108


氷漬けのヘルは、柱の中で 眼を閉じていた。


黒髪の中の顔は、左半分が青く 骨が透けていて

眉毛や睫毛が無い。

黒いドレスに隠れている身体も 同じように

左半身は 透けているようで、袖から出ている 肘から先の青い腕や手にも 骨が透けて見える。


長いスカートの裾は、歪な円を描くように 広がっていて、スカートの中から 曲がった木の枝か何かが 押しているように、ところどころが ボコボコと出ている。

スカートの裾から覗いている 青黒い木の根のようなものは、よく見ると 脚の骨や 皮膚付きの腐肉、流れ出ている腸や、実際に 何本もの木の根もあって、腐敗した ヘルの下半身らしかった。


『何で、ヘルが... 』


トールに止められたまま、ロキが 呆然と

ヘルを見ている。


氷の柱に 白蔓を伸ばした月夜見キミサマ

『死しては おらん。

しかし、下手に触らぬ方が 良かろうの』と

蔓を戻した。


『一時的に、幽閉されているようだ。

何かのための “足止め” と いったところか... 』


白い手袋の手で氷の柱に触れた ベルゼが

『これをした者... 恐らく ソゾンだろうが、

ヘルを 攫う気も殺す気もないようだ。

もし その気だったなら、こうして閉じ込めずに

やっていただろう』と 言うと、ロキは 少し落ち着いてきた。


『朋樹、霊視は?』って 泰河が聞いてるけど、

『無理だろう。術が掛かっている』と

ベルゼが返してる。


『解らないことばかりだ』


幽閉されてた洞窟から解放されて

すぐ これだもんなぁ...

氷柱のヘルを見上げるロキの肩に 厳つい腕を回した トールが、氷柱から離した。


『上にいる死者兵に、話を聞こう』

エリューズニルも 見に行く』


『この 蛇等は?』

極寒ニヴルヘイムの蛇もいる。黒竜ニーズホッグの配下だ』


氷の柱の周囲に大量にいる 黒蛇たちは

ぞろぞろと絡まって、ひとつの輪のようになってた。

たくさん混ざっているコブラは、アジ=ダハーカの蛇だ。


『交尾中のようだが... 』


『えっ?』『なんで?』

『儀式か何か? モレクみたいな』


『単純に考えれば、蛇人ナーガを増やそうとしている』


ベリアルが言うけど

『けど、うじゃうじゃ 居たんすよ?』って

返してみたら

『改良だろう。これ等は、この地に適合するようなものを産み、各地で数を増やす』


『寒さに強くなる ってことすか?』

『いや、それより... “各地”?』


... ヴィラに 伝言に来た阿修羅が

“インドやバリで、蛇男ナーガ蛇女ナーギー等が

地底から出て来ている” って、言ってたよな?


それを言ってみると、ボティスが

『“町や寺院に入り込んでいる” ってやつか?』と

ニガい顔になった。


『うん、報告は受けた。

アスラや ヴァースキが対処してる。

もう 一つの円盤チャクラムの攻撃対象も、レヤックやブートから、アジ=ダハーカの 配下の蛇人ナーガに変えたけど... 』


ここに、こうしてコブラが居るし

オーディンにも拷問されてた。


『円盤は、他神界には 入れない』


だよなぁ...


『アスラ等やヴァースキ、円盤も

地上全域は、カバー 出来んだろう?』


『うん、無理だね』


『蛇だけでなく、人と交わることは?』って

ハティが聞くと

師匠が『有り得る』って 返すしさぁ...


『しかし、神隠しにある 俺等の時間だけが

早巻きになっておる』


『そうだ... 』『連絡を!』


ケリュケイオンを手に取った ヘルメスが

『オリュンポスと地界に 報告して来る。

地界は、パイモンに言えばいい?』と 消えると

ミカエルもエデンを開いて、階段を上がりながら

『俺も、ザドキエルに言ってくる。

バラキエル、守護天使軍も使うぜ?』と

ゲートに入った。

月夜見キミサマも 榊に、幽世かくりよの扉を開かせて

スサさんを喚ぶ。


『スサ... 』


すぐに顔を覗かせた スサさんは

自分の肩を、羽々斬の刃で叩きながら

蛇人へびひとであろ?』って 言った。

怒ってるぜー...


『三つ頭の蛇の夢をみたサヤカに、ゾイが喚ばれ

二山に 話しに来た。

神主や僧侶等も 同じ夢を見ておる。

幽世に昇ると、柚葉が “異国に出たまま” と言う。

浅黄や柘榴を始め、六山の者等で対処しておる。

鬼等も使っておるが、必要があれば喚べ』


後半は、朋樹に眼を向けて言ってて

シェムハザに 視線を移すと

『ゾイは また、異国の城に戻した。

“城主不在で、客はおる” と 言うておったからな。

また、魔人等も “出来ることをする” と』と 言って

『高天原には 露が報じに行った。

父神やアマテラスも、白浄はくじょうや禊雨で対処しており、幽世ここは、ハサエル他 御使い等がみておる』と 月夜見キミサマに、

『シイナとニナとやらには、アコが付いておるが

ミカエルの加護がある者には、蛇は近寄れん』と

オレらにも言って

『ではの』って 扉から消えた。


ヴィシュヌは、ジャタ島から バロンを喚んで

『ジャタに “蛇人ナーガおさえるよう” 連絡を回してもらって。羅刹ラクササ達に 寺院の守護を』と 頼んでる。


『そうか、“夢” だ』


ジェイドが四郎を見ると、ハティも

『夢魔等が見せた夢により、対処側の動きも

早かったようだ』って、誉めるように微笑う。


エデンの門から飛び降りた ミカエルが

『聖子とザドキエルに言って来た。

神父や牧師、信徒達の祈りによって

蛇人ナーガの夢のことは、天でも話し合いになってた。

実際に、蛇人ナーガに襲われた人間もいる。

対処に、アリエルと その軍、ラファエルの医療団と、ラミーが降りる』らしいんだぜ!


『天が?』

『初めてじゃね?』


『蛇人たちが、人間と交わったら困るからな。

もし 間違いが起こってしまっていたら

ラファエルの医療団たちが、元の状態に戻す』


『アリエルの軍?』


泰河が 首 傾げてて、オレらも そんな感じだったけど、『アリエルは強い』って ベリアルが答えた。

シェムハザも頷いてるし。


『“神のライオン” だ』

『人間や自然物の守護者でもある』


ボティスやハティも言ってて

『ライオン姿なら、女型天使最強』って

ミカエルも言うし、えぇー... ってなる。


アリエル、美人なんだよなぁ。

ブロンドの長い髪に、ラピスラズリみたいな 藍色の眼でさぁ。 なんか、残念な気もするんだぜ...


『それなら、キュベレのことも

話に上がってるのか?』


ジェイドが聞くと

『ザドキエルに聞いたけど、ウリエルが

“アジ=ダハーカの封が ひとりでに解けるものか!

大きな力が働いている。 父のような” って言って

逆に、“滅多なことを口にするな!” って

長老に怒られてたらしいんだ』... ってことで、

まだ、聖子以外は 知らないらしい。

けど この先は、天でも 疑念が湧いてくるんじゃねーかな?って思う。


『ミカエル、さっき 須佐之男が... 』って

シェムハザが話してる間に、ボティスがヘルメスを喚ぶ。ミカエルが、エデンのゲートを消した。


『ただいま』って 戻ったヘルメスは

『地界では、パイモンに伝えたよ。

蛇の夢を見た人が、いっぱいいるね。

オリュンポスでも もう、対処は始めてて

ハルピュイアたちが、黒コブラ 食ってる』って

さらっと 言うんだぜ。


ハルピュイアは、腕が翼、下半身が鳥の女。

ゼウスに仕えるとも 冥界神ハデスに仕えるとも

いわれてる。 蛇男 VS 鳥女 の 闘いの趣。


オリュンポスの神々って、統率取れてるイメージあるもんなぁ。

軍神は アレスだけじゃなく、アテナもいるし。


蛇人ナーガになってない蛇だと、対処は簡単みたいだね。毒 強いから、人間は危ないけど。

あとは、テュポーンやヒュドラは 大丈夫なんだけど、ラミアがね... 』


“ラミア” って、蛇女ナーギーみたいに

下半身が蛇で、子供 喰っちまうヤツじゃん...


けど 元々は人間で、リビアの女王だった。

美女だったから、ゼウスが惚れて

やっぱり ゼウスの子供を産む。

で、やっぱり ゼウスの妻ヘラが妬いて、

ラミアの下半身を 蛇にしちまった。


ヘラの怒りは、それだけじゃ収まらず

ゼウスと自分の子を喰う呪いと、その悲しみで眠れなくなる呪い、話せなくなる呪いまで掛けられる。 ヘラ、怖ぇ...

ゼウスは浮気しまくるし、子供も産ませまくるから、ストレスも爆発したんだろーけど、

ラミアは、相当 美女だったんだろうなー...


“あんまりだ... ” と、憐れんだゼウスが

ラミアの眼を取り外せるようにして、眠れるようにする。

ラミアは、眠ってる間は 安らかなんだけど、

目覚めると悲しみに襲われて、いつしか

子供をさらって喰うようになっちまった。

子供を喰うのはダメだけど、切ねーよなぁ...


『... アジ=ダハーカか キュベレに刺激されてるのか、すごく 子供 攫う気になっちゃってて。

ゼウスが 両眼 預かって、眠らせっぱなしなんだけど、眼を持ってるだけでも、ヘラが妬くからさぁ...

“いっそ 子供を襲わせて、誰かに退治させよう”

ってくらいに 思ってそうだし』


ヘルメスも、ヘラの息子じゃねーんだよな。

ティタン神族のアトラスの娘の ひとり

女神マイアと、ゼウスの息子。

けど、ヘルメスが赤ちゃんの時に

ヘラの嫉妬を恐れたゼウスは、

ゼウスとヘラの子の 軍神アレスと入れ替えて

ヘラの母乳を ヘルメスに飲ませる。

情が湧いてしまったヘラは、ヘルメスをうとまなかった。

ヘルメスって、アポロンの牛も盗んだ時のこと考えても、生まれつき要領いいし 運も良いよなぁ。


『眼は、他の者が預かれば 良いだろう?』


トールが言うけど、ヘルメスは

『そうなんだけど、 どっちにしろ ヘラは

ラミアを始末する機会を ずっと狙ってるからさ。

他の奴が預かって、ヘラに 命ぜられて

ラミアに眼を渡されても困るし、

ゼウスが預かってるのが 一番安全かも』って

ため息ついてる。


ついでにトールも、オーディンの正妻フリッグの子じゃなくて、大地の化身とされる 女神ヨルズとオーディンの子。大地は、巨人ユミルの肉。

ヨルズも アース神族で、オーディンの妻なんだけど。


『死者兵に 話を聞きに行くか』

『そうだな。神隠し内で、催眠か幻惑で... 』


まず、ヘルの幽閉の理由を調べることにする。

氷柱を溶かすと、ソゾンに気づかれる恐れもあるから、ヘルは ひとまずこのまま。


『蛇等は どうする?』と、ボティスが聞くと

『この程度であれば... 神隠しを』って

師匠が言う。


月夜見キミサマが、蛇やコブラを隠すと

シューニャ』って ひとこと言った。

蛇やコブラから ゴールドの炎が揺らめき上がって

師匠の口に 吸い込まれていく。


黒蛇... 黒竜ニーズホッグの配下だけを残して

アジ=ダハーカの黒コブラは、炎と一緒に消えた。


『喰ったんすか?』って聞く 泰河に、師匠は

『うむ。あれも 蛇人ナーガであったからな。

しかし、黒竜の配下に 手は掛けぬ方が良かろう。

遺恨となる。精だけ抜いておる』って 答えてる。

師匠、すげー...

この蛇たちからは、蛇人ナーガが生まれる心配はない。


月夜見が、黒蛇たちの神隠しを解くと

黒蛇たちは、ヘルの氷の柱を舐め始めた。

ヘルを 助けようとしてんのか... ?


『溶けても大丈夫かな?』


ジェイドが 気にして言っても、ボティスは

『時間は掛かるだろうけどな』って 鼻で笑ってるけどさぁ。


とりあえず 石の階段を上がって、一階の広間に戻ったけど、赤い絨毯敷きの広間は 無人だった。


『ここに入る時に見掛けた死者兵は、

階段を 昇っていたな』


ベリアルが言っているのは、シルバーの鎧を着てた 死者兵だ。


『上の階には 何が?』


『会議室や、それぞれの私室と思うが... 』

『訓練場が地下にある ってことしか

知らないんだ』


『どうする? 分かれて建物内をみて

幾人かの死者兵に 話を聞くか?』

エリューズニルも 見るからな』


『神隠しの範囲は?』と、ベルゼが聞くと

『同じ界におるのであれば 効いておる』って

月夜見が答えてるし、死者兵に話を聞く班と

エリューズニルを見に行く班に 分かれることにする。


幻惑や催眠で 話を聞ける人以外... ボティスは

榊に ついてるとして、四郎含むオレらと ミカエル、ヴィシュヌ、ヘルメス、トールとロキが

エリューズニル班になって、ベルゼとハティに

『非常にバランスが悪い』

『ヴィシュヌ、すまんが... 』って 言われながら

手ぇ振って、エリューズニルへ向かう。


『訓練場から出て来ていた黒蛇は、どこに行ったんだろう?』

『伝令係なのかな? 俺みたいに』


ジェイドが 嬉しそうに、ヘルメスと歩いてるし。


世界樹ユグドラシルの冥界には、悪魔や精霊たちは

入れなかったのかな?』

『あの番犬には、目眩ましが通用しなかったのかもな』って、ヴィシュヌとミカエルが話してたら

トールが『番犬ガルムとヘルで充分だと思っていた』と

申し訳なさそうに 振り向いた。


ロキが、『でも 世界樹ユグドラシルの者だって、冥界ここには簡単に入れないだろ? 判断は正しかった』って

トールが、申し訳なさそうにすることに

ちょっと ムッとしてる。

ヘルが 氷に閉じ込められてたのを見たこともあって、気が立ってるっぽい。


朋樹と四郎が

『“オーディンなら、キュベレを起こさねぇようにするだろう” って 予想してたしな』

『まさか、魂を飛ばして直接 冥界ここに来られる とは 予想出来ませんでしたし... 』と

フォローするみたいに言って


『“各 冥界を注意しておこう” って 話してたからなんだ。人間の魂が眠る場所だし

キュベレが目覚めたら困るだろ?』

『そう。地界の悪魔たちも動いてくれてるから

冥界ニヴルヘルには入らなかったのかな? って 考えただけなんだ。誤解させた? ごめんね』って

ミカエルや ヴィシュヌからも 宥められて

今度は、どうしたらいいか 分からなくなってる。


『いや、セイズの事も 考慮すべきだった』って

トールが言ってる間に、泰河がロキに

『不安だよな、いろいろさ』と、心配そうに

労る顔を向けて言う。


『俺は 別に... 』って、ムスっとしたまま 小さい声で返してるし。 返事に困ってんなぁ...


怒らせて 流しちまった方がいいかな... って

『えー? 半泣きじゃね?』って 言ってやったら

ロキが反論する前に

『ルカ!』『やめろよ!』って

四郎とミカエルに 叱られる。

ミカエルが『ロキ、ちょっと来いよ!』って

翼に ロキをくるみ出した。

小さい声で『何も見えないじゃないか』って

ぶつぶつ言ってるけど、まぁ 大丈夫だろ。


ニレの木の森の 巫女の墓も過ぎて

エリューズニル近くに出た時に、シェムハザが立った。

同じ神隠し内にいると、移動も便利だよなぁ。


『すぐに、皆も来るが... 』って

固い顔のシェムハザに

『どうした?』って、ミカエルが聞くと

『死者兵が、五人しかいない』と 答えた。

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