬼たちには、この森で遊びながら

もし ソゾンや蛇人ナーガが来たら、報告してもらうことにして、洞窟の案内は 琉地に頼む。


結界になっている家の 赤いドアから出ると

琉地を先頭に 白い樹皮の白樺の森を歩いて

青葉の枝の間の 高い空を見上げた。


ウートガルズでも、白樺の森はあったけど

空に、藍や水色の光と 細氷があるだけで

全然 雰囲気が違う。

こうして、昼間でも見えるのが 解せねーし。

たまたまなんだろーけど、雲も ねーし。


『綺麗ですね』


四郎は、ゴキゲンなんだぜ。

まだ ベベッ ゴレン食ってるけど、

涼やかな眼で 空を見上げる横顔は

少し 深みのようなものが 増した気がする。

十字架を降りる前から、すげー 経験してきてるし、元々 この歳で貫禄あるんだけどさぁ。

なんだろ? 成長が まぶしいぜー。


『しかし、祭壇に... 』と、顔が曇る。


『うん。赤く濡れてるのが見えただけで

実際、血かどうかは 分からねーけど... 』


でも、琉地の思念からは、血に見えた。

“思念” から そう見えた... ってことは、

琉地は、あれを “血” と 判断した ってことになる。


『ルカ。おまえ、琉地からなら

霊視レベルで視れるんだな』


『ん?』


四郎の向こう側にいる 眼鏡朋樹と眼が合う。

もう、最初から眼鏡だったよな ってくらい

見慣れてきたぜー。


『いや、琉地からなら... 』

『おう?... あっ、そうだよなぁ! なんでだろ?』


言われたことが、眼鏡に すり替わってたぜ。

朋樹の眼が、“聞いたのは オレなんだよ” ってなって、話も終わったし。


『琉地が おまえに、正確に伝えようとしたからじゃないのか?』

『つまり、琉地が すげぇ』


後ろから ジェイドと泰河が、勝手に推測して

納得してる。けど たぶん、そーなんだろうなぁ。

琉地あいつ、一応 精霊だし。


ヘルメスとロキを両脇に、先頭を行く琉地の尾が

オレの前にいる トールの影から、かろうじて見えた。

ジェイドたちの後ろに、ミカエルとヴィシュヌが守護で居てくれてるんだけど、

後は みんなバラバラに歩いてて

ハティとシェムハザは、何か採取しては

ハティの城に送ったりしてる。


『崖が見えてきた』


ロキが、トールを振り向いて言った。

うん。琉地の思念から見た崖だ。岩が 白いし。


今度は、崖肌に沿って 入口まで進む。

崖の岩の上には、ツマトリソウや鈴蘭、白い花が多い。


『あっ』『琉地?』


ヘルメスとロキの間から、白い煙になって消えた琉地は、少し先の方に顕れた。

あそこが入口らしい。


琉地が居る場所まで行くと、崖を切り込んだような 細長い三角形の入口。


『ミカエルぅ』


ヘルメスが呼んで、ミカエルとヴィシュヌに

先頭を代わってもらって、洞窟に入る。

オレらの後ろから、師匠や月夜見キミサマ、ハティたち。


『洞窟の中まで、レヴォントゥレット?』

『ヴァナヘイムだから』


ヘルメスに、ロキが答えてるんだけど

答えになってるのかどうか 分からねーんだぜ。


『あの、光る紐みたいなやつは?』って 聞いても

『さぁ... 前に来た時は、洞窟に入ってないしな。

植物じゃないのか?』だし。

やっぱり、ハティたちが翼出して 採取する。


少し進むと、ルーン文字のようなものが掘られた

白い石扉の場所に着いた。


『ルーン文字?』と、ヘルメスが聞くと

ロキやトールは、『見たことない文字だな』

『俺等が使うものとは違うが... 』って

首を傾げてる。

文字 っていうか、記号にも見えるんだけど

扉の中央に 一つと、上下左右に 一つずつ書いてある。


『だいたい、扉なのか?』

『外部からの侵入を防ぐものだろ?』


『琉地は、どうやって入った?』と、ロキに聞かれて、『煙になってー』って 答えると

ミカエルが消える... けど、消えた場所に顕れた。


『入れなかったぜ?』

『術班、前』


ベリアルとハティ、シェムハザが

石扉の文字を調べてるけど

『知らん文字だ』『解術も効かん』って

お手上げっぽい。


『月夜見』って 呼ばれた月夜見キミサマ

扉に彫られた 文字に触れると

『これは、矛でも開かぬであろうの』って

感触で諦めてるんだぜ。


『こうして、外側に彫ったということは、

外部からの侵入を防ぐというより、“中に居るものを 出さんようにしている” ものだと思うが... 』


『キュベレの移動封じか?』


『ルカ、他に何か見えるか?』


シェムハザに喚ばれて、扉の前まで行くけど

何も見えねーんだぜ。


『どいてみろ』


トールだ。ミョルニル掴んでる。

ヘルメスやロキが しゃがむし、オレも しゃがむと

ハティとシェムハザが、側面の壁に 背中を着ける。

『トール、待... 』


ベリアルが言い終わる前に、投げちまうしさぁ。

ゴッ て、すげー 重い音したし。

ミョルニルは、オレの上を通過して

石扉に追突した後に、トールの手に戻った。


『傷も付いてねぇな』って 言ってるけど

ベリアルの ため息が落ちてくる。

ミョルニルは、ベリアルのブロンドの髪を掠めたらしく、『だから... 』つってるけど、後の言葉は続いてねーし。


『やめとけよ、トール』

『力任せで 開く訳ないだろ?』


ミカエルとボティスも止めてるけど

『本気で やってみるか』って

腰のベルトに着けた 仕事道具入れから、見るからに重たそうな 金属製の黒い手袋を出した。

たぶん、鉄の手袋 ヤールングレイプルだ。

柄の部分が短いミョルニルを しっかり握るための手袋。


『メギンギョルズは?』って、泰河が 眼を輝かせると、トールは、ベルトの下を指差した。

気づいてなかったけど、黒い帯を巻いてて

腰の右側に付けてる 仕事道具入れの隣に、帯の結び目があった。

メギンギョルズは、トールの神力アースメギンが倍になる っていう、力帯。


『もう、巻いてたんだ』って

ジェイドと朋樹も 群がって見てるけど

『ソゾンの魂が、近くに居るみたいだ』と

ヴィシュヌが言った。

魂を追わせてる チャクラムが 近づいたらしい。


『近くって、洞窟内ここ?』


『うん、“さっきまでよりは” 近くなった と

言った方がいいね。

冥界ニヴルヘルウートガルズにいるんじゃなくて、ヴァナヘイムにいる。少し距離があるから、洞窟内ここではないかもしれないけど... 』


黒い鉄製の手袋を着けたトールに

『本当に やめとけって。

何か 感付かれて、結界強化されるかもしれないだろ?』と、ミカエルが言うと

『さっきので 感付いて、戻って来たんじゃないのか?』って、一応 側面の壁に寄ってた ベリアルが

また 文字を調べ出した。


『感付けば、扉を開けるんじゃないか?』


ロキが言ってるけど

『いや。異変に気付いて 見に来るなら

扉は開けずに、外側からだろう』って

ベルゼが返してる。


ミカエルにしろ、ハティたち... 悪魔たちにしろ

しっかり準備してから 事に臨むけど、

トールやロキは、とりあえず行く って感じする。

今は みんなで動いてるし、合わせて抑えてるっぽいけど。


『あのさ、文字が彫ってあるんなら

もっと彫って、文字 変えちまえばいいんじゃねぇの?』


もー、泰河ぁ...


ヘルメスが、親切に

『ミョルニルで傷付かないのに?』って

言ってやってる。

それが出来るんなら、ハティたちが やってるよなぁ。


『そうだ。泰河、文字に触れてみろ』


シェムハザが思い出したように言う。

泰河は『ルカが、印 見えねぇ って言うなら... 』って 返してるけど、とりあえずオレが 場所を代わる。


『おっ、腕に 何か出たぞ』『白い焔?』

『見せてみろ』


ヘルメスやロキ、トールに 注目されて

泰河は 嬉しそうなツラになったけど

『うん、後で』って ミカエルに言われて、

中央の文字に 指で触れた。


『うーん、やっぱ 何にも... 』って 泰河が言った時に、扉の文字に 白い焔が走り出した。

焔が消えると、文字も消える。


『おお?!』『他の文字にも 触れてみろ』


イケる... って ツラになった泰河が

どんどん 文字を消していく。


最後の 一つに触れた時に、琉地が唸り出す。

扉が消失した。


『琉地... ?』


何かの気配が迫る。


『コブラだ』

『シェムハザ、防護円』


右手に剣を握ったミカエルが、左手の秤を差し出すと、ヘルメスが 片方を下げた。


ミカエルは『お前も 円に入っとけよ』と

ヘルメスに言って、オレらの前に出ると

剣の先を地面に刺して、光で炙る。


夕闇程度の 青く緩い洞窟内が、真珠色に発光して

ざわざわと向かって来ていた 黒いコブラたちが

一気に消滅した。


『えぇ... 』『一瞬で か... 』


ヘルメスやロキは、ちょっと引いてるんだぜ。

ベリアルやベルゼも、ニガいもん食った顔になってるけどさぁ。


『行くぜ?』


『うん、行こう』と、ヴィシュヌも 前に出て

消失した扉の先へ進む。琉地は、二人の間。


歩くにつれて、天井は高く、通路も広くなっていく。琉地の思念から見たままだ。


『なんか、人工的になってきたよな... 』と

白くなった壁や天井を見て、泰河が言った。


『もうすぐ、通路が 分かれると思う。

右側に蛇人たちが居て、

左側に、祭壇と 氷漬けの人たちが居る』


ミカエルとヴィシュヌの間で、琉地が立ち止まった。『ん?』と、ミカエルが振り返る。


『今、後ろで 音がしなかったか?』


泰河が言うと『ここから動くなよ』って

ミカエルが消えたけど、すぐに戻って来て

『扉が復活してる』とか 言うし...


念のため『閉じ込められた ってこと?』と

聞いたら『うん、そうなるな』だしよー...


『扉は、外からしか 開かないんじゃないのか?』


ベリアルが眉をしかめると、ハティも 一度消える。すぐに戻ると

『そのようだ。扉のこちら側には 文字が無い。

また、消えて出ることも不可能だった』とか

言うんだぜ。


『うん、後で考える。とにかく先に... 』


ミカエルが、明るい色の碧眼を 進行方向へ向けて

『シェムハザ、防護円』と、剣を握り直す。

地面を這いずる 大量の音。蛇人ナーガたちが押し寄せて来た。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る