113


ミカエルが、地面に剣の先を着けて

また洞窟内を 真珠色に発光させると

炙られた蛇人ナーガは消滅せずに、煙を上げながら

干からびていく。


『アジ=ダハーカの封の時と違う』


ヴィシュヌが、干からびて倒れた 蛇人ナーガに近付いて

観察しようと、蛇人ナーガの腕を取ると

蛇人は逆の腕で ヴィシュヌの手首を掴んだ。


『死んでないのか?』


ヴィシュヌの腕を掴んだ蛇人ナーガは、皮膚をパラパラと落としながら 骨を崩れさせ、地面で砂のようになった。


『死んだけど... 』

『前の時は、炙りで消滅した』


これ、強くなってる って こと... ?


『何かと 混雑したのか?』


あちこちで 数を増やそうとしてるんだもんな...

蛇の姿でも、人に化けてでも。


『巨人族や、ヴァン神族?』

『蛇人は、グリュートトーナガルザル

オージンに 拷問を受けていたな』


グリュートトーナガルザル

... 巨人世界と アースガルズの境だ。

毒川エーリヴァーガルがある。


『アースガルズに入り込むことは 考え難いが... 』


トールが言うと、ロキが

『アース神族でも、砦の外でなら 有り得る。

フレイヤなんか、寝てない奴の方が少ないだろ?

父とも兄とも、巨人とも小人とも寝るからな』と

鼻で笑った。


ヴァン神族って、性的にルーズらしいんだよなぁ...  親兄弟と... ってのも、別に普通。

女神フレイヤは、元ヴァン神族で 美女って聞く。

ま、コナしてるだろーし。

アース神族も 多少おおらかだけど、近親はNG。


『だが、子を産んだ となれば

話は でかくなっていたはずだろ?

俺は、何も聞いておらんぞ』


『卵で産むんだろ?

まぁ、産ませた子を引き取るより、種 貰ったほうが早いな。蛇女に誘惑されて 寝てるんだろ。

もちろん、巨人も小人も』


蛇人ナーガが増えることより

世界樹ユグドラシルに、侵食し出しているのが 良くない。

世界樹ユグドラシルだけに限らんが... 』


眼鏡無し ベルゼが、顔をしかめてる。


『子を産み増やすだけでなく

力のある者をそそのかし、操作することも可能だ』


『どういう事だ?』


トールが聞くと、ベルゼは

『相手は “蛇” だぞ?

禁じられた実を エバに食べさせた。

誘惑は お手の物だ。

神々をたらし込み、愛人として座り

意のままに操る。

上手くやれば、アース神族を 二つに割ることも可能だ』と 答えた。 なら、巨人族や小人族も...


『現在、アジ=ダハーカと キュベレは

ソゾンの庇護下にある。

蛇人ナーガの繁殖は、アジ=ダハーカの勢力を強めることにもなるが、その上に立っているのは、ソゾンと見て良いだろう。

アジ=ダハーカに 協力している と見せ掛け、

裏で糸を引く。

幾人かの蛇人ナーガ蛇女ナーギーに、神々を誑し込ませて

操作させる』


琉地の思念から見た時、蛇人ナーガたちは

優雅に ワイン飲んでたしなぁ。

巨人に、人間世界ミズガルズから 持ってこさせたトナカイも

アジ=ダハーカをもてなすためだろうし、

持ち上げて、上手く利用しようとしてんのか...


蛇人ナーガ蛇女ナーギーが、アジ=ダハーカより

ソゾンのめいを聞くのか?』


いぶかしげに ミカエルが口を挟むと

『ソゾンは、ヴァン神族だ』と

ベリアルが言った。


蛇人ナーガ蛇女ナーギーを、ソゾンが 誑し込んで使う』


恋愛の愉悦感は、コカインより強い... って

シェムハザが 言ってたもんなぁ。


ドーパミンっていう、脳の報酬系に作用するやつが 多幸感を感じさせる。

快楽を感じるだけでなく、ホルモン調整したり

意欲を出させたりする。

普通なら、努力して 何かを達成した時とかに

これが分泌されるけど、

薬物なら 努力無しで、直接 脳に作用する。

感覚だけの 空っぽの多幸感。なんか安いし。


けど、“多幸感” って 強いもんなー。

だから 依存しちまうんだろうし。

ギャンブル、アルコール、セックス、煙草... とか

薬物に限らねーけど。

薬物なら、最初は 良くなりたくて やる。

でも その感覚は持続しねーし、耐性ってやつもあるから、だんだん 禁断症状を抑えるために使用するようになっちまう。アルコールや煙草も。


レンアイの多幸感も ドーパミンによるものらしく

その作用が コカインより強い... って、すげー。

それで、浮足立ったり、何かと “頑張るし” って気になったりもするけど、ダメな男や女にハマっちまう場合もある。


例えば、明らかに脈ねーのに、同じテーブルに着いて飲む系の店のコんとこに通ったり、

暴力振るうヤツと 別れられなかったり。


店のコの場合なら、優しいし、気分良くさせてくれる。そりゃ 相手はプロだしさぁ。

暴力振るうヤツは、アメとムチ式。

これ、教育とかに使う言葉だろーから

使い方 違うんだろうけど、暴力振るった後に

すげー 優しい時期があるらしいんだよな。

その時の “優しくしてくれた” に、依存しちまう。

いやいや... って思うけど、レンアイのドーパミンも 出しちまってるんだろうしなぁ...


そう考えると、“たらし込む” って 強いし。

好き好んで そいつに使われるようになる。

そいつを 自分の方に向かせたい とかなら、

それだけ必死に。


けーどさぁ、誑し込みとか 薬物とかは、

脳内うんぬん、ドーパミンうんぬん... で いいんだけど、レンアイって ココロもあるんじゃないかと思うんだけどー。肉の部分じゃなくて 霊の部分。

じゃないと 味気ねーし。なんか つまんねーし。

繁殖のためだけの欲なら、肋骨あばらぼねじゃねーと思うんだよなぁ。


繁殖のためだったら たぶん、お互い 条件で選ぶ。

顔も身体も美形、健康で 賢い... とか。

人間の場合、社会的なとこも入ってくるから

家系とか 経済力とか。

それは、本能的なとこや欲に 左右されてる気がする。

そーじゃない くすぐる部分が、“何か” なんだと...


『そうだとしても

アジ=ダハーカを アンラ=マンユに渡して、

ソゾンから キュベレを取り上げれば

事態は 収束するだろ?』


お そういう ハナシだったし。

ミカエルの声で、オレも戻ってきたんだぜ。


『どっちにしろ 閉じ込められてる。

とりあえず 先に進むぜ?』


『破壊も無理だもんね』って、ヴィシュヌも

立ち上がる。全然、焦ってねーしさぁ。


高くなっていく 青いレヴォントゥレットと

幾重も連なってる 白い紐の光の天井。

幅が広くなっていく白い通路に残った、蛇人ナーガだった砂を、シェムハザが 指を鳴らして 脇に寄せる。


通路の分かれ道に着くと

『右が、蛇人ナーガたちだったよな?』と

ミカエルが確認して、

まだ 蛇人ナーガたちが残っているのかを 見に行った。


さっき ミカエルが、洞窟中を炙ったんなら

蛇人ナーガは 残ってないと思うけど、

奥の広間みたいなとこでも 砂になってんのかな?


けど、戻って来た ミカエルは

『崩れた砂が無かった』って 言うし。


蛇人ナーガは、通路に出てきた者達だけで

全部だったのか?』


ボティスに聞かれて

『琉地の思念から見た時は、もっと居たぜ』と

答えると、ベルゼが

からでも 調べておく必要がある』って 言って

琉地をつれた ハティとシェムハザ、ベリアル、

月夜見キミサマとヴィシュヌが、隠し扉とかが無いかを

見に行くことになった。


オレらは、左側の通路。

祭壇と 氷漬けの遺体がある方へ向かう。


通路の奥には、白い岩の壁と天井。

天井には、発光する 白い綿みたいのが溜まってる。


『何とのう... 』


氷漬けの遺体は、円を描くように 並べられてて

中央には、血溜まりの跡が残る 白い祭壇がある。


高さは3メートルくらい、幅は70センチか 80センチくらいの 円柱の氷に閉じ込められた遺体は、

爪先の位置が 地面から50センチくらい上にあって

浮いているようにも見える。

女の人ばかりで 12体。

どの遺体も裸で、胸の上で 指を組んでた。

榊と四郎が 手を合わせて、ジェイドも短く祈る。

 

『人間の血だ』と、ベルゼが言った。

泰河が、祭壇から ベルゼに視線を移したけど

琉地の思念から見た時に、オレは なんとなく

そうなんじゃないか と 思った。

琉地が、分かってただけかも しれねーけど...


『何かの儀式か?』と、厳しい顔で聞く

ミカエルに、ロキとトールは

『遺体を並べて?』『知らない儀式だ』って

眉をしかめてるけど、ベルゼが

『恐らく。キュベレを 神と見做し

生贄を捧げた可能性もある』と 頷いた。


『... うん、やったのはソゾンだ』


朋樹が、祭壇を見ながら言う。

『視てるのか?』と、ジェイドが心配そうに聞いて、ボティスも 朋樹の近くへ移動して

『生贄ではなく、ソゾンの眼で視ろ』って 言ってる。それも キツいだろうけど...


『遺体と ソゾンを合わせて、13人。

黒ミサのようなことをやってる』


黒ミサは、悪魔崇拝の儀式。

魔女の夜宴サバトでも行われる。

最後の晩餐を模した 聖体拝領をするミサを

悪魔崇拝版にしたもの。

イエスの血と肉とする 赤ワインとホスチアを

生贄の子供の血と肉にし、悪魔に奇跡を祈る。

祭壇が 若い女の人 ってこともあって

進行役が ひとり。男女6人ずつで 性交したり

十字架を逆さにしたりと、神を冒涜する。


13 って 数字から、すぐに浮かぶのも

やっぱり、最後の晩餐。

イエスと 12人の使徒が、晩餐の席に着いた時

最後の13番目が、イスカリオテのユダだったと

いわれる。まぁけど 13人だから、そりゃあさぁ...


でも 北欧神話では、光の神バルドルが

盲目の神ホズが投げた ヤドリギの枝で死んだ時のことが 思い浮かぶ。

オーディンの宮殿ヴァルハラに、12人の客を招いた 夕食会に、13人目の客として 招かれなかったロキが現れ、ホズに ヤドリギの枝を投げさせる。

バルドルの死から、最終戦争ラグナロクが始まる。


『生贄になったのは?』と、師匠が聞いてて

視線を 足元に落とした。


『それも、成人の女の人だ』


小さく 息をつく。

子供じゃなくて良かった... と 掠めてしまって

すぐに 申し訳ない気分になった。

誰でも、絶対 良くはねーのに。


氷漬けになってる この人たちだって

“葬列” が 連れて来たんなら、死に導かれた人たちだ。


『... ソゾンに イカれてたのか?

納得して、生贄になってるように見える』


『催眠じゃねぇの?』って

泰河が 苛立った顔になる。


『かもな...

祭壇に寝かされた時は、術か クスリで 朦朧としてる。頸動脈を切られてるけど、すでに血圧が低かった。直接の死因は、術か クスリだと思う。

視た感じ、苦しんでは いない。

女の人の額に、逆十字を書いてる。

亡くなるまで、何か 呪文みたいなやつを唱えてて... 』


ソゾンが呪文の詠唱を終えると、女の人の額から

魂が抜けて、天井を通過した... らしいけど、

朋樹は『周りの人たちからも、魂が抜けてる』と

続けた。


『周り?』

『この、氷漬けの遺体からか?』


ヘルメスと ベルゼが聞くと

『そう見える。この人たちは、氷漬けになる前に

亡くなってたけど、身体に 魂が閉じ込められてたんだと思う』と 答えて、息をついてる。

魂は当然、キュベレ行きだよな...


『生贄になった遺体は?』


蛇人ナーガたちに与えられた』


マジかよ...


『この遺体も、食料にされる』


『どうする?』『氷を溶かして、燃やすか?』って 話になってるけど

『ソゾンは、生贄になった人や、この人を

モノみたいには考えてねぇんだよな』って

朋樹が言った。


『キュベレも、アジ=ダハーカや蛇人ナーガ

“異教の神” として見てるから、魂も肉体も

“異教の神に捧げた” って感じだ。

ソゾンも神だから、この人たちや オレらは

別種なんだよな。

人間が、神に 動物を捧げるのに近い感覚だと思う』


『何で そう思ったんだ?』

『おまえ、思念 分からねーじゃん』


ジェイドと言ったら

『丁寧なんだよ。扱いが』って 返してきた。


『死した者からしても、施しの善行には なろうがのう... 』


氷漬けの人たちを見上げながら 榊が言ってて、

四郎が 複雑そうに、祭壇の血の跡を見てる。

少し 慰められたよーな気になってたけど

『でも、生贄はダメだ』と

ミカエルが、バッサリ切った。


『それに、どういう気持ちで 人間を殺そうと

ソゾンは、“自分が キュベレや アジ=ダハーカを

利用するため” に やってる』


うん。それも そうなんだよなぁ。


『だが、ここに アジ=ダハーカや

キュベレは いない』

『ソゾンが、どこへ行ったかは?』


トールとロキが言うと

『ここを出る時は、そっちの壁から出てるけど

そこで、この場の記憶は 途切れてる』って 言う。


シューニャ


朋樹が示した 奥の壁から、師匠のゴールドの炎が上がって、ドアのようなものが見えた。


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