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『ロキの洞窟のように、繋がりの場所 ということか?』


藍色のドアを出て、シェムハザが言ったけど

ヴィシュヌが

『あの ソゾンって男が、“繋げた” とも考えられるね。俺が、ジャタの島と ジェイドの地下教会を繋げたように』って 答えてる。


『こっち側は、冥界ニヴルヘルの森だ』


藍色のドアの向こうには、林檎の木や 黒いカシスの木、下の方にも コケモモが実ってるのが透けて見える。

けど ドアを開けると、白樺の森なんだよな...


『どういうこと?』

『ヴァナヘイムにある 入れ替わりの冥界ニヴルヘルの森には入れないのか? 見えてんのに』


泰河と言ってたら、朋樹の仕事着の袖を引っ張る小鬼が、家の中を指差した。


『... 向こう側に回って、赤いドアから入ると

入れ替わって ここにある、冥界ニヴルヘルの森になる』


ヴァナヘイム側の冥界の森も、同じ結界が張ってあるっぽい。... なら、ここの入れ替わりのことは

ヴァン神族全体が知ってるんじゃなくて、

ソゾンしか 知らないのかもしれねーよなぁ。


『ああ、なるほど』

『行ってみましょう』


ジェイドと四郎が、さっさと家を回り込み出して

『お前等な、ここは ヴァナヘイムなんだぞ』って

ロキに注意されてるし。


『神隠ししてるじゃないか』って 言ってるけど、

ミカエルにも『ダメ』って、後ろに回された。


藍色から水色に移り変わるレヴォントゥレットに

細氷ダイヤモンドダストが輝く空の下、白樺の森を歩いて

家の正面から 赤いドアを開けると、

林檎やコケモモがなる 冥界ニヴルヘルの森に出た。

空も、淡く柔らかい青やピンクの レヴォントゥレットの雲。


『あっ、居た』


小鬼の夜空が走って行く先には、

大きなノルウェーカエデの 黄緑の葉と花の下

岩と、ビルベリーの木や コケモモの木の茂みが

左右にあって、木陰の洞窟みたいになってた。

その中に、グレーと紫、ピンクの小鬼がいる。

雨雲と水晶、芝桜だ。


紺の小鬼の夜空が、バルフィの紙袋を持って

茂みの洞窟の中に収まると、収穫したらしい

林檎や ビルベリー、コケモモや黒カシスと

袋の中身を広げて 食べ出した。

岩の近くには 鈴蘭とすみれが咲いてる。


『狼犬は、おらぬのう... 』


あれ? 狐榊が ぼそっと言った “狼犬” は

琉地のことだ。


『心配してんの?』って 聞いたら

『何を... 大丈夫であろ?』つって、ふいっと

小鬼たちの洞窟へ入って行った。

一緒に コケモモ食ってるし。


『トナカイのツノは、どこで見つけたんだ?』


朋樹が、茂み洞窟の前に しゃがんで聞いたら

バルフィ持ったまま、芝桜が出てきた。


『食べるか?』


シェムハザが、バケットサンドを取り寄せて

小鬼たちと狐榊、四郎に渡してると

『食べる』『俺も』ってなって、結局 全員分

取り寄せてくれたけど、

ベルゼとベリアルは コーヒーだけでいいらしく

二人の分は、トールに渡った。


バルフィは食って、バケットサンドにも喜ぶ芝桜は、さっき入った赤いドアからも 紺のドアからも離れた、家の森の左奥の方へ向かう。


林檎やカエデの木立の中、切り株が 二つだけの

小さな空き地のような場所に出た。

芝桜は、幅が2メートルくらい空いた

切り株の間を指差して、朋樹に 何か話してる。


赤いカシスや グズベリーの木を見ながら

『こちらの森にも、何か棲んでいるのか?』って

聞く ベリアルに

『世界樹の北東だから、地精ランドヴェーッティルなら

ドラゴンだ』と ロキが答えた。


『“北東だから” って... 』

『はっきりは 分かってないのか?』


ヘルメスやボティスが 言うと

『他にも いろいろいるけど、北西の地精ランドヴェーッティル

見合う奴だろ?』って返すし、よくは 知らねーっぽい。

守護精霊のドラゴンだったとしても、留守だし。


『ヴァナヘイムを覗いたのも、ウルの父親が気になったからだし、普段なら 用はない。

近付かない方が いい気もしてたしな。

ただ ここは、ヴァナヘイムの砦の すぐ外だ』


ヴァナヘイムかぁ...

ヴァン神族は、ヴァン戦争の時に人質交換された

ニョルズとフレイ、フレイヤ以外

全然 出てこねーから、ピンとこねーけどさぁ。


『... この切り株の間に、トナカイ 二頭が

降りてきたらしい』


芝桜に話を聞いた 朋樹が言う。


『降りてきた?』

『空から?』


『ヴァナヘイムだが、ここだけ 冥界の森だからな。冥界ニヴルヘルは、極寒ニヴルヘイムの地下にある。

ここから、あの巨人たちのトナカイを引き寄せたのなら、上から降りてきても おかしくない』


ヴィシュヌに、あひるの姿揚げの ベベッ ゴレン

貰いながら トールが言ってる。

『たくさん食べれる?』って、芝桜にも

四羽 渡してるけど。


『そもそも、なんで 世界樹ユグドラシルに居るんだ?』


朋樹が聞くと、芝桜は キョトンとして

一言 何か言った。


理由わけは?』


ハティが 朋樹を促すと

『“朋樹オレがいるから”』なんだぜ。

小鬼たちは、雇主マスターの朋樹が行く場所に ついて来て

喚ばれるまでは 遊んでたりもするらしかった。

朋樹も、“部屋に居ろ” とか縛ってねーし

喚ぶまでは 野放しだもんなー。


『ここから、トナカイを持ち去ったヤツは

見たのか?』


もう、バケットサンドは食い終わって

左手に 三羽のベベッ ゴレン提げてる小鬼は

自分の分を食いながら頷いて、どういうヤツだったかを説明してるんだけど

『長い白金の髪に、トルコ石の眼の男』だし

やっぱり、ソゾンだ。


『どこに持って行ったか は?』


朋樹が、また説明を聞いていると

オレの前に、白い煙が凝って 琉地になった。


『戻って来たようだの』


ボティスとトールの間から、人化けした榊が

顔を出す。赤いコロポックル姿。


『居たのか、榊』

『小鬼と居たんじゃなかったのか?』


『今し方 参ったのよ。家鴨あひる肉の匂いがした故』


ふいっとして、四郎やロキにも ベベッ ゴレン渡してる ヴィシュヌから、自分も受け取ってるけどさぁ。

で、『儂が渡しておく故』って

芝桜から 他の小鬼の分を受け取って

茂みの洞窟に戻って行っちまうし。


『琉地、おまえ 何してたんだよ?』


琉地の額に手を置いて、思念 読もうとしてたら

『... 人間を?』と、朋樹が言った。


『人間?』


ミカエルが、顔色を変えて聞くと

『いや、遺体を運ばせてたところを見た らしい。

たぶん、極寒に差し掛かった時に見た

黒いローブを着たヤツらが 運んでたやつだ。

“黒い棺桶の担架” って 言ってるしな』と

答えてる。森で見た “葬列” だ。


『“栗鼠を使って、命を出してる” らしいぜ』とも

言ってて、栗鼠ラタトスクたちも ソゾンに使われてたことが分かった。


『秘する術... 口を噤ませる術にけているようだな』


ベリアルが、機嫌悪い顔になっちまってるし。

捕まえた栗鼠ラタトスクに 口を割らせようとしても

ダメだったんだもんなぁ。


もしかしたら、オーディンが拷問した蛇人ナーガにも

ソゾンが 術を掛けてたのかも。

オーディンも、ソゾンが絡んでることは知らなかった。

蛇人ナーガが オーディンに捕まるんなら、ヴァナヘイムの森以外の場所だろうし、

別の場所に 蛇人ナーガが居た... ってことになる。


『あの 黒いローブの者等は 何なんだ?

“死に導く” と 言っていたが、死神ではないだろう?』


ベリアルが聞くと、ロキが

『神族でも 巨人でも、もちろん人間でもない。

分類するなら、黒妖精デックアールヴの 一種だ。

小人国スヴァルトアールヴヘイム極寒ニヴルヘイムの間くらいに棲んでる』って

答えてるけど、トールも

『よく分からん奴も多いからな』って

ベベッ ゴレンの骨を 木陰に投げた。

日本で言うなら、妖怪とか 悪霊とかかな?


『“人間の遺体もトナカイも、この森...

ヴァナヘイムの白樺の森の洞窟に運び入れてた” って 言ってるけど、洞窟に張られた結界が強力で

“外からは 入れなかった” って。

こいつらって、どこにでも入れる訳じゃねぇんだよな。オレが、その結界の中に居て

中から こいつらを喚べば、入れるんだけど』


『だが この森の洞窟に、アジ=ダハーカや

キュベレが居る恐れが高いことは 分かった』


『案内は出来る?』


ベルゼや ヴィシュヌが聞いてる。

オレも 朋樹の話を聞いて、そっちに気を取られちまってたんだけど、泰河に

『琉地、待ってるじゃねぇか』って 言われて

『あっ、ごめんな 琉地』って 向き直った。

頭 撫でてから、思念を読むことにする。


... あれ? 琉地は、洞窟に入ってんのか?


白樺の森の中、崖の下にある 裂け目のような洞窟だ。切り込んで作ったような、長細い三角型の入口。天然の洞窟で、こういうの あるのかな?

崖に見える岩は、全部が白い。


少し奥へ進むと、白い石扉で塞がれてて

いくつかの ルーン文字みたいなやつが彫られてる。

ま、琉地は、煙になって 通過しちまってんだけどー。


洞窟の高い天井には、白くて長い紐状の 発光する何かが 何本も走ってて、その下に青いレヴォントゥレット。細氷のようなものも輝く。

夕闇くらいの 青く緩い明るさ。


しばらく歩くと、もっと天井も高くなったけど

通路も広くなってきた。

洞窟の壁も白くなっていく。術?

とにかく、この辺りからは 確実に手を加えてる。


通路は、左右二つに 分かれてて

琉地は 右側に入った... けど

黒コブラが うじゃうじゃ居るしぃ。

その奥は かなりの広さがあって、蛇人ナーガたちが居た。

白い壁と天井。白い綿みたいのが発光して

天井に溜まってる。

優雅に、ワインとか飲んでるし。


琉地は、通路の分かれ道まで戻って

今度は 左側の通路を進む。


右側の部屋と同じように、白い壁と天井。

かなりの広さ。


白い祭壇? の上に、血溜まり...


祭壇の向こうには、氷の柱が並んでて

柱の中には、眼を閉じた 人の遺体が入ってた。

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