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『五人?』『元々は... ?』


『よくは知らんが、五人 などということは... 』


トールが 赤毛眉をしかめた。


『まだ 幻惑や催眠で、質問しているところだが

何を聞いても 大体、“知らない、わからない” と

返してくる。術で 忘れさせられているようだ。

地下の訓練場のことを聞くと、“地下など無い” と言うからな』


死者兵たちの魂を 取られちまった... ってこと?


ミカエルやヴィシュヌが、厳しい顔になるけど

右の翼に包んでる ロキも気にしてるようで

『とにかく、エリューズニルに行く』と

翼の中のロキの肩に腕を回して 歩き出した。

『トール、大丈夫。行こう』と

ヴィシュヌが トールを連れて行く。


エリューズニルの中は、アイボリーの石壁。白い石柱。

床には、サロー... グレーがかった薄い黄緑色の絨毯が敷かれていて、高く白い石の天井に 蠟燭のシャンデリア。


一階は ガランとしてるけど、天井中央から吊り下がる シャンデリアの蠟燭の灯りの下から、幅の広いサーキュラー階段が始まり、二階の左側へとカーブしている。


『自然と、階段 上がりたくなるよな』って 泰河が言うと、朋樹が『階段しかねぇからな』つった。


ミカエルとロキ、トールとヴィシュヌについて

オレと泰河も階段を昇る。

四郎と朋樹の後ろに ジェイドとヘルメス、シェムハザもいるから、なんか安心だし。


二階の左奥まで昇ると、左手に通路。

壁の左右には 燭台が取り付けられていて、

蠟燭の鈍い灯りが、ぼんやりと通路を照らす。

T字路になっているので、奥の行き止まりまで行かず、間の通路から曲がる。


左右に、扉の無い 部屋が並んでる。

上部がアーチ型になっている 部屋の入口の脇にも

燭台が取り付けられていて、火が灯ってる。


『二人ずつくらいに分かれて、室内の様子を見よう』って、ミカエルがロキを連れて

近くの部屋へ入る。

オレと泰河には、シェムハザがついて

通路の真ん中くらいにある部屋へ入った。


部屋の中には、ベッドと、木のテーブルと椅子。

テーブルには、空の皿とフォークが置いてある。


『部屋で それぞれ、食事を取るようだな』って

シェムハザが言うけど、皿もフォークも

使用後って風には 見えねーし。

『いや、食事 出されてんのかな?』って

泰河も 首を傾げてる。


ベッドに横になっているのは、痩せた おじいさんで、落ち窪んだ眼に 乾いてカサカサの唇。

横向きになってるんだけど、枯れ枝のような指の手を 頭と枕の間に挟んでいて、時々 乾いた咳をすると、ヒュウ っという音を気管から出した。


『見ろ』


シェムハザは、窓に 顔を向けてた。


『えっ? これ、窓じゃねーの?』


窓には、映写機で映すような 映像が流れていく。

雪に覆われた外国の街の、白い屋根の家々や 白い木々。


視点の主は、窓の外から家を覗いていて

中にいる女の人が、スープを作っているところを見てる。

女の人が気付くと、視点の主に優しく笑って

手を振った。


窓に写った視点の主は、トナカイと雪の模様が入った 耳当て付きのブラウンのニット帽と、紺のマフラーとミトン型の手袋を着けた男の子だった。

女の人に手を振り返すと、呼び声に反応するかのように、背後に振り返る。


赤いニット帽とマフラー、ミトン型の手袋も赤の女の子が、大きな雪玉を作ってる。

ニット帽の下には、二つに分けて束ねている ブロンドの髪。

二人で 雪だるまを作っていたところらしい。

視点の主の男の子は、作りかけの雪玉の方へ戻る途中で ジャンプして、低い木の枝から 雪を落とした。

どっちも、小学校の低学年くらいに見えるけど

顔立ちがハッキリしてるから そう見えるだけで

もう少し 小さい子なのかも。

けど、かなり古い映像って気がする。


映像が切り替わると、視点の主の隣に

リンくらいに見える 若い女のコが 走り寄って来て

照れて嬉しそうな顔で、視点の主を見上げた。

鎖骨を隠すブロンドの髪。あの女の子に、顔が似てる。


『... さっきの男の子が、成長したのか?』って

泰河が言うと、シェムハザが

『この男の人生なのだろう』と 頷いた。


窓の映像が切り替わると、

さっき 視点の主に並んだ女のコが、女の人 って

雰囲気になっていて、誇らしく穏やかな顔で

赤ちゃんを抱いている。


また映像が切り替わると、暖炉の火の前に

白くて 大きな犬が寝そべっていた。

窓の外には雪。

男の子と女の子が、カラフルな積み木を散らかしたまま、ミニカーを並べたり 本を読んだりしていて、ソファーでは、赤ちゃんを抱いた女の人が 母乳をあげ終えて、視点の主に赤ちゃんを渡す。


慣れた手付きで、赤ちゃんを受け取って抱く

視点の主を 見上げた赤ちゃんが、声を出して笑った。

リンが生まれた時、産院の病室で

始めて 指を掴まれた時のことが甦ってきて

胸や眼の奥が じわっと熱くなる。


次の映像では、若い女の人に渡された赤ちゃんを

怖々と受け取って抱く 男の人を見ていた。

男の人の隣に座って、感動に潤んだ眼で 赤ちゃんの顔を覗き込んでいるのは、視点の主の奥さんで

後ろで 一つに束ねたブロンドの髪は、色が少し

薄れたように見えた。


雪玉を転がして作っているところから 始まった映像では、ピンクのダウンコートと クリーム色のナイロン手袋を着けた 小さな女の子が、隣から 笑顔で見上げていて、大きくなった雪玉に 手袋の両手を置いた。視点の主が、女の子を 高く抱き上げる。


中学生か高校生くらい見える男の子も 雪玉を作っていて、視点の男の方へ 転がして持って来た。

側には、葉のない木の枝を持った 小さい女の子。

雪の上を 走り回っている男の子も二人いる。

たぶん、視点の主の孫たちだ。


雪玉ふたつを重ねると、女の 一人が

下の雪玉に枝を刺して 腕にした。

男の子ふたりが 家に駈け戻り、人参と ジャガイモ二つを持ってきて、雪だるまの 目と鼻にする。

赤いバケツを 雪だるまの頭に載せて完成した。

ジャガイモには、黒い丸が描かれてるけど

割とブキミだし。

みんなで笑ってて、すげー 楽しそう。


家のドアが開くと、ハーフケットにくるんだ赤ちゃんを抱いている男の人が、声を掛けてきた。

小さい 男の子と女の子たちが、家に駆け込む。

視点の主が 家に入ると、奥さんがコートと手袋

帽子を預かり、家の手伝いをしていたらしい 高校生くらいの女の子が、視点の主を引っ張って

暖炉がある リビングへ連れて行く。


長テーブルの上には、でかい塊のハム。

オーブンで焼いた豚肉や、ミートボール。

ポテトグラタンにサラダ、サーモンのマリネ。

チーズやキャビアが載ったクラッカー、茹で卵やソーセージ、スライスしたパン。瓶のビール。

ユールのごちそうが並んでいて

女のコが得意そうに、視点の主を見上げた。


切り替わった映像には、白い壁と白い天井の病室から、オレの父さんくらいの男の人に支えられながら出て、病院からも出ると、車に乗り込むところだった。


昼間でも 凍結してる道路を走って、あの家の前に

車が停まる。

ゆっくりと、身体を車のシートから ずらし

開けられたドアの車を降りる時も、歩く時も

男の人に支えられて、暖炉の前のソファーに座る。


すっかり年老いた奥さんが、カップから湯気が立つスープを出してくれて、また ゆっくりと 隣に座った。

シワが目立つ 節くれ立った指の手に、同じように

シワを刻んだ 奥さんの細い指の手が重なった。


自室なのか、ベッドの上にいて

ブラウンの毛布の上に、木の模様のカバーが掛かった布団が、腹から下に掛かっている。

紺のガウンをはおっていて、背中にクッションを当てがって座り、窓の外の 白い景色を見てる。


雪だるまの 赤いバケツの後ろ姿が 窓の端にあって

ぼんやりとしてきた視界が 暗くなり、映像が消えた。


キシ っと、ベッドが軋む音に 気付いて

窓から ベッドに視線を移すと、

おじいさんが 咳き込みながら起き上がって

ベッドを降りようとしてた。

とっさに支えようとした 泰河を、シェムハザが止めて、泰河も『そっか... ジャマになっちまうよな』と、冥界ニヴルヘルの館にいる ってことを思い出してる。


おじいさんは、ベッドを ゆっくりと立ち上がると

テーブルまで 足を引きずるように歩いて、椅子に座った。

空の皿から フォークを取って、フォークの先で

皿の上の 何かを切るような仕草をする。


『これを幾度も 繰り返すようだな』と

おじいさんを見つめて、シェムハザが言う。


何も載っていないフォークを 口に運ぶ途中で

おじいさんは、ふと フォークの先に眼を止め、

何も写っていない窓に、視線を動かした。


... “しあわせだった”


思念が届いてきた時

窓の外には 雪景色が広がり、昼間の晴れた空に

レヴォントゥレットの光が ふわりと降りた。


空の皿の隣に、フォークを置いた おじいさんは

椅子から立ち上がると

扉のないアーチ型の 部屋の出口へ向かう。


部屋の外には、明るい花畑が広がっていた。

窓に見た、レヴォントゥレットの光の雲。

館の裏側に、そのまま出れるんだ...


おじいさんが 部屋を出ると

部屋の外は、さっきまでの通路に戻って

テーブルの皿とフォークが消えた。


『素晴らしい人生だ』


シェムハザが言うけど、今 口開けねーし

泰河は、袖で眼ぇ擦ってるし。


『館の死者等には、特に異常は無いようだが

念の為に、花畑に 今の男がいるか見て来よう』と

シェムハザが消える。


『なんかさ』って、泰河が 眼ぇ赤くしたまま

『ちゃんと生きるって、ああいうことだよな』とか 言うから、目頭 熱くなって

『やめろって... 』って

チョークスリーパー かけてやったんだぜ。


『じゃれるな』


爽やかな甘い匂いさせる シェムハザが戻って来て

『男は、先立った友人と再会していた』って言うし、『マジか!』『よかった... 』って 安心する。


『ベルゼ等も、死者兵の訓練場から こちらへ移り

手分けして 上の階も見ているが

ここに居る死者たちは、花畑に出るまでの間

何の変わりもなく 滞在している』


『そうなんだ』

『良かったけどさ、館の死者の魂は

なんで 狙わねぇんだろうな?』


『レヤックの魂を狙ったことを考えると

目立たんように、としか 考えられんが

ヴァン神族を信仰の対象とする 人間の魂も

ここに辿り着くことがある... とも考えられる』


そっか...  その魂を使うのは偲びない とは

ソゾンってヤツは思わねー 気がするけど

ヴァン神族同士で 内輪モメになっても困るもんなぁ。


『一番上の階に、ヘルの私室があるようだが

ベルゼ等や ミカエル等、消えて移動出来る者等が向った。一階へ降りておこう』


三人で部屋を出ると、四郎と朋樹も 別の部屋から

出て来たところだった。


『一階へ戻る』って、シェムハザが 全員連れて

通路から 階段に出る。


『ここに辿り着くのは、お年寄りだけじゃねぇんだよな... 』って、朋樹が ぽつっと言ったけど

話 聞ける自信ねーし...

オレさぁ、ダメなんだよなぁ。

“小さい子が”... とか 特に。

そういうニュースみると、三日くらい どうかある。


まだ、霊とか見たり 思念入ってきたり ってことを

上手くコントロール出来なかった頃のこと。

小学校の二年の時、毎週 洗ってないシューズを

履いてる同級生がいて、家の中で どう扱われてるか、知ってしまったことがある。


親は 子どもを愛してるし、無条件に護る ... ばかりじゃない と 知って、絶望した。

その子が、“自分が悪いから” って

思い込んでることに、打ちのめされた。


部屋で ベッドに潜り込んでたら、母さんに

“どうしたの? どこか痛いの?” って 聞かれて

泣き喚いて 暴れちまって。

それから 三日、ベッドから起きられず

一週間くらい 外に出れず。


その同級生は、祖父母がいる っていう遠くに

引っ越して行ったし、元気だ って聞いたけど、

そういうニュースをみる度に、なんか

“頼む” って願う。

頼むから、そういうことは やめて欲しい。

親もさ、愛せないのなら 周りに救いを求めて、

その子と少し 離れてみればいい。


『... 恵まれた世で ありますのに』


四郎に、“ごめん” って 言いそうになった。

“オレ、聞けねーから”って。


そしたら、階段を降りて来た トールが

『だが、皆 同じように

あの花々の中へ行き、いつか 光の雲に包まれる』

って 言ってくれて、オレが救われた気がした。


ヘルメスは、ヘルの部屋へ向ったらしく

ジェイドと 一緒に、ロキがいる。


虹色の眼で、オレをじっと見たロキは

見ながら近付いて来るし

『なんだよ?!』って ビビってたら

肩に 細い腕 回してきて、館の入口近くまで

連れてかれるし。


『だから リラ子は、護ったんだろ?』って言う。


『そういう奴ばかりじゃない。リラ子がいる。

泣いてないで 見習えよ。眼は背けるな』って

言葉に、返せないでいたら

『まぁ、さっきの仕返しだけどな』って

笑いやがったしー。


『何してるんだよ?』


ミカエルなんだぜ。


『ロキ、お前 ルカのこと... 』

『うわっ、ロキに乗り換えたのかよ?!』


『いや。こいつ、目立つだろ?

ファシエルも、“ルカなら気にしないです” って

言ったから、変わらず お前だぜ?』


肩から 手ぇ離したロキが

『取るに足らん奴 ってことか... 』とか 言うし

『遊んでないで 来い』って シェムハザに呼ばれて

階段の下に集合する。


ベルゼたちや ハティたちも戻って来てて

ボティスと榊は今、館の入口から 入って来たけどさぁ。


『ヘルの部屋では、特に 変わったものは見掛けなかった。魔法円なども無い』


ベリアルが言った後に、ヴィシュヌが

『立派な部屋だったよ。家具は全て黄金』って

言ったけど、師匠は

『死者兵のリストがあった』と、手に持った

皮紙の束を見せる。


『死者兵の魂を取り、蛇人ナーガの繁殖場所とするために、ヘルを幽閉したと みえるが... 』


ベルゼも話しながら、朋樹と四郎の間に 視線を下ろす。そこには、トナカイのツノを持った 小鬼がいた。


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