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『おまえ、何してんの?』 


朋樹が しゃがんで、小鬼に聞きながら

木の枝色の トナカイのツノを受け取って、

手を出した 四郎に渡した。

小鬼は、朋樹が眼鏡なのが 不思議らしく

ベルゼ眼鏡に触ってみながら、何か報告してる。


『待て、これは何だ?』って聞く トールに、

泰河が『朋樹が 使役契約してる小鬼』と

簡単に説明した。

ロキとヘルメスも、小鬼の前に しゃがんで

観察してる。

紺の小鬼だから、四隅 北東の “夜空” だ。


『オニってやつ? 声が聞こえないね』

世界樹ユグドラシルに紛れ込めるのか... 』


『朋樹としか 話せねぇんだよ。

朋樹がいる場所になら、喚べば来るんだけど

今回は 勝手に来た』

『“アジ=ダハーカを見掛けたら 報せてくれ” って

言ってたから、マジで見掛けたのかも』


泰河と言うと、ロキやヘルメスだけでなく

ベルゼやベリアルも、小鬼に興味が出てきて

『他界にも入れるとは』

『しかも、神隠しを掛けられている。

琉地やバロンのように、影響しない ということか... 』って、朋樹と小鬼の向こう側に回って

観察してるし。


『護法童子か』


仏教天部にも属する 師匠やヴィシュヌは

小鬼を見て わかるようで

『四正でなく、四隅の子達みたいだね。

中央には、黄龍か麒麟キリンがいる』って 話してる。


『“麒麟” のう... 』


月夜見キミサマが、泰河を見て言った。

麒麟って、もちろん 幻獣のやつ。

頭は 狼か龍で、鹿の胴体に 脚は馬、牛の尾。

額には、ツノが 一本あるらしくて、獣の頂点に立つ っていわれてる。

口から炎を吐くとか、尾が 炎の場合もあったりとかで、なんとなく 泰河の白い焔の獣も 彷彿とする。ま、獣は、首の長い犬なのか 馬なのか... って感じなんだけどさぁ。


『このツノは、巨人の方々が 人間世界から

狩って来られた トナカイのものでは... ?』


トナカイの角を、四郎から ハティが受け取って

ミカエルやトールにも渡っていく。


『どうだろう?』

人間世界ミズガルズのトナカイのものだが... 』


ツノはあったけど、形まで覚えてねーもんな...


『でも、雄のトナカイだったんだね』


シェムハザに渡ったツノを見て、ジェイドが言うし

『だって、ツノじゃん』って 言ってやったら

トールが

『雄のツノは、春から生え始め、繁殖期の9月から10月に 出来上がり、繁盛期が終わる11月から12月に落ちるが、雌は、繁盛期から 生え始めるツノ

出産が終わる 5月から6月頃に落角する』って

教えてくれた。


『雌にも ツノ 生えるんだ』

『鹿とは違うのう』って、狐榊が 匂い嗅いでる。


『じゃあさ、サンタのソリを引くトナカイは

全員 雌なんだな』って 泰河が言ったら

『荷物引きなどのために 去勢されたトナカイなら、冬も角は残る』と、またトールが教えてくれた。サンタゾリのトナカイは... って 考えちまって

なんか モヤモヤしたんだぜ。


『... 冥界ここに、入れ替わりの場所があるらしい。

トナカイのツノは、“蛇の所から持ってきた” と 言ってる』


『よくやった』と、小鬼の一本角の頭を撫でながら 朋樹が言って、師匠が 紙袋を渡してる。

甘い匂いするし、バルフィだろうけど。


『何?』

『調べただろう?』


『だが実際に、もてなしに使われたトナカイのものを

持って来ている』


『案内してくれ』


朋樹が言うと、バルフィの紙袋を持った 小鬼が歩き出した。

レヴォントゥレットの雲の下、柔らかな草色と

水色やピンク、白や黄色の花々の地面を

右側の森へと進む。


森の中へ入ると、木々の間の所々に 神々の家。

世界樹ユグドラシルの神々は、不死じゃないんだよな。

寿命は長いけど 亡くなって輪廻する、っていう

仏教天部の人たちと同じ。

まぁ、世界樹ユグドラシルの神の “寿命” は 聞いたことないから

戦って亡くなる、処刑で亡くなる... ってことだと思うんだけどー。


ん? ヴィシュヌや師匠、ヒンドゥーの神々は

仏法守護する 天部神になってることが多い。

寿命、あんのかな?


トナカイの角の シャベルっぽい形のところを見てる ヴィシュヌと師匠に

『寿命のことなんすけどー... 』って 聞いてみたら

『ああ、天部神として?』って くっきりした眼を

オレに向ける。


『一度 天道から外れて、また戻るんだよ。

アスラは 天道だけでなく、修羅道にいることが多いけど、やっぱり どちらからも外れて また戻る』


『ブラフマーは、シャカ族の シッダールタを見守っておったが、涅槃の境地に至った際

“人間が真理を得た” と、感動し 感服した。

全ての実体は 空であるが、その全てと 一体となる。“悟りに至る法を守護すべき” となった。

だが 天部神は、仏法守護のみの存在ではなく、

それぞれ インド神としての役割もあるからの。

“人間と同様に悩み苦しむ” として、六道に在る』


師匠が、追加説明してくれたけど

それで “寿命がある” ってなってんのかな?

叙事詩や神話、ヒンドゥー神として

仏法守護以外の役割が、仏教側からみると

悩みや迷い って解釈になるのかも。


けど、師匠ガルダが迦楼羅天、ヴィシュヌが那羅延ならえん

... っていう、それぞれの前身は変わらねーもんなぁ。


『人間は、肉の存在だ。

それでありながら、真理に至る とは素晴らしい』


ハティだし。ミカエルも

『うん。最初に “死” を知ったのも人間だからな』って、ヴィシュヌが持ってるトナカイの角に触れて、花 咲かせちまった。


『枝じゃねぇのに』って 泰河が受け取って

四郎に渡す。ミカエルは

『楽園の鹿には咲いてるぜ?』って 返してるけど

花鹿かぁ。鹿は 雄にしか、角ねーのに

ミカエルが咲かせてんだろーなー。


『大変、可愛らしいのでしょうね』

『ふむ。雌鹿を射止めるにも、花の美しさも関わってこようのう』


榊が言ってるんだけど、楽園の鹿は繁殖しないと思うんだぜ。争わねーから、角に花咲いてても

いーんだろーけどー。


『ここ?』


立ち止まった小鬼が、朋樹を見上げて頷いた。


着いたのは、館の絨毯のような サローの外壁に

チョコレートブラウンの屋根の家の前。

家っていうか、邸宅。でかい。

まぁ この森には、そーいう家が多いけど。


窓には、スレートブルー... 灰色がかった青い色のカーテンが掛かってた。

榊は『熨斗目のしめ花色であるのう』って

言ってる。

家の赤いドアの左右の花壇を、ベージュがかったピンクや紫のグラデーション花弁を持つビオラが飾る。


『個人宅... 』


月夜見キミサマが ため息をついた。

個人宅の中までは、白蔓 伸ばさなかったもんなぁ。四郎が 慰めに、花角 渡してる。


『誰の家?』って、ミカエルが

トールや ロキに聞くけど

『さぁ... 』『バルドルの家も知らないからな』

だし、赤いドアの前に進んだ ヴィシュヌが

『誰かいる?』って ノックするしさぁ...


『返事がないね。とりあえず、入ってみる?』


『いや、待って。

もう少し、夜空こいつに話しを聞いて... 』って

朋樹が言ってるうちに、師匠が『シューニャ』って言うし。


けど、艶のないゴールドの ドアノブの上に

師匠の炎が揺らめいて、印のようなものが浮かんだ。


『オージンのルーン文字だ』

『この家を、オージンから隠したようだな』


オレらには、オーディンのルーン文字が付いてるから、隠された この家と同じ括りになってる。


世界樹ユグドラシルの神々であっても

冥界ニヴルヘルには、そうそう立ち入ることが出来ない。

オーディンが自由に入れるのは

ヘルを 冥界ニヴルヘルの女王に据えたことや、

ロキが渡した スレイプニルがいるから。

スレイプニルは、人間世界ミズガルズ冥界ニヴルヘルも 行き来することが出来るし、炎も飛び越える。


『... 実際は、“この家自体が

神隠しのような結界になっている” らしい。

でも その対象が “死者” だから、オレらには家が見えるみたいだ』


しゃがんで 小鬼に話を聞いてた朋樹が言う。

ヘルも氷漬けにされてるし、オーディンにも

死者たちにも見えない。

本当なら、誰にも見つからない家だった ってことか...

小鬼は、バルフィが食いたくて ムズムズしてるっぽい。

『食えよ』って 朋樹が言うと、何か言ってて

他の小鬼と 一緒に食べたいからガマンしてるらしかった。かわいいんだぜ。泰河が 頭 撫でてる。


『あいつらは?』って、朋樹が聞いて

『... 家の中か』って 言うし、ヴィシュヌがドアを開ける。


『お... 』


家の中は、白樺の森だった。

白い樹皮の木々に、青々とした葉。

柔らかそうな短い草の地面。


『むっ!』と、榊が 何かに反応する。


白樺の木の影から、白ウサギが飛び出したけど

眼が青い。

家の中の森の奥へ 跳ねるように駆けて行った。


『ヴァナヘイムの森だ... 』


青眼ウサギを見た、ロキが言う。

なら、ヴァナヘイムの森の中には 冥界ニヴルヘルの森がある

... ってことになる。


『入れ替わりの場所を、家で囲ったようだな』


ヴィシュヌや師匠、ロキやヘルメスに続いて

中に入ったベルゼが、白樺の幹に 白い手袋の手をつけて、木の上を見上げた。


ボティスとシェムハザに続いて、オレらも

森の中へ入る。

森の中から見ると、家の壁や天井は 透けていて

冥界の森や、ヴァナヘイムの空なのか

藍色から水色に移り変わる光と、細氷ダイヤモンドダストが輝く

レヴォントゥレットの空。


『場所が入れ替わった ってことは、何か棲んでたのかな?』


別の 薄茶色のウサギを見つけた ジェイドが

しゃがんで 誘おうとしながら言うし。


『あっ、そーじゃん!

何かがいる場所に、入れ替わりが起こるんだよな?』


ハティやベルゼは『そうだ』

『いるだろう、何でも』って ゲンナリしてるけどさぁ。


で、泰河が ジェイドに

『ウサギからは、神隠しで見えねぇだろ?』って 言ってるけど、ロキが

『ラタトスクや クラルクトには見えてたぞ。

捕まえてからだけど』とか 言ったしぃ...

それ、栗鼠リスと 穴カンガルーだよな?


『儂が、神隠しの中に入れたからの。

レースなどする と 申した故』


焦ったけど、榊が普通に言ったんだぜ。

ジェイドが『月夜見キミサマ、あのウサギも入れて』って

頼んでるけど

『俺等の話が、ウサギ伝てに

ソゾンの耳に入ったら困るだろ?』って

ボティスが止めてる。


『ラタトスクや クラルクトは?

レースしてたじゃないか』って 言い返してるけど

『ベリアルが、レースの記憶は削除しただろ?』だし、ジェイドが『じゃあ、ウサギも... 』って

言い出した時に

『冥界の森には、地精ランドヴェーッティルの鷲が いたはずだ。巣もあっただろ?』って、ロキが言った。


『えっ?』『マジで?』


ランドヴェーッティルって

アイスランドの国章になってる 守護精霊だ。

雄牛が 南西部、鳥が 北西部、

ドラゴンが 北東部、巨人は 南東部を守護してる。

デンマークが、アイスランドを攻撃しようと

魔法使いを偵察に送ったけど、この守護精霊たちに追い返されて、攻撃するのを諦めた。


ついでに、世界樹の東西南北の端は

四人の小人ドヴェルグが支えてる っていう。

東が アウストリ、西が ヴェストリ、南が スズリ、

北が ノルズリ。


『“あっただろ?” って言っても、

お前や オージンしか 知らん情報だろ』


突っ込んだトールに、ロキは

『巨人討伐の旅の途中で、話したことがあるぞ。

かなり昔だけど』って 返してる。

トールは『そうだったか?』だし。


『あれが 巣か?』


ヘルメスと一緒に、結構 森の奥まで歩いて行ってた シェムハザが、白樺の木の上を 指差してる。

森の奥 って言っても、家の結界の中だけど。


『おお... 』


四郎が駆け寄って行って、『あっ』って

ミカエルが追う。そんな キケンでもなくね?

オレらも行くけどさぁ。


けど、巣は でかかった。巨鳥の巣 って風。

白樺の木四本の 枝の間に支えられるように

枝を集めて作った巣がある。

巣に、四本の白樺の枝も 編み込まれてるし。


ミカエルが羽ばたいて、巣の中を見てるけど

『空っぽ』らしい。


『うん、時々しか戻って来ない。

人間世界の見回りに出てることが多いから。

でも、場所が入れ替わってからも

ここに戻って来たんだな』


ロキに『なんで?』って 聞いたら

『だって、巣も移動したはずだろ?

見回りから戻って来て、自分の巣が 木ごと無くなってたから、新しく作ったんだろ?』って 返されて、『そっかぁ』ってなった。

じゃあ、守護精霊の鷲は 移動してねーんだ。

幻獣とかの移動は ねーんだもんなぁ。


『場所が変わってるのに、動じずに 巣を作るとこが、守護精霊 って感じがするね』って

ジェイドが言ってる。うん、確かに。


『他のやつらは?』


『白樺って、きれいだよな』って、しばらく森を見ちまってた朋樹が、思い出したように 小鬼に聞くと、小鬼は 守護精霊の鷲の巣の下を通り過ぎて

家の森の右奥へ歩いて行く。


ついて行ってみたら、結界ギリギリの所で

小鬼が立ち止まる。


『通用口?』


内側から見ると 透けてる結界の家の壁に

藍色のドアがあった。

『出たことに、あいつらも いるのか?』って聞く

朋樹に、小鬼が頷いてる。


朋樹が ドアを開けると、冥界ニヴルヘルの森じゃなく

白樺の森が続いていた。

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